第17話 されこうべと血③


「――つまり、自殺した野球部員というのは水元氏のことで、その水元氏は甲子園から帰郷したのち、グラウンドで球児の霊を目撃していると」

 小南のおばちゃんから聞いた話を、村岡は茜へ簡潔に説明した。

 聞いた茜は、「ふむ」と頷いて見せる。

「なるほどな。俺の脚と尻が痺れていたお陰で、いい収穫になったな」

「えぇ、えぇ、そうですわねぇ?」

 ドヤ顔での茜の言葉に、椎菜が片頬を引きつらせて笑う。

 店で飲み物を買って出てきた三人と茜は、駅に向かって歩いていた。

「でもさー、これってやっぱり、甲子園から霊を連れてきちゃったってことになるのかなぁ。甲子園の砂に乗せて?」

 首を傾げる椎菜に、村岡は「状況的に見て、その可能性が最も高いだろうな」と返す。

 村岡の目が、再びあの遠くを見るようなものに変わる。

「それに、時間経過によって情報が圧縮されてる印象だな。話がごっちゃになって伝わっている」

「ごっちゃ、って、どのあたりがですか?」

 龍円が小首を傾げると、村岡はぴしりと人差し指を立てた。

「まず、『幽霊を見てショックを受けておかしくなった水元氏が自殺をした』。ここが第一の前提だな?」

「はい」

「そこから『自殺という望ましからざる理由で死んだのだから、霊になることもあるだろう』という発想が出る」

「わかります」

「その後、後年の部員からも霊を目撃したという証言が出た。その段階で『そういえば自殺した野球部員がいたな』という話が出て、伝承が『では、その霊は水元氏だ』という筋に書き直されてしまい、最初に水元氏が目撃した甲子園直送の霊の存在は、伝承からすっ飛ばされてしまったわけだ」

「あっ、なるほど……」

「だから、実際は後年の部員が目撃したのも、水元氏の霊ではなく、甲子園から連れてきてしまった霊だったんだろう。そいつがずっとグラウンドに居座っていると見たほうが、話の筋として無理がない」

 村岡のまとめに、龍円も「確かに」と考え込んでしまう。

「もし、後の人達に目撃されていたんが水元さんの霊やった場合、水元さんが目撃した甲子園直送の霊はどこへ行ったんや? って話になりますもんね」

「鈴木少年の言うとおりだな。元の霊がいなくなっていないんだったら、後年の目撃談には野球部の霊が二体並んでいないと筋が通らないだろう」

 村岡の言葉に、龍円は「ですよねぇ」と唸る。

「だが、そんな証言はどこにもない。ネットの書き込みにもなかったよな? 少年」

「はい、オレが知る限りありませんでした。目撃される霊は常に一体です。――でももし本当は二体の霊が並んどったんやとなると、次に霊を目撃した人が、水元さんのようにおかしくなってまって、その後その人まで亡くなってしまったんやったら、それで三体目の霊が並ぶってことになってまいますもんね」

「まるで野球部の整列みたいだな」

 茜の呟きに、龍円は顔をしかめた。

「なんか、嫌ですね。霊のナインがグラウンドに整列しよるみたいで」

 村岡が「ん」と瞬いた。

「それだと、十人目以降が出たら最初の霊から押し出されて成仏していったりするのか?」

 思わずといった様子で、茜が「はっ」と笑った。

「七人ミサキの焼き直しじゃあるまいに」

 茜の突っ込みに椎菜がぶるりと震えあがった。

「やだそれめっちゃ嫌すぎるんだけど⁉」

 村岡が椎菜の肩に、ぽんと手を置いた。

「だから、そうはなっていないって話だ」

「あ、せやけど村岡先輩」

 ふっと思いついて、龍円は三人に目を向けた。

「成仏するんやのうて、そうして押し出された最初の霊が甲子園に舞い戻って、また全国にある色んな学校に、砂に乗って行脚しよったんやとしたら? そいやったら、全国に目撃談が散らばっとるんも、話としては筋が通り――ます、よね?」

 と、そこまで言ってから、三人の顔が引きつっていることにようやく気付いた。

「どんだけ野球部員殺す気やねん、あんた」

 村岡の全力の関西弁を聞くのは、それが初めてだった。

 菰野岩駅に到着すると、四人は電車に乗り込み三日市へ向けて出発した。

 さっき小南のおばちゃんにも説明したとおり、龍円達はこれから、野球部の顧問に話をつけてもらったOBを訪ねることになっていた。

 電車に揺られる道すがら、村岡はここまで得てきた情報について、合致する点とズレている点を整理して語った。

「まず、たった今小南のおばちゃんから聞かされた話によると、当時を知る人間の間では、『甲子園帰りの野球部エース水元氏が、帰郷後、川辺のグラウンドで霊を目撃したショックで、調子をおかしくして後に自殺した』ということになっている」

「はい」

「だが一方、現在の校内に伝わる七不思議では、『甲子園帰りの野球部員が自殺してしまい、その霊がグラウンドに出る』となっている」

「つまり、因果関係が逆になっとるいうことですね?」

「そうだ鈴木少年。更にだな、例のネットの書き込みによると『ドラフトに掛からずそのショックで自殺した野球部部員が霊となって現れ、それを目撃した野球部が調子をおかしくしてしまう』となっていた。この三点、要素自体は合致していても、その現れる順番がメチャクチャになってしまっているんだ」

「確かに……」

 龍円は俯きがちに、村岡の口に出したことを少しずつ咀嚼してゆく。

 今日までの間に予定通り、椎菜と茜は野球部を訪ねて、顧問から七不思議について聞いてきてくれていた。

 結論から言うと、例のネットの書き込みは、やはり菰野岩のことを書いたもので間違いなかったらしい。あれは結局、PC部の生徒が投稿したものだったそうだ。

 水元氏の甲子園出場と逝去があったのは、小南のおばちゃんが語った通り90年代半ばのこと。そして、PC部によって書き込みがされたのは2010年代。つまり、両者間には明らかにタイムラグがあった。

 茜は「これは俺の推察だが」と断ってから「この話は90年代当時から七不思議として学内に伝わっていたんだろう。そして恐らく2010年代には、またどこか別の学校で『甲子園の魔物』が目撃され、その話がネットに投稿されていた」と続けた。

 ああ、と龍円も察する。

「つまり、その新しい書き込みを見たPC部の部員が、菰野岩にも同じような話が七不思議として伝わっとるとピンときて、自分もウキウキ書き込んだと」

「まあ、そういうところなんだろうな」

 顧問いわく、当時あの書き込みから在所の見当をつけた怪談マニア達が、こぞって菰野岩へ押し寄せたらしく、ちょっとした騒動になったそうだ。

 茜と椎菜が野球部顧問から聞き取れた内容は、小南のおばちゃんから椎菜が聞き出した話とも、完全に合致していた。

「それにしても椎菜先輩、小南のおばちゃんの話、よう遮らんと最後まで聞けましたね? あれ、途中で野球部の顧問から聞いた内容と一緒やてわからはったんと違います?」

 龍円が問うと、「そりゃあね」と椎菜は肩を竦めた。

「誰かから話を聞かせてもらう時には、それがもし、すでに知っていたことだったとしても、黙って最後まで初耳の顔をして聞くことが最低限のマナーだと思うから」

 成程と納得する。椎菜も伊達に『調査部』の部長をやっているわけではない、ということだ。

「すごいですね」

 と、龍円が感心していると、

「だって、聞かされているのが例えもう知ってる話だと思ったとしても、もしかしたらその人は、その話の先に、何か新しい情報を持っているかも知れないでしょう? もうその話は知ってるとか言われたら嫌な気持ちにならない? そうしたら、人って黙っちゃわない?」

「確かに」

「私よりもね、アカネがうまいのよー、こういうの聞き出すの」

 椎菜から御鉢を振られた茜が、また感情の薄い目で「ん」と小首を傾げた。

「俺は、話の途中で口をはさむタイミングがわからないだけだ」

(確かに)と龍円が思っている横で、村岡が「ははっ」と声を上げてから歯を食いしばって俯いた。電車の中だから配慮したらしい。

 がたたん、と電車が揺れて、村岡が龍円にぶつかってきた。

「すまん」

「いえ」

 身長から想像していた感触とは違い、触れた村岡の肩は、肉が薄く骨ばっていた。



 野球部顧問の助けを借りて、この日取材を申し込めたOBは総勢五名。その全員が三日市市に在住していた。逆に言えば、他は全て菰野岩からも転出してしまっていたということである。

 時間差で手短に聞き取っていったが、結果は予想以上に酷かった。

 水元氏以降、霊を目撃した野球部員は三人いたそうである。

 OB達の証言によると、一人はここ十年近く三日市市内の精神病院に入院したきり。もう一人は行方不明。そして最後の一人は自殺して亡くなっていると、予後が全くよくなかった。

 最後に話を聞かせてもらったOBは、この自殺した人物の弟だった。自宅を訪れ、そこで話を聞かせてもらい、仏壇に手を合わせさせてもらってから、四人は家を辞した。

 全員が戦慄していた。

 先に、小南商店でおばちゃんに言われた言葉が脳裏をよぎる。

「これは、本当に生半可な気持ちで手を出してはいけない話かも知れんな」

 髪を掻き揚げながら呟いた村岡に、龍円もまたそうかも知れないと思いはじめていた矢先だった。

「おい、君達」

 背後から男性に呼びかけられ、四人は一斉に振り返った。

 目の前に、顔色のよくない、四十代と思しき男性が立っていた。

 険しい表情を浮かべたその人は、溜息ともつかない息を吐きだしてから、こう切り出した。

「君等、峯山みねやまのところに訪ねてきた、菰高生だろう?」

 家から出てきたところを目撃されたのだろうが、しかし、それだけでは菰野岩の学生であることを知っている理由にはならない。

「そうです。失礼ですが」

 茜が一歩先んじて問うと、その男性は「ああ、怪しい者じゃないんだ」とズボンのポケットをまさぐって、中から名刺入れを取りだすと一枚を茜に差し出した。

「――木原きはらさん、三四さんしハウスの営業さんですか」

「ああ」と木原は頷いた。

「俺は、ここの峯山の、亡くなった峯山みねやましゅうすけの幼なじみで、俺は菰高ではなかったんだが、陽介から君等が訪ねて来るって聞いて、それでどうしても話をしておきたくて」

 出された陽介という名前は、つい今しがた話を聞いてきたOB、つまり秀介氏の弟のものだった。

「話とは?」

 村岡が問うたのに、木原はこくりと生唾を飲みこんだ。

「秀介は、自殺したってことになってるけど、あれはどう考えても変死だったんだ。あいつ、とんでもないものにとり憑かれていたんだよ。そいつに殺されたんだ」


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