第10話 試練の予兆、静かなる選抜
昼休みのチャイムが鳴った頃、セイリュウ魔導学園の掲示板前には、ざわめきが広がっていた。
「──ついに来たか、選抜試験……」
「名前載ってるかな……うわっ、理央と綾乃はやっぱ入ってる……」
悠真はその波の外から、一歩ずつ近づいていく。
掲示板の中央には、明朝体で印字された紙が貼られていた。
《選抜模擬演習・初等部対象:推薦候補選考 第一次試験》
その下に、選抜生徒12名の名前が記されていた。
──神谷 悠真
そこに、自分の名前を見つけた瞬間。
(……僕が……)
胸の奥が、緊張と小さな興奮でかすかに震える。
だがすぐに、周囲の声が現実を突きつける。
「神谷? マジ? 演習でちょっと目立っただけじゃ……」
「うーん……ま、理央とか綾乃が受ける試験だしね。比較対象にはなるかも?」
耳に入るのは、純粋な驚きというより“疑問”と“観察”の視線。
それでも──悠真は掲示板をしっかりと見据えた。
(認めさせるしかない……)
⸻
◆ 静かな決意
その日の放課後、悠真は一人で訓練場に足を運んでいた。
魔法陣が残る広場で、火種魔法の詠唱を反復する。
だが、動作が少し硬い。頭ではわかっていても、身体がうまく反応しない。
「火よ、導きの牙となりて──《火種・爆砕》!」
爆発の規模は小さく、着弾点もぶれている。
「……まだ駄目だ……」
呟いたその時、背後から静かな声が届いた。
「焦ってるね、悠真くん」
振り向けば、そこには綾乃の姿があった。制服のまま、少し汗をかいた額をハンカチで押さえている。
「私も、よくそうなるよ。演習前になると、魔力の流れが乱れて……調整がうまくいかなくなるの」
「綾乃さんでも、そうなるんだ……」
「なるよ。そりゃあ私も、人間だしね?」
彼女はそう言って微笑んだ。けれどその笑みは、ほんの少しだけ、疲れているようにも見えた。
「……今回の試験、ただの模擬演習じゃない。今後の推薦枠に直結するって、先生たちも言ってた」
「……うん。わかってる。僕がどれだけやれるか──試される機会なんだよね」
綾乃はその言葉に、しばらく黙ってから、少し視線を落とす。
「悠真くんが選ばれて、嬉しかった。……でも、同時に、怖かったよ。抜かされるかもしれないって」
意外な言葉に、悠真は目を丸くした。
綾乃は微笑んだまま続ける。
「……でもね、その“怖さ”って、今の私に必要なものだと思ったの。競える誰かがいるって、大事なことだから」
その言葉には、真剣な響きがあった。
悠真はゆっくりと頷く。
「……僕も。誰かに負けるのが怖い。でも、それ以上に──今のままじゃ駄目なんだって思った」
「うん。それでいいと思う」
綾乃は一歩前に出ると、悠真の魔導ノートを手に取り、ページをめくった。
「……この火種詠唱、テンプレに近い構成だけど、最後の語彙順だけ変えてる。狙い、あるんでしょ?」
「魔素の流れが少し乱れてるって、理央さんに言われて……試しに、収束から集中へ順を入れ替えた」
「ふふ、やるじゃん。紫月さんもそうだけど、悠真くんも、“見る目”はあるんだね」
その言葉は、悠真の胸の奥にあたたかく残った。
⸻
◆ 試験を前に──
その夜。
悠真は自室の机で、改めて魔導ノートを開く。
ページの隅に、綾乃が指摘した構文と、自分なりの修正案を描き込む。
ゆっくりと、確実に。
窓の外では、風が静かに吹いている。
その風が、まだ小さな炎を、強く燃やそうとしていた。
(次の演習で、証明するんだ……今の僕が、何を変えて、どこまで来たのか)
──その時。
彼の心には、再び理央の目が浮かんでいた。
冷たくも鋭く、だが確かに「見ている」視線。
(……あの人にも、届くように)
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