レモネ、【飛行機カフェ】やります! 〜幼なじみとマスター代理、訪れるのは戦闘機〜

そらいろきいろ

第1話 レモネとマスター

「おはよう、レモネ」

「うーん、おはよーパパ…………ふわぁ」


 あくびをしながら目をこする。

 私はレモネ、中学1年生。

 パパと2人暮らしで、ママはいない。

 なんでいないのかは謎。亡くなったわけでも離婚したわけでもないらしいけど、とにかく物心ついた時にはいなかったの。

 パパも教えてくれないから、私も聞くのを諦めている。はい、この話はおしまい!


 寝ぼけ眼に映るリビングには朝日が差し込み、パパがコーヒーを飲んでいた。

 今日のパパは、珍しく早起きだ。

 だっていつもは、私がパパを起こすのだもの。


「顔を洗っておいで」

「はぁーい」


 わぁ、気の抜けた声だこと。

 自分にそうツッコんでから、洗面所でぱしぱし顔を洗う。ひんやりした水が眠気をスーッとさましてくれて、私はパチパチとまばたきをした。


「ふぃー」


 リビングに戻ると、パパはちょいちょいと手招きをする。

 なんだろ? と思いながら歩いていたら、私はふと変な感じがした。

 けれどそれがなにかはわからないまま、パパの向かいのイスに座る。


「なぁに、パパ」

「レモネ。パパが昔、空軍のパイロットだったことは知っているな?」

「知ってるよー。パパ酔っぱらうとその話ばっかするし」

「そ、そうか……」


 気まずそうにカップをかたむけるパパ。

 ごほん、とワザとらしいせき払いをした。


「……まあそれでだな。パパは空軍を引退したあと、ここでカフェを始めたわけだが」


 くるりと見回すパパにつられて、私もまわりに目を向ける。

 たくさんのテーブルと、その上に逆さまに載せられたイス。

 木でできたカウンターに、カップが詰まったキャビネット。

 ここはリビングだけど、お店を開ければカフェ〈FLAPフラップ〉になるのだ。


 いつもカフェのお手伝いしている私からすれば、そんなの当たり前の話なのに……。


「どうしたの? これまでのあらすじ、みたいなこと言って。知ってるってば」

「うむ、うむ、そうだな。レモネはパパを手伝ってくれて、もう三年くらいになるものな」

「そーだよっ、もうカフェの仕事は全部覚えちゃったよ! こないだも私がいれたコーヒー、パパのいれたやつと見分けがつかないってお客さんにほめられたもん!」

「そうだった。このカフェはもう、レモネだけでも大丈夫かもしれない」

「えへへ、かもしれないっ。パパがお休みしたい時は任せてよね、1人でマスターやってみせるから!」


 私は気をよくして、そんなことを言った。

 パパはニヤッと笑って、がたりと立ち上がる。

 そのとき私はまた、変な感じがした。

 変というか……イヤな予感?

 首をかしげながらパパを見て――――あれっ!?


「なに、その服!? パジャマどころか、カフェの制服でもないじゃん!」

「いやいや、これもれっきとした制服だぞ? ――――空軍のだがな」


 背もたれにかけてあった灰色のコートをはおり、パパはネクタイをしめなおす。

 使い込まれたダンディな背広は、カフェのエプロンとは似ても似つかない。


「空軍のおえらいさんに呼ばれてしまってな。なんでも、第3王女シードル殿下でんかが乗るお召し機を守ってほしいらしい」

「えっ王女さまを……いやいやっ! おかしいよ! だってパパはもう空軍を辞めたんでしょ? なんで今さらパパが呼ばれるの?」

「それはだな? パパが元エースパイロットだからだ、ハハッ! この国最強のパパに守ってもらいたいという、シードル殿下たっての希望らしくてなー」

「得意げに言うなーっ! それにうぬぼれるなっ」

「いやいやレモネ、ほんとにパパは強かったんだぞ?」

「それも元、でしょ!」


 両手をグーにして抗議する私。

 だいたいこのカフェはどうするのよ! マスター不在になっちゃうじゃない!

 

 そこまで言って、はっ……と気づいた。

 さーっと、頭が寒くなってくる。

 ま、まさかパパ……。


「それでだレモネ。お前にしばらく、このカフェ〈FLAP〉を任せることにした」

「だーっ! やっぱりっ!」


 イヤな予感ってこれのことかっ!

 というか待ってよ、ムリだよムリムリ!

 私まだ中1だよ?

 1日ならまだしも、しばらくの間1人でカフェを切り盛りするなんて、できっこない。

 手をぶんぶん振って青ざめていたら、パパは落ち着けというふうに優しく笑った。


「なーに、なにも1人でやらせようとは思っていないさ。安心しなさい、助っ人を頼んであるから」

「助っ人……?」


 かつかつとお店のドアへ歩いていくパパ。

 私は首をかしげながらその後についていく。

 助っ人ってだれ? 知らない人だったらヤだな……。

 そんな私の思いをよそに、パパはがちゃりとドアを開けて叫んだ。


「おーい、ライムくん!」

「えっライム!?」


 手を振るパパの隣で、私はごしごし目をこする。

 はい、と返事をして走ってきたのは――――幼なじみの男の子、ライムだった。


「レモネ、おはよう」

「お、おはよ……って! パパ、なんでライムがいるの!?」

「助っ人に頼んだからだぞ! さてライムくん、わたしの愛機はどんな感じだい?」

「……準備は終わりました。すぐにでも飛べます」

「うむ、ありがとう! あぁ、レモネは飛行機に詳しくないから、飛行機関係のことは君が助けてあげてくれ」

「はい、わかりました」

「では行ってくるとしよう!」


 パパはライムの肩をぽんとたたく。

 それから、向こうでドコドコうなっている飛行機に向かって歩いていって――――って。

 ちょっと待ったーっ!


「な、なに!? どういうこと!? 行くってどこに!?」

「どこってそりゃ、空軍のとこだ。カフェのマスター、頼んだぞ!」

「今から!?」

「そうだ。またな、レモネ!」


 キザっぽくピッと指を振って、パパは走り出す。

 私があっけに取られているすきに、するりと翼をよじ登って、操縦席に乗り込む。

 ぴしゃん、と風防の窓をしめた。


「って、突然すぎるよ! 待てーっ……?」

 

 我に返って、あわてて走り出そうとしたら。

 ライムに引っ張って止められた。


「なに、ライム?」

「……大丈夫。レモネのお父さんは強いから、心配いらない」

「ちがーう! 心配してるのはカフェのほうよっ」


 ぶんっと振りはらって私は走る。

 家の前の滑走路を、パパの飛行機はさーっと走っていく。

 プロペラがどんどん速く回って、今にも飛び上がりそうだ!


「こらーっ待ちなさーいっ! 娘に店を押し付けるなーっ!」


 私の叫びは届かない。

 ふわりと地面を離れた飛行機は、するするとタイヤをしまって、バイバイと言うみたいに翼を振った。

 飛んでいってしまった。

 

 はぁはぁ息をついて、私は立ち止まる。

 すーっと息を吸った。


「――――せめて、もっと前に教えてよーっ!」


 すっかり小さくなってしまった、パパの飛行機は答えなかった。

 ぽんぽん肩をたたかれて、振り返ったらライムがいた。追いかけてきたみたい。


「ライムも、なんで引き受けたのよ……」

「……レモネを助けてあげられるから」

「なによそれ」


 かっこつけちゃって、もう!

 男の子ってすぐかっこつけたがるよね、バレバレなんだから。

 ぷいっと横を向こうとしたら――――なんかライム、じーっと見てきてない?


 あっ、私パジャマのままじゃん!


「こらっ! じろじろ見るなーっ!」


 私は跳ねた髪の毛をおさえながら、ライムをキッとにらみつけた。

 レディにたいして失礼でしょっ!

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