第13話 ユウキの街づくり
それは、もう一つの現実だ、とも。あるいは二つ目の世界だとも。
開発陣は確かにそれを目指して作成をしたし、実際に、これまでとは大きく異なる『世界』の一部を新たに作り出した、ともいえるのかもしれない。
『
その中で、『
Orbis Polarisには、VRキットを装着し、提供されたプラットフォームを介してログインする。そこに一人、もしくは複数人で協力をして町やそこに設置されるものを作り出していく。
「じゃあ、事前に告知してたけど、クライアントのダウンロードもう終わらせてるかな? 準備できてるなら、招待コード出すけど」
:『準備できてるよー』
:『対応してる端末持ってなかった…』
:『今日この時のために全部新調してきた!』
「あ、ってそうだ。ごめん、先にログインだけするからちょっとだけ待って!」
ユウキはそういうと、Orbis Polarisを起動させ、認証させる。ログイン成功の表示が現れた後、キャラクター選択画面から自身のアバターを選択し、ルームに入室すると、Orbis Polaris内専用の配信カメラをつけた。
配信画面に、ユウキのアバターが表示され、3人称視点での画面になっており、少し遠目の場所から俯瞰で見ているようだ。
「改めて、準備できたから、招待コード貼るね。みんな、入ってきて」
アルファベットと数字の羅列が画面に表示されると、ユウキのいる場所に多くのアバターが表示されていく。
ユウキたちがいるのは、一言でいえば、更地だ。よくよく見たら、区画らしき線が地面上にあれば、道路になりそうな道のように見える場所もなくはないし、ちょっと離れた場所には木が生えていたり、大小さまざまな石や岩もあるが、建物をはじめとした人工物はない。
なお、どんどんと現れるアバターは様々だ。実際にいそうな女性もいれば、中々実際には見れないような美女だったり、非常に幼く見える少女だったり、あるいは頭部だけが犬の少女もいれば、ねこの耳や尻尾が生えた女性、あるいは腕が翼になっている少年なんかもいる。
男女比が、ユウキを含めても2:8なのは、女性比率が多いユウキのリスナー層をそのまま表しているのか、それともこういったアバター特有の変身願望なのか。ユウキ以外はチャットでの交流以外できない設定になっているため、事実は定かではないが。
「じゃあ、今日が初めてになるから、俺の家から作るってことでいいよね? あまりたくさんの人で作るものあれだし、素材を手に入れるのを、まずは10人、それである程度素材が集まったらその内の5人で作る、でいいかな?
でもずっと同じ役割だとちょっと可哀そうだから、30分交代で、もしそれで人が足りなさそうなら、追加してくって感じで」
参加したリスナーは合計で100人ちょっと程。その全員で家を一つ作るには人数が多すぎるし、最初から複数の建物を建てる、というのも配信画面に映らない部分になるため避けたらしい。
ユウキがこの場にいる全員に作業に加わるかどうかの選択肢を出すと、あるリスナーは参加を、あるリスナーは不参加を選択し、参加を選択したリスナーから抽選が始まり、当たったユーザーに作業中を意味するハンマーとレンチを表すマークが頭上に表示される。
VR上の画面でもコメントでも、当たるたびに拍手を意味する『88888』や『おめでとー』といったコメントが飛び交い、だいぶ賑やかな様相だ。
「じゃあ、まずは石の取得からだね。小さいのはそのまま取って、大きいのはその小さいので割れるみたいだから、まずはそれを作っていく感じかな? それから斧の刃の部分が作れるみたいだから、落ちてる枝とかで斧が作れる……みたいだから、それをいくつか作っていくのが最初みたいだね」
流石に木や石を素手で加工することはできないらしく、順序だててやっていく必要があるようだ。とはいえ、石の加工を小さい石でできる、というのもあまりにもゲーム的な要素ではあるが。
予備も含め、20本近くの斧が出来上がったが、仕上がりというのがだいぶ異なっていた。見た目はほぼ問題なさそうなものもあれば、刃が毀れていたり、枝が細長くてまるでハルバードを思わせるようなものなど、多種多様といえば聞こえはいいが、明らかに壊れそうなものが混じっている。
「じゃあ、次はこれで木を切り倒して、家の壁にするらしいんだけど、えっと……貰った設計図を見ると、柱を立てて、梁を通して、壁とか床を作っていくんだって。しばらくは木を切って、それでその内のいくつかを板にしていけばいいのかな?」
:『乾燥させないと曲がりそうなものだけど…』
:『設計図見たけど、断熱材とか防水シートとか、入ってないような…』
:『そこにリアルさ、いる…?』
「俺は、そういうのよくわからないんだけど、ひとまず設計図通りに作ってみようよ。拠点自体は簡単に変えられるらしいからさ」
Orbis Polarisにおける、拠点というのはそのワールド毎にある配信者専用の建物のことを指すらしく、その拠点に関しては簡単に建て替えられたり、一部の素材を置き換えたり付け加えることも簡単にできるらしい。
地面に直接柱を建て、その上に梁を通し、柱と柱の間を壁で埋める。それも、柱は丸太をそのまま使い、長さをそろえただけのもののため、曲がっていたり、太さが同じではなかったりするし、壁も面によっては歪んでいたり、穴も開いているように見える面もあるが、自立していて現時点では崩れるようには見えない。
:『ユウキくん的に、この家はどう?』
:『東側はいいと思うんだけど、それ以外がちょっと…』
:『見た限り、みんな同じような作業してたように見えるんだけど、どうやったらこんなことに』
コメントも辛辣、というよりも本当にどうやったらこんなことに、と困惑しているようだ。ちなみに、形は現時点では1階部分の壁と床ができただけ。天井や屋根はまだだが、俗にいう豆腐建築と言っても過言ではない。
現時点では一番最初の一歩、ということもあり豆腐建築でも建ててしまう、というのが大事であり、そもそもの設計図がそのようになっているため、当然の結果ではあるのだが。
「俺の拠点ですし、後から増改築もできるようなので、最初はこれでいいかなって。それに、土地がこんなにあるから、早く色々な建物が建って行くのも楽しみなんだよね」
本当に楽しみで仕方がない、というユウキの反応に様々なリスナーが様々な反応を示す。かねがね好評である、というか好評すぎる、というかという反応ではあるが、たまに起こす発作のようなもの、らしいためどんな反応にもほとんどのリスナーは気にもしていないようだ。
とはいえ、普段コメント欄でさえ暴走するリスナーが、アバターの姿を与えられるとどうなるか。
無意味に走り始めたり、何故かその場でスクワットを始めたり、何か言葉にならない言葉を永遠と呟き俯いてみたり、あるいは何度もユウキのアバターに手を伸ばそうとしたり、と中々にカオスな状況のようだ。なお、アバター同士の接触判定はなく、それなりの距離を保っているためどうやっても触れることはできないのだが。
試行錯誤を繰り返し、何とか完成したのは2階建ての、豆腐。もとい三角屋根の家だ。
設計図通りに作ったのだが、そもそもそれ自体が非常にシンプルなもので、1階にはダイニングキッチン、2階にはユウキの私室兼配信部屋を模したもの。他の水回りの設備なんかも作ることは可能なはずだが、そういったものを使うこともないためそもそも設置されていない設計図を選んだ。
この設計図は、事前にリスナーにエクゼ上で募集していたものだ。BIMで作られたそれは、それを読み込んだ状態で素材の加工や組み立てを行う際に、補正がかかり、設計図に沿ったものが出来上がる。
ただ、それとはまた別に、素材の出来上がりや仕上がりには様々な要因が加わり、均一なものにはなかなかならないが。
「これで、一応出来上がり……かな? あとは、家具とか小物を作らないと」
Orbis Polarisにおいて、複数の家具を自由に設置できる。ただ、デフォルトで用意されているものはなく、あくまでも全てを用意する必要があり、見栄えのいいものを手に入れるにはそれなりの手間がかかるのはどこも同じだろう。
:『配信部屋はできる限り再現したい!』
:『キッチン周りのデザインだったら任せて!』
:『左官なら…でも、今の時点だと壁も床も木材だけだし…』
現実の建築の技術が活かせる部分があるらしい、と気付き、今回Orbis Polarisに参加していなかったリスナーが色めき立つ。建築をする、とは聞いていたものの、よくある箱庭のクラフトゲームのようなブロックを積み上げていくものか、はたまた材料があれば自動的に組みあがっていく、そのような無機質なものを想像していたが、実際にはだいぶ簡略化はされてはいるものの、自由度が非常に高く、推しに協力ができる。そうなれば、自分の技術を活かせるチャンスだ、と。
実際に、配信を見ながらVRゴーグルやコントローラなどの機材を購入することを検討しているリスナーも一定数いるのだが、ある意味では配信あるある、だろう。
「じゃあ、今日はこのくらいで終わろうかな? 協力してくれたみんなも、見て応援してくれたみんなもありがとう。あと、もしよかったら、家に置く家具だったり、建てたい建物のアイデアがあったら『#ユウキクラフト』で投稿してくれると嬉しいな。
設計図じゃなくても、アイデアとかだけでもいいからさ」
一斉に『おつかれさま』というコメントがコメント欄やOrbis Polaris内のチャットで飛び交う。そんなコメントを見ながら、ユウキは一足先にログアウトすることにした。
Orbis Polaris内ではまだチャットは続いているようだが、拠点にはユウキしか入れず、クラフトなどもユウキがいないと行えない。折角の機会でもあるし、ユーザー同士の交流を妨げるつもりはユウキにはなかった。
バイザー型のVRゴーグルを外すと、ユウキは机に置いていた飲み物を取り、残り少なくなっていたそれを飲み干す。ゲームには慣れてはいるが、この手のものは初めてで、若干緊張をしながらだったため、普段よりも水分の消費が多かったようだ。
それに、このOrbis Polarisはまだ正式リリース前、β版のテスターであり、先行導入組だ。ゲーマーとしては心惹かれる単語だし、何か一つ、これまでとは違うことをしてみたいということもあった。
思ったよりも、知り合いもその先行に選ばれていた、ということに若干がっかりはしたものの、それでも配信以外が忙しかったり、そもそもマイペースすぎて本当にやるかも怪しいような人物も含まれており、いざとなったら手伝って貰おう、それまでは自分のペースで楽しめばいい。と開き直ることにした。
あの日、偶然見つけたこれは。きっとユウキにとっても、一つの出会いであり、また他の人にとってもそうなるだろう。漠然とそんなことを思いながら、次の配信へと思いを馳せていた。
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よくわかる(可能性は微弱にある)VTuber(?)配信用語説明
BIM
Building Infomation Modelingの略
建築における、建築物の3Dモデルを作成すること、またはそれを実行可能なソフトウェアの総称
建築をする際の設計図のことであるが、よく使われているCADとの違いは、大まかに言えば図面を引くことがCADの主目的だが、BIMはそれだけでなく、部材の情報やブロックごとの幅や奥行などを細かく設定することが可能
また、BIMは作成した3Dモデルから設計図を切り出すことができることも大きな特徴の一つ
88888
拍手を意味するネット用語
8=パチ、でパチパチパチ…と拍手する際の音をあらわしている
👏や配信者によっては専用のスタンプなどを用意しているため、使い分けることも可能
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