第7話
十神施設長は腕を組み、燎を見下ろした。
「そう……、それはどんな悩みかな?」
「夢の中で女の人に殺されるんです」
「あら、それは物騒ね。どんな女の人なのかしら」
「真っ白なローブを羽織っていて……、仮面を被っていました。真っ白で、笑っているやつです」
静まり返った室内で時計の針の音だけが聞こえる。
「あの……?」
「ああ、ごめんなさい。それで、なんで女の人って分かったのかな? 仮面を被っていたんでしょう?」
「髪が長かったし、胸がローブの上からでも分かるくらい膨らんでいたので……」
「なるほどねえ……。それで? 君はどうやって殺されちゃったのかな?」
「分かりません。周りが白い靄に覆われて、それを吸ったら急に……。倒れてしまってそのまま、です」
「ふんふん、なるほど。君は実に愉快な夢を見たようだね。……ところで、それは本当に夢なんだよね?」
細められた金瞳が燎を鋭く捉える。
「そうです。なんで、そんなことを訊くんですか?」
「あまりに具体的だったからね。でも、そうね、夢ね……」
十神施設長はしきりに一人で頷きながら、机に戻って行った。椅子に座ると、電話を取る。
「……彩羽ちゃんを呼んでくれる? ええ、そうよ。お願いね」
唐突に出てきた「彩羽」の名前に燎は首を捻った。
「さて、君の夢のお話をもう少し聞かせてくれるかな。具体的に」
机の腕手を組み、ひたと視線が燎を捉える。
「具体的に、ですか?」
「そうよ。夢の中で、君はどこにいたの? 誰がいた? 時間は? ほら、全部答えてくれる?」
有無を言わさない口調。答えないことは許されなさそうだった。燎はしぶしぶ――一縷の望みをかけ、分かる範囲のことをほぼすべてを話した。
夢という体にして、ヘルハンドに追いかけられたことや綾華のことも。もしかしたら、あの子供や綾華のことについてなにか分かるかもしれない、と期待を込めて。
ただ、一部。自分が同じ時間を繰り返しているという部分だけは伏せた。あくまで悪夢の体にしたかったのだ。
「――ふーん、面白いわね。君が見た黄色い羽の女の子。
「知ってるんですか?」
釣り針の餌に魚が食いついたようで、燎は高揚した。自分の知らない彼女、そもそも彼女が誰なのか知れるかもしれないのだ。
「もちろん。彼女は国直属の騎士団の一員。それも若手の超エリート。彼女に憧れる子も多いんじゃないかしら。禁足地関連の噂には事かかないもの」
「騎士団……」
「そうよー。……私達にとっては最大の敵かしら。目の上のたんこぶとも言えるわね」
「え……」
不穏な話に言葉が詰まると、ちょうど背後のエレベーターが開く音がした。
「お待たせいたしました。彩羽でーす」
背後を見ると確かに彩羽がいた。普段と変わらないにこにことした笑顔で部屋に入って来る。
「彩羽ねえ?」
「あれ、その名前で呼んでくれるんだ。最近は全然言ってくれなかったのに」
単に気恥ずかしくて言えていなかっただけだが、それをこの場で言う事は出来なかった。
「彩羽ちゃん? 聞きたいことがあるのだけど、この子の目の前で私のあげた力は使ったかしら」
「えー? 使ってませんよー? というか話していいんですか?」
「本当はダメなんだけどね。この子がおかしなことを言うから……。ねえ、君、さっきの夢の話、もう一度してくれるかしら」
「いいですけど……」
燎は状況は分からないが、言われた通りに夢の体にしている話をもう一度した。
「――ふーん。だから、朝うるさかったんだ」
「どう思う? 彩羽ちゃん。私は実際に見たとしか思えないんだけどねえ」
「……私もそう思いますね。いくらなんでも知り過ぎです」
燎は、二人の話がなんだかよくない方向に行っているとしか思えなかった。
「それに、ちょうど今日やれそうだったんですよ。なんだか、それを見た来たかのような感じですね」
「あなたがそう言うのなら、そうなのね」
「ええ、でも大丈夫じゃないですか? 夢なんですから」
彩羽の言葉に十神施設長は押し黙る。じっと、彩羽と視線を交わした。
燎はどうしたらいいのか分からず、二人の顔を交互に見るが、まるで変らない。
「そう、夢なのよね。彼が言っていることが本当だとしたら」
「噓なんかついていません。全部夢です」
「本人もそう言っているし、しばらく監視をつければ――」
「ダメね」
彩羽の言葉を十神施設長はぴしゃりと遮った。
「原因が分からなさ過ぎるもの。それを知れないのはダメ。彩羽ちゃん、あなたが庇いたいのは分かるけど、それは出来ない相談ね。中身を調べないと」
十神施設長の言っている言葉を燎はまるで理解できなかった。ただ、悩みを聞かれただけではなかったのか。一体、どこから間違えてしまったのか。
嫌な予感だけがする。
「彩羽ちゃん、地下で調べて。あなたがやるの」
「……分かりました」
驚くほど低い声だった。普段の彼女とは似ても似つかない。
「ごめんなさいね」
十神施設長がそう言うと、彩羽は燎の腕を掴んだ。
「いたっ」
「燎、地下室に行くよ」
「い、いやだっ。何するんだよっ」
「ただ調べるだけ」
腕を離して逃げようとする燎を彩羽は腕一本でズルズルと引き摺っていく。
為す術なくエレベーターの中に引きずり込まれる。
「よろしくね、彩羽ちゃん」
「……承知しました」
エレベーターの扉が閉じられる。
一体どこで地雷を踏んでしまったのか。警鐘が鳴り止まない。
「彩羽ねえっ、お願い、地下はやめてっ」
「……燎、それは無理。本当に夢だったのか確かめないと。夢ならいい、でもそうじゃないなら、徹底的に調べないといけない」
「夢に決まってるっ。なんで信じてくれないんだっ」
「ごめんね、燎」
やがて開いた扉の先は真っ暗闇だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます