タキオン義経千本桜
涼風紫音
タキオン義経千本桜
「『千本桜』という作品を知っているかね?」
白いコートを白衣のように着飾った教授が講堂で大声で尋ねる。生徒の数は疎らで多く見ても二十人はいなかったに違いない。
「源頼朝の弟、義経を題材にした歌舞伎ではないでしょうか?」
最前列にいた一人の生徒がおそるおそる自信なさげに答える。それを聞いた教授は被りを振って大袈裟に嘆いてみせた。
「三分の一以下だな。二十五点。そもそもこれが浄瑠璃であったことから始めなければダメだよ、諸君」
そう言って講堂を見回して他に答える生徒がいないか探すが、教授の視界に映るのは下を向いて黙り込む生徒ばかり。大きな溜息とともに次の話題を切り出した。
「それでは千本桜はわかるかね?」
今度は幾人かの生徒が顔を上げる。教授の問いは至極簡単なものに思えたからだ。
「桜の名所、特に吉野の桜のことです。ボーカロイドの代表曲のタイトルにもなりました」
奥の方で自信ありげに答える生徒の顔を見て、また教授は落胆の顔を隠そうともせずに首を振る。
「それがそもそも誤りだ。史料に目を通したことくらいないのかね。もともと吉野にあったのは下の
千本を「ちもと」と読み「せんぼん」とは読まないことを懇々と説明する教授の顔を見て、生徒は紅潮した面持ちで反論を試みる。
「でも義経を題材にした『千本桜』は『せんぼんざくら』ですよね?」
「そこが問題だ。核心に一歩近づいたことだけは褒めよう。それでは単位をやれんがね」
そこから教授は「千本」の起源について講釈を続けた。大内裏の北、蓮台野の墓地に林立する卒塔婆を千本と形容したとも、そこに至る道中に供養の卒塔婆を千本立てたことに由来して千本通りの地名が付いたのだと右手で生徒一人一人指さしながら説明する。千本桜は「ちもとのさくら」なのだという。
あわてた生徒たちが手元の端末で電子辞書を立ち上げて検索すると、確かに教授の言う通りだとすぐにわかった。生徒たちの教授を見る目が少しだけ畏敬を帯びる。
「しかし千本通りは京都ですよ? 内裏の北ですし。それが吉野と何の関係があるのでしょう?」
別の生徒がもっともな疑問を述べ、それに幾人かの生徒がうんうんと頷く。
「吉野という地が特別なのは、諸君も知っているだろう。南北朝時代に何朝が都にした地だ。それだけではない。役行者が吉野金峯山を開いた時、その地で桜は神木として扱われ始めた。江戸期には参詣人に桜の苗木を売る小僧まで居たという話も……」
「それと千本通りの関係がよくわかりません」
最初に二十五点だと指摘された生徒が教授の言葉を遮った。顔色を変えずに振り向いた教授はいかにもとそれを制した。
「吉野の地で参詣人が植えた桜はね、卒塔婆の代わりなのだよ。ここが重要だ。大和の地は両墓制の盛んなところだ。埋葬地と別に霊を祭る場所を設ける風習。それがあればこそ、吉野の桜は卒塔婆の代わりとして機能した。参詣人が生前からその魂を祭る場所として桜を植えていき、それが吉野全体を桜で覆うことになった」
教授は饒舌に語った。卒塔婆の代わりに桜を植え、千本の卒塔婆と繋がる。そうしてはじめて千本桜は「せんぼんざくら」と読めるようになったのだ、と。
「教授。せんぼんという呼び方がどこから来たのかは教授の仰る通りだとして、歌舞伎と浄瑠璃は何が違うのでしょう? 同じお話だと思いますが」
講堂の中ほどに座っていた生徒が挙手して尋ねる。そもそも同じ話であれば、最初に歌舞伎だと答えた生徒もあながち間違ってはいないだろうと思えたからで、またも多くの生徒がうんうんと頷く。
「歌舞伎『千本桜』は浄瑠璃『千本桜』を翻案したものには違いないがね。まったく別物とも言える。昨今上演される『千本桜』では桜が演出されている。しかしもともと浄瑠璃『千本桜』では桜は咲かなかった。答えはもう諸君にもわかるだろう?」
一つ咳払いをして教授は先を続ける。
「もともと千本桜とは千本卒塔婆のことなのだから、咲く必要がない。それに『義経記』の記述でも義経が吉野に居たのは冬、十一月から一月ころのこととされている。これは静御前が捕まって証言したことを記録したものだから、おそらく正しいだろう。一月に桜は咲かないからね」
教授はこう言って、歌舞伎がその演出として千本桜の題名から卒塔婆のことを知らずに桜を咲かせることにしたのだと丁寧に説明した。つまり千本桜など咲いていない吉野の一月の話を、演出の都合で咲かせてしまったのだと。史料の上からも一月の吉野は冬の雪に覆われていただろうし、浄瑠璃も当初はそのことを意識していたはずだ、とも付け加えた。
「それだけではない」
今度は演壇を降りて講堂の中を歩きはじめ、白いコートを両の手でとんとんと整えながら教授はこう語りかけた。
「歌舞伎と浄瑠璃では、義経の性格はまるで逆なのだよ。浄瑠璃『千本桜』では、知略を見せ戦略眼にも長じた人物として描かれている。終幕で奥州に向かったのが義経だとも明示されず、頼朝との和解の雰囲気すら漂わせている。一方歌舞伎では状況に流されるだけの知性に欠いた情動の人だ。『判官贔屓』の言葉はこの歌舞伎で作られたイメージに負っていると言える」
他にも、この浄瑠璃が考案された時代に桜町天皇が江戸幕府の強引なやり方で譲位に追い込まれたことを背景に、南北朝時代の朝廷と幕府の対立を示唆するために舞台は吉野でなければならず、その前も後も題材としては大きな意味を持たないのだと、滔々と語り続けた。
また久しぶりに女帝が即位することになったこの時代を背景に、史料をもとに浄瑠璃「千本桜」の書き手たちが安徳天皇を女帝として描いたことも、暗に時代批評を現しているのだと付け加えた。
「つまり、諸君は『千本桜』について何も知らんということが、よくわかったろう。それはすなわち、源義経という人物について大いに虚飾の中でしか知らないということでもある。『吾妻鑑』も鎌倉視点の編纂である以上、不都合なことは書かないだろうからね」
単位のためと割り切っていた生徒たちも、思いのほか苦戦しそうな講義内容に青ざめる者や諦めの顔を浮かべる者だらけとなっていた。
「さて、諸君にはこれから源義経という人物が一体どんな人間だったのかを知るチャンスがある。『千本桜』が恣意的に改変されていった歴史以上に、義経の半生にはろくな史料すらない。知りたくはないかね?」
いつの間にか講堂を一周して演壇に戻っていた教授は、隅に布がかけられて隠されていた一つの装置を披露した。
「これは最新のタキオンを使った時空観測装置だ。ここでまた一つ問題がある。タキオンと
タキオンがダーキオンに干渉しないならば、理論上は過去のダーキオン時空を観測しても一切影響を及ぼさないと考えることができる。そして同時にそれが成立するためには、タキオンで観測した結果もまた、この時空で得ることはできないことを意味する。相互不干渉とはそういうことに他ならない。
「それはつまり、この装置で仮に過去時間が観測できたとしてもその結果をこの次元に持ち帰ることはできないということではないでしょうか?」
真意を測りあぐねた一人の生徒が尋ねた。観測できたとしても一切意味がないことでしかないのではないか、と。
教授はニヤリと笑みを浮かべてこう答えた。
「『千本桜』がいつの間にか咲き散ってしまったように、観測できるかどうか試してみたいとは思わないかね? もしかしたら、咲くことだってあるかもしれないじゃないか。もしくは卒塔婆のように帰らぬ人になるかもしれないがね。どうする?」
◆参考文献
渡辺保著、『千本桜 花のない神話』、東京書籍、平成二年
タキオン義経千本桜 涼風紫音 @sionsuzukaze
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