第29話

「確かに自分の身を守る事はとても大切だわ。特に特別な力を持った公爵家の娘はね。」

「あっ、そうですよね…伯母さんも…」

「そう、私も公爵家の娘だから、フェレンの先輩にあたるわね。だから力を持ちたい気持ちも痛いほど分かるわ…。」

「伯母さん…ありがとうございます。それにこんなに突然受け入れてくれた事も…。」

「いいのよ!可愛いフェレンの頼みじゃない!力になれて嬉しいくらいよ。それにあなたが幼い頃から、何かあったらフェレンの助けになってやってくれってお兄様からも言われていたの。…そんな事言われなくたってそのつもりだったけどね!今公爵家にはフェレン以外に女性が居ないから心配だったんでしょうね。勿論侍女とかは居るけど、同じ立場の女性は居ないから。」

「そんな事をお父様が…。でもマルヴェラ伯母さんが居てくれて私は本当に心強いです!昔も今も…。」

「そう?それじゃあ期待を裏切らないようにしっかりと教え込まなきゃね!」

「ふふっ、お願いします!」

「そうと決まれば早速フェレンの精霊力を見てみましょうか!」


 そう言うとマルヴェラ伯母さんは席を立ち、私の額にそっと手を当てた。

 そしてどこか懐かしい緑色の暖かい光が、私の中へと入り込んで来るのを感じた。


「う〜ん…大体お兄様から聞いていた通りね。」

「私の中にかなりの量の精霊力があるって話ですか?」 

「そうよ。沢山あるけど、それが何故だが詰まっているような…一度に放出出来る量が少ない感じね。…でもきっと訓練していけばきっと上手く使えるようになる筈だから、一緒に頑張りましょう!」

「はい!マルヴェラ伯母さん!」


 私と伯母さんは庭に場所を移して早速修行する事にした。


「フェレン。まずは今、精霊力を出す時はどうやっているかしら?」

「そうですね…特に意識はせず、手からパッと出すイメージで使っています。」

「そうなのね…そしたらまず精霊力を出す時のイメージから変えてみましょう!…まず精霊術を使う時、手から出すっていうのは間違いないんだけど、ただ手から出すのではなくて、深呼吸して身体の奥深くから湧き出てくる力をイメージして、その湧き出した精霊力をすぐ出さず、一度手に留める。ある程度溜まったと感じたら出してみる。まずはこれをやってみましょう。」

「はい!分かりました!」


 私は目を閉じ、風の音を聞きながら自分の奥深くにある精霊力を感じた。

 言われた通りにそれを手に留め、暫くしたところで目を開けて手のひらから精霊力を放出した。

 すると、今までよりも随分と多くの精霊力が大きな風となって出てきた。


「わぁ!こんなに沢山使えたのは初めてだわ!」

「まぁフェレン!凄いじゃない!ちゃんと出来てるわ!」

「本当ですか?それじゃ…」


 フラッ

 力を沢山使ったからか、私はその場で倒れそうになってしまった。

「フェレン!」

「お嬢様!」


 伯母さんとマリアンの声が遠くから聞こえる。

 何とか堪らえようとするものの、足に力が入らなくなって視界が白く狭くなっていき、音も聞こえづらくなっていった。

 もう駄目だわ…そう思ったと共に誰かが私を支えてくれて、意識はそこから無くなってしまった。


 次に意識が戻った時は誰かに運ばれているような感覚で目を覚ました。

 誰が運んでくれてるのかしら…。

 私はひどく重い目を開けてみた。

 どうやらここは公爵邸で私の部屋に向かっているようだ。


「…セドリックお兄様?」

「あぁ…フェレン、目が覚めたか。身体はどうだ?どこかおかしな所は無いか?」

「今は特に…少し怠いくらいで…。それよりも、お兄様忙しいはずなのに…こんな事をしてて大丈夫なの?私なら少し寝ていれば…」

「こんな事だなんて言うな。どんな時でも妹を迎えに行くのは兄の役割なんだから。」

「そ…そっか。ありがとうお兄様。」

「あぁ、それでいいんだよフェレン。」


「…私、マルヴェラ伯母さんと精霊術の修行をしていたの。」

「あぁ、聞いたよ。」

「それで…その…一回力を出しただけなんだけど…それで倒れちゃったのよね?」

「…そうみたいだな。伯母様もそう言っていたよ。」

「はぁ…本当に情けないわね…。たった一回力を出しただけで倒れるだなんて…。何でこうも毎回毎回倒れるのかしら、本当にうんざりだわ。」


「…。フェレン、お前が悪くてこうなっている訳では無いんだ。」

「え?それってどういう事?」

「マルヴェラ伯母様が倒れたフェレンを治療しようと診てくれた時、精霊力の流れにおかしな所を感じて探ってみたら…どうやらフェレンの中に残っている黒魔法が精霊力を吸収していたようなんだ。」

「精霊力を…吸収?…それより、お兄様私に黒魔法が掛かってるって知ってたの?」

「…今日皇室で勤務中にシェザーテに会ってな…その時に聞いたんだ。お前を気に掛けてやれとも言われた。」

「シェザーテが…っていう事はお父様もその知らせを受けたのかな?」

「いや…それはどうだろう。お父様に伝えようとした時に丁度マルヴェラ伯母様から連絡があってフェレンを迎えに来たから、今お父様が知っているのかどうかは俺にも分からないな…。」

「そっか…」

「…何で黙っていたんだ?」

「えっ、う〜ん…黙ってるつもりは無かったんだけど、何だか私の身体の事なのに、私よりも他の人の方が詳しいから。私には上手く説明出来る自信も無いし、ちゃんと事実かどうか確認が出来てから説明した方がいいんじゃないかって思ったの。」

「そうか…フェレンなりに心配をかけないようにしていたんだな。…でも俺達は家族だろう?何かあったら何でも話してくれ。…家を開けてしまう事が多いが、それでもお前の為なら何としてでも時間を取るから。」

「ありがとう…お兄様。」


 そんな話をしている内に私の部屋へ着き、セドリックお兄様は私をベッドにそっと座らせた。


「…セドリックお兄様に運んでもらうの、何だか久しぶりだわ!子供の時以来かしら。」

「ふっ、そうかもな。幼い頃は大体俺がお前を背負っていたが、仕事をするようになってからは家に居ない事が多くなってしまったからな。」

「そうね…何だか懐かしい気持ちになったわ。最近私を運んでくれるのはジェイド兄さんばかりだから。…セドリックお兄様はすごく優しく運んでくれるけど、ジェイド兄さんったらまるで物を運ぶみたいに私を持つんだもの!」

「あいつはそういう奴だから仕方がないな。何ならジェイドだってずっと運ばれていた側だからな。」

「確かにそうね!小さい頃兄妹四人で遊んでいた時、ジェイド兄さんに連れられて走ってたらすっ転んじゃって、二人で泣いてたらセドリックお兄様とレイリックお兄様が来て、セドリックお兄様は私をおぶって、レイリックお兄様は精霊術でジェイド兄さんを引きずってたわね!」

「あぁ、そんな事もあったな!」


 コンコン

 そんな昔話をしていると、私の部屋の扉をノックする音が聞こえ、血相を欠いたお父様が部屋に入って来た。

 黒魔法の事を聞いたお父様が、居ても立っても居られず話を聞きに来たのだ。

 丁度良いと思い、私は自分が知っているだけの詳細な事実をお父様とセドリックお兄様に話すことにした。


 拙い私の説明を、二人は静かに真剣な眼差しで聞いてくれた。


「…何でフェレンがこんな目に遭わないといけないんだ。一体誰がこんな事を…いや、例え誰だろうと断じて許すつもりは無い。どんな手を使ってでも探し出し、必ず見つけ、黒魔法を解く事が出来次第即刻断罪する。…フェレンはその間安心して治療を受けるんだ。犯人に関しては私が必ず見つけ出す。私達はロメニクス公爵家だ、誰であろうと手出しする事は許さない。それは例え相手が皇室だとしてもだ。…早速だが明日、テルベーラ公爵家の治療師が家に来る事になった。フェレンは余りいい気分では無いだろうが、魔術に関しては彼等以上に精通している家門は国の何処を探しても居ないから、少し我慢して診て貰ってくれるか?」

「…私は大丈夫です。シェザーテの件は昔の事ですし、もう気にもしていません。それに診てくれるのは別の人みたいですし…私も早く元の身体に戻りたいですから。」

「それなら良かった…。そうだよな、お前が一番つらいはずだ。…もう事情を知ったからには仕事なんかは二の次だ。これから私は犯人を見つける為に動き出す事とする。」 

「…では私も…」

「セドリックも心配なのは分かるが、お前には騎士団の仕事をしながらこの件を探って欲しい。皇室には色々な人間が訪れるだろう?様々な噂も耳に入りやすいしな。外に出ないと必要な情報も手に入れる事が出来ないから、理解してくれ。」

「…分かりました。では私は外からなるべく情報を仕入れて参ります。」

「よし、頼んだぞ。レイリックとジェイドにはこれから連絡をするつもりだ。二人とも同様に外部から情報を仕入れてもらう事にする。レイリックは国外からの情報も仕入れられる上、ジェイドは剣士仲間に平民出身の者も居たり、よく村で仲間と酒を飲んだりしているから、そっちの情報も入りやすい。…これからは家族皆で戦っていこう。」

「お父様…ありがとうございます。お兄様も…。」

「礼なんていらないぞ、家族なんだから当たり前だ!」


 その言葉を聞いた私は目頭が熱くなり、一瞬にして瞳に溜まった涙が溢れそうになった。

 家族というものに縁のなかった前世ではこんな温かさを感じる事が出来なかったから…。

 無条件で大切にして貰えるという感覚を今回の人生で初めて経験して、家族の有り難さと愛情に触れられた事に私は心から感謝の気持ちで一杯になった。


 そして何だか少しこそばゆい気持ちになりながら、その日私は眠りについた。

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