第8話 老鋪の信用
和央さんがヤマモト牧場から戻ってきたのは、コーヒーを飲み終える寸前だった。
「おお、悠真。早かったな」
「お疲れ様です、和央さん。クマの件、どうでしたか?」
和央さんは一息ついて、カウンターに置かれた麦茶のグラスを呷った。
「ヤマモト牧場は、相変わらず草が伸びるのが早いな。クマの件だが、牧場の連中に聞いたら、結局、イノシシの見間違いだったらしい。まぁ、大事に至らなくて何よりだ」
「(普通は間違えないと思うけど…)よかったですね、見間違えで。美咲も心配してましたから。それより、あのバッテリー式刈払機、デモ機を使わせてもらえるって話なんですが?」
僕は、和央さんが落ち着くのを待てず、本題を切り出した。
「ああ、もちろんだ。好夫、デモ機持って来てくれ」
「はい。デモ機とバッテリー二つ」好夫さんがデモ機とバッテリーを持ってきた。
「よし。悠真、こっちへ来い。使い方と、バッテリーの特性を教えてやる」
和央さんは、悠真を整備スペースに連れて行き、刈払機の実機を使い、スイッチの操作、ブレードの交換方法、そして何よりバッテリーの残量と稼働時間のシビアさを丁寧に説明してくれた。
「エンジン式に比べて、静かで振動も少ない。お前、肩凝り酷かったからな、少しは楽になるだろう。だが、バッテリーが切れるとタダの棒だ。残量表示はこまめにチェックしろよ。それと、予備バッテリーは絶対に手の届く場所に置いておけ」
「これはな、高志君が買ったのと同じ機種で、電動工具のバッテリーが使える。見てみろ、この軽さ。エンジン式より段違いだ」
実際に持ってみると、確かに軽い。そして、スイッチを入れると「ウィーン」という静かなモーター音がするだけ。エンジン式の煩い爆音に慣れている僕には、まるで未来の道具のように感じた。
「音も静かだから、ヤマモト牧場みたいな比較的、住宅に近い場所でも使いやすい。ただ、さっき言った通り、バッテリーの持ちがな。満充電で、本格的に草を刈ったら一時間も持たない。交換バッテリーを一つ持てば、交代で充電しながら使えるが、それでもバッテリー代は結構するぞ」
「そうですね……でも、これなら早朝作業も気兼ねなくできそうだ。明日使ってみます」
和央さんは悠真にバッテリー式の刈払機のメリットとデメリットを丁寧に説明し、実際に使い方を教えてくれる。
「そういえば、悠真。さっき好夫と浜岡が少し揉めていたらしいが?」
和央さんは、デモ機を置き、真面目な顔に戻った。
「はい。技能実習生の外国人の話です。人手不足は分かるけど、法律は法律だと、好夫さんが言ってました」
「あいつの言う通りだ。人手が欲しいのは山々だが、法を破ってまでやる商売じゃない。それに、俺たちの仕事は、地域から信頼されて初めて成り立つ。変な噂が立ったら、美咲の立場も悪くなる」
和央さんの言葉は重みがあった。それは、悠真が「おみやげのながもり」の三代目として背負っているものと同じだ。
「悠真、お前の土産屋だってそうだ。今、寂れてはいるが、地元の人たちとの信頼関係があるから、産直事業が続いている。商売ってのは、目先の利益じゃなくて、信用なんだ」
僕は深く頷いた。
トラックに好夫さんに運ぶのを頼まれた「自走式草刈り機」と借りた「バッテリー式刈払機」を載せ、和央さんの店を後にした。
明日は早朝から、広大な「ヤマモト牧場」での草刈り作業だ。
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