第14話 レトロのーつの日常、もしくはそれぞれの推し活について
『アークルームの美術館コラボ後物販の商品ようやく届いた! #廻遭クロニクル #レトロ発探 #夏目ナツメ』
VTuber事務所のアークルームが有するライバーとレトロ美術館とコラボし、期間中の累計来館者数が10万人を超え、大盛況の元終了したイベントから早半年。
ちらほらとグッズの到着報告をする投稿が増えてきた。
グッズを整列させ、こだわりを持って撮ったであろう写真をつけた投稿が多く、場所や時間の都合などで行けなかったリスナーも、会場限定品以外は購入できたということもあり、投稿者の数も多いようだ。
アークルーム所属の4期生。レトロ建築とレトロ玩具をこよなく愛するレトロ文化愛好家、それが夏目ナツメであり、彼女のリスナー、【レトロのーつ】もナツメに感化されたり、あるいはレトロ文化を好きなリスナーが集まっている。
そのため、必然的にレトロ玩具や小物などを集めたり、100年以上前の建物や、文化財を見に行ったりする趣味が新たに生まれたりしたリスナーも少なくない。
『ここ、行ってみたいんですけどアクセスが…バスの便も1日5本しかないらしいのが…』
『山間なんで、どうしても利用者が少ないんですよね。××駅から行った方が案外楽なんですけど、便も結局たいして変わらないのが…。都合が合うなら車出しますよー』
『え!?いいんですか?もしよければそうしていただけると非常にありがたいんですが』
『大丈夫ですよ!あ、来週の土日のどちらか、が最短になっちゃうんですが…』
『もちろん大丈夫です! ××駅に向かえばいいでしょうか?』
『よければ私も一緒に行きたいです…!』
とある、少人数で構成されるSNSでのコミュの一つ。グループでのチャットは定期的に行われ、情報交換だったり、感想を言い合ったりなど、表で大々的にやるには少し躊躇うこともある会話が繰り広げられている。
今回は、少し原風景の割合が高い山間にある喫茶店の話題だったらしい。
最初は行ってみたい、というよくある話だったのだが、近くに住んでいる人がいて話ははずみ、最終的に12人になった突発オフ会は店を貸し切る結果となり、店側の理解もあり、店の一角をアークルーム所属のライバーグッズで飾り付け、その様子を撮影した画像はナツメだけに留まらず、アークルームのほかのライバーからも言及されることとなったこともあり、ちょっとした聖地のような扱いになったようだ。店側も、アークルーム所属のライバーのグッズなどを飾るなどして、それを歓迎しているようだった。
レトロのーつに限らず、アークルームのライバーは、レトロ、だけではなくクラシカルなものが配信でよく登場し、物であればそれが売れたり、場所であれば人が行く。ただ、アークルームでは芸術に重点を置くライバーも少なくない。
絵画然り、骨とう品然り、音楽然り。つまり、美術館や博物館、クラシックやバレエを見に行く、というリスナーも徐々に増える。
もともと、そういったレトロな芸術に興味があり、その一環でアークルームというVTuberたちにはまったリスナーが、VTuber好きからアークルームのライバーにハマった人を沼に誘う。さすがに骨とう品などの見る目が必要なものや、あまりにも高額すぎる金額が発生するものはなかなか誘えない、というジレンマもあったりするようだが。
また、アークルームだけに留まらず、リスナーというのは国内外を問わず存在する。ある人は字幕の機能を使って配信を楽しんだり、翻訳された切り抜きを楽しんだり、はたまたそのライバーの普段使う言語を覚えたり。
特に、言語を覚えるというのはリアルタイムで進行する配信においては、もちろん必須ではないのだが、会話を楽しむということに関してはそれは優位に立つ。中には、少しでも推しと同じ環境に身を置きたいと国外から引っ越してくるリスナーもいるが、ほんのごく一部で、年に、あるいは数年に何度かイベントに参加するために来る、というリスナーがほとんどだろう。
「じゃあ今日はこれまでっ! みんな、またねー」
ナツメの配信が終わり、若干気だるそうにヘッドフォンを外した男は、配信の感想をエクゼに投稿する。正直、配信の内容に関しては半分近くはわからないものの、字幕と楽しそうに配信をしているナツメの姿を見るだけでも元気をもらえる。
もともと、たまたまベティ・マクレーンの配信を見つけ、一気にVTuberに魅了された彼は、ナツメの他にも何人かのVTuberの配信を見ている。ただ、その中でもナツメは特別だ。ハツラツとした声にコロコロと変わる表情。多くのリスナーのコメントを拾い、一喜一憂する様。もちろん他の推しにも多くのいい部分があるが、感情表現の豊かさでは彼にとってナツメが一番肌に合ったらしい。
そういったこともあり、
1週間、彼はほぼ毎日レトロのーつをはじめとするリスナーと出会い、観光を楽しみ、グルメを満喫し、リスナーからもらったり自分で買い揃えたお土産を山のように携え帰国した。
ただ、ここまで活動的なリスナーというのは、全体から見たらごくわずかでしかない。配信中はROM専と呼ばれる、コメントや感想書きなどはせず、ただ一人で配信を楽しむリスナーが過半数だ。たまにグッズを買ったり、イベントに参加しても一人やごく少人数でじっくりと楽しむ、ということも普通で、自分に合った推し活をしているだけで楽しみ方の一つでもある。とはいえ、リスナーからのコメントがなければ配信は成り立ちにくいため、コメントをよくするリスナーのほうが全くしないリスナーよりも目立つ、ということはあるが。
「お疲れー。先あがるわー」
「おつかれー……。また明日なー」
夜も遅く、今にも精魂尽き果てそうな、ふらふらとしながら出ていくそれは、通称社畜、他称社畜、公称社畜。目の下にはたっぷりと隈を蓄え、連勤はすでに20を超えており、日付が変わる前に退勤できたから今日はいい日だ、と思うくらいにはブラックな社会にどっぷりと全身を溶かし込んでいる。
ちなみに、何がいいか、というと推しの配信を終わる前に視聴できたこと、が本人にとっては何よりものご褒美だったらしい。ただ、ROM専の一人でかつ、帰りの電車の中のため、イヤホンで配信の音を聞くだけだ。雑談配信のため、時にリスナーとプロレスをしたり、近況の話をしたり、あるいは他のライバーとの話をしたり。コメント欄を拾い、回答していることもあるが、大体の内容は読み上げるため、いったいどういった話題なのかを全く理解できないこともない。むしろ、気だるさのあまり目を閉じれば、しっかりと集中して話を聞けるし、今日一日のいやなことを全て忘れさせてくれる。
とはいえ、目を閉じ推しの声だけを集中して聞いた結果、心地よさと疲れで電車から降り損ねそうになったのも、また日常だろう。
手持ちの仕事の一つが終わり、軽く背を伸ばす。小さく漏れ出た息は疲れか、それとも一仕事終わったことへの安堵か。ともかく、仕事用のPCを終了させると、エクゼを起動させ、TLを眺めていく。
その中で、ふと面白そうな配信タイトルを見つけ、リンクをタップ、配信画面に画面が切り替わる。
「あ、何度も言ってるけどこれ絶対に秘密ね? 冗談じゃなく、拡散とか、あの子の名前つけての投稿とか、ハッシュタグも禁止だからね?」
:『任せろ!』
:『俺らがそんなことするわけ』
:『名前出すとフラグ立って来そうだしなぁ』
何度目かになる禁止事項を伝え、ナツメは少し緊張した面持ちで、BGMもどこか重苦しいものに変わっていた。
なんとなく、コメント欄もいつもより元気がない、というか緊張しているようにも見える。
「さて、さっきは軽くジャブで、先週牛丼と豚汁と焼き鮭を一人で食べきったところを話したから次は……ウインナーコーヒーを、ウインナーの種類を選べるコーヒーだと勘違いしてたこと話す?」
『もう全部話してるんよw』
『ウインナーが入ってるコーヒーだと勘違いするならあるけど、さらに種類選ぼうとしてたの?!』
『さすが俺らの看板娘さん。食欲旺盛というか、天然ボケが過ぎるというか…』
「やっぱり天然だよね! 常識はあるんだけど、どこかずれてるのに気づいてないっていうかさ……。あ、それで思い出したんだけど、昨日! 昨日の話なんだけどね!」
思い出し笑いをしているのか、ナツメは笑いをこらえながら話を続けようとしている。よほど面白かったのか、笑いをこらえるのに必死ではあるのだが。
:『自分だけで笑ってないで教えてもろて』
:『昨日とかめっちゃタイムリーすぎん?』
柊ミント@それ、話しちゃダメって言いましたよね? なっちゃん:『😊🔪』
:『どんな話だろう?』
:『あ』
一瞬で『あ』だの『しゅーりょー』だの『終わりです。何もかも』だの不穏なコメントで埋まる。それだけ、笑顔と包丁だけのコメントは強力すぎたらしい。
「あー……。ええと。うん、じゃあ、配信終了ってことで! ……ミンミンごめーん!」
謝罪を言い残し、あっという間に配信が終わる。そもそも、親友の秘密大公開! と題し、シルエットとはいえ自分の立ち絵を出すのはこういう乱入を想定して、だろう。
ミントは追撃、もとい釈明をさせるため……もとい、事情を聴くために、メッセージアプリからナツメに通話をかける。
「ミ、ミンミン……? 今日、お仕事忙しかったんじゃなかった……?」
「何とか早めに終わってね。そうしたら、なっちゃんが面白そうな配信をしてるから、見てみたの」
「そ、そうなんだ……。は、はやめに終われてよかったね……?」
ミントはいつも通り、笑っているのがよくわかるような声質で、いつも通り親しみを込めて話しかけている、はずなのだが立ち絵すらない通話、というものになぜかナツメは圧を感じていた。
「それで、何を話そうとしてたの?」
「昨日の帰り際に言ってたやつ……。配信で話すよって言ったよね……?」
「えっと……お酒飲んだのは覚えてるけど……?」
「覚えてないんかいっ! 居酒屋の内履きで帰ろうとしたこと、話していい? って聞いたらミンミンいいよーって言ってくれたじゃん」
酔った際のエピソードを話そうとしたものの、お互いに何杯も飲んだ結果、前後不覚になりながら帰り、その時に約束をしたこと、だったらしい。
「てっきり、あのことかと思ったわ。なっちゃんが話すつもりないならいいんだけど」
「あれ……? それって何の話だっけ? ごめん、覚えてないや」
「そう? 覚えてないならいいの。大したことじゃないし」
「いやいや、それ気になるってば。お茶こぼしたことはいつものことだし……ゲーセンで5000円溶かしたこと? それとも、あたしのこと間違って『ママ~ァ♡』って呼んだこと?」
「なっちゃん、絶対言わないでね? それ」
羞恥を押し隠した声でミントは口止めをした。だいぶ飲んでいたが、その時の記憶はなぜかはっきりと覚えている。その瞬間酔いも何も一気に醒め、忘れるべく飲みに飲んだのも最後の失態につながった結果だったのかもしれない。
ナツメは親友のかわいらしさと若干の怖さに、少しだけ乾いた笑い声をあげ、了承するのだった。
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よくわかる(可能性は微弱にある)VTuber(?)配信用語説明
ROM
もともとはPC用語の、Read Only Memory(読み込み専用メモリ)をなぞった、Read Only Memberの意
見るだけ、聞くだけで自分からコメントなどはしないことを指す
半年ROMってろはある意味で真理。新規で見た配信に関しては、空気感がわかるまではコメントをせず見守るのもまた大事ではあったりする
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