1-5

《現実離れしているのは、君の推測のほうだ!》

 愛染は机らしきものを叩いて言った。

《いいかね? 僕が彼らを見かけたのは今から30分ほど前、つまり8時過ぎだ。連れの男が「今朝は冷え込んだからなあ」と言っていたことから、その出来事がだったことがわかる。夜中の1時2時を〝今朝〟とは言わないだろうから、午前4時から7時の間とみていいだろう。そんな時間にベビーカーを売っている店が開いているだろうか? あるとしても、買いに行くだろうか? それに一緒に買った8キロのものとは何だい? 米だったら5キロか10キロが普通だ。10キロ弱とか言わずに、わざわざ8キロと言っているからには、その重みになんだかの意味があるはずだ。僕は幼児の体重以外に思いつかないが、君には何か心当たりでもあるのかね?》


《味噌、そう、味噌かもしれないぞ》

 私は苦し紛れにそう言った。

《食堂なら、それくらいの量は買うだろう。たぶん、朝食を出す店なんだよ。それで早朝に買い物をしたんだ》


《ベビーカーと一緒にかね? まあ、そんなシチュエーションもないとは言わないよ。でも、そんなに重いのなら、なぜ味噌をベビーカーに載せて運ばないのかね? ベビーカーや味噌を売っているような店だったら客用のカートもあるはずだが、どうして使わなかったのだろうね? 仮にそれらの問題を無視したとしても、君の説では説明がつかないことがある。それがもう一つのおかしな点なのだが――》


《なんだい、それは?》

 愛染の舌鋒に辟易へきえきとしながら、いつの間にやら私は彼女の説明に惹かれ始めていた。


《実行犯らしき男が「おかげで靴もパンツもずぶ濡れだよ」と言っていることだよ。君も知っているように、東京はここ2週間ほど一滴の雨も降っていない。では、その男はなぜ靴とパンツがずぶ濡れになったのかな? 売場から駐車場の車まで歩いただけでは、そんなことにはならないだろうね》


《ああ、わかったよ、私が間違っていた》

 私はバンザイをしてみせたい気持ちで言った。

《じゃあ、君はそれらのことから、どういう事態だと推測したんだい?》

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