第22話 魔石の価値

 そして、午前7時半。

「ピンポーン」

 裏口のインターホンが鳴った。

「悠真君いるかー!高志だけど、バッテリー受取りに来たぞー!」

 悠真は慌てて裏口へ行きインターホン越しに話しかける。

「高志さん、おはようございます!すみません、今開けます!」

 ​ドアを開けると、そこには、いつもの作業着姿の高志が立っていた。


 しかし、高志の視線は裏庭に停めてあるトラックの荷台に付けた幌の中身に釘付けになっていた。

 ​「お前…何だよ、その荷台の巨大なブルーシートの塊は? 草刈り用の資材か?にしてはデカすぎないか?」

 ​単なる幌なので見ようと思えば見えてしまうことをうっかり忘れていた。悠真の冷や汗が止まらない。


 勿論ブルーシートの下には、魔石付きオークの死体が横たわっているのだ。

 ​「あ、あぁ…これ、昨日の作業で出ため、め、滅多に出ない特大のツタの塊ですよ!絡まりすぎて、切断できなくて。後で、業者に引き取りに来てもらうんです!」

 ​「へぇ、そんなツタの塊、初めて見たな。…ん? なんか、すげぇ生臭くないか? ツタの匂いじゃねえぞ」

 高志は疑いの眼差しを悠真に向けた。


 悠真は、機材を隠すように積み重ねたトラックの荷台へと回り込み、バッテリーの入ったバッグを探し出した。

 ​「気のせいですよ! 昨日、牧場の牛糞がトラックに飛んできたのかもしれません!それに、ツタって意外と独特な匂いがありますよね、ほら、土っぽいというか……ほら、これ、バッテリーですよ!あってよかったですね!」

 悠真は笑顔でバッテリーを手渡したが、高志はまだトラックを疑わしげに見つめている。「それにしても、このブルーシート、なんでこんなに周りが濡れてるんだ? 雨でも降ったのか? まるで氷でも入れて冷やしてるみたいに水が垂れてるぞ」

 悠真は内心肝を冷やした。オークの死体が腐敗しないように、昨日から大量の氷と保冷材で冷やしているため、融けた水が染み出ているのだ。


 高志の観察力は鋭すぎた。

 「あ、ええ、ええと……!これは、ツタの塊が、朝露で濡れてしまった上、運送業者が『乾燥したツタは扱えない』と急に言い出したので、急いでホースで水をかけて 鮮度を保とう としているんです!とにかく、水分が必要なツタなんです!」 悠真は声が上ずり、必死で早口になった。


 高志は一瞬、眉をひそめたが、それ以上は突っ込まなかった。その時、店の中から、飲み会のツマミに出したポテトチップスの残りをバリバリと食べる咀嚼音が聞こえてきた。

 ​「…今、なんか変な音がしなかったか? お前んとこの妹さんか?」

 ​悠真は、リリエッタとフィネアスが静かにしていたので、隠れてるはずのゼノスとガルドの二人が音を立てたことに心の中で絶叫した。​「あぁ、あれは、妹です! 新しく仕入れるお菓子の味見をしてるんです。うちの妹、朝から結構、食いしん坊なもんで……」

 ​「こんなに朝早くから菓子の味見してるなんて商売熱心なこったな。」

 ​高志を何とかごまかせたのでホッとしたのも束の間、店の奥の倉庫から、ガルドの甲高い唸り声が響いた。

 ​「うおおっ!この『冷気を保つ箱(クーラーボックス)』蓋がどうやっても開かんぞ!」

 ガルドが、クーラーボックスを開けようと悪戦苦闘する音だった。


 ​ ​高志は顔色を変え、悠真の背後の店内に視線を向けた。

「悠真君…今のは、ドスの効いたおっさんの声だったぞ。一体、誰が中にいるんだ?」

 ​僕は観念した。もはや、誤魔化しきれない。

「あー…昨日、この町に映画のロケに来たという役者さんたちと仲良くなって、店で飲み会したんですよ。遠方から来た、ちょっとクセの強い方たちでして⋯。大事トラブルになると困るからって内緒にしてくれと言われていて…。ウソついてすみません」

 ​「…まあ、いいや。バッテリー、ありがとうな。悠真君、変なことに巻き込まれるなよ」 ​高志は、首を振りながら、諦めたように立ち去った。

 ​

 高志が去った後、悠真はどっと疲れ、店内の床に座り込んだ。

「あー、危なかった…。ゼノス、ガルド! 静かにしろ!」

 怒鳴りながら倉庫のカーテンを開けると、ガルドがクーラーボックスを片手で軽々と持ち上げ、反対側の金属製の蝶番(ちょうつがい)を力ずくで引きちぎろうとしているところだった。

「ユウマ! この箱、魔法で接着されている! 簡単に壊せんぞ!」

「壊すな!それは僕の世界の知恵だ! 開け方が違うんだ!」

 ​悠真は、ガルドからクーラーボックスを取り上げ、正しい開け方を実演した。

 ​「なんだと…魔力も使わず、ただの『指の動き』で開くのか…!?」

 ​ガルドは、自分の鍛冶師としてのプライドが崩壊する音を聞いた気がした。

 ​ 昨日、取り出したオークの魔石の値段が気になるのでもう一度確かめようとコーヒーを美味しそうに飲んでるフィアネスに尋ねる。

 ​「フィネアスさん、オークの魔石はいくらで売れそう?」

「オークの魔石は魔道具師にとって喉から手が出るほど欲しい素材だ。少なくとも金貨30枚は下らない」

 ​悠真は、リリエッタに聞いた銅貨の価値を思い出し、自分の『財布スキル』で魔石の価値を計算した。

「ええと……だいたい、300万円くらいか?」​魔石一つで、五人で割っても悠真の店の2ヶ月間の売上利益に匹敵する額。悠真は、この異世界ビジネスが、シャッター街の老舗土産物屋を救うチャンスだと確信した。

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