第21話 宴の後

 夜が明け、「おみやげのながもり」の店内は静寂に包まれていた。

 ​悠真は、レジの後ろの床の上に段ボールをマットにして寝袋を敷いて眠っていた。彼の隣では、リリエッタはスウェットの上に彼のパーカーを着てフードを深く被ったまま、毛布をかけて穏やかな寝息を立てている。休憩室のテーブルの周りには、おつまみに出したスナック菓子の袋や、餃子が入っていた空のパック、フォークやスプーン、料理の皿が積み重なり、昨夜の宴の痕跡を雄弁に物語っていた。


 ​「ぐごぉ……フンガッ……」

 ​いびきをかきながら座布団を並べて寝ているのは、ドワーフのガルドだ。彼の周りには、悠真が買ってきたビールの空き缶と、様々な種類の酒や日本酒の一升瓶が転がっている。彼が枕代わりにしているのは、断熱タンブラーだった。スウェットでは窮屈そうだ。店の奥の倉庫スペースでは、エルフのフィネアスが、畳の上に正座した状態で微動だにせず瞑想している。安いスウェットでもフィネアスが着ればハイブランドに見える。その手には、なぜか気に入ったという紅茶のティーバッグが握られていた。そして、店の隅に重ねられた段ボール箱の影に、獣人のゼノスは暑がりなのかTシャツ姿で時々耳をピクピクさせながら寝ていた。


 ​「ここは…天国か?」

 ​ガルドが頭を押さえながら、いびつなドワーフ語で唸り、悠真は目を覚ました。悠真は慌てて起き上がり、リリエッタを起こさないよう静かにガルドに話しかけた。

 ​「ガルド、ここは天国じゃないよ。『おみやげのながもり』です。飲み過ぎですよ」

 ​「ながもり……そうか、中華料理とやらが最高だった。あの『神々の炎で焼かれた肉塊餃子』は忘れられん!

 それに、この『冷気を閉じ込める杯』……昨夜、これを片時も手放さなかったおかげで、体がいつもより重い。まだ酒の味が残っている。これを複製できれば、俺はドワーフの歴史に名を残せる!」

 ​ガルドはすでに、昨夜の酔いから覚め、鍛冶師の魂を燃やしていた。

 ​「タンブラーの複製は難しいならクーラーボックスを改良して、バッテリー不要の魔力炉付き携帯冷蔵庫、なんてのはどうです?」

 ​悠真がそう提案すると、ガルドの目が一瞬で覚醒した。

 ​「それは…『移動する冷気の砦』! いいな、悠真。気に入ったぞ、お前の商売人根性。俺が手を貸してやる!」


 ​悠真は改めて周囲を見回した。蛍光灯は消え、朝日がシャッターの隙間から細く差し込んでいる。昨夜の出来事は、やはり夢ではなかった。目の前の光景が、それを雄弁に物語っている。

 ​そして、ふと気がついた。ガルドが「神々の炎の肉塊料理」と称した焼き餃子五十個が、影も形もなく消えていた。

 ​「…まさか、アイツら全部食ったのか?」

 ​床に落ちた皿には、餃子のタレの跡すら残っていない。アルテミシアという異世界は食料事情が厳しいのだろうかと悠真が唖然としていると、リリエッタがもぞもぞと動き出し、パッチリと目を開けた。

 ​「おはよう、ユウマ!昨夜の餃子すごく美味しかったわ!特に、あの熱い肉汁…あれは火の精霊の祝福ね!」

 ​リリエッタはキラキラした目でそう言い、立ち上がって、フィネアスに駆け寄った。

 ​「フィネアス!起きて!あの『断熱の魔道具』がまだ冷たいわ!一晩中、氷の魔法陣を維持しているのよ!」


 悠真はいま何時か気になり、慌ててスマートフォンを取り出し時間を確認した。

 ​午前6時30分。

「やばい!」

 ​悠真は慌ててガルドとゼノスを起こした。

 ​「ガルド! ゼノス! 起きてくれ! 7時半には、日本の知り合いが店に来るんだ!」

 ​悠真の必死の呼びかけに、三人はのそのそと起き上がった。ドワーフのガルドは普段経験しないほどの倦怠感を覚え、獣人のゼノスは頭痛に唸っていたが、状況のヤバさは理解できたようだ。

 ​「くそっ、この『日本の酒』、単なる酒ではない。精霊の力を借りてやがる…」ガルドが唸る。

 ​「ユウマ、知り合いってのは、昨日連絡していた『バッテリーを取りに来る人』か?」ゼノスが尋ねる。

 ​「そうだ! しかも、その高志って人は、僕の仕事の仲間なんだ。彼に君たちを見られたら、この状況を説明できない!」


 ​悠真は彼らに自分の装備を片付けさせ、店の奥にあるカーテンで仕切られた産直発送用の倉庫に隠すことにした。リリエッタだけは、飲み会で散らかった店内や休憩室の片付けをするというので、パーカーのフードを深く被らせて、店内に残した。​

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