第20話 カゲトラのレトロゲーム攻略

0proゼロプロ所属、影虎 蓮だ。こうやって……一人で配信するのは久しぶりか?」


:『0proのコラボ月間だったしねー』

:『久しぶりにFPS配信でやってるの見たかも』

:『ほら、トラって滅多に自分の配信ではゲームしないから』


「俺も、別にしたくなくてしてないわけじゃないぞ?」


 カゲトラも、e-Sports選手らしく自分の配信でも自分がやっているゲームの練習配信を行うこともある。

 ただ、練習中は集中しすぎて無言になるタイミングも多く、コメントを見るよりも自分の脳内にあるワードをただ垂れ流す、ということが多くなってしまうためか、配信はゲーム練習よりも別の内容が圧倒的に多くなる。

 他の0pro所属のライバーのほとんどは練習配信や他の配信者やリスナーとの対戦配信を主としているため、カゲトラはある意味でグループ内では異質な存在なのかもしれない。

 とはいえ、積極的に試合には参加しているし、大きな大会でも実力を発揮しているため決してe-Sports選手として認知されていないわけではないのだが。


:『でもさ。ゲームはゲームなんだけど、何でレトロRPGなん?』

:『しかも知る人ぞ知る名作。いや、面白いんだけどさ?』

:『その上数年後に出たリメイク版じゃなくてオリジナル版。ドットイラストだと思わせないほどのグラの良さがあるのは否定できない』


 カゲトラの配信画面に表示されたのは、すでに販売から数十年経っている非常に古いゲームだ。

 同じ年に販売された今でも続くシリーズのRPGほどの認知度はないが、ハードの限界を超えた作品、と言われるほどのグラフィックと、マルチエンディングや複数のシナリオを持つという今でも好きだ、と公言する人もいるほどのものなのだが、カゲトラは何度か出ているリメイク版も含めてやったことがないらしく、初プレイと配信タイトルにも出ている。


 ゲームシステムそのものはオーソドックスなコマンド選択式のRPGなのだが、行動が「たたかう」「まほう」「アイテム」「にげる」というオーソドックスなものの他に、そのキャラ特有のアクションがあり、その特有アクションを使用し敵を倒し、キャラを育てていく、というのがウリだったらしく、起動後のオープニング画面から多くのキャラが登場し、多様なアクションを披露しており、思わずカゲトラもすごいな、と呟くくらいのできのようだ。


「最初は……名前を付けるのか。主人公の性別は、男女から選べるのか。難易度は……男性の場合、力が強く、魔力が低い。それに若干速度が低く、防御は高め。女性はその逆か。これ、後のシナリオにもかかわるのか?」


:『どうだろうねぇ』

:『いえぬ。ただ、気軽に決めてもいいんじゃないか?』

:『やったことないからわからない!』


 往年の名作、ということもあり既にやったことのあるリスナーも多いようだが、誰もネタバレをしていないようだ。ただ、うっすらとヒントめいたことを言ったり、含みを持たせたりするリスナーもいるようだが、カゲトラはあまりコメントを気にせずに男性主人公を選び、主人公の名前を『トラ』としたようだ。その名前はカゲトラはよく愛用しており、昔のゲームでは主人公の名前が4文字までで、濁点や半濁点を1文字とカウントするゲームがあるため、そのような名前に落ち着いたらしい。


 キャラクターの選択が終わると、オープニングが始まる。SEやBGMはあるが、キャラクターボイスは入っていないようで、見える状況も含め、カゲトラはそれを読み上げていく。

 実機でやっているゲームをキャプチャーボード経由で読み込んでいる都合上、若干文字が潰れていることに対しての配慮でもあるが、そもそもゲーム実況、というものがそういうものでもある。


「つまり、古代帝国の時代から在ったアーティファクトを巡る争奪戦に巻き込まれた村の少年が主人公で、世界中にある"何か"を集めてアーティファクトに関わる全てをなくす、というのが主人公の目的か……」


 10分にも及ぶオープニング後、操作ができるようになり、メニュー画面を出せるようになるとそう内容をまとめた。


:『OPが相変わらず神なんだわ』

:『これ、本当に昔のゲーム? ドットってこんなに感情豊かに表現できるんだ…』

:『クリエイターのゲームに対する愛情がすごすぎる』


 懐かしむ声やその当時を知らないリスナーからの驚きの声などがコメント欄に飛び交うが、肝心のカゲトラはすっかり物語に夢中になっているようであまりコメントは見ていないようだ。



「戦闘はコマンド式、それにレベルアップはランダムでキャラごとにある程度の上がるステータス傾向もあり、特定のステータスアップのアイテムは今のところ見つからない、か。ふむ……それに、アイテムの所持数の制限もある。あとで預けられる場所か拡張できるようなものがあるのか?」


:『それくらいなら言ってもいいような気もするけど…でも初回プレイは楽しんでほしいし』

:『でも、これは匂わせも含めてゲームとしての戦略性を奪うんじゃ?』

:『そう言われるとほとんどのシステムのことも話せなくなるというジレンマがががが』


 リスナーが話したいという願望とネタバレは禁止というルールの下に苦しんでいるが、カゲトラは必要なことがあればリスナーに聞くし、そうでなければ一瞥はするものの特に情報としては残さない、という取捨選択をしているらしい。


「それにしても、このたまに曲がるときに慣性がかかるのは設定や感圧設定の変更はできないのか……?」


:『感圧www』

:『いやいや、昔のゲームなんだからそんな設定はないのよw』

:『予測値でやってもろてw 設定とかじゃなくて、あくまでも慣れよ、慣れ』


 往年のゲーマーからと思われる一部のリスナーからのファジーすぎるコメントに多くのリスナーがドン引きするが、国民的なアクションゲームなどもそういった慣性を読み切る、というスキルが必要だったためそれらを経験しているものとしていないものとでの明確な差が発生したようだ。



「にしても、レベルアップするのが遅いな……。一応、特技を活用して何とかなってるが、特技が効かない相手が出てきたら詰むんじゃないか?」


:『昔、クリアできたから理不尽なゲームレベルにはなってない、はず』

:『そうそう。クリアはできるゲームだから』

:『コメントがいつも以上に慎重で草』


 微妙に深読みをしようと思えばできる、レベルのコメントが多くなるが、どちらとも読めない。ネタバレなのか、あるいは何か救済策があるのか、それともどうしようもないときはどうしようもないのか。


「クリアできる難易度、ならそれでいい。にしても、今日はやけにおとなしいな?」


:『ええと。ほら、いつものゲーム強い層がやってなさげで…』

:『オリジナルとそのあとに出たリメイク版だと色々違いがあって、下手にコメントするとネタバレじゃなくて誤情報出す可能性もあるだろうし』

:『オリジナル、プレミついてるしオリジナルのデータ配信やってないからしようとすると本体とソフト両方手に入れなきゃいけないっていうハードルの高さがね』


 つまり、ゲームを遊ぶために必要な難易度が段違いに高いため、ついつい内容を零してしまうほど精通したリスナーが極端に少ない、ということらしい。


「な……なるほど? まあ、そういうのも楽しそうに思うなら機会があったときにやってみてくれ」


 カゲトラとしては常連はいつも通りいるはずなのに、指示厨、もとい色々ゲームの知識をよこしてくるリスナーがやけに少ないことを不思議に思っていたが、そういった事情があったらしい。

 指示自体推奨される行為ではないが。



「じゃあ、今日はひとまずこのくらいにしておくか……。レベル上げが少し必要そうだから、裏で上げておく」


 1人目の仲間が加入し、中ボスを撃退したところで若干の苦戦を強いられたこともあり、今日はこれくらいで、と区切りをつけることにしたようだ。


:『前みたいに興が乗った、とかいってクリアしないようにね』

:『トラってゲームのことになるとほんと集中するからね…』

:『下手したら来月の大会にまで影響しかねないし』


「さすがに……今回はレベル上げだけに専念するつもりだ。まだコラボ予定もあるしな。じゃあ、また次回の配信でな」


 自覚があるためか、若干視線をそらしながらエンディングを流した。それに対し、『逃げたな』や『うっかり進めすぎないようになー』などのコメントがあったが、『コラボっていつ誰とやるの?』というコメントに気づき、慌てて画面を戻し、改めてコラボの予定を伝え、終了させた。



 改めて配信を完了させ、少しだけレベル上げを進めるとセーブをしてゲームを終了させる。

 本来ならもう少し進める予定ではあったのだが、急遽事務所のメンバーから誘われ出かけることにした。急に誘われることは珍しいが、同じく出場する今度の大会のことについてだろう、と思い離れた場所でもなかったため、コートに財布、携帯に鍵だけと必要最低限のものを掴むと出かけることにした。



「で、どうしたんですか? こんなところで話しなんて」

「まあまあ、まずは一杯やってくれよ」


 連れてこられたのは個室の中華料理屋。回転テーブルがあるその部屋は二人が入るには広すぎるが、周囲の声は聞こえず、少し落ち着いて話すためにわざわざこの店を選んだであろうことがわかる。

 テーブルにはビールや先出しとして冷菜の盛り合わせが出され、ひとまずは、とビールで乾杯をした。


「それで……。お金と機材なら貸さないですよ?」

「それならトラじゃなくて社長に交渉するよ。いや……まあ、ちょっと付き合ってる彼女がいてな?」


 思わずカゲトラが注がれたビールを飲み干したのは致し方ないことだろう。飲んでもないのに赤らんだ顔、照れ臭そうに頬をかく仕草。つまり、結婚報告たんなるのろけだろう。


「で、俺に何をさせたいんです? 一発芸はもう社長の時に懲りたんでやらないですよ?」

「あの時のトラの映像、まだ社長室に大切に残ってるらしいな? いや、それもそれで頼みたいんだが、友人代表のあいさつ、ってやつだな。身内だけでやるから、録音録画は禁止、シークレットでやるから流出は心配しなくていい」

「友人代表って……俺じゃなくても、クロ先輩とか、ジンとか色々いますよね?」

「あいつらが、ロクに挨拶できるならそれでもよかったんだけどな」


 同じ事務所の先輩や後輩の名前を挙げたはいいものの、どちらもコミュ障というか、配信カメラを通さずに話すには色々と度胸が足りないというか。Vの姿で挨拶をさせるのも微妙だと感じ、それなりにこなせるカゲトラに白羽の矢が立ったらしい。


「いいですけど、その分ここ、出してくださいね?」

「ああ、何なら単品でいろいろ注文したっていいぞ!」


 調子のいいことをいう事務所の先輩に、軽く溜息を吐くと改めてビールを注ぎ、冷菜の盛り合わせを摘まみながら増えたタスクをどう処理するか。カゲトラは少し先のスケジュールを思い返しながら改めてもう一度ため息を吐いた。


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よくわかる(可能性は微弱にある)VTuber配信用語説明


キャプチャーボード


ゲーム画面をPCに取り込むための機械

通称キャプボ

PCで行うゲーム以外を配信するためには必須のもので、それがないとあくまでもPCには表示できない

PCのスペックなどがある程度必須で、機材の相性などにより配信がうまくできない、場合もたびたびある



指示厨

ゲームでああしろ、こうしろと指示をする人(たち)のこと

それ以外にも、アイテムや重要なフラグを取り逃した時に「あ…」という反応なども含まれることがあり、ゲーム配信においては内容自体を崩しかねないため禁止されていることがほとんど

基本的には温かく見守るのがマナー

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