第3話 静かなる積み重ね

「魔力の流れは“意識の静寂”に従う。焦りや欲望は乱流を生む――か。」


悠真は、図書室の一角。窓際の机に積み上げた魔法書を前に、真剣な目つきでノートを取っていた。


いま彼が通っているのは、《セイリュウ魔導学園・初等部3年》。

基礎課程の最終学年であり、あと数か月後には進級試験と選抜が控えている。


「ここで落ちこぼれたら、上のクラスには進めない……」


進級すれば“実戦演習”が本格化し、魔法使いとしての道が大きく開ける。

でも、悠真は今――最下位の常連。


それでも、彼は諦めなかった。



「来週の《基礎魔法術演習》、たしか『火種魔法の初歩』だったな。」


ノートに魔法陣の構造を書き写す。火種魔法は、魔力のごく微細な放出と集中を要求する初級魔法。だが、前回の人生ではこれにすら苦戦し続け、教師に見放された。


「出す前に“貯める”。魔力は水じゃない、気流のように巡らせるんだ。」


彼はそっと息を吐き、指先に魔力を集中させる。


ぱっ――


人差し指の先に、わずかな火花が灯った。


「……できた。」


たったこれだけでも、悠真にとっては初めて“意図して”成功させた魔法だった。



彼のノートには、びっしりと手書きの図解とメモが積み重ねられていた。


・魔法陣の改良案(未来の応用問題を先取り)

・教師が言っていた“コツ”の再整理

・過去の失敗パターンと、その修正プロセス


未来の知識を活かしつつも、再現のために必要な「反復」と「検証」を欠かさない。


彼のチートは、“努力できる記憶”だった。



◆そして、誰かが見ていた


図書室の奥。棚の陰から、ひとりの少女が静かに様子をうかがっていた。


綾乃――同じクラスで、常に成績上位をキープしている優等生。


ここ数日、毎日のように同じ場所で勉強を続けている悠真が、ふと気になっていた。


(……あれが落ちこぼれ?とても、そうは見えない。)


まだ声をかけるほどではない。けれど、彼女の中に小さな“違和感”と、“興味”が芽生えつつあった。



その夜、悠真は教科書とノートを抱えて、人気のない通学路を歩いていた。


体は重く、目はしょぼしょぼしている。

でも、心は静かに燃えていた。


「小さくても、前に進めてる。」


誰にもまだ、認められてはいない。

けれど今は、再出発の準備期間。


「次こそ、最下位じゃない自分になる。」


タイムリープがくれたのは、“もう一度、学び直す時間”だった。

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