第17話 今後の予定
グレイシアが立ち去った後、俺とロイネはギルドへと向かい昨日の事を報告した。
ギルドはグレイシアの依頼は受けなかったが、俺の報告は真剣に聞いてくれた。獣人差別を知った俺は、困った事にならないか心配していたが、そもそも国が獣人狩りを禁止しているため、それを俺が阻止したこと自体は問題にならなかった。
「さらわれた方が見つかって何よりです」
女性職員が小声で話しかけてきた。
「ですね」
「何もできずにすみません」
職員が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、もう済んだことなので」
表情から、彼女が本気でそう思っていることが伝わってきた。
獣人への差別感情は人によるだろうけど、少なくともこの人には、獣人をさらうようなことは良くない、ダメなことだって認識はあるらしい。
助けたくても、獣人をさらうような連中の背後には権力者がいるため、ギルドも手を出せないといった事情もあるのだろう。ここにはここの事情がある。知らないことだらけな俺がそこを責めても何も解決しない。
しかし、ギルドに対する俺のイメージが変わってしまった。
小説や漫画やアニメの影響で、冒険者ギルドは国の権力に負けない独立組織みたいに思ってた。でも実際は、権力者の意向に立ち向かえるような力はないらしい。少し残念だけど、現実的に考えたら当然だよな。
ギルドが権力者に逆らえるような組織だったら、そもそも国家が成り立たない気がする。
カウンターを離れ、依頼掲示板に移動する。貼り付けられた依頼を見ながら、気になったことをロイネに尋ねる。
「グレイシアの村が、また襲われたりしないかな」
「大丈夫じゃない? 普通に戦ったらかなり強いよ。獣人の身体能力はオルトももう見たんだから知ってるよね?」
確かに。走るだけなら俺の方が走れた。でも廃墟に近づく時の動きや、獣人狩りの手首を切り落とした時の動きは、俺の身体能力でも真似できそうに無い素早さがあった。あの独特な低い姿勢での素早い動きは、きっと獣人ならではなんだろう。
「対策だって考えるだろうしね。もし村が危険だったら、オルトに求愛なんてしてる余裕ないと思う。良かったね」
良かったね……に棘がある気がする。そこは流そう。
「そかー、じゃあ次の依頼、何にしよっかなー。ロイネは何かやりたいこととか、どこか行きたい町とかある?」
「じゃあ北部に行きましょ。涼しい町に行きたいわ」
「ここも暑くはないけど」
この辺りは過ごしやすい気候だと思う。
「オルト、温泉好きだよね。涼しい地方の温泉は凄くいいって聞いたことがあるの」
「あ、それは確かにいいね」
「オルトはきっと、記憶が曖昧になる前も温泉が好きだったと思うの。だから温泉巡りがいい刺激になるんじゃない?」
記憶の混乱は大きな改善がない。いや、改善してるのかもしれないけど、俺がそこに拘ってない。だって、こっちの生活が楽しかったり凄かったりで、転移する前のことをゆっくり思い返す暇がない。今も、今後のことやグレイシアのこと、そして対人戦のことで、頭が一杯だからな。
それに記憶が戻ったところで、日本はもう異世界だ。戻る手段があるかも分からない……そういえば、 戻る手段があるのかまだ一度も確認してないぞ。
「ロイネ、異世界からの転移って聞いたことある?」
「それって、漂流者のこと?」
「漂流者? 何それ」
「この世界とは別の世界から来たって言ってる人のことよ」
「居るんだ!」
これは驚いた。俺と同じ境遇の人が一般にも認知されてるんだ!
「そう語る変な人たちは居るよ。それが本当かは知らないけどね」
「その漂流者ってどこに居る?」
会ってみたい。「変な人たち」ってことは、何人も居るってことだよな。今の所、日本に戻りたいって思いが強いわけじゃないけど、俺と同じ境遇の人たちがどんな人たちなのかは気になる。まぁその人たちが、日本や地球から転移してきたとは限らないけど。
「そういう人が集まって住んでる場所があるって聞いたことがあるだけ。確か帝国のどこかよ」
「帝国?」
「この大陸で一番大きな国よ。それも忘れちゃってるんだ。オルトの記憶って、まだまだ全然戻ってないのね。エルガルド帝国よ。ここのサリウス王国の東。と言うかエルガルドから西に突き出た部分がサリウスよ」
ロイネがギルドの壁にあった地図を指差して教えてくれる。
なるほど、この大陸はこんな形なのか。サリウス王国は、ユーラシア大陸に例えると、イベリア半島的な場所っぽいな。その東のエルガルドがデカい! ロシアみたい。そんで、そのエルガルドをサリウスに近いサイズの国が囲んでるって感じだ。
「今はどのあたりなの?」
「それはこっち」
ロイネが、サリウスの地図を指差す。
「赤い点があるでしょ」
サリウス王国の地図、その中央から少し東に赤い点がある。
「ここからエルガルドって近い?」
「近くはないけど、行ってみたいの?」
「そうだね。俺の出身地はこの国じゃなさそうだしね」
その漂流者に会いたい……とか言ったら、俺も変な人だと思われそうだから、記憶を取り戻すためってことにしとこう。ロイネには、いつか本当のことを話すつもりだけど、この世界で漂流者ってのが、どう言う扱いなのかを詳しく知ってからだ。
「そっかー、それも面白いかもね。冒険者なら国境を越えるのも、指名手配されたりしてなきゃ簡単だしね」
「もし俺がエルガルドに行くと言ったら、ロイネはどうする?」
「もちろん一緒に行くわ。私はもっと強くなって、もっと稼げるようになりたいの。そのためにはオルトが必要よ。だからどこへでもついていくから、そのつもりでいてね」
笑って言ってるが、目が本気だ。ロイネは、ロックゴーレムで稼いだ金のほとんどを、ギルドから支援してる子たちに送った。防具を新調したけど、それも高級品ではない。死んだ仲間の子供たちを支えるのは、ロイネにとって何よりも大切なことなんだろう。
俺はその姿勢に好感が持てる。正直に俺の力が必要だって言ってくれるのも嬉しい。人間関係の駆け引きって、身近になるほど面倒なんだよね。仕事としてなら、どんな相手とでも合わせるのが当たり前だったけど、身近な存在とは正直な気持ちが言える関係が良い。ロイネはその点で見て、とても関わりやりやすい相手だ。
「置いていくなんて言わないし、ロイネが無理だったら諦める気だった」
「そうなんだ! でも大丈夫。私は自由だから。どこにだって行けるよ」
「自由って、そういえばロイネの両親は?」
女性がソロで冒険者をするのはなかなかに大変なことだと思う。ロイネには生存率を高める、警戒と脱兎のスキルがあるけど、それでも家族は心配だろう。
「私の両親は、王都でパン屋をしてるの」
「え……パン屋?」
「意外でしょ。代々パン屋なの。でも私は、そのパン作りの才能がダメすぎて、好きに生きろって感じに追い出されたの。兄さんたちは、それぞれ大きな町で店を出してるのにね」
追い出されたとか言ってるが、そこに悲壮感がない。
「追い出されたと言っても、ロイネは冒険者生活が嫌いじゃないんだろ?」
「もちろん。この生活が大好きよ。色々あったけど、やめようと思ったことは一度もないわ」
迷いのない言葉だ。
「でも、なんだかんだ言って家族は心配してるんじゃない?」
「うーん、まぁそうかも。最近は戻ってきてもいいぞって言われることが増えたかも。売り子くらいはできるだろって。あ、そうだ。エルガルドに向かうなら、途中でテッセラって町があるから、そこに寄っていい? 最近、兄の1人がテッセラで店を開いたらしいの。両親には仲間ができたことを手紙で伝えたけど、オルトを兄さんに会わせておけば、家族皆が安心すると思うんだ」
なるほど、本当に追い出されたわけではなさそうだ。なんだかんだ言って家族仲が良さそうで良かった。
「わかった。行こう。頼りになる仲間に見えるように頑張らないとな」
「大丈夫よ。オルトが頼りになることは会えばすぐに分かるから」
俺たちの目的地が、北東部で一番大きな街「テッセラ」に決まった。そこでロイネの兄さんに挨拶して、その後はエルガルド帝国だ。
「あと、テッセラで、私の用事も済ませてもいい?」
「もちろん。ロイネには世話になってばかりだからな。やりたいことがあったら、ロイネが好きに決めていいよ」
「それはお互い様でしょ」
「お互い様なのかな。俺が世話になってることのほうがずっと多い気がする」
「細かいこと気にするのね。オルトの癒やしの加護は、そういうレベルの価値じゃないんだけど、まぁオルトがお互い様って言うならそういうことにしとこ」
俺の癒やしの加護の価値を高く評価してくれてるのは素直に嬉しい。でも、実際にやってることは、寝る前にロイネに触れてるだけだからな。さすがにそれだけのことで、お互い様とは思えない。
「で、その用事って?」
「昇格試験を受けようと思うの」
とても楽しみって顔で、ロイネが目を輝かせる。
「おお、Bランクになるのか!」
「Cランクで3年間の経験って条件が満了したからね。たぶん実績も大丈夫だから、あとは模擬戦で力を認めてもらえたら昇格できるはずよ」
「自信のほどは?」
あるからこそ受けるんだろうけど聞いてみる。
「満々よ。オルトと出会った頃の私と今の私とじゃ、身体能力が段違いだからね」
「じゃぁ合格間違いなしって感じだな」
「オルトのおかげよ。合格したら一緒にお祝いしようね!」
「楽しみにしとくよ」
悩みも増えたが、楽しみも増えてる。異世界に来てから、俺の人生は先が見えなくなったけど、日本みたいな平和で魔物も盗賊も出ない環境では経験できないことが、次々と経験できてる。恐ろしい体験も、不快な思いもしたけど、この生活は悪くないと思う。
俺って、自分で思ってる以上に刺激が好きなタイプなのかも。転生してからの生活を振り返ってみると、ずっと目先の楽しさを追いかけるように暮らしてきた気がする。
日本の暮らしに未練がないわけじゃない。ハンバーガー、うどん、天ぷら、そしてカツ丼にすき焼き。そういった好物を思い出しただけで、もう二度と食べられないのかと悲しい気分にもなる。やっぱり食は日本が一番だ。
でも、その悲しい気分を忘れるくらい、この世界は刺激的だ。ロイネが教えてくれた、漂流者ってのが気になるけど、気になることを挙げたら両手じゃたりないからな。
あちこち行って、色々楽しんで、冒険者としてもロイネと2人でしっかり経験を積みながら先に進もう。
あ……グレイシアも一緒だった。不安要素もふえちゃたけど……まぁ前向きに行こう。
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