第2話 レモネとクラスメイト

 今日は休日じゃないから、カフェの開店は夕方から。

 つまり放課後で大丈夫ということだ。

 とりあえず、私は急いで制服に着替えて、ライムと通学路を歩き始めた。

 

 そういえば、こうやって一緒に登校するのは小学校ぶり。

 なぜかちょっぴりキンチョーして、私は少しうつむきがち。なんか恥ずかしいんだもん。

 もしかして、ライムもかな?

 淡い期待を胸にちらっと隣を見てみたら、ライムはいつもの仏頂面で前を見ていた。歩くことしかキョーミありません、って顔だ。


「……つまんないのっ」

「…………?」

「なんでもなーい」

 

 まったく、無愛想なんだから。

 ため息をついて、潮風に髪をなびかせる。

 ここは小さな島、〈タンサン島〉。

 海はいつもすぐそばにある。

 

 タンサン島には、町役場が1つにカフェが1つ(つまりうち)、ボウリング場が1つに服屋さんと八百屋さんと雑貨屋さんがそれぞれ1つずつある。

 そう、ぜーんぶ1つずつ。だって小さな島だから!

 

 もちろん学校も同じで、小学校が1つと中学校が1つ。

 うれしいことに、どちらも家からとても近い。

 宿題やってきたでしょうね、とライムを突っついていたら、もう校門が見えてきた。

 表札には金文字で〈タンサン中学校〉って書いてある。

 私とライムは、そこの1年A組なのだ。


「あ、レモネが来たわ」 

「レモネおはようっ!」

「おはよー!」


 教室に入ると、ジンジャーとミントがぱたぱたと来てくれた。

 おしとやかなミント、赤毛で元気なジンジャー。2人とも、私の大切な親友だ。

 特にジンジャーはワンちゃんみたいに活発で、事あるごとに私やミントに飛び付いてくる。

 今も飛んでくるかなって、私は少し身構えたのだけれど…………。


「――――! おやっ!?」


 待て、ってされたみたいにジンジャーはぴたりと止まった。

 目をパチクリする私の後ろをじーっと見つめる。

 後ろ? 振り返ったら、あきれたような目が2つ。


「ふぅん、幼なじみと来たんだぁ……?」

「なっ――――なによ、その目は」

「くふ、くふふ」


 ニヨニヨ笑うジンジャー。

 これ? ねぇこれなの? と両手でハートを作って見せてきて、私はあわてて首をぶんぶん振った。


「べ、別に変じゃないでしょ。幼なじみと登校するくらい」

「うん変じゃないよ、うんうん! なるほどヒミツにしておきたいってことだね!」

「ちがーうっ!」

「あいたっ――――くふ、ふへへ」


 赤い頭をぺしっとたたいても、ジンジャーはうへうへ笑いを止めない。

 あーんもうどうしたら!

 頭を抱えていたら、救世主が現れた。


「こーら、ジンジャー。からかい過ぎるのは駄目よ」

「ミント……!」


 長い黒髪をさらりと揺らして、めっ! とするミント。

 はぁい……とジンジャーはしぶしぶ笑うのを止めた。

 あぁミント、なんていい子なの!


「ミントありがと……!」

「うふふ、どういたしまして。続きは給食の時にね?」


 …………続き? まさか。


「だって、レモネとライムくんが一緒に来たのなんて小学校ぶりだもの。どうしてか、詳しく教えてね?」

「み、ミントもそっちサイドかーっ!」


 ずがーん!

 味方だと思ってたのに!

 というかライムもなんか言ってよ、誤解されてていいのっ――――あれ。


「ライムは…………あ! もう席に着いてるっ!」


 あの、無関心男子めーっ!






 かつかつ、黒板にチョークが当たる。

 今は歴史の授業中。私は真面目にノートを取る。


「――――みなさんが生まれる少し前に、大きな戦争がありました。私たちの国、カルボン王国ももちろん巻き込まれ、たくさんの人が亡くなりました……」


 20年前の戦争の話。

 激しい戦いで兵隊さんが足りなくなって、まだ若かったパパも空軍に入れられて、エースパイロットになったんだっけ。

 

 戦争は終わったけど、かつての敵国とは今も仲が悪いらしい。

 王女さまの飛行機にも護衛が必要なわけだ。

 だからってパパじゃなくてもいいのに、って思うけど。


「――――さて、それではここでクイズです。コークさん、起きなさい!」


 舟をこいでいた男の子、コークがびくっと背筋を伸ばす。

 腕組みした先生はため息をついてから、おほんとせき払いをした。


「初めに――――自家用機を持っているお家、手を挙げてみて」


 しゅばば、とほとんどの子が手を伸ばす。

 もちろん私もそのうちの1人。

 なにせ家の前に滑走路があるものね!


「はーいありがとう、もういいですよ」


 みんなが手を下ろしたのを見計らって、先生は続ける。

  

「このように、飛行機は当たり前の移動手段になっています。昔は一家に1台自動車を持っているのが普通だったのだけど、今は一家に1台飛行機の時代。実は、こうなった原因は戦争にあります。――――どうしてなのか、分かる人はいますか?」


 ……分からない。

 だって家に飛行機があるのは、私たちにとって当たり前のことだもん。

 この島から他の街に買い物に行くのだって、飛行機がなければ大変だし。

 元からあったものが、どうしてそこにあるのかなんて分からなくない?


 しーん、となる教室。

 ほら、やっぱりだれも手を挙げていない。

 どうするのかな、先生……。


「――――あら。どうぞライムさん」

「ええっ」


 思わず振り返ると、真後ろに座っているライムが立ち上がった。

 ライム手を挙げてたの!? 気付かなかったよ!


「……戦争で飛行機を作りすぎて、余ったからです」

「すばらしい。正解です!」


 おおー、となるクラス。

 私もその中の1人だ。

 やるわね、ライム!

 そういえば飛行機好きなんだったっけ?


 一言褒めてあげようとしたのに、まーたいつもの仏頂面でこっちを見てきた。

 当たり前の事実だろ、って思ってそうな顔だ。

 はんっ、やっぱり褒めてあーげない!


「戦争では飛行機が多く使われたので、ライムさんの言ったように、戦争が終わった時にはたくさんの飛行機が余っていました。そこで各国のおえらいさんたちは、武器を外した飛行機を安く人びとに売り、新たな日常の足として使うことに決めたのです――――」


 先生がそこまで言ったとき、キーンコーンとチャイムが鳴り始めた。

 やった、4時間目終わり! 次は給食だ!


 あれ、給食って……。


「あっそうだった、ミントとジンジャーに詰められるーっ!」

「レモネさん! まだ授業中ですよ!」


 ……いけない、怒られちゃったっ。

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