第6話 テレパシー?!

 夜が明ける。昨夜の不思議な夢のせいで、目覚めは最悪だった。やたら「お前」という単語が多かった世界のシステムだという声、僕に隠された能力、そして温泉饅頭キティが魔除けになるという話。すべてが現実離れしていて、夢だったと思いたい。しかし、財布に入っていた見慣れない銅貨が、それが紛れもない現実だったと告げていた。


 ​「財布として使える、か……」

 僕は銅貨を握りしめ、頭の中でスマートフォンの電子マネーのアプリのような画面になるように意識を集中させた。すると、銅貨は消えて頭の中で「¥500」と表示される。どうやら、1枚の銅貨は日本の500円くらいの価値があるようだ。この不思議な能力が現実のものだと確信し少しの安心感と、これから始まる新たな商売への期待を抱く。


 ​今日店は定休日だ。予定と言えば明日の草刈り作業の準備で、店のペットボトル飲料やお菓子を、和央さんの店に草刈り作業の補充分として夕方に納品。使用する機材や燃料をトラックに積み込んで、昨日のバッテリー式の刈払機の使い方を教えてもらうだけだ。


 僕はトーストと目玉焼きとコーヒーで遅い朝食を食べ、温泉から母が帰って来るまで、もう少し寝とこうと椅子から立ち上がったタイミングで、スマートフォンから「非通知」の電話を知らせる着信音が鳴った。

 母からの電話だと思い電話の「応答」ボタンをタップした。

 すると「あっ、ユウマ! 」と女性の声が聞こえた。


 母からの電話だとばかり思っていた僕は、思わず「どちら様ですか?」と聞き返してしまう。

 ​「リリエッタです。分かりますか?」

 ​ スマートフォンから聞こえてきたのは、昨日店にやってきたエルフの少女の声だった。あの時、スマホには「圏外」と表示されていたはずなのに、なぜ電話がかかってくるのか。僕は混乱し、頭の中で昨夜の夢の内容と目の前の現実を必死に照らし合わせた。

 ​ 『お前は、二つの世界を繋ぐ、特別な存在だ』

 ​ 夢の中で聞いた、世界のシステムの言葉が蘇る。もしかして、僕の能力が電話の電波すらも両世界の間で繋いでしまったのだろうか。


 ​「リリエッタ、どうして僕に電話を?」

 悠真は震える声で尋ねた。

「私たちエルフは他の種族に「口がない種族」と言われるほど会話をしないの。もちろん喋れない訳じゃなくて、エルフ同士はみんな頭の中で会話ができるというか意思が通じるのよ。それで、昨日、名前を教えてもらったし、古代エルフ語に似た言葉を使うあなたなら、もしかしたら会話が出来るかと思って試しにやってみたの」

 エルフ族のテレパシーのような能力に驚く僕に、リリエッタは続けて尋ねる。

「実はあなたのお店でまた買い物をしたくて、お店があった場所に来たんだけどお店は跡形もなくて、その前にお店が建つほどの場所も無いの。昨日、お店があるのを見た他の店や人たちが商業ギルドに連絡したみたいで担当者が確認に来たんだけど、元々、お店を建てる土地なんてないって大騒ぎになっていて。ユウマあなたは今、何処にいるの」と聞かれ

「えーと、僕も店も元の世界に戻ってきたんだ。そっちの世界が騒ぎになってるのに申し訳ないけど、今日は店の定休日で、その後は他の仕事で3日間は不在になるんだ。店は営業するけど、僕はいないからそっちの世界に行けないと商工ギルドの担当の人に伝言を頼まれてくれないか」と(昨日の場所にまた行ける保証はないが…)答える。


 ​「ええー、後、4日間も店は開かないの!!。あのね、ユウマに話したいことがあって! 昨日もらった『イチゴミルクキャンディー』、すごく美味しかったの! 他にもいろんな種類があるの?」

 ​ 興奮した様子で話すリリエッタの声に、僕は少し落ち着きを取り戻した。

 ​「えっと、他にもいろんな味があるよ。オレンジとか、メロンとか…」

 ​「オレンジにメロン? 初めて聞くけど、それがキャンディーになるの? すごい! ユウマの世界って、不思議なものがたくさんあるのね!」

 ​ 純粋に日本の商品に感動してくれる彼女の声を聞いていると、商売人としての血が騒ぎ始めた。


「リリエッタすまないが、しばらくは僕も店も異世界に行けないし、昨日の場所に行けるかも分からない。それだけは分かってくれ、それじゃ」とスマートフォンを切ったが、この不思議な状況は、ピンチであると同時に、僕に与えられた新たなチャンスなのかもしれない。


 ​ちょうど、リリエッタからの電話を切ったら、不意に頭の中に「財布スキル」の画面が出て数字が浮かんだ。

​「あれ?」

​確認すると、銅貨の残高が微かに減っていた。たったの数十円分。エルフのテレパシーでも通信料金が発生するみたいだ。


​入れ違いで母から電話がかかってきた。温泉からの送迎バスが出発したから迎えに来てと一方的に言ってスグ切れた。やれやれと思いながら自宅から店へ向かう。店の裏に車を停めて、和央さんの所へ持って行くペットボトル飲料やお菓子類を車に積み込み、忘れずに昨日の唯一のご当地キティの売上げを帳簿上の金額が合うように補填しておく。母が温泉から帰ってくるまでの間、僕は改めて店の商品を眺めた。


ご当地キティちゃん、お菓子、ジュース類、地元の銘菓……。これらが異世界でどんな価値を持つのか、好奇心が止められなかった。

 特に、母が付き合いで大量に仕入れてしまった「梅漬け」、俗に言う「カリカリ梅(通称 カリ梅)」が目に留まる。酸味と塩味の強い日本の梅漬けが、異世界では「疲労(疲労が回復すれば魔力も回復するかも)回復アイテム」として、認識される可能性があると閃いたのだ。

 ​

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