第11話 番外編~ただの友達とはしない
5月のある土曜日の昼前、タケルが帽子を被りながら、
「これから出かけてくるよ。」
と、同室のテツヤに言った。2段ベッドの下の段で寝そべってスマホを見ていたテツヤは、
「どこに?」
何の気なしにそう聞いた。するとタケルは、
「ニューヨーク。」
さらりと言った。
「え?!今から?」
テツヤが目を丸くするも、タケルはデイバッグ1つでさっさと部屋を出て行ったのだった。
留学を終えたシンが、アメリカのバンド「グロウン・ワークス」のコンサートにゲスト出演する事になったのだった。タケルはそのコンサートを観に行くのだ。
シンは留学前にも一度ゲスト出演している。シンは昔からグロウン・ワークスのファンで、グループとしてグロウン・ワークスと一緒に仕事をした際、ボーカルのマークからギターをもらった事もある。そして、留学の直前にはソロ活動の為の楽曲を提供してもらったのだ。
そんな経緯から、シンとマークは仲が良い。マークの方がだいぶ年上で、マークはシンをたいそう可愛がっている。
コンサートは土曜日の夜だった。タケルはニューヨークに着くと早速シンの楽屋へ行った。
「シン兄さん!」
既に衣装に着替えたシンは、タケルを見てちょっと呆れたように笑った。
「本当に来たんだ。とんぼ返りになるのに。」
タケルがハグをしようと近づいて行くと、シンはポンポンとタケルの背中を叩いた。つまり、あいさつ程度のハグだった。タケルは少し寂しく思いながらも、笑顔を作り、
「頑張ってくださいね、客席で観てますから。」
そう言って楽屋を離れた。
コンサートが始まった。タケルはビップ席の一番後ろで立っていた。グロウン・ワークスの関係者がいるので、遠慮もある。
コンサートの後半になり、いよいよゲストのシンが登場した。キラキラした衣装に身を包んだシンは、マークに出迎えられ、ハグをした。マークはそのままシンを抱きかかえて振り回した。マークは歳を取っていても、シンやタケルよりもかなり背が高く、体格もいい。アメリカ人なので。
シンが歌を歌った。2曲目、マークが電子ピアノを弾いて、その横にシンが座って歌う場面があった。スポットライトが2人を照らし、2人のアップ映像がスクリーンに映し出される。シンは元々可愛らしい顔をしているが、マークの前ではまるでお姫様のようだ。さっきの抱きかかえてのクルクルといい……タケルはそう考えてちょっと歯を食いしばった。
マークはピアノを弾きながらコーラスを務め、シンとマークの声が綺麗にハモった。歌が終わると、感極まったのか、マークはシンの肩を抱き寄せ、シンの頭にキスをした。シンは照れたように笑っている。ファンだから嬉しいのだろうか。タケルは顔に出さないように努めつつ、内心穏やかではいられなかった。
本番が終わり、タケルはシンの楽屋に入って行った。すると、衣装のジャケットだけを脱いだ状態のシンが振り返った。
「シン兄さん、お疲れ様!」
「タケル!」
シンは、本番前のあいさつ程度のハグとは違い、今度はガッツリとタケルにハグをした。タケルは面食らったが、
(感極まって、か。マークにハグとかキスとかされたから……)
そんな風に思った。だから、悔し紛れにタケルもマークと同じように、シンの頭にキスをした。それから、自分はマークよりもシンと親しいのだ、と思い直し、シンの頬にキスをした。
ドクン!……シンの心臓が大きく跳ねた。タケルから、頬にキスをされたのは初めてだった。シンの方からは2度ほどした事があるが。まだハグをしたまま、シンは顔を上げた。まだドキドキが止まらない。シンの唇は徐々にタケルの唇に近づいて行った。
思わず頬にキスをしてしまったタケルだが、シンが顔を上げたのでドギマギした。そうしたら、何だかだんだん近づいてくるのだ。シンの唇が。
(何だ、何だ?何だー!?)
と、そこへノックの音がした。
「タケルさん、そろそろ時間です。」
マネージャーの声だった。その瞬間、シンはタケルの頬にキスをした。
「またすぐ会おう。」
シンが笑顔で言った。タケルも笑顔になって、楽屋を後にした。
後日、メンバー7人全員でライブ配信をした時、他のメンバーから、シンがマークにキスをされたという話題を振られたシンは、
「欧米人とは場合によってはするけど、俺は東洋人だから、ハグくらいはするけど、ただの友達とキスはしないよ。」
とハッキリ言った。少し離れて座っていたタケルは、ちょうど飲み込もうとしていたコーヒーで派手にむせた。
(ただの友達とはしない?じゃあ、するのはただの友達じゃない……?)
今度は顔に出てしまったタケルであった。
「タケル兄さん、大丈夫ですか?顔が真っ赤ですよ。」
隣にいたレイジに心配されたのであった。
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