第18話 されこうべと血④
四人は木原と共に、近くの喫茶店に立ち寄った。
着席してすぐに村岡が「早速ですが、お話を聞かせて下さい」と切り出す。
村岡の隣の席を取った龍円は、すぐに彼女がまた例の、人間の輪郭を見るような目をして木原を見つめていることに気付いた。
それだけで十分にぞっとする。その意味を察知できるほどには、龍円も村岡について理解が及んでいた。
村岡には何かが見えているのだ。この木原の何処かに。
木原は、運ばれてきたホットコーヒーを苦い顔で見下ろしながら、大きく溜息を吐いた。
「急に声をかけて申し訳なかった。だが、君達の目的を陽介から聞いたら、もういてもたってもいられなくてな」
ふっと、コーヒーの面に波紋が立つ。映りこんだ景色が、木原の顔が、ゆらりと歪む。
「いえ、お気持ち本当にありがたいです」
言葉を返したのは茜だった。
「それで、
木原は眉間に深い皺を刻むと、テーブルに肘を付いて両手を組み、そこに顔を預けた。
「――秀介は、昔から野球一筋だった。当然のように甲子園を目指していた。念願叶って出場は果たしたが、残念ながら一回戦敗退でな。それですぐに菰野岩に戻ってきたんだが、それから翌週だったかな……川辺のグラウンドで、ボロボロの恰好をした坊主頭の若い男を見たっていうんだ」
ん、と龍円の中で何かが引っ掛かった。
「すいません。あの、峯山秀介さんが目撃したっていうんは、球児の霊なんですよね?」
木原は「いや?」と即答した。
「あいつは坊さんだって言ってたぞ」
その場にいた全員が息を飲んだ。
それは、全く想定外の言葉だったからだ。
龍円が腰を浮かしかけながら問いかける。
「あの、本当に僧籍の人間、だったんですか?」
「そうせき……?」
「ああ、僧侶です。お坊さんのことです」
「だから、今そう言ったろう。秀介のヤツは目が良かったからな。といっても、視力の良し悪しが霊を見るのに関係するのかどうか俺は知らんが。ただ、秀介はハッキリ霊のことが見えていた。ボロボロの恰好だったが、それが着物姿だってことはわかったし、手甲に、それから脚絆もつけていて、草履も履いていたと言っていた」
木原の言葉に、村岡がちらりと龍円へ目を向けた。
「鈴木少年、どう思う?」
龍円は困惑しながら、何度も瞬きをくり返した。
「――多分、
村岡を見返すと、彼女はうんうんと頷いて見せた。
「極めつけが坊主だ。その上目撃場所がグラウンドだろう? 本当は僧侶だった『甲子園の魔物』が球児に見えたとしても全然おかしくないってことか」
これは話が変わってきたぞ――と、村岡は龍円にしか聞こえないくらいの小声で呟いた。同じ口で、にやり、と場違いにも不敵な笑みを浮かべる。
「木原さん、秀介氏は、他には何か言い残されていませんか?」
村岡が少しばかり前のめりになって木原に問いかける。右肩からするりと髪が零れ落ちて、ふわりとホワイトムスクの香りがした。
「ああ、そいつを見て霊だと思った理由っていうのがあって、それがデカい茶壺入りの血まみれのされこうべ、つまり、頭蓋骨を抱えてたんだと」
一瞬のうちに、その映像が龍円の脳裏に浮かび上がった。
僧形の男がその手に茶壺を抱えている。そう、確かにネットの書き込みでも、その手には何か大きなものを抱えていたとあった。
その正体が、茶壺入りの、血まみれのされこうべ。
ぐっと反射的に腹に力が入り、喉の奥に吐き気がこみ上げた。
一体何なんだ、その
どうしてそんなものが菰野岩に?
というか、もしこの僧形の化け物が本当に甲子園から砂についてやってきたのだとしたら、全国で目撃されている球児の霊が、実は僧侶の霊だったのだということになる。
凡そ五年周期で甲子園から全国へ向けて流出する僧侶の化け物。そう言葉にしてまとめてみただけで、その異様さに眩暈がする。僧侶と野球、甲子園と化け物、どこにも全く繋がる部分がないではないか。
しかし、そういった目撃情報がある以上、無視するわけにはいかない。
木原はそのあとを、こんな言葉で締めくくった。
「秀介は――山に入って、獣道で脚をすべらせ岩の上に落ち、頭を割って死んだ。三十八の時だ」
「三十八って、けっこう最近ですか?」
木原は、硬く握りしめていた拳を解いて、一口コーヒーを飲みこんだ。
「――そうだ。あの化け物をグラウンドで最初に目撃してしまった日から凡そ二十年間、あいつはことある毎に、あの坊主の化け物を目撃し続けてきた。場所なんかもう関係ない。気が付けばそこにいて、じっとこっちを見ているんだって、そう怯えていたよ。……そんなものに追われ続けていたら、誰だって発狂ぐらいするに決まっている」
そう言って溜息を吐いた木原は、ズボンのポケットからスマホを取り出すと、画面を龍円達へ向けて見せた。
「これが、秀介から俺に送られてきた最後のメッセージだ」
そこに示されていた短い一文に、全員が言葉を失った。
『霜が終わるから、りんを迎えに行かなきゃならない。すまない、オレは行く』
「意味がわからんだろう。本当に……畜生」
顔を片手で覆いつつ、絞り出すように紡がれた木原の言葉だったが、その短い一文に共通する言葉が、空也から龍円にかけられていることを、この場に集った学生達は知っていた。
会計を済ませ、茜と椎菜が先に店の表へ出たあと、それに続こうとした木原に向かって、村岡が「木原さん、最後に一つ」と呼び止めた。
「なんだろうか」
「峯山秀介氏の持ち帰った、甲子園の土を持ってはいませんか?」
「――何? 甲子園の土? ああ、形見分けとして、陽介から少し分けてもらったが」
やっぱり、と村岡が口の中で小さく呟く。
「それ、すぐに陽介氏にお返しするか、もしくは甲子園まで行って捨ててきた方がいいです」
「それどういう」
「――多分、量が少ないか何かが原因しているんだと思いますが、木原さんにも、例の『甲子園の魔物』の道がついてしまっています」
「な」
「かなり細いですが、断ち切っておくに越したことはありません。なるべく、早急に」
「君は、なんなんだ? 陽介にって、そんな、陽介に返したりして、陽介に何かあったら」
「それは大丈夫です。陽介氏には、道はついていませんでしたから」
村岡は眉間に皺を寄せると、悔し気に呟いた。
「何か、他にもトリガーがあるんだとは思います。それが何かまでは、私にもまだ掴めていませんが」
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