第2話 おじさんとゲーム配信
「
「おじさんだよー」
:『トラだー』
:『こんちゃー』
:『こんばんは!』
:『今日は挨拶シンプル組だー』
おじさんの今日のコラボ相手は最初の名乗りのように0proというE-Sports専用のVTuber事務所所属の男性Vだ。
事務所のロゴの入った黒いTシャツに緩く着たパーカー、不健康そうに目の下には隈があるしプラチナシルバーの髪にクリムゾンレッドの瞳はまるで吸血鬼のようで、その外観に低い声もあり一定の人気を獲得しているVの一人だ。
「ポーク缶でしたっけ? あれ、いらないッスからね……?」
「もうカゲトラくんの事務所に1箱送っちゃったよ? お酒も一緒に色々送っておいたから、みんなで適当に食べちゃってよ」
:『初手拒否されてて草なんだ』
:『おじさんの方が上手だったw』
:『オフコラボで無理やり持たせるものかと思ってた』
「事務所でなら、スタッフさんとかで分けてくれると思うッスけど、おじさんせめて事前に一言欲しかったんですけど?」
「いやー。他にも送る分もあったから、まとめて送っておいたからね。それで、今日は何をするんだっけ?」
「ああ、うん……。今日はこの前のリベンジで登ってくゲームのやつッスよ。あのジャンプしてくやつ」
マイペースに話を進めるおじさんに顔を伏せるカゲトラ。そもそもこの手のやり取りでおじさんに勝てた覚えもなく、何だかんだで困るようなことは”あまり”なかったため悪いことにはならないだろう、と意識を配信モードへと切り替える。
「いや、ああいうのを無理ゲーって言うんじゃないかな? おじさんのこの前のプレイ見てたでしょ?」
「とにかく反復したら、多分、きっと行けるッスよ。多分、50時間もあれば、コツを掴めると思うので……」
「カゲトラくん? おじさん、そんなに一つのゲームできないよ……?」
:『それでもおじさんのゲームスキル考えると難しい予感が』
:『耐久にしても最初のステージ超えれるかなぁ?』
:『いざとなったら、カゲくんにゴーストプレイを頼むんだ』
VTuberのスタートアップキットと呼ばれるゲームがいくつかあるが、その中でも難易度が高い、と悪名高いゲーム。
ただジャンプをして上を目指す、と言ってしまえばそれだけのゲームだが独特のゲームシステムであり、多くのゲームでも苦戦を強いられることが多いおじさんには難易度が高いようだ。
「ひとまず、今日もやってきましょうよ。ゆっくり焦んなきゃきっと行けますから」
「カゲトラくんがそういうなら、やってみるよ……」
:『これは酷い』
:『途中で自棄になるから…』
:『そもそもおじさん、この前2周年迎えてるから新人じゃないし、もうこのくらいでいいんじゃ…?』
:『ゲームのセンスがないにも程がある…』
結果、としてはコメントの通りだ。最初は落ちるたびにコメントも盛り上がり、おじさんの一喜一憂を楽しんでいたが、2時間ほどたち、何十度目かのスタート地点に戻った時、おじさんはほぼ無言でキーボードをただ叩くだけだったし、カゲトラも疲れ切った声を隠さないまま慰めるだけのBOTのようになっていた。
少しずつでも上がった高さが更新されていけばまだ結果は違ったのだろうが、何故か一番最初にやった時の分を更新できない。むしろどんどん落ちるまでの時間が早くなる、ともなると流石に精神的な疲れも出てくる、というものだ。
「カゲトラくん、もう一度お手本見せてもらっていいかな?」
「うーす。じゃあ、画面こっちで貰いますんで」
画面が一瞬で切り替わり、ゲーム中のキャラクターはさきほどとは全く違うゲームかと思わせるような動きでどんどんとジャンプで次の足場へ移動し、軽快に進んでいく。
おじさんも感心したように何度か頷き、カゲトラは注意点などを含めて解説しながらゲームを進めていく。
:『おじさんリスナーになってない?』
:『ここまでプレイしてもらってるんだから、おじさんもちゃんとコメントしてw』
:『いや、これ多分もう心の底からプレイ諦めてると思う』
:『確かに、見た感じもうただ見てるだけだし』
「え? ちゃんと見てるよね? おじさん、このあともう一度挑戦してくれるよね?!」
「うん、ちゃんとやってくれてるし、やるよ。一応、一応ね?」
:『なるほど、最初の贈り物ってこのための…』
:『事務所に送ることで受け取り拒否もできなくなるし、策士だな』
:『流石にそれは穿った見方でしょw』
「おじさんとこ、何か色々言ってるけど、実際どうなんすか」
「いやいや、そんなことはないよ。それならちゃんとそれ用に準備するからね」
あくまでも軽い調子で言うおじさんの言は非常に疑わしいが、間違って買ったものを贈り物にすることはないだろう。配信中、別のライバーに1箱ほど送り付けようとしていたためあまりにも説得力はないが。
「じゃあ今日はこれくらいで。おじさんもう疲れちゃったよ…」
「まあ、おじさんにしては結構頑張ったから、次は自分一人で頑張ってみてくれ」
「う、うん。そのうち、そのうちね。じゃあ、長時間見てくれてありがとね。ばいばーい」
「ほんと、長かった……」
結局、序盤の最難関ポイントを過ぎたあたりで再度おじさんのゲーム画面に戻したが結果は変わらず。数秒無言になる、という放送事故も寸での所、思い出したかのように疲れ切った声色のまま配信を切ることにした。
何本か切り抜きなどが作られたが、後でたまたま発見したおじさんからは非常に不満のある内容だった、らしい。
「カゲトラくん今日はごめんねぇ……」
「いや、俺こそすみませんでした。最初にもう一度見本見てもらって、それで時間区切った方がよかったですよね?」
「うん、最後の見本ほんとわかりやすかった! でも、しばらくこのゲームいいや、ちょっと手疲れちゃったよ」
配信が完全に切れたことを確認した後、おじさんとカゲトラはそのまま通話アプリで反省会を始める。
オフラインコラボ、実際に会って行うコラボと異なり、オンラインのコラボでは声色や2Dで表現されるアバターの表情はある程度読み取れるものの、細かい表情までは流石にまだ読み取ることは難しく、相手に無理を言っていなかったか、不快な思いをさせなかったか、といったことを確認する意味も若干こめつつ配信終了後の反省会は頻繁に行っていた。
近ければどちらかの家に行ったり、あるいは個室の飲食店で、ということもできるだろうが残念ながら二人の住んでいる場所は微妙に遠い。
そもそもそれなりに早めの時間に始めたはいいが、思った以上に時間を取られたために夜も遅い。
平日の中日に行われたこのコラボは、明日の予定にも差し障るためあまり反省会に時間を取られるわけにもいかない、ということもあったが。
「そういや、最初言ってたお酒って何送ってくれたんです? おじさんが送ってくれるお酒っていつもいいやつばかりでちょっと楽しみなんですよね」
「みんなで分けて飲みやすいように缶のものが多めだね。日本酒とビール、あとはちょっと珍しい缶入りのウイスキーを見つけたからちょっと入れておいたよ。美味しい割り材もあったしレシピも同封してるから試してみてね」
至れり尽くせりのおじさんの贈り物を楽しみにしつつ苦笑する。時折こうやって送ってくれるものはどこからどう手に入れたのかは謎だが、珍しい地方の酒蔵のものが多かったり、あるいは食品なども高すぎるわけではないが品質が良かったり、ネットで探そうとしても通販をしていなかったりするものがたびたび含まれている。
前に軽く冗談交じりに聞いてみたが、秘密だよ、と茶目っ気たっぷりにかわされてしまった。特に追求しなければならないものではないから不快には思ったりはしないが、どこか浮世離れしているそれが非常に配信者らしく、リスナーなどからわかりやすい、と言われることもある自分としては少し悔しい、というかほんの少しだけの嫉妬を覚えたこともある。
そんな釈然としない気持ちを抱えながら、通話を終えるとカゲトラはざっと配信の感想や通知を確認しベッドに早々に引っ込むことにした。
一方、おじさんは他の配信者のプレイ動画を何となく見ながらちびちびとグラスの中身を減らしていた。リスナーからも指摘されていたように決して自身はゲームが得意なわけでもなく、好きで定期的にやっているわけでもない。
とはいえ、ゲームのプロともいえるカゲトラに教えを請いながらこの体たらくは流石にまずい、と。カゲトラが得意とするのはFPSやTPSのシューティングや反射神経が物をいうアクションゲームでこういったゲームが得意なわけではないがそれはそれ。
それで自分がバカにされたりおもちゃにされるのは別に構わないが、カゲトラが何かそういったゲームコラボをする時の障害になってしまったら申し訳なさすぎる。だから、せめて少しは上達をしよう。
ただ、また手が痛くなるのは嫌なので動画を見たり、先ほどのカゲトラのアドバイスを思い出すだけに留めたが。
「もう、ここがゴールってことでいいよね……」
:『うん、もうおじさんは頑張った。これ以上無理しなくていいんだ…』
:『ここをゴールとする』
:『もうゴールしていいんだよ…』
後日、おじさんは何とかカゲトラから指南を受けた、序盤の最難関をクリアしたところでゲームのクリアを事実上放棄することを宣言したが、前回の散々な内容を見ていたリスナーは次々とそれを肯定した。
いくつか、まだゴールではないことやエンディングを見ることを勧めているリスナーもいたが、黙殺することに決めたらしい。
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