第9話 ヤマモト牧場の草刈り①

 夜が明けきらない早朝。悠真はトラックの荷台に積んだ自走式草刈り機と、和央さんから借りたバッテリー式刈払機、そしてエンジン式刈払機を携え、「ヤマモト牧場」へと向かっていた。


 ​牧場に到着すると、既に和央さんの店から派遣された作業員たちと、現場の責任者として好夫さん。牧場側の人員が集合していた。僕は借りたばかりのバッテリー式刈払機を手に取り、広大な敷地の草を刈り始める。

 ​「ウィーン……」

 ​エンジン式のような爆音はなく、静かなモーター音が周囲の朝の空気に溶け込む。その静かさのおかげで、牧場の牛たちが驚くこともない。悠真は肩への負担の軽さに感動しつつ、順調に作業を進めていた。


 「(これは確かに快適だ。ただ、バッテリーの消耗が早いのが玉に瑕だな。もし、異世界の魔法技術と日本のバッテリー技術を融合させたら、とんでもないものができそうだ… 。 異世界はエルフがいるんだからきっとドワーフもいるだろうし、ドワーフは鍛冶や物作りが得意というのがお約束。刈払機も魔改造出来るかな)」

 ​そんなことを考えていると、異世界転移が発動した感じがした。

 ​「あれ?」と思い​確認すると、塩分補給で食べようと作業着のポケットに入れていたはずのカリ梅の小袋が、跡形もなく消えていたのだ。

 ​「あれ?さっきは確かにあったのに……」

 ​気のせいか、それとも落としたのか。辺りを見回しても見当たらない。

 ​その時、牧場の一角で作業をしていた作業者の一人が、突然立ち止まり、頭を抱えて唸り声を上げた。


 ​「うわっ、なんだこれ!なんだか急に、頭がスッキリしたと思ったら、すんげぇ酸っぱい!口の中が爆発したみてぇだ!」

 ​悠真はその同僚が、自走式草刈り機で牧草を刈っている際に、何かを口に含んだのを見た気がした。

 ​「 (まさか、異世界に転移したカリ梅が、またこっちに戻ってきた? いや、そんな馬鹿な)」

 ​しかし、悠真の「異世界転移」が働いたこと、そしてカリ梅が消えたこと。その二つの事実が、彼の推測を裏付けていた。


 「(世界を繋ぐ能力が、僕の体の一部やポケットにあるものを、日本と異世界の間に、不安定に移動させている?)」

 ​悠真は、自分の能力が意識と無関係に発動するという「世界のシステム」の言葉を思い出し、背筋に冷たいものが走った。


 その後は能力は発生せず、1日目の作業は予定通り進み、僕はヤマモト牧場での草刈り作業を終え、へとへとに疲れて和央さんの店に戻っていた。

 ​「悠真、どうだった、バッテリー式は?」和央さんが尋ねる。

「最高でした!静かで、振動が少ない。ただ、バッテリーが切れる時の焦りが半端なかったです。替えのバッテリーを2個使って、やっと午前中の作業がギリギリ終わるくらいで」

「そうだろう?まあ、そのバッテリーの欠点さえ克服できれば、将来はエンジン式を凌ぐだろうな」和央さんの言葉に思わず頷いた。

 もう一つの欠点はやはり価格の高さだ。和央さんに買う気があるなら安くするとは言われたが、草刈りは副業でしかない悠真は「考えときます」と答えるのだった。

 その後、他愛もない話をして、借りていたデモ機とバッテリーを返却して自宅へ戻った。

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