第18話 荷馬車の運搬
テッセラまでは、荷馬車運搬の依頼を受けることにした。初めてやる仕事だ。テッセラまでは途中に魔物が多いエリアがあり、荷馬車も客車も護衛が必要で、その中でも、一番初心者向きな、小さめの馬車を自分たちだけで運ぶ依頼を受けた。
この仕事は、最悪失敗しても、被害が荷物だけになるが、荷物を弁償しなきゃならなくなるリスクもある仕事だ。ロイネからCランクなら余裕な仕事だと聞いてはいるが、初めての仕事なので少し緊張していた。
俺は馬を操れないので、ロイネが手綱を握ってくれた。と言うことは、魔物の相手は俺の役目だ。
「出発か?」
リースを出てすぐに、グレイシアが姿を見せた。その手にはウサギが握られている。
「よく分かったね」
「マーキングしたからな」
マーキングされてたのか! あれか、首筋をベロンとされたあれか!
「そのウサギは?」
ロイネがどことなく不機嫌に聞く。
「昼飯だ」
グレイシアが淡々と答える。
「馬車、汚さないでね」
「分かってる」
「じゃあ乗って」
グレイシアについては、昨日の夜、ロイネと話した。拒否するかと思ったら「グレイシアが一緒に来るのはグレイシアの自由」とのことだった。
その理由を聞いたら「グレイシアの方が強いから」だった。強い者に無理やり言うことを効かせるのは無理。特に獣人は自分より弱いものの言うことなど聞かない。と言うことらしい。
そしてその基準がイヌ科獣人の場合、走り比べになるらしい。ロイネはあの時に走り負けてるからな。ロイネとの話で、人間と獣人の価値観の差を少しだけ理解することができた気がする。
馬車は北へと続く街道を順調に進んでいた。
「オルト、グレイシア、そろそろ魔物が出るかもしれないから、そのつもりでいてね」
ロイネが振り返って俺たちに声をかける。
「ああ、いつでも」
「問題ない、だがまだ魔物は来ない。匂いがしない」
「そんなこと私だって分かってる。オルトが慣れてないから心構えを伝えてるだけだし」
なんか微妙な空気だ。仲良くしてくれるといいんだけど、そうもいかないか。
昼頃になると、たまに馬車とすれ違うようになる。すれ違う人たちが俺たちの馬車に、好奇の視線を向けてくる。その視線はグレイシアに集中しているようだった。
「やっぱり目立つな」
グレイシアは、灰色の綺麗な毛並みが目を引くすらりと伸びた手足、豊かな胸に大きな尻、そして申し訳程度に胸と尻を隠してるだけの服装だ。
俺としては、まさに漫画やアニメで見てた獣人って感じだけど、このサリウス王国だと、獣人は山奥か森の奥で暮らしてるから、どこにいても珍しくて目立つらしい。冒険者登録ができない獣人が、護衛をしてるってのも不思議な光景なんだろう。
見通しのいい場所で馬を休ませ、昼食のパン食べる。その短い時間でグレイシアが持っていたウサギの血抜きを済ませた。そして、とても慣れた手つきで解体され、その半分を生で食べる。
それを見て、ロイネが不快そうに顔を歪めている。でも俺は、意外にも平気だ。手術室でも働いてたから、グロ耐性が高いんだろう。それよりも、グレイシアが肉をナイフで薄く切って食べてる様子を見て、日本のことを思い出した。肉刺し、ユッケ、レバ刺し……あとは魚の刺し身も食べたい……と。あ、またちょっと記憶が蘇った。面白いな。こういう何気ない時に蘇ってくる。
そう思いながら見ていたら、手が血まみれになったグレイシアが、残りの肉を荷物袋に入れ、どこかに走って行き、すぐに綺麗になって戻ってきた。
「水場がわかるんだ!」
「匂いでわかる」
獣人ってすごいな。実にたくましい。
再び馬車を走らせ、しばらく経った頃だった。街道の両脇に森が広がる場所で、異様なうめき声が響き渡った。
「来るよ!」
ロイネの鋭い声が響く。
森の木々の間から飛び出してきたのは、3体のゴブリンだった。
ゴブリンは小柄で、汚れた皮の鎧をまとい、錆びた剣を構えている。防具は古く、サイズがまるであってない。きっとここで襲った人から奪ったものなんだろう。ゴブリンは俺から見ても雑魚だけど、個体数が多くて被害の数は少なくない魔物だから油断はできない。
「オルト、お願い!」
「分かった!」
俺は荷台から飛び降りた。グレイシアも同時に馬車から飛び降り、獲物を見定めた狼のように低い姿勢で駆け出す。
「グレイシア、待って!」
ロイネがグレイシアを止める。
「オルトはまだ戦闘の経験が少ないの。馬車の護衛も初めてなの。だからオルトの獲物を奪わないで」
グレイシアが馬車を振り向く。
「分かった。そう言う事なら反対側を守ろう」
ロイネの指示にグレイシアがどう反応するか少し気になったが、グレイシアはロイネの指示に素直に従った。2番目でもいいと言ってたのは、もしかしたら女としてだけでなく、序列的な意味もあったのかも。
なんて事を考えてたら、ゴブリンが奇声を上げながら近づいてきた。でもゴブリン程度じゃもう怖くない。武器を持ってるのも好都合だ。買ったばかりの盾を試そう。
「ギキャー」
なんとも気色の悪い声だが、もう聞き飽きてる。そんな錆びた剣の雑な振り下ろしなんかじゃ俺は倒せない。
ガ、ガンッ!
カイトシールドで剣を受け、そのまま叩きつける。ゴブリンがトラックにでも撥ねられたかのようにと飛んでいく。
「おお、ロイネが言ってた通り、盾で攻撃するのもいいね!」
なかなかに爽快だ。
「そんなに遠くに弾き飛ばしたら、魔石の回収ができないけどねー」
「あ、そうかも」
荷馬車を守るのが仕事の最重要項目だけど、魔物の魔石は拾えるなら拾っておきたい。ゴブリンの魔石なんて最安値の魔石だけどチリも積もれば……だ。
「無理して拾う必要はないけど、余裕があるなら進む先に弾き飛ばしたらどう? 護衛しながらだと全ての魔石を拾うのは無理だけど、拾えるものは拾っときましょ!」
「そうする!」
ガンッ!
次に向かってきたゴブリンを盾で馬車の前方に弾き飛ばす。派手に転がっていったゴブリンが、黒い煙となって魔石だけを残す。
「いいね! そんな感じよ」
盾、凄くいい感じだ。なんというか安心感が違う。ゴブリンなら盾だけでも余裕だけど、敵を盾で止めてからの攻撃も練習しとこう。
次々に出てきたゴブリンを、盾とメイスで倒す。
「気をつけてね。こんな風に待ち伏せするゴブリンには、上位種の指揮官が居るのを忘れないでね」
事前に説明してくれたことをロイネが繰り返す。しかし、ゴブリンを10匹ほど倒したところで、襲撃が終わる。
「上位種、でなかったな」
「戦力差が圧倒的だったからね。逃げたんだと思うわ」
おお、俺に恐れを成して逃げたか。そう思って、馬車に戻ろうとしたら、赤黒く染まったグレイシアが目に入る。
「うわ! グレイシア、大丈夫か?」
「問題ない。全て返り血だ」
「それならいいけど……気持ち悪くない?」
俺も多少は汚れたけど、盾のおかげで以前ほどじゃない。盾はそういう面でもいいな。
「まぁ、魔物の匂いは不快ではある」
そう言って、全身をブルブルと震わせる。水に濡れた犬がやるやつだ。血が周囲に飛び散るが、さすがにそれだけでは綺麗にならない。
「水場まで走ってきていいか?」
「えっと……」
俺には判断ができないから、ロイネに目を向ける。
「好きにしたら。グレイシアはこの護衛を受けてるわけじゃないんだから」
「わかった。進んでくれ。すぐに追いつく」
そうだった。グレイシアは俺と同行してるだけだからな。基本自由だ。
森の中に走っていったグレイシアを待たず、ロイネが馬車を進める。
「グレイシア、血まみれだったな」
「ナイフであれだけの数を切り刻めば血まみれにもなるわ」
「どれくらい倒してたの?」
「森の中まで走り回ってたから、正確な数は知らないけど、音からして30匹は倒してるとおもうわ」
「え、俺も絶え間なく戦ってたのに、3倍も倒したってこと?」
「獣人だからね。森の中は自由自在みたい。まったく、恐ろしいくらいの戦闘能力よ」
「もしかして、ロイネより強い?」
ロイネが少し不機嫌そうだから、恐る恐る聞いてみる。
「認めたくないけど、走りだけじゃなく戦闘能力もグレイシアのほうが上ね。今の私じゃ勝てない。脱兎で逃げてもあの早さで追いかけれたら、逃げ切れるか微妙ね」
「それは……凄いな」
ロイネが言うんだから、そうなんだろう。警戒スキルで相手の強さが分かるっていってたもんな。
「宿場についたら訓練よ。最近さぼりぎみだったしね。付き合ってね」
「わかった」
ロイネの瞳に炎が見える。グレイシアをライバル視してるんだろう。
「あ、もどってきた」
ロイネにつられ背後を見ると、グレイシアが走ってくるのが見えた。グレイシアは荷馬車に跳躍し、静かに四肢で着地する。なんとも動物的な動きで滑らかだ。
「オルト、お前は面白いな」
グレイシアが座りながらそう言う。
「なにが?」
「とてつもない身体能力を持ちながら、戦闘技術は未熟。冒険者としても経験不足というのはどういうことなんだ? 最近まで戦闘に関わらずに生きてきたということか? この旅はどこへ向かう旅だ? 何が目的なんだ? 無理にとは言わないが、良ければ教えてもらいたい」
こっちを静かに見てる。表情が少なめで感情がわかりにくいが、同行する者としては当然知りたい情報だろう。
「目的かぁ……」
俺は記憶を取り戻すための旅で、ロイネは俺の癒やしの加護で強くなるための旅ってことにはなってるが、正直、そこまで必死に記憶を取り戻したいと思ってない。漂流者の話を聞いて、その人たちに会うことが目的に追加されたけど、それは記憶を取り戻すためと言うより、好奇心でのことだ。ぶっちゃけて言うと、この世界が楽しいから、旅をして色々見たいってのが正直な気持ちだ。素直に伝えてみよう。
「実は俺、転移トラップの影響で、記憶が曖昧になってるんだ。国の名前や自分の名前すら思い出せない状況でね。トータスって町の近くで、ロイネに助けてもらって、それから生活のために冒険者になって、今に至るって感じなんだ」
ロイネの事情は言わない。それは俺が言う事じゃない。
「記憶障害か……それは大変だったな」
少しだけ悲しげな表情になった? 俺を憐れんでくれてる? うん、わかりにくい。
「しかし、その身体能力だ。きっと以前は名のある武芸者だったのだろう。旅をしていれば、誰かに気づいてもらえるかもしれないな」
この身体能力も、この世界に来てから身につけたものです。俺は武芸者ではなく看護師だった。そこはハッキリと覚えてる。
「そうだといいんだけどねー」
この世界に俺をしってる人なんていないだろう。いや漂流者には可能性があるかもしれないけど、それこそ微粒子レベルの可能性だ。
「実は今の生活が楽しくて、あまり記憶障害のことは気にしてないんだ。だから気を使わなくていいよ」
そういう設定なだけだからね。
「強いな。わかった。気にしないでおこう」
メンタルが強いって受け止めちゃったか。まぁ最初は困惑したけど、結構すぐに順応してこの世界を楽しんでるからな。強いと言えば強いのかも。
しかし、異世界転生と言えば、使命があったり、宿命があったり、魔王の討伐を依頼されたりってのが定番だけど、俺には何もないな。転移してくる前に、神様に会ったような記憶もない。癒やしの加護がちょっとチート気味だけど、チートにしては地味だ。
きっと、何かのための転移とかではないんだろう。でも、そこを確認するためにも漂流者って人たちには会ってみたい。漂流者の中には、なにかそういうものがあって転移してきた人がいるかもしれない。なくても楽しいからいいんだけどね。
「森を抜けるわ」
森を抜けて草原に出る。草原の草を揺らす風が気持ちいい。そして馬車に揺られ続けて尻が痛い。こんな体験は転移してなかったら絶対にできなかった。記憶が曖昧で、使命や宿命らしきものもないが、だからこそ気楽に楽しめてる。なんでこんなことになったのかは気になるけど、毎日がとても楽しいから今はそれで十分だ。
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