第30話

 翌朝、一通の手紙が届いた。

 お父様から事情を全て聞いたマルヴェラ伯母さんからだった。


 その内容は私への心配と、精霊術の修行は私の体調が良い時にいつでも来なさい、何か助けが必要な時はどんな事があっても駆けつけるからというような事が書かれていた。


 私はすぐに返事を書き、マリアンに託した。

「それではお嬢様!テルベーラ公爵家の方々が到着されたそうなので、応接室まで行きましょう!」

「そうね…あまり気は向かないけど、行きましょう。」

 私はマリアンと共に応接室へと向かった。


 部屋に入ると、そこにはお父様とテルベーラの治療師であろう家門特有の赤髪に眼鏡を掛けた女性とシェザーテが既に座って話をしていた。

「フェレン、身体は大丈夫かい?一先ずここに座りなさい。」

「はい、お父様。」

 私はそう言われ、お父様の隣に座った。


(んげっ、シェザーテが目の前じゃん…。)

 私が座ったと共に治療師の女性が立ち上がり、挨拶をした。


「フェレナビア様、お初にお目にかかります!私、テルベーラ公爵家の専属医をしております"ベリア・ザルーラ"と申します。血縁的にはテルベーラ公爵家の傍系の端っこみたいな感じなんですが、何だかその割に血筋が濃く出ちゃって!」


 確かに傍系にしては髪も目もハッキリとした直系にも引けを取らない色をしている。


「才能も凄くあったもんですから、直系である公爵家にスカウトされてずっと専属医をしています!知識も技術もテルベーラ1ですので、安心してお任せくださいね!」

 …血筋どころかキャラも随分濃いわね!しかもテルベーラにこのタイプは珍しいわ。


「こちらこそ宜しくお願いします。…ベリアさん?」

「やだ!お嬢様!ベリアとお呼び下さい!」

「分かったわ、ベリア!」

「…ふぁー!笑顔もめちゃくちゃ可愛いですね!しかもこの頭蓋骨の小ささに対して眼球の大きさ!…骨だって全てが華奢で、直径でどのくらいの細さしかないのかしら…ブツブツ。」

 ひぃー!言い方言い方!


「おい、ベリア。いい加減にしろ。」

 ここで私が来てから初めてシェザーテが口を開いた。

「おー怖っ!分かりましたって!」

「ったく…公爵様すみません。こんな奴ですが腕は確かなんで、ご安心下さい。俺が保証します。」

「…まぁ…そうだな。…じゃあフェレン、隣の部屋で診察が出来るよう準備してあるから診てもらいなさい。何かあったらすぐ呼ぶんだぞ?念の為カシエールも同席させるから。」

「…分かりました。では行ってまいります。」


 私はベリアと共に隣の部屋へと移動した。

 部屋の前では既にロメニクス公爵家の専属医であるカシエールが待っていて、三人で部屋へと入り、部屋の前では騎士とマリアンが待機する事となった。

「さあお嬢様!こちらへ横になって下さい!目も瞑って下さいね!」

「うん…。」

 私はベリアに言われるままベッドへと横になった。

「それじゃあ早速見てみますね!あっ!カシエールさんはそこ座っといて下さい!」

「あっ…はい…。」


「…〜〜〜」

 そう言うとベリアは何やら呪文を唱えた。

 ゔっ…。

 すると、呪文を唱えるごとに私の身体にどんどん冷たく鋭い冷気のような物が入り、身体中を巡っていくような感覚がした。

 それは最初こそ違和感を感じたものの、特に不快感を感じる事もなくすんなりと私の身体に馴染んでいった。 


「…〜〜〜…。ふぅ。お嬢様、意識はありますか?もし大丈夫でしたらもう目をお開けになって大丈夫ですよ!」

「…えぇ。」

 私はそっと目を開いた。

「…どうだったかしら?」

「う〜ん…。ちょっと大分複雑な物を入れられましたね…。探っていこうにも跳ね返しが凄くてさすがの私も大変でした…。」

 そう言うとベリアは額の汗を拭った。

「じゃあやっぱり詳しい事は分からずじまいって事かしら…?」

「…まさか!私に限ってそんな事はありませんよ!安心して下さい!ちゃんとどのような物かは分かりましたから、後でちゃんと説明しますね!」

「本当に?!分かったわ、ありがとうねベリア。」

「いいんですよそんな!カシエールさんも!これで安心しましたか?」

「えっ…ええ。私は魔術に関してはからっきしですが、治療中お嬢様がそこまで苦しむ事も無かったですし、原因が分かったようで安心しました。」

「そうでしょう?私は腕のいい魔術治療師なのでね!…さぁ、お嬢様は動けそうですか?」

「うん、特に問題は無いわ!」

「それは良かった!それじゃあ皆様の元へ戻りましょう!」

 ベリアはそう言うと、私をそっと支え歩き出した。


「…フェレン!」

 私達が部屋に戻ると、お父様とシェザーテが同時に立ち上がった。

「身体は大丈夫か?!」

「えぇ!特に問題は無く診察してもらいました。」

「…それは良かった。」

「…ベリア、フェレナビアの状態はどうだったか?」

「はい!それでは今回分かった事をご報告させて頂きますね!」

「あぁ、頼む。」


「それではまず、フェレナビア嬢の身体にある不調の原因、これは黒魔法で間違いありませんね。そしてその内容ですが、かなり複雑な物でした。まず、結論からいきますとお嬢様に掛かっている黒魔術は一つではありませんでした。二つの術が同時に掛けられており、一つはお嬢様が精霊術を使うとそれが体内にある黒魔術に同量が吸収されてしまうという術。まぁ簡単に言ってしまえば少しの精霊術を使ったとしても、2倍の力を使った事となってしまうんですね。ですので、大量の力を使えば使う程それが2倍になれば…お嬢様への身体の負担がかなりの物となってしまいます。最悪の場合、自分の中にある全ての力を使っても足りず…命の危機となってしまう場合もある物でした。最近お嬢様が頻繁に倒れてしまう原因は恐らくこの術が原因だと思われます。」

「…なる程な。だからマルヴェラの所でも倒れてしまったんだな。…という事はこの術が解けるまでは精霊術を使わない方がいいという事だな?」

「…まぁそうですね。少しくらいなら大丈夫だと思いますが、そこまでして使う必要もなければ念の為使わない方がいいかも知れませんね。」

「ベリア、それでもう一つはどうだったんだ?」

 シェザーテが神妙な面持ちでそう聞いた。

「あっ、そうですね。もう一つの術は…少しずつ、本人にも分からないくらい徐々に命を蝕んでいく、まるで嫌らしい毒のようなものでした…。」

「…何だと!?では今も、この一瞬もフェレンの命が削られていっているという事か?!」

 お父様が真っ青な顔をして、そう言って立ち上がった。

「あっ!落ち着いて下さい!まだ話には続きがあって、確かに本来であればそのようになっていたと思います。ですが、こちらの黒魔術はもう既にほとんどが何かの力によって緩和されていて、お嬢様の身体には害が無い程度には消えています。まだ完全ではありませんが、このまま治療を続ければ完全に消え去るのも時間の問題だと思いますよ!…恐らく事前に聞いていた話からすると、ファルゼリオン公爵家の方の聖神力によるものと推測されます!」

 レオンはこの魔術を解く為に治療してくれていたのね…。


「いや〜でも凄いですね!魔術師でも中々ここまで術を緩和させるにはかなりの力が必要ですから、そのファルゼリオン公爵家の治療して下さった方は余程優秀な方なんでしょうね〜!…そんな方がどんな身体の構造をなさっているのか…実に気になりますね!」

「ベリア!…まぁそれはそうと、その魔術はファルゼリオン公爵家のやつに治せるとしても、一つ目の黒魔術はどうやって治療していくんだ?まだ全然消えてないんだろ?」

 シェザーテが訝しげな顔をしてベリアにそう聞いた。


「それがですね…私も黒魔術に関しては知識こそありますが、黒魔術が禁忌になってからはかなりの年月が経ちますからね。こうして実際に見るのは初めてなもので…あくまでも私の診立てになってしまうのですが、恐らくこの類の黒魔術はそれを掛けた相手がこの世に存在する限り、お嬢様の身体から消える事は無いんだと思います…。まぁある種繋がりのようなもので、お嬢様か相手のどちらかがこの世から居なくならない限り、消す事は出来ないと見ております…。」


 …そんな。私か相手のどちらかが死なない限りこの黒魔術は消えないだなんて…。

 そんなん私がかなり不利じゃない!

 だって相手は勿論私の事を知ってて術を掛けた訳だけど、私は相手が誰なのかも分からないから倒しようもないし。

 …はぁ、こんな禁忌の術を掛けられる程悪い事なんかしてないと思うんだけど。

 …あー!何か腹立つわ!

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