第12話 喫茶店「えーる!」新メニュー会議

「こんばんは、個人勢の柊ミントです。今日はゆっくりして行ってくださいね」


:『ミントちゃんこんにちはー』

:『久しぶりの喫茶店だー』

:『お話しよー』


 喫茶店「えーる!」を背景として、ミントはいつものように落ち着いた声色と笑顔で配信を開始する。


「そういえば、しばらくこちらではない方から配信していましたね。外の改装していましたから、仕方ないんですが」


 配信自体は定期的にしているものの、配信画面が喫茶店ではなく、配信背景は自宅としているものを使っていたため、そのように嘯く。

 とはいえ、エクゼで何日から何日は外装の補修工事のため喫茶店「えーる!」はお休み、としていたため宣告通りの行動ともいえるのだが。


「みなさん、そういえば最近何か驚いたことはありますか?」


:『急にどうしたのw』

:『カブトムシが顔に激突してきた時かな』

:『3回連続でアイスのあたりを引いたこと?』


「みなさん色々と体験されているというか……色々あるんですね」


:『ほんとどうしたのw』

:『それにしても、改装したのって本当に外装だけ…?』

:『おい、こら。やめろ』


「いえ、大したことではないんですけど。この前お出かけをしたときに、お昼をいただいたんですけどね。思ったよりも多くて、初めてお持ち帰りしたんですよね」


:『たまにあるよねw』

:『逆見本詐欺?』

:『某喫茶店が有名だけど、個人店だとたまにあるよな』


 とある珈琲店でよく言われる、逆見本詐欺。つまり、メニュー表よりも実物が圧倒的に多いというものは時折あり、リスナーもその被害(?)というか洗礼を受けたことがあるらしい。


「それで、えーる!でも同じように、巨大なチャレンジメニュー? というんでしょうか。そういったものを出せないか、マスターに相談したいんですが。

 どういったメニューがいいでしょうか?」


:『今までに決めたメニューって何があったっけ?』

:『オムライス、ナポリタン、サンドイッチ、あとはもつ煮にシュバイネハクセだっけ?』

:『おばんざい4種盛りと無限ピーマン、それに生春巻き…はメニューから消えたんだっけ』


 喫茶店「えーる!」では時にメニュー改定会議、と題した配信を行う時がある。名の通り、メニューを追加したり、廃止したり、あるいは変更したり、と店に出されているメニューに手を加えられるものだ。

 当初はフルーツサンドとパフェ、それと各種飲み物だけ、というものだったが、リスナーの悪ふざけの結果というものもあり、喫茶店には中々並ばないメニューが追加されては時折消える、ということを繰り返している。


「チャレンジメニュー、といってもあまり変なものは駄目ですよ? 虫ですとか、深海魚ですとか」


:『いつも熱い虫推しニキも現れるから妥当な判断だね』

:『さすがに喫茶店に並ぶメニューじゃないし』

:『虫が悪いとは言わないけど、空気はちょっと読んでほしい』


 色々な人がいるのが配信の常ではあるものの、それでもある程度配信者の意向に沿うことが重要であり、流れを切って自分の主張をし過ぎる、というのがよくないのはVTuberの配信に限ったことではないのだが、それでもそのようなリスナーはミントのリスナーの中にも一定数いるらしい。

 とはいえ、半数近くが通常の喫茶店で出るような品ではないのもまた、配信の流れの結果なのだろう。


:『チャレンジメニューといえば、大盛が定番かな?揚げ物とか、カロリーの高いやつ。あるいは甘いのとか』

:『チャレンジ、ということであれば逆に店から客に挑戦をたたきつける、という意味があるかもしれない。キワモノとか、食べるのが難しいやつとか』

:『深海魚もダメなら、ワックスエステルを大量に含むようなものもだめか…なら、闇鍋とかはどうだろうか』


 カレーやナゲット、という喫茶店で出ることもあり得るメニューから、餃子やら鍋やらのネタメニュー、あるいはカブサやらサテカンビンなど、普段はお目にかかることのないメニューなどなど様々なものが上がっていく。

 その上で、この意見をどうやってまとめ最終的にメニュー入りするかを決めるか、といえば。


「では、次回までに皆さんプレゼン資料を作ってきてくださいね? いつも通り、A4サイズで3ページまで。2週間後に配信をしますから、エクゼの固定から投稿をお願いします」


 そう。これはリスナーによるプレゼン対決だ。材料や作り方、盛り付け方、あとはなぜそれを採用してほしいのか。それをまとめ、改めて配信で紹介し、採用するかどうかを決めていく。企画としてはだいぶ尖っている企画ではあるが。

 数か月に一度行われるそれは最初でこそ応募してくるリスナーは少なかったものの、居酒屋メニューなどが投稿されるようになり、みんとんずであると公表している著名人が投稿するようになり、さらに増えていき、現在では人気企画の一つになった、という経緯がある。

 とはいえ、そのメニューが配信中に出ることはあまり多くなく、ゲストにたまに振舞う、ということで消化しているのだけれど。だからこそゲテモノメニューは避けているところもあるのだが。




「では、先日募集しました、チャレンジメニューを採用する会議です。みなさん、多くの応募いただきましてありがとうございます。では、順に見ていきましょう」


 2週間後、改めて新メニュー決定会議、と冠した配信が始まった。

 著作権フリーの画像を使ったものや、自作の画像。はたまた実際の素材を撮影し、取り込んだもの。様々な形式で作成されたメニューが登場し、それらを紹介していく。

 中には本当に調理をし、盛り付けまで行っているものもあり、さらにプロとも思わせるような、画角にまでこだわった写真も登場して、リスナーも思い思いにコメントを入れていく。


「次は、チュペ・デ・マリスコス、だそうです。とろみのある魚介のミルク煮、なんでしょうか? グラタンに近いようにも見えますね。魚介類、イカにエビにタラにアサリ、あとはカニなどを入れて、野菜もいくらか。牛乳やチーズも入れるようですが、マカロニなどは入れず、焼きもしないのでグラタンよりはスープ、と言ったもののようですね。ニンニクや唐辛子なども入れるようなので、シチューとも少し違うようですし」


 ミントは食材や作り方から想像される内容を解説しながらメニューがどのようなものかを推察し、リスナーに情報を提供していく。

 動画などは配信では使えず、リスナーとともに決めていくため必要な工程でもある。


:『初めて聞いた料理だ…』

:『スペイン料理のソパみたいなものかな。あれは牛乳とか入ってなかったけど』

:『ソパってなんぞや』

:『ソパはスペイン語でスープって意味だったはず』


 普段の配信ではリスナー同士のやり取りは推奨されていないが、リスナー参加型の参加では配信者だけでは補いきれないことも多く、あくまでも配信者がそれを許容している場合のみだが、リスナー同士で解決する、ということもある。



「あとは……闇鍋、はランダムに色々なものを入れる、時には食べられないものも。……はい、これは却下ですね」


 あまりにも、なメニューは即却下をするのもこの配信ではよくある。ある程度の画像を使うし、喫茶店ということもあり、衛生的ではなかったり、実際には作れそうにないものだったりというものは事前に弾くこともあるが、こういったものは通さないというボーダーラインを引くため比較的分かりやすいNG例を出すこともある。




「では、今回の投票対象は、チュペ・デ・マリスコス、あとは白玉ぜんざい、それに野沢菜漬け、ですね。……みなさん、そんなにお漬物お好きなんですか?」


 呆れた、と言わんばかりにミントはため息をつくがコメントは草を生やすばかりで明確な回答はない。このようなことは毎回行われており、時にはもっと変なメニューが出ることもあるが、このような企画としている以上仕方ないことではあるだろう。




 配信を終わらせると、ミントはまず今回の配信で候補にあがった料理について、投票機能を使って選んでもらうよう内容を書き投稿する。期間は3日間。配信をリアタイできなかったリスナーも投票ができるよう考慮した結果だ。

 その投稿も終わらせると、いつものように感想タグやファンアートタグなどを巡回する。少しずつ投稿が増えていくそれを嬉しそうに眺めているのはいつものことで、ミントが配信をしていてよかった、と思う瞬間でもある。

 嬉しかったコメントや、気になるコメントに返信をしていくのもいつものことで、気付けば深夜になり、少しだけ慌てながら寝る準備を始めるのも、いつものことだった。


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よくわかる(可能性は微弱にある)VTuber配信用語説明



リアタイ


リアルタイムの略。リアタイ勢とも言われる。


生配信中に見たり、コメントを書き込んだりすることで配信を応援したり盛り上げたりする行動の一つ


アーカイブ勢、という配信終了後にその配信を見る人との対称として使われることもがあるが、リアタイが偉い、アーカイブ勢が配信を応援していない、という意味では決してない。

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