第19話 すーこの食レポ配信

「すなっすー!あにまるずっ!のフェネック!風音すーこだよ!

 今日は、前に言ってたすなっこのお店からおいしいものを取り寄せたよっ!」


 すーこは以前の配信で、リスナーの、あるいはリスナーの家族などが働く店のご飯を取り寄せて食べる配信をしたい、と告知をしていた。

 それをエクゼにて募集したところ、思った以上に集まったのはうれしい悲鳴だろう。

 それらはすべて、とはさすがにいかなかったものの、幾つかを事務所に届くように取り寄せをしたものが届き、ようやく配信でお披露目できることになった。


「じゃあ、まずは晋楼……えっと、しんろう……かな? 本舗さんの角煮まんだよ!

 今回は、特製角煮まんに、チーズチーズチーズ角煮まん、それにプルドポークまん、の3種類!」


 手元カメラに映し出されたのは3種類の角煮まん。長崎名物の、いわゆるベーシックなものの他に、チーズが溢れているものに、豚肉を細かく裂いたものを挟んだもの。


:『このチーズの量はあかんって』

:『プルドポークって名前だけは聞いたことあったけど、こんなのなのか…』

:『どれもおいしそう過ぎる』


 湯気が立ったそれらはツヤツヤと輝く肉汁やタレ、またとろけたチーズの視覚への暴力は皮付きの三枚肉の脂身と赤身のバランス、真っ白なパオズとのコントラストもあり、リスナーの胃へとダイレクトアタックを決行しているといっても過言ではないだろう。


 とはいえ、一番の問題は、それをうまーいと言いながら食べ始めたすーこの暴挙だろう。まずは特製角煮まんから食べ始めたようだが、うまい、としか言わず、夢中になって食べ進めている。

 時折聞こえる咀嚼音や声にもならない喜びの声がおいしさを伝えてはいるのだが、どうおいしいかが具体的に全くわからない。


:『すーこちゃん、食レポしてw』

:『無理だ、多分狐さんコメント見てないwww』

:『そのうち鳴き声あげ始めるから、その長さと高さでおいしさを判断するんだ』


 リスナーの指摘通り、「にゃー」と猫のような鳴き声を上げると、すーこは次に狙いを定めたプルドポークまんを手に取るが、ふと我に返り、手を止めた。


「つ、ついつい夢中になってたよ! 角煮まんすごいよ! 噛むたびに肉汁がじわーって溢れて、この白いパンもふわふわでちょっと甘くて、タレがしみ込んで、どっちも柔らかいのに食べ応えもあってね!

 お肉の脂がしつこくなくて甘くて、それからね!」


 思いついたことを全て一気に言い始めるすーこだが、伝えたいという気持ちばかりが先行してまとまりがないようだ。


:『このペースだと角煮まんだけでお腹一杯になっちゃわない?』

:『他にも紹介するものあるんじゃないの?』

:『いったん落ち着いてもろて』


「う、ううー……確かにまだまだある……。これ食べるの後にしよ……」


 まだまだ食べる気であるすーこにコメント欄は若干の呆れと有り余る食欲にほんのわずかな羨ましさを感じるが、それは『草』の言葉で昇華されたようだ。


「じゃ、じゃあ次はリンレイカリーショップさんの、4種のカレーハンバーグ食べ比べセット!!! だよ!!!!」


:『うっさw』

:『さすがハンバーグ大好きなだけあるw』

:『ここのカレーはマジでウマい。店舗限定の揚げたてカレーパンがもう神』


「揚げたてカレーパンッ!? ちょ、ちょっと何それ! そんなのサイトにも乗ってなかったよ!!」


:『限定5食だし、そもそも作るの大変すぎて不定期にしか出ないからマスターもサイトに乗せてないんだよ』

:『作るの大変なんだって……ハンバーグもそれオリジナルに作ってるし。送っていいなら冷凍したの事務所に送らせてもらいたいくらいなんだけど』

:『本人もよう見とるw』


「ええ!? ちょ、ちょっと確認してみる! だ、大丈夫だったら後で事務所から連絡するからね!!」


 すーこは初めて知った大好物の情報に対し半ば錯乱状態に陥り、身振り手振りで何かを伝えているらしい。

 事務所にいるからこそ、何とかスタッフにその情熱を伝えたいらしいのだが、配信中であることはギリギリ忘れていないらしくジェスチャーだけで伝えようとしているようだ。



「すーこちゃん、今配信中だから後にしようね?」

「パフェフェちゃん!? 何でいるの!?」

「いや、収録作業してたんだけど、スタッフさんに止めてって言われてきたんだけど……。止まらないならあたしがカレー代わりに食べていいらしいよ?」

「パフェフェちゃんでも駄目だよ! ぐぬぬ……スタッフさんめ、何て策士な!」


 突如、パルフェが配信に乱入し、コメントは救世主が来た、と大盛り上がりする。そもそも夕食の時間帯だし、温めたカレーのにおいが充満したスタジオでカレーそっちのけに大騒ぎしているすーこに呆れはしたが、おいしそうなカレーが対価なら儲けものよね、とパルフェは呟く。


「これはすなっこの人が紹介してくれたんだから、すーこが食べるの!」

「紹介したの、きんりゅうさんでしょ? あの人、『るなてぃっく◇あいれ』でもあるから、あたしが食べても問題ないでしょ」

「えー! う、浮気だー!」


:『すなっこに浮気は許されぬ』

:『すーこちゃんにもパルフェちゃんにも認知されてるだと…後で店凸するか』

:『俺…は、箱推しなんだ…』




「カ、カレー温めなおしたし、また冷める前に食べよっか……」

「そう、……そうね。えっと、あらびきハンバーグにビーフカレー、チーズインハンバーグにポークカレー、大葉入りチキンハンバーグにバターチキンカレー、それに俵ハンバーグにスープカレー。

 どれもおいしそうだけど、すーこはどれにするの?」


 浮気だとすーこが叫んだあと、なぜかすーこが固まり、『しばらくおまちください』とすーこが何かしらの時に席を外す際の画面に切り替わり、約10分後、すーことパルフェが配信画面に現れ、再開することになった。


:『スタッフさんに怒られたな』

:『ちょっとテンション上げすぎたな…俺らも』

:『おいしいもの食べて仕切り直してもろて』


 何があったか察したリスナーは多く、配信が中断する前までのテンションはどこに行ったのか、妙に落ち着いたコメントが多いようだ。


「ええと……どれもおいしそうなんだよね……。で、でもここはあらびきハンバーグにするっ!」

「じゃあ、あたしは大葉入りのチキンハンバーグって気になるのよね」


:『カレーじゃなくてハンバーグで選んでる…』

:『ハンバーグもいいけど、カレーもおいしいんだよ!』

:『二人とも、肉食だからなぁ…一人ウサギのはずなんだけど』


 フェネックは肉食寄りの雑食で、兎は完全なる草食なのだが、ケモ耳であるが故に食性による動物分類で一律的に決めることはできないだろう。おそらく。


「ちょっと辛めのカレーと噛み応えのあるハンバーグがよく合うよ……、付け合わせのピクルスも後味の辛さをさっぱりさせてくれるし」

「バターチキンカレーのマイルドさと大葉の清涼感がよく合うわ。ハンバーグもチキンだから重すぎないし、一つ一つが小さめだけど数があるから見た目の満足感もいいわね」


 2人でやっている、という安心感からかどちらかが話している間、食べる手が止まらない。スタジオでの配信だからか、3Dであることも影響してリスナーには食べている状況がよくわかる。


「それにしてもカレーは手が止まらないよ。うう、俵ハンバーグも気になる……」

「それは同感だけど、まだスイーツ2種類あるのよね?」


:『まだあるのに追加でカレー食べようとしてるの!?』

:『さすがにお腹壊すよ?』

:『胃が若すぎる…』


 決して少量ではないカレーを食べた上で後にも控えていることがわかりつつもカレーを食べようとしているすーこに驚きのコメントがやまない。

 とはいえ、食べれて羨ましい、というようなコメントが多い一方、今すぐに食べたいというようなコメントも少なくないため、リスナーの年齢による発言が多いのだろうけれど。


「じゃあ、食べてみてから考えよう! 一つは、ぺてぃとふおー? ひろしまさんのたるて……あう……?ぽめす?? だよ!」


:『petit four HIROSHIMAのtarte aux pommesのこと…だよね、多分。それ、プティフールヒロシマのタルト・オ・ポムあるいはポンム、って読むんだ…』

:『どこぞのおじさん並みに横文字苦手過ぎん…?』

:『フランス語って、難しいから…でも、プチくらいは読めてほしかった…』


 すーこが横文字を苦手としていることはすなっこにとっては周知の事実ではあるが、それにしても広島、以外何一つあっていないことに対して、そしてそれを勢いだけで誤魔化そうとするすーこにさすがのリスナーも悲しむことしかできないようだ。


「さすがに、店名にはルビを振ってもらった方がよかったかもね……。次の、振ってあげるから、間違わないようにね?」

「うん……パフェフェちゃん、よろしくね」


 画面に映しだされたのは、ホールのタルト。そこにはカスタードとキャラメリゼされたリンゴのスライスが乗っており、王道のフルーツタルト、といっても差支えはないだろう。

 すでに切り分けられており、持ち上げた断面は先ほどまでのものと異なり、甘さに特化していることがわかる。コメントも甘いものが好きであろうリスナーから食べたい、という内容が増えていた。


「カスタードは重すぎず、リンゴも甘さだけじゃなくて酸味も程よくある。少しシャキシャキした感じも残ってるのに、これが冷凍で届いて自然解凍だけで食べれるのって、すごいわね」

「うんうん。すごくおいしい!」


 ずいぶんと雑な感想が出てきたのだが、やはり最終的にはおいしい、で済ませるのがすーこのようだ。


「えと……とりあえず、次が最後ね。じゃあ、セッティングしておくから紹介はちゃんとしなさいよね」

「任せてよ! ぱてぃすりー、しろう、いのうえさんのばーむくーへん、だよ!」


 タルトが退けられ、バームクーヘンが大きなサイズで丸々置かれる。


:『あ、はい』

:『Shiro INOUEはさすがに有名だしね…』

:『でも片言なのはさすがにかわいい』

:『え?! ちょっと待って、リスナーに本人か身内いるの!?』

:『さすがに、バイトとかそういうことじゃない? 国際大会で何度も受賞されてるパティスリーだよ?』


 今回応募ができるのは他薦ではなく自薦、ということになっている。そのため、必然と本人や身内からの応募になるはず、とコメントが少しざわつき始める。


「ええと……ほら、ご本人からだったら、エクゼとかに投稿してるだろうし……。……されてたわ」


 パルフェが確認のため、と件のパティスリーの公式エクゼアカウントを覗いたところ、ハッシュタグ付きで今の配信画面が添付され投稿されていた。

 しかも、すーこの配信タグだけではなく、パルフェの配信タグもついているという徹底ぶりだ。



「あとで、改めてお礼させてもらうことにして、ひとまずすーこちゃん、いただきましょう」


 ひとしきり、現場全体が混乱の渦に巻き込まれたものの逆にそれも失礼だとパルフェは仕切り直す。


「バームクーヘン! やっぱり大きいサイズをかぶりつきたい!」


 すーこはナイフとフォークとで切り分けるが、一人前、にしてはやけに大きいサイズを取っていく。そのあとに取ったパルフェも同じく、一人分にしてはずいぶんと大きなサイズを持って行ったが、誰もツッコミを入れることはなかった。



「バームクーヘンもおいしかった! いのうえさんありがとう!」

「ええと……すーこが取り寄せていた商品は、まだ実は一部で他にもこれの倍くらいはあるから、近日中に紹介予定、らしいわ。……もしかしたら、すーこのチャンネルではなく、公式の方でやるかもしれないから、エクゼのお知らせをまってね」


:『すーこちゃん、これの倍ってどれだけの量を一人で食べるつもりだったんだ』

:『次はちゃんと読み仮名振っときなよー』

:『すなっこが実は結構有名な人が混じってるということが判明したから、次回も期待しつつもちょっと怖くもある』


 様々な期待や不安が入り混じる中、配信は終わる。エンディングの途中で、事務所のちょっと偉い人達が緊急会議、とやらで集まっていったがパルフェは見ないことにしたらしい。



「パルフェちゃん、ありがとう。色々、ちょっと危なかったかもしれない」

「ちょっとじゃないくらい危なかったわよ。炎上に繋がるようなことは一応なかったけど、ちゃんとお店の名前の読み方くらい調べておいてよ……」

「ちょっと、読み方難しかった……。サイトに読み方書いてなかったし」

「それはそうなんでしょうけどね。……はあ、今日録音スタジオでやっておいてよかった。あたしいなかったら割と大災害じゃない?」


 バームクーヘンをちびちびと食べながらそう愚痴る。他にスタジオにいたライバーのことを考えると、さすがに自分が出ないと大きな炎上に繋がりかねない、と思ったようだ。

 すーこもまだまだ配信慣れをしていない部分もあるし、他の先輩や後輩も、変なところで炎上させるのは得意だが、火種を消すのは苦手、と来ている。

 そのため、スタッフもパルフェを呼んできたのだろう、と想定してひとまず気分を落ち着かせることにした。

 ただ、スイーツの甘さだけでは物足りないため、他のスタッフも狙っているであろう、開封した商品に手を伸ばしながら、好きなだけ食べさせてもらおう、と決めたらしい。


 なおリンレイカリーショップのカレーパンは、後日無事すーこやパルフェの手元に渡ったが、あまり大量生産ができなかったため、評判を聞きつけた他のケモ耳からの問い合わせがリンレイカリーショップにあった、というのは店としても嬉しい誤算、と言えるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る