第十五章 〜変わるもの、変わらないもの〜

「なぁ悠斗……俺と深本さんってどう見える……?」

 昼休み、食事を終えた鶴見が真剣な眼差しで訊いてきた。

「つまり……どういうこと……?」

「悪い、そりゃそうなるよな……」

 何を答えれば良いのか困っているこちらを見て、鶴見は苦笑いした。

「いや……俺、深本さんと仲良くできてるかなって……」

「はい?」

 あまりにも当たり前な事を訊かれた。そんなの言うまでもないんじゃないか。

「いや、もちろん。仲良しにしか見えないけど?」

 俺の返答を聞いた鶴見は真剣な表情をしている。

「ちょっと悠斗に聞いて欲しい事がある」

 そう言って鶴見は、悩みについて話を始めた。


 鶴見の話は、俺とは違う種類の悩みだった。

 話の内容を要約すると、「どこまで踏み込んでいいのかわからない」という事だ。

 鶴見は、男女問わず誰とでも仲良くなれるが、そこから深い関係になったことはないという。

 俺が「誰かとの関係の構築」に悩むタイプだとすれば、鶴見は「誰かとの関係の進展」に悩むタイプという事になるだろう。

 正直俺からすれば、鶴見は誰に対しても自然に接しているし、好かれていると思う。

 でも鶴見にしかわからない感覚があるのだろう。

 外から見ればとても仲の良い、深い関係に見えていたとしても、本人はそう感じていないのかもしれない。

 

「鶴見は優しすぎるのかもしれないね」

「悠斗には言われたくないけどな……」

 鶴見はこちらを見て苦笑する。

「鶴見はさ、どうしたいの?」

「うーん、困らせるくらいなら今のままでもいいけど……一歩進みたいって気持ちもあるかな……」

「そしたら少しはわがままになってもいいんじゃない?」

 鶴見は静かに次の言葉を待っている。

「少しでも気になってるならそれをそのまま伝えて、自分の気持ちにも優しくしてあげてもいいんじゃないかな」

「鶴見は自分の気持ちには優しくないのかもね」

 常に人の事を考えて、こんなにも周りから好かれている彼が自分の気持ちの事を考えられていないなんて。

 どんな人にも苦手な事はあるのだと、ある意味ホッとした。

 俺の言葉を聞いて、鶴見は考え込むようにして俯いている。

 流石に説教みたいになってしまったかも……。自分も人にあれこれ言えるような出来た人間じゃないのに。

「ごめん、上からみたいになって……」

「いや、悠斗のおかげで大分楽になったよ。ありがとう」

「そっかー、俺は自分をあんまり見れてなかったのかもな」

「よし!」

 そう言って鶴見はポンと手を叩いた。その顔は先ほどまでとは違い、温かい表情になっている。

「悠斗、俺決めたわ」

 そして、少し声を小さくして続ける。

「深本さんさ、色々無理してる事もあるだろうから、その力にもなりたいんだ」

 彼の温かな表情の中には、固い決意も感じられる。

 その視線の先には深本さんが。

 こんなかっこいい友人を持てて、俺は幸せだ。

「うん、応援するよ。何か出来ることがあれば協力もする」

「まぁ今すぐどうこうって訳ではないから、見守っててくれ」

「あ、坂城さんには何も言わないでくれよ!」

 慌ててそう言う彼に、俺はもちろんと頷いた。


 その日の放課後は、雫香さんと一緒に帰った。

 鶴見は流石にいつも通り、ではなかったが早めに教室から出て行った。

 深本さんも今日は家の用事があるらしく、こうして二人で帰る事になった。

「悠斗くん、なんか嬉しそうだね」

 並んで歩いていると、突然そんな事を言われた。

「え、なんか変な顔してる?」

 ニヤついていたのかと思い、慌てて口元を手で覆った。

 雫香さんは俺の慌てる様子を見て微笑する。

「ううん、そういう訳じゃなくて。なんか幸せそうな顔をしてたから」

「何か良い事でもあったの?」

 美しい髪を靡かせ、空色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめる。

 鶴見に信頼してもらえて、良き友人を持つ事ができて幸せだ。しかし、今日の話について口を滑らせる訳にはいかないので、もう一つの気持ちを口にする。

「雫香さんが今日もかわいくて、隣に居られるのが幸せだなぁって」

 もちろんこちらも紛れもない本心なのだが、言った後でらしくなさすぎて恥ずかしくなってしまった。

 恐る恐る彼女の方を見ると、恥ずかしそうに俯いていた。

「ごめん、らしくなかったよね……」

「ううん! 私も幸せで……嬉しいから……」

 雫香さんは小さな声でそう返してくれた。

 内心良かったとホッとした。

 それより、今までになく恥ずかしそうにしている彼女が新鮮に見えた。

 今まで「かわいい」とか、俺が好意を言葉にしてもここまでの反応をする事はなかった。

 どこかで彼女の何かが変わったのかもしれない。

 それが何なのかはわからないが、こうして関係を深める事ができて幸せだ。

「雫香さん、時間あったら少し駅前で遊んでから帰らない?」

「うん! 私もそう言おうと思ってたところ!」

 そう答えた雫香さんは、少し恥ずかしさは残っているものの、いつも通りの彼女に戻っていた。

 その後二人で遊んでから、帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太陽のような君に花束を 霞乃 @t4iy4ki_moimoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ