第3話 コラボ配信
VTuber、というものは数万とも数十万とも言われるだけの存在がいて、日々様々な配信活動やイベント、その他の露出をしている。
そして、その中でもコラボ、と呼ばれる単独以外で配信が活発なのも特徴だろう。
同じグループかどうかを問わず、所属が異なる相手同士でも垣根を越えて仲を深める。そのような配信はある程度特別、ではあるもののやはり様々な場所で、複数の配信が同時にされる。
「こんなっつー! アークルーム所属のレトロ雑貨大好き! 夏目ナツメだよっ!」
「みなさんこんにちは、個人勢の柊ミントです。今日もゆっくりしていってくださいね」
:『こんなっつー!』
:『こんにちはー』
:『お話しよー』
:『一か月ぶりのれとろみんとだー!』
:『新衣装かわいー』
一人は元気で活発に挨拶を行う、どこか懐かしさを感じるような白いブラウスにライトブラウンのニットパーカー、それに赤いベレー帽を付けた女性。
もう一人は黒のロングシャツに濃いオリーブ色のエプロンを付けた朗らかに笑う女性。どちらも数日前に発表されたばかりの新衣装を身に着けてからの初コラボだ。
二人はデビュー時期がほぼ同じ、ということもありデビュー初期から仲が良く、片や企業勢、片や個人勢でありながらも多くのコラボを定期的に行っている。
「もう一か月だって。ミンミン忙しそうだったよねー」
「なっちゃんだって、この前お祭りに出てたでしょう? 中継見てたけど、張り切ったわよね」
「だって、レトロ市だよ? 買い物とか冷やかしができなかったけど、見てるだけで楽しかったから!」
:『レトロ市行ったよー』
:『ナツミが紹介してたソフビが売られてた! 8万とかしたから買えなかったけど…』
:『こっちでもやってくれたらいけたのに…』
:『ナツちゃん発表してからずっと頑張ってたからねー』
「いやいや、発表される前からずっと頑張ってたって! 隠すの大変だったけど」
「発表されてからすぐに私に報告してくれるくらいだったからね」
レトロ好きが集まる、というVTuber事務所に所属するVらしく、ナツメは前々から個人的にも紹介していたイベントの司会を務めたことを嬉しそうに話す。
リスナーもそれを知っており、行ったという報告やおめでとう、という祝福を送るものなど好意的なコメントが流れる。
「ひとまず、今回果たせなかったことは次回にまた頑張る! ということで、今回の本題、でっかいマップアートを作る! エクゼで募集してたやつを元に作ってくよー!」
「二人でどれだけ作れるかはわからないですが、頑張っていきましょう」
配信者向けのゲームでも定番のサンドボックスゲーム、その中でも少人数でもできるように提供されている小型サーバーのものにそれぞれアクセスし、前回のログアウトポイントから開始する。
10人までアクセス可能、となっているそれは彼女ら二人の他に仲のいいライバーが自由に入り、配信で利用できるようにしている。
ただ、今は他にアクセスしている人はいなかったようで、広い世界を中に用意されている乗物で移動し、誰も利用していない広大な土地へと移動した。
そこには事前に必要なアイテムを用意しており、箱の中に様々なアイテムを入れてはいたが、凹凸をなくす、整地という作業を配信中に行おう、ということでそこまでは行っておらず、ゲームで自動生成された様々なブロックが生成ルールに従いそのままの状況で二人の前に表示されている。
「ほいじゃ、始めますかー」
「ええ。作るマップは右下に出しておいてくださいね」
こういったサンドボックスゲームの整地、という作業はブロックで形成された世界の、ただ設置されている余計なブロックを破壊し、あるいは設置する、という作業を必要なくなるまで延々と繰り返す作業だ。
その後も用意された設計図通りにブロックを置いて行く、という地味な作業を行う必要がある。
出来上がった時の完成形を楽しみにするのも醍醐味だが、その間の会話を楽しむ、というのが最大の配信目的の一つかもしれない。
「ひとまず、今日はこんなところかな?」
「そうですね。時間もいい時間ですし、なっちゃんもこのあと別のコラボありますよね?」
「そうそう。事務所のコラボでさ。先輩たちも来るから、時間のあるレトロのーつはちゃんと見に来ること!」
「みんとんずのみなさんも、夜10時からアークルームの公式チャンネルを覗いてみてくださいね」
:『はーい』
:『サムネに重大告知、って書いてたから楽しみにしてる!』
:『明日早いからアーカイブかまとめで見るー』
:『おつれとろみんとー』
「じゃあ、また後でね! おつれとろみんとー」
「では、またお会いしましょう。おつれとろみんとー」
それぞれが挨拶をし、おつれとろみんと、と声を合わせて挨拶をした後に配信を終了させた。
さて、と配信を終了させ軽くお互いで挨拶も終わらせたミントが受領したデータを確認する。
受け取ったデータは2つ。1つは今後の案件の簡単な概要、それともう1つが過去の配信を、契約している絵師が描いたアニメーション動画だ。
手書き切り抜き、と呼ばれるそれは配信の内容をただ切り貼りしたりそれに字幕を付けるものとは異なり、音声データは元々の配信から抽出したものだが、アニメーションは絵師が作成したデータになる。
内容を確認し、指定したものであることを確認した後に、先ほどのライブ配信の感想を投稿し、その後に受領した動画を自分のチャンネルにアップロードする。
自分の配信を切り抜くことはミント自身でも可能で、たまにそういった動画の作成も行うが、アニメーション作成までは時間的にもスキル的にも困難だったため元々作っていた人に声をかけ、外注することになった。
イラストのテイストが自分の配信内容にも良く似合う、と言われ好評でもあるため絵師のスケジュール次第とはなるが定期的に依頼をしており、関係も良好だ。
アップ後、すぐに感想も貰うため、SNSの分も含め丁寧にコメントを返していく。
感想を返しているうちに、10時前になったため慌てて先ほど言っていた配信を見るためにアークルームの公式チャンネルの配信に移動する。
いくら仲が良くても公式配信の内容までは聞いていない。重大、で複数人が出るということはイベントやグッズ関連の告知だろうか、と当たりをつけながら待機画面をメインのディスプレイに表示させながらサブモニターでは感想や自分のアートタグの付いた画像を探し、『いいね』や『お気に入り登録』をしていく。
「公式配信に遊びに来てくれてありがとー! アークルーム所属のレトロ雑貨大好き! 夏目ナツメだよっ!」
それ以外にもアークルーム所属のライバーの挨拶が続き、本題に入る前の雑談に移る。リスナーもその雑談に乗ったり、今回の重大発表、の内容を予想したりと世話しなくコメント欄が流れていく。
早く発表してほしい、というリスナーの要望はあるだろうが、発表をするのは45分から、と言われており、ミントも自分の作業をいくつか進めながらも耳だけ配信の内容を入れていく。
「エクゼのトレンドで国内1位になったって? わー、期待値すっごいなぁ! じゃあ、時間だしそろそろ発表しちゃうよ!
アークルーム初の大規模リアルイベント、レトロ美術館とのコラボでの、お祭りだぁっ!!」
ミントが画面に視線を移すと、イベントの詳細が動画で流れていく。期間や内容、チケット情報などの情報が順々に表示され、情報の詳細や提供されるコラボ商品やフードメニューが出てくるたびにコメントが盛り上がり、定期的にスパチャも飛び交う。
アークルームのライバーが興奮気味に情報や傘下の意気込みを伝える度にもスパチャが投げられ、もうすでにお祭り騒ぎになっている。
なっちゃん、リアルイベントおめでとう! とミントがよくやり取りを行うグループチャットルームでメッセージを投げると、同じように他のライバーもお祝いのメッセージやスタンプを投げる。
中には遊びに行くよ! と書き込む人物もいたが、ツッコミがいくつか投げられる。別の名義で活動しているライバーでもあり、顔バレしているんだから止めておけ、逆にバレなかったら悲しいだろう、と煽るような内容も含まれているのは仲がいい証拠だろう。
ナツメがそれを見るまで少し時間があるだろうから、とチャットを閉じた後再びミントは作業を再開することにした。決してミントだけではないが、ライバーだけで生活基盤を作っているわけではない、という人は多い。
配信用とは異なるPCでの作業に関してはそのもう一つの仕事であり、配信業とは異なるスキルを求められるそれはミントは集中しなければならない部分が多く、配信後は感想確認などを行った後から始めるのが常だった。
あれ? 珍しい、カナさんまだ起きてたんだ? とナツメが帰宅後に、グループチャットに届いていたメッセージに対して返信をしているとカナがメッセージを入力中、という表示になり不思議そうに首を傾げた。
打ち合わせなどを行い、少し軽く食事を楽しんだ後だからこそ帰宅は深夜になっており、普段ならカナは寝ていると聞いている時刻だ。
『ナツおめでとー。グッズ買ったよー!』
『言ってもらえたら差し上げたのに! というか、カナさん寝なくていいんですか?』
『そろそろ寝ようと思うんだけど、今出張の最終日で明日は休みだからいいかなって。まあ、接待帰りよ』
『うわー。こんな時間まで飲んでたんですか? アパレルってそんな体育会系なんですか?』
『今回の相手が大学の先輩でさ。結構無理な飲み方する人多いのよ』
大変そうだなー、と他人事だからこそ気楽にナツメは呟く。配信者としてはナツメの方が先輩ではあるが、年齢はカナの方が上であり、性格の相性もありカナ相手には敬語を使うのがしっくりくる、と言ってカナ本人以外には頷かれたのは記憶に新しい。
こうやって忙しい中で色々としてくれるところを尊敬しているところも大きいが、照れて決して本人には言えていない。
『じゃあ、明日カナさんオフなんですか?』
『配信はちょっとやろうと思うけどね。あとは面白いグッズ見つけたから、おじさんに見せびらかせるつもり』
『お二人ともほんと仲いいですよね! あたしもおじさんに会ってみたいなー』
『止めておいた方がいいよw おじさん結構初対面でもぐいぐい来るから』
カナの半分相棒のような扱いを受けているおじさん、と呼ばれているVTuber。このトークグループには入っていないが、何度か過去にコラボをしたことはあるものの不思議とオフコラボはしたことがない。
おじさんに提案したところ、オフは炎上が、怖いからね。とわかるようなわからないようなことを言われてしまい、未だに実現していない。事務所には男性もいるし、何度かその男性ライバーとはオフコラボも経験があり、男女関係で炎上をしたことはナツメにはないにも関わらず断られたのは腑に落ちない。
『炎上が怖い、って言われて会えてないんですけどね』
『あー。それ、あれだわ。おじさん側のコーンというか、過激派さん?』
ユニコーン、と呼ばれる異性とのコラボを過剰に嫌う層がいることはナツメも知っている。
ただ、そういった人物が集まるのは主にアイドル系のライバーの話であり、「おじさんの配信に集まるのはおじさんしかいない!」と公言しており、実際に視聴者に関しては男性率が多いおじさんの所にどうしてユニコーンが? と不思議に思うが、おじさんから妙に悟ったようなトーンで言われたのは、きっとそういう人物に心当たりがあったのだろう。とナツメは結論付けた。
『おじさんのコーンなら、まずカナさんが狙われるんじゃ?』
『不思議なことに、私にはさっぱりなのよね。飲み仲間だからなのか、異性カウントされてないっぽいのよね』
飲み仲間以上に、酒癖が悪いからじゃ? というコメントを投稿する前に速攻で消した。危うく投稿することで自分が消されてしまう、と思ったからではなく。流石に世話になっている人に失礼だから、だ。決して酒癖に関しては何もコメントはナツメはしない。
カナは解けない謎をいつも不思議そうにしているが、おじさんが指摘しない限り、誰も決してその回答を行える人物はいないだろう。
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よくわかる(可能性は微弱にある)VTuber配信用語説明
ユニコーン:ユニコーンとは、ファンタジーでよく登場する、額に一本角を生やした聖なる馬のこと
清らかな乙女が目の前に現れた場合はその膝で眠り、それ以外には非常に獰猛な本性を見せつける、という生態がある。
その処女信仰、ともいえるものと女性アイドルファンの一部の過激派を結び付けたもので、自分の推しの女性が自分以外の(あるいは自分自身も含め)男性と接触することを酷く嫌うファンのことをユニコーン、あるいはそれを省略したコーンと呼んでいる
基本的には女性が対象ではあるが、極稀に男性が対象となる場合がある
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