第23話 絵似熊市ダンジョン① 捨てる神あれば拾う神あり
「はぁ、8月はバイトしないとなぁ」
林護町ダンジョンの調査から戻って数日。蘇鳥はクーラーをガンガンに効かせた部屋でお金のことで悩んでいた。
というのも、林護町ダンジョンの報酬が思ったより少なかったからだ。林護町ではたくさんのお金を使った。交通費、宿泊費、打ち上げ費用、浮き輪代など。想定以上の出費もあったが、きちんと成果を上げた。十分ペイできるはずだった。そう、できるはずだった。
しかし、林護町から支払われた依頼料は微々たるもの。雀の涙とは言わないが、想定している以上に少額だった。役所には報酬の件でクレームをいれたが、まともに取り扱ってもらえなかった。
大学生の個人事業主、しかも実績がほとんどない。だから、下に見られているのだ。
「はぁ、実績と金が欲しいなぁ」
嘆いても勝手に実績とお金は手に入らない。蘇鳥はダンジョン再生屋の仕事がないか確認しながら、夏休みのバイトについて考えるのだった。
テロリン。
蘇鳥がいいバイトがないか探していると、スマホに通知が届く。
「……は? 迷宮省からのメールだと」
迷宮省は日本におけるダンジョン関連のことを一手で担っている公的機関。冒険者の誰もがお世話になる機関だが、普通の冒険者が直接関わるような機関でもない。
冒険者が関わるのはダンジョンで得られた素材を売却する時くらい。それだって公的機関ではなく、委託された組織や企業だったりする。直接迷宮省と関わることはなど、ほとんどない。
「まさか、詐欺か?」
疑うのも仕方ない。普通はメールなんて受け取らないのだ。よからぬことを企んでいる者が公的機関を騙っていると考えるのも自然だ。
蘇鳥はウイルスなどが仕組まれていないか、チェックする。
「ふむ、ウイルスはない……か。アドレスなんかもちゃんとしているな。開いても問題なさそうだな」
様々なチェックをした結果、メールに不審な点はなかった。どうやら本当に迷宮省からメールが届いたらしい。本物なら本物で、どうしてメールが届いた? という疑問が浮かぶ。
スマホのデータはバックアップを取っている。最悪、ウイルスに侵食されスマホが使えなくなっても何とかなる。
蘇鳥は覚悟を決めてメールを開く。
「えーっと、なになに。絵似熊市で新しいダンジョンが発見された……と。ふーん」
ダンジョンに関する情報は逐一集めている蘇鳥だが、絵似熊市で新たにダンジョンが発見された報告については知らない。つまり、まだ公表されていない事実だ。
「ふむふむ、既に調査を行ったが、難航している、と。それでそれで…………なるほど、ね。だから、俺にも声がかかったわけか」
絵似熊市で新しいダンジョンが発見された。ダンジョンが新しく発見されることは珍しくない。既に日本だけで5000を超えるダンジョンが確認されている。毎日とは言わないが、定期的に新しくダンジョンは発見されている。雨後の筍のごとくダンジョンはポコポコ生えてくる。
新しくダンジョンが発見されると、まず迷宮省所属の冒険者もしくは、迷宮省と契約している冒険者が難易度を調べることになっている。
これは冒険者の安全のためである。実力不足の冒険者が難易度の高いダンジョンに入って、怪我したり命を落としたりしないようにするための処置だ。まず難易度を決めて、入っていい冒険者を選定する。
しかし、新しく発見されたダンジョンは調査が難航しているらしい。
調査を行ったが、成果は得られなかった。
いや、正確には成果は得られた。しかし、まともな成果は得られなかった。
このような状況では一般の冒険者にダンジョンを開放することができない。難易度が高すぎるなら、一般開放をやめればいいが、新しいダンジョンは難易度自体はそこまで高くないらしい。あくまで仮決定だが、難易度は冒険者に開放してもいいレベルだ。
ところがどっこい、絵似熊市ダンジョンは中身が意味不明らしい。既存のダンジョンのどれとも構成が異なるため、一般に開放していいのか判断が難しいらしい。既存のダンジョンでも何が起こるのか完全には解明できていないのに、未知で溢れているダンジョンを開放していいのか判断に迷っている。
ダンジョンは危険な場所だが、迷宮省だっていたずらに冒険者を危険にさらす気はない。安全マージンを探ることは重要なのだ。
それに何より、既存のダンジョンとは異なる構成。もしかしたら、ダンジョンを調査することで新しい発見があるかもしれない。
そこで迷宮省は一般の冒険者の中でもダンジョンを調べている人に声をかけるようにしたみたいだ。
蘇鳥の仕事はダンジョンの新しい価値を見つけること。ダンジョンを調査するのとはちょっと違うが、ダンジョンを調査する能力が認めらたらしい。そのため、蘇鳥にも絵似熊市ダンジョン調査に声がかかったみたいだ。
少ないとはいえ、これまで蘇鳥が頑張った成果が認められたのだ。
「いやー、見てくれる人もいるもんだな。嬉しいねぇ」
捨てる神あれば拾う神あり。蘇鳥に不当な扱いをする者もいれば、蘇鳥を評価する者もいる。
「これは絶対に受けないとな。またとないチャンスだ」
絵似熊市ダンジョンの調査で貢献できれば、名を挙げることができる。名前が知れ渡ったら、新しい仕事にも繋がるだろう。
しかも待遇も悪くない。交通費は出してくれるし、ホテルも用意されている。ダンジョンを調査するための道具なども用意されているらしい。環境は万全に整っていると言っても過言ではない。
大学もちょうど夏休み。8月いっぱいは気兼ねなくダンジョン調査ができる。
そのためにも、ダンジョンで護衛してくれる人を用意しないといけない。いつものごとく、氷織に連絡するのだった。
「もしもし氷織、今暇か?」
「ん、大丈夫、何?」
「ダンジョン行こうぜ!」
「……は? 何言ってんの? 夏の暑さで頭、壊れた?」
顔を見なくても氷織が冷たい視線を向けていることが分かる。辛辣な言葉だが、蘇鳥の説明不足が原因だ。
この後、蘇鳥はしっかりと氷織に説明して、納得してもらいましたとさ。
8月は丸々ダンジョン調査だ。
いや、丸々というのは嘘だ。
正確にはお盆には実家に帰省したり、休息のため調査を休む日もある。正確には8月は時間の許す限りダンジョン調査だ。
TIPS
迷宮省
ダンジョンに関することを統括する政府組織。魔石や魔道具の取り扱いなどは多くの冒険者が知るところだが、他にもダンジョン内での事件やモンスターの情報、ダンジョンランクなども扱っている。
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