第6話 職人たちの配置図

 頬に当たる、ひんやりとした木の感触と、首筋を照らす柔らかな温かさで、僕は意識を取り戻した。


 ゆっくりと瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは、見慣れた作業台の木目。どうやら、昨夜からの作業の途中で、力尽きて突っ伏してしまったらしい。首が軋むように痛む。


 窓の外では、朝の光が工房の窓辺を染め、舞い上がる木屑をキラキラと輝かせていた。昨日から積み重なったままの注文書の束が、僕の無計画な仕事ぶりを静かに物語っている。


「……おはようございます、タクミさん」


 穏やかな声に顔を上げると、リラさんが僕の肩にそっと毛布をかけようとしているところだった。いつからそこにいたのだろう。その手には、湯気の立つマグカップが握られている。


「あ、おはよう、ございます……すみません、見苦しいところを」


 慌てて身を起こし、寝癖のついた頭を掻く。彼女の仕事ぶりにはいつも助けられているのに、こんな情けない姿を見せてしまった。


「いえ——」


 リラさんはそれ以上何も言わず、持っていた温かいマグカップを、僕の冷え切った手にそっと重ねるように渡してくれた。その温かさが、強張っていた指先にじんわりと染み渡る。


「顔色が、あまり良くありません。温かいものを飲んで、少し休んでください」


 言葉に込められた、咎めるよりも心配の色が濃いその響きが、疲れた心に染み入る。僕は言い訳もできず、ただ曖昧に頷いた。


「これくらい、慣れていますから…」


 口から出たのは、日本でサラリーマンをしていた頃の、空虚な強がりと同じセリフだった。だが、リラさんは僕のそんな見栄を見透かすように、小さく、しかしはっきりと首を横に振った。その仕草が妙に真剣で、僕は思わず視線を逸らした。


「無理をなさらないでください。身体を壊されては元も子もありません」


 彼女の声に込められた心配そうな調子が、胸の奥を温かくする。でも同時に、申し訳なさも湧き上がってくる。リラにまで心配をかけているなんて、自分の情けなさを痛感する。


 作業を始めようとした時、工房の扉が勢いよく開いた。


「よお、タクミ」


 ガリックの太い声が響く。鍛冶屋らしい逞しい体格に、いつもの厳つい表情を浮かべながら、彼は工房の中を見回した。


「おはようございます、ガリックさん」


 僕は工具を置いて、慌てて挨拶する。ガリックは村で一番腕の良い職人として尊敬されている人だ。その人が僕の工房に来てくれるなんて、まだ信じられない気持ちがある。


「相変わらず忙しそうだな。村中がお前の腕前の話で持ち切りだぞ」


 ガリックの言葉に、頬が熱くなる。過褒めだと分かっているが、嬉しい。


「そんな、僕なんてまだまだです。ガリックさんの足元にも及びません」


「謙遜するな。俺が見る目がないとでも言うのか?」


 ガリックの鋭い視線に射抜かれ、僕は慌てて首を振る。


「そんなことは…」


「だったら、素直に受け入れろ。お前の作品は確かに優れている。俺が保証する」


 彼の断言に、胸の奥が熱くなる。日本にいた頃、会社で認められることは稀だった。上司からは「もっと効率を考えろ」と叱られ、同僚からは「真面目過ぎる」と揶揄された。でもここでは、自分の丁寧な仕事ぶりが評価されている。


「ありがとうございます」


 僕は深く頭を下げた。ガリックは満足そうに頷くと、作業台の上の半完成品を眺めた。


「しかし、無理は禁物だ。良い職人は自分の限界を知っている。身体を壊したら、腕も鈍る」


「はい…」


 その時、ガリックは作業台の周辺をじっくりと見回した。


「この工房、道具の配置に無駄が多いな。効率を考えるなら、よく使う道具は右手の届く範囲に集めるべきだ」


 確かに、今の配置は思いつきで決めた部分が多い。専門家の目から見ると、改善点が見えるのだろう。


「でも、どう変えれば良いのか分からなくて…」


「それについては、私から提案があります」


 リラが口を開いた。その声は普段よりも少し弾んでいる。


「道具の配置を見直せば、作業時間を大幅に短縮できます。また、よく使う木材を手の届く場所に整理し直すことで、無駄な動きを減らせるでしょう」


 彼女の提案は具体的で実用的だった。しかも、僕の作業の癖まで観察して考えてくれているようだ。


「素晴らしいアイデアですね。ぜひお願いします」


「私にお任せください」


 リラの微笑みに、心が軽やかになる。一人で抱え込む必要はないのだと、ようやく理解できた気がする。


「ほう、助手殿も中々に的確な分析をされるな」


 ガリックがリラを見直すような眼差しを向ける。


「ありがとうございます。タクミさんの作業を見ていて、気づいたことがあったので」


「観察眼が鋭い。良い職人には、優秀な助手が付くものだ」


 ガリックの言葉に、リラの頬がうっすらと赤くなった。褒められることに慣れていないのかもしれない。


「それに、一人で全てを背負う必要はない。優秀な助手がいるじゃないか」


 ガリックの視線が僕に戻る。


「確かにリラさんは本当に助かっています。彼女がいなければ、僕一人では到底…」


「だったら、もっと頼れ。職人の世界では、信頼できる仲間ほど貴重なものはない。俺も昔、腕の良い弟子に助けられたことがある」


 ガリックの表情が少し柔らかくなる。きっと昔の思い出を振り返っているのだろう。


「弟子は今、隣村で立派に独立している。お前たちのように、互いを信頼し合える関係を築けたからだ」


 彼の言葉に、僕は改めてリラを見つめた。彼女は相変わらず穏やかな表情を浮かべているが、何処か嬉しそうに見える。


「よし、それなら俺も手伝おう」


 ガリックの申し出に、僕は目を丸くする。


「いや、でも鍛冶屋のお仕事が」


「午後からでも間に合う。それより、職人同士で助け合うのは当然だ。村の繁栄は、職人たちの結束から生まれる」


 彼の言葉が胸に響く。村上という名前すら知らない人だった僕を、こんなにも温かく受け入れてくれる。この村に来て、本当に良かったと思う。


 三人で工房の整理を始めた時、賑やかな声が外から聞こえてきた。


「タクミさーん!」


 ミラの元気な声だ。扉を開けると、彼女の後ろに小さな子供たちが七、八人ついてきている。年齢もばらばらで、一番小さい子は六歳くらい、大きい子でも十二歳程度だろうか。


「みんなで工房を見学させてもらいたいんです。いいですか?」


 ミラの瞳が期待で輝いている。子供たちも好奇心に満ちた表情で僕を見上げている。


「もちろんです。どうぞ」


 子供たちが工房に入ってくると、一気に空間が活気に満ちた。彼らは作業台の上の道具や半完成品を興味深そうに眺めている。


「うわあ、道具がいっぱい!」


「これ、何に使うんですか?」


 一人の男の子が鉋を指差して尋ねた。


「これは鉋っていって、木の表面を滑らかにする道具なんだ」


 僕は鉋を手に取り、実演してみせる。薄い木屑がくるりと巻きながら削れていく様子に、子供たちから歓声が上がった。


「すごい!魔法みたい!」


「魔法じゃないよ。道具と技術があれば、誰でもできるようになる」


「僕もやってみたい!」


「私も!」


 子供たちの純粋な興味に、僕の心も弾む。簡単な作業を教えながら、彼らの真剣な表情を見ていると、自分が何か価値のあることをしているのだと実感できる。


 リラとガリックも子供たちの相手をしてくれている。リラは木材の種類について丁寧に説明し、ガリックは道具の使い方を実演している。


「この木は樫の木って言うの。とても硬くて丈夫なのよ」


 リラの説明に、子供たちは目を輝かせている。


「硬いってことは、家具にすると長持ちするってこと?」


「その通り。だから大切な家具には、こういう硬い木を使うのよ」


「へえ、木にも色んな種類があるんだね」


 一方、ガリックは安全な道具を使って、実際に子供たちに体験させてくれている。


「力を入れすぎるな。道具に任せるんだ」


「うわあ、本当にきれいに削れた!」


 三人の大人に囲まれて、子供たちは大興奮だった。工房が学校のような雰囲気になっている。


「タクミさんって、本当に子供好きですね」


 ミラが僕の隣に座りながら言った。確かに、子供たちと接していると自然と笑顔になってしまう。


「昔から年下の面倒を見るのが好きだったんです」


 日本にいた頃も、従妹の子供たちに工作を教えることがあった。その時の楽しさを思い出す。


「きっと良いお父さんになりますよ」


 ミラの何気ない一言に、頬が熱くなる。結婚なんて、今の僕には遠い話だと思っていたが——


 ふと、リラの方を見ると、彼女がこちらを見つめていることに気づく。その瞬間、彼女は慌てて視線を逸らした。何だか意味深な表情だったような気がするが、考え過ぎだろうか。


「あ、タクミさん、この椅子すごく座り心地がいいです」


 一人の女の子が、僕が最近作った小さな椅子に座って言った。


「本当?良かった。君たちのような子供でも座りやすいように作ったんだ」


「えー、僕たちのために作ってくれたの?」


 子供たちの驚いた声に、僕は慌てる。


「いや、そういうわけじゃなくて…村の子供たちが使えるような椅子があればいいなと思って」


「同じことじゃない」


 ガリックが苦笑いを浮かべる。


「タクミは素直じゃないな。子供たちのことを考えて作ったんだろう?」


「はい…」


 認めるしかない。確かに、村の子供たちの笑顔を思い浮かべながら作った椅子だった。


「優しいお兄さんですね」


 一人の小さな女の子が僕の手を握った。その小さな手の温かさが、胸の奥まで伝わってくる。


 午後になると、子供たちは満足そうな顔で帰っていった。みんなで作った簡単な木の小物を大事そうに抱えながら。


「また来てもいい?」


「もちろん。いつでも歓迎するよ」


 子供たちが去った後、工房は再び静かになったが、温かい余韻が残っている。


「良い時間でしたね」


 リラが微笑みながら言う。


「そうですね。子供たちの笑顔を見ていると、僕も嬉しくなります」


「タクミさんの人柄の良さが伝わってくるからでしょう」


 彼女の言葉に、また頬が熱くなる。リラはいつも的確に褒めてくれるが、その度に胸がざわめく。


「リラさんこそ、子供たちとの接し方が自然で…まるで妹がいるみたいでした」


 僕の言葉を聞くと、リラの表情が一瞬曇った。何か言いたげな様子だったが、結局何も言わなかった。


「私も…子供は好きです」


 そう言った時の彼女の表情は、どこか寂しそうに見えた。もしかすると、家族のことで辛い思い出があるのかもしれない。


 夕方、ガリックが帰る前に、僕たちは改めて工房の整理について話し合った。


「明日から新しいレイアウトで始めましょう」


 リラの提案で、道具の配置図を作成した。彼女の几帳面さには本当に感心する。


「これなら作業効率が格段に上がるだろう」


 ガリックも満足そうに頷いた。


「お二人のおかげです。本当にありがとうございます」


 僕は心から感謝の気持ちを込めて頭を下げた。一人では抱えきれなかった問題も、仲間がいれば解決できる。当たり前のことなのに、今まで気づかなかった自分が情けない。


「職人は一人では完成しない。お前もそれを覚えておけ」


 ガリックの最後の言葉が、胸に深く刻まれる。


「それと、タクミ」


「はい?」


「お前の作品が評判になっているのは確かだが、それだけ注目も集めている。良いことばかりとは限らない。気をつけろ」


 ガリックの表情が急に真剣になる。


「どういう意味ですか?」


「商売敵が現れるかもしれないし、品質の悪い模倣品が出回る可能性もある。それに…」


 ガリックは言葉を濁したが、何か他にも心配していることがあるようだった。


「分かりました。気をつけます」


 僕の返事を聞くと、ガリックは安堵したような表情を浮かべた。


「リラ殿もタクミを支えてやってくれ」


「はい、もちろんです」


 リラの返事に力強さが込められているのを感じる。


 夜が更け、僕とリラだけになった時、彼女が突然口を開いた。


「タクミさん、少し外の空気を吸いませんか?」


「そうですね」


 僕たちは工房の外に出た。星空が美しく広がっている。異世界の夜空は、日本で見た空とは少し星座の配置が違う。それでも、星の美しさは変わらない。


「綺麗ですね」


「はい…」


 リラの横顔を見ると、星明かりに照らされて幻想的に見える。彼女の正体については相変わらず謎が多いが、今はそれでも構わない気がする。一緒に過ごす時間が心地良いのだからだ。


「タクミさん」


「はい?」


「今日のガリックさんのお話、心に留めておいてください。あなたは思っている以上に価値のある人なのですから」


 彼女の言葉に込められた真剣さに、胸が熱くなる。


「ありがとうございます、リラさん。僕も…リラさんがいてくれて、本当に良かったと思っています」


 月光の下で、リラの頬がうっすらと赤くなったような気がした。でも、照明が暗いから見間違いかもしれない。


「それと」


 僕は少し勇気を出して言葉を続ける。


「何かあったら、遠慮なく言ってくださいね。僕たちは仲間ですから。リラが困っていることがあれば、力になりたいんです」


 リラの目が一瞬大きくなる。そして、複雑な表情を浮かべた。嬉しそうでもあり、苦しそうでもある。


「タクミさん…」


 彼女は何か言いかけたが、結局言葉を飲み込んだ。


「ありがとうございます。その言葉、とても嬉しいです」


 でも、その声は少し震えていた。


「それでは、今日はもう休みましょう。明日も早いですから」


「そうですね」


 僕たちは工房に戻り、それぞれの部屋に向かった。リラは宿屋で部屋を借りているが、最近は工房で遅くまで作業することが多いため、簡易的な休憩スペースを作ってある。


 自分の部屋に入り、ベッドに横になると、今日一日の出来事が頭の中を巡る。ガリックの助言、リラの気遣い、子供たちの笑顔。どれも温かい記憶だ。


 でも同時に、不安も拭えない。注文が増え続けているのは嬉しいことだが、果たして期待に応えられるだろうか。ガリックの警告も気になる。


 それに、リラの様子も少し気になる。何か悩みを抱えているように見える。仲間だと言ったのに、力になれないのが歯痒い。


 ◇


 一方、リラは村上が部屋に入ったのを確認すると、静かに工房を抜け出していた。夜の闇に紛れながら、村の外れにある小さな森に向かう。


 約束の場所に着くと、既に一人の人影が待っていた。魔王軍の斥候兵、ザクロスだった。


「リラエル様、お久しぶりです」


 ザクロスは膝を付いて頭を下げた。リラは周囲に人がいないことを確認してから口を開く。


「報告は?」


「はい。勇者一行の動向ですが、まだこの辺りには近づいておりません。しかし——」


 ザクロスの表情が険しくなる。


「しかし?」


「タクミという木工職人の存在が、各地で話題になり始めています。商人たちの間でも評判が広がっており、注目度が高まっています」


 リラの心臓が激しく跳ねる。村上の技術が注目されるのは喜ばしいことだが、それだけ目立つということでもある。


「詳しく聞かせなさい」


「はい。ここ数日、商人ギルドでタクミの作品について頻繁に話題が出ているとのことです。特に、品質の高さと独特の技法について、専門家たちが興味を示しているようです」


 それは確かに村上の技術力を物語っている。でも同時に、危険でもある。


「それで?」


「勇者パーティの情報収集担当が、この村に興味を示しているという噂があります。まだ確証はありませんが…優秀な職人がいる村として、チェックリストに載っているかもしれません」


 その言葉に、リラエルの血の気が引く。もし勇者が村にやって来て、自分の正体が露見したら、村上や村人たちに迷惑をかけてしまう。


「分かりました。引き続き情報収集を続けてください。そして、絶対に他の者には私の居場所を知らせないように」


「承知いたしました。ですが、リラエル様」


 ザクロスが言い淀む。


「何です?」


「魔王様がそろそろお戻りをお待ちかと…。あまり長期間離れていると、他の幹部たちも疑念を抱くかもしれません」


 リラは拳を握り締める。魔王への忠誠心と、村上への想いが激しく葛藤する。どちらも大切なもので、どちらかを選ぶなんてできない。


「それに、バルログ様が最近、リラエル様の動向について質問されていたとか」


 バルログは魔王軍の中でも特に好戦的で、リラのことを良く思っていない幹部の一人だ。


「バルログが?何と言っていました?」


「『氷の魔女も随分と人間臭くなったものだな』と…失礼ながら、そう仰っていたと聞いています」


 リラの表情が凍り付く。バルログに疑われているなら、事態は深刻だ。


「もう少し時間をください。必要な情報収集が終わったら、必ず戻ります」


 それは半分嘘だった。本当は、工房の側にいたいだけなのかもしれない。でも、その気持ちを認めるのは恐ろしい。


「承知いたしました。では、また一週間後に連絡いたします」


「分かりました」


 ザクロスは影の中に消えていった。一人残されたリラは、工房の方を見つめる。そこには、自分の心を奪った優しい人がいる。


「タクミさん…」


 彼の言葉が胸に響く。『何かあったら、遠慮なく言ってくださいね。僕たちは仲間ですから』


 もし本当に全てを話せたら。自分の正体も、魔王軍のことも、そして彼への想いも。でも、それは叶わない夢だ。


 リラは決意を新たにした。たとえ何があっても、村上を守り抜く。そのためなら、魔王軍を裏切ることも厭わない。たとえバルログに疑われようと、魔王の怒りを買おうと。


 工房に戻ると、村上の部屋の明かりは既に消えていた。彼が安らかに眠っていることを祈りながら、リラも休息に着く。


 ◇


 翌朝、僕は昨日よりも軽やかな気持ちで目を覚ました。ガリックの言葉とリラの支えのおかげで、少しだけ自信を持てるようになった気がする。


 工房に向かうと、リラが既に新しいレイアウト通りに道具を整理してくれていた。


「おはようございます。もう始めてくださったんですね」


「おはようございます、タクミさん。早く新しい環境で作業していただきたくて」


 彼女の気遣いに、胸が温かくなる。でも同時に、昨夜何だか疲れているように見えたのが気になる。目の下に薄っすらと隈ができているように見えた。


「リラさん、よく眠れましたか?顔色が少し…」


「大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません」


 そう言って微笑む彼女だったが、その笑顔の奥に何か隠しているような影を感じる。でも、詮索するのは良くないだろう。昨日、何かあったら言ってくださいと伝えたのだから、彼女が話したくなった時を待とう。


 新しいレイアウトで作業を始めると、確かに効率が向上した。道具を取る手間が減り、材料の準備時間も短縮される。リラの提案は完璧だった。


「これなら今日中にベルナールさんの注文品も仕上がりそうです」


「それは良かったです。でも、無理は禁物ですよ」


 リラの優しい声に、僕の心も弾む。彼女がいてくれるだけで、どんな困難も乗り越えられそうな気がしてくる。


 工房に響く鉋の音と、リラの足音。それらが織りなす日常の調べが、僕の心を満たしていく。


 どこまでも続くような、この穏やかな日々が永遠に続けばいいのに、と心から願いながら。

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