第7話 揉め事

 温泉の送迎バスが着いたらしく母が「あ〜、疲れた 疲れた」と裏口から店に入って来た。

「温泉行って疲れたなら世話ないよ」と僕は軽口を叩く。


「葡萄作ってる太田さんに今年で出荷するの辞めたいって言われてね。もう二人共、身体が動かなくなってきて、今までのような葡萄作りは無理だって。ねぇねぇ来年からあんた葡萄作らないかい」と母がいきなり喋りだした。


いつか、そういう日が来ることは頭の中では分かっているが、実際、その時が来るとそれなりにショックを受ける。実際、太田さんが生産する葡萄が無くなると店はダメージを受けるだろう。


「草刈りとか収穫なら手伝えるけど、素人がそう簡単に出来ないよ」

「そういうあんたは、最近は草刈りばっかりやってて店はどうするんだい。その内「草刈正雄」なんて呼ばれるよ」僕は内心「ダジャレかよ」と思いつつ

「明日から3日間、ヤマモト牧場の草刈りを頼まれてんだ」と言った。

「呆れた、言う側から草刈りかい。そうだ、あの辺で熊を見たって人がいるらしいよ。気を付けなさいよ」と美咲に言われた事を母にも言われる。

「気を付けるよ。じゃ、荷物を持つから車に乗って」と母と車に乗り自宅に戻る。


 自宅に母を送り届けると「やっぱり家が一番落ち着く」とありがちな事を言い、温泉での話題を色々僕に話し始めた。

「それともうすぐ、白桃の収穫時期だろ。去年、隣町で収穫前の白桃が誰かに盗まれたって事件があったの覚えているかい。それで、今年はこっちでも生産者の有志で1週間くらい、夜間パトロールしようって話になったんだって。それで、ここの商店街でも協力して貰えないかって話になってね」

「協力するのはやぶさかじゃないけど、駅前商店街も年寄りばかりだからどうなんだろうな」


 確かに、ニュースなんかで窃盗被害の事件を見ない日がないほど多いし、外国人が高速道路を使って県外から盗みに来ているという噂もある。もちろん日本人だって可能性も大いにあるが…。


「一応、今度の会合の時に、皆んなに話してみるよ」と母に話して、「明日の草刈り作業の準備に出掛けてくるから」

「明日から3日間、店開けるなら「希実のぞみ」にバイト頼んどいて」と妹の名前を母に言い、少し早い時間だが和央さんの店に行く事にする。


 和央さんの農業機械販売店はニッチな品揃えやアフターサービスの対応の良さで常連も多い。

 店に着いて、早速、和央さんを探すが見当たらない。

 機械の整備でもしてるのかと思い、奥の整備スペースに行くと、専務である美咲の兄さんの好夫よしおさんが誰かと言い争いをしている声が聞こえた。


「だからダメなものはダメに決まってるだろ」

「あんなザルみたいな法律守ってる所なんてないって」と好夫さんに言ってるのは、何度か草刈り作業で一緒になった浜岡さんみたいだ。傍らに肌が浅黒い外国人がいる。


「日本語がまともに分からない奴なんか使えるか、二度と連れてくんな」好夫さんの怒声が部屋に響く。

「ったく、人が良かれと思って頼みに来ればそんな言い方ないだろ。」と外国人と連れ立って浜岡さんは店を出て行った。


 好夫さんが「全くふざけた真似しやがって」とブツブツ独り言を言っている。

 どうした物かと思ったけど、好夫さんに話しかける。

「あのー、好夫さん。頼まれてた物持ってきたんですが」

「あっ、悠真か。変な所見られたな」と苦笑いしている。

「原因は隣にいた外国人ですか」と尋ねたら

「そうなんだ。浜岡さんが言うにはV国からの技能実習生で、ブローカーに借金してまで日本に来たのに働いてる所の給料が安くて、家族に満足に仕送りも出来ないらしい。それで、草刈り作業のバイトをさせて貰えないかって話なんだ。ただ、法律では外国からの技能実習生はアルバイトは出来ないんだ。それなのにヤツはそんな法律守ってる所なんてない、一回でも良いから頼むってしつこくてさ」と好夫さんがまた苦笑いした。


「好夫さん、和央さんはどこか出掛けてますか」と聞くと

「親父はヤマモト牧場へ明日の打ち合わせに行ってるぞ。クマの目撃情報の件を確かめたいってさ。そろそろ帰って来ると思うから待ってろよ。コーヒー煎れるから」

 と2人でたわいのない雑談をしながらコーヒーを飲む。


「土産屋の客入りはどう」と聞かれたから「昨日は1人きりでした」と正直に答える。


「うーん」と好夫さんがフォローの言葉が見つからないのか腕を組んで唸っている。

「美咲もそんな所に嫁に行って大丈夫なのか」と聞かれたので

「もちろん二人で働いて何とかします」と答える。


 好夫さんは僕の言い分に呆れたのかそれ以上何も言わずに黙ってコーヒーを飲んでいる。

 二人がコーヒーを飲み終わる頃、和央さんがヤマモト牧場から戻ってきた。








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