第24話 絵似熊市ダンジョン②金のためだ

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 本日8月1日。

 蘇鳥と氷織の二人は夏休みを利用して絵似熊市にやって来ていた。その理由はもちろん絵似熊市で新しく発見されたダンジョンを調査するためだ。


「あ~づ~い~」


 現在、夏真っただ中。全国で連日猛暑を記録している。絵似熊市も例外ではない。そんな夏の暑さに氷織がやられている。早く建物の中に入らないと氷織が溶けてしまうかもしれない。

 氷織はサワーワンピースにUVカットの帽子を被っているが、そんなものでは真夏の酷暑を乗り切れない。ダンジョンの中ならスキルを使って涼しむこともできるが、地球には魔力が存在しないので冷やすこともできない。


「ほら、もうすぐホテルに着くから頑張ってくれ」

「アイス食べたい」

「はいはい、ホテルに着いたら、いくらでも食べさせてやるから」


 絵似熊市のダンジョンを調査するため、迷宮省はホテルを貸し切った。そして関係者一同を集めているらしい。冒険者や調査員が一か所に集まっていると何かと便利なのだろう。

 迷宮省の懐事情は知らないが、どうやら今回の迷宮省はかなり太っ腹なようで、ホテルでかかる費用は全額負担してくれるらしい。

 つまり、氷織がアイスをいくら食べても蘇鳥の懐は痛まない。

 さらに言うなら、氷織の護衛料も迷宮省が出してくれる。蘇鳥とセットで面倒を見てくれるのだ。

 今回の依頼、たとえ失敗しても蘇鳥に金銭的な損はない。

 要するに、「勝ったな、ガハハ」ってことだ。


「い~き~か~え~る~」

「ふぅ、涼しいな」


 目的のホテルには歩いて数分で到着した。

 建物内は全館クーラーが効いており、真夏の暑さで火照った体から熱を奪っていく。氷織は早速ホテルに併設されている売店でアイスを食べるみたいだ。

 その間、蘇鳥は事務手続きを進めていく。ホテルのカウンターで部屋の鍵を二つもらい、迷宮省の職員からダンジョンの資料をもらい、今回の依頼に関する注意事項を聞き取る。

 今回の調査は迷宮省が主導している。未知のダンジョンを調査するため、情報の隠ぺいは基本的にNGだ。ダンジョン内で起こったことはすべて報告する義務がある。報告を隠ぺいするとペナルティがあるし、報告漏れでも注意される。アイスを食べてご満悦な氷織にも徹底してもらう必要がある。

 制約が厳しいが、その代わりに報酬はかなり高く設定されている。迷宮省が本気で調査している証拠だが、口止め料も含まれているのだろう。

 それと、今回の調査では迷宮省が用意した護衛も同行する。そちらとの顔合わせもする必要がある。


「夏休みはダンジョン調査三昧だ。楽しむぞっ!」

「課題も忘れちゃダメ」

「……野暮なことは言うなよ。現実を思い出しちゃったじゃねえか。ふっ、夏の課題? もう、そんなの知らん。きっと未来の俺がどうにかしてくれるさ。だって、未来の可能性は無限大だもの」


 いつの間にか隣に来ていた氷織に現実を突きつけられる大学生の蘇鳥。

 ダンジョンを調査する仕事もあるが、大学生でもある。夏には夏の面倒ごとを片付けないといけない。課題を提出しないと進級できない。


「私、来年、先輩。よろしく、蘇鳥後輩」

「うおおおっ、絶対進級してやるぅぅぅ!」


 気を取り直して。

 二人は一度部屋に荷物を置いてきた。そしてもう一度ホテルのラウンジに戻って来ていた。ダンジョンの内容を確認するためだ。

 部屋で確認すればいい話だが、ラウンジにいると他の調査員や冒険者が通る。生の情報を得られるかもしれないし、有名人とお近づきになれるかもしれない。

 半分はダンジョン調査のため、もう半分はミーハーという理由でラウンジにいる。


「パッと見ただけでも変なダンジョンだってのが分かるな」


 今時珍しい紙の資料に目を通した蘇鳥は率直な感想を漏らす。紙の資料なのは情報漏洩対策らしい。

 ともかく、絵似熊市ダンジョンは既存のダンジョンとは一線を画すみたいだ。

 まず入口からして、おかしい。

 普通のダンジョンでは、隔門から中に入ると、ダンジョンの入口に飛ばされる。隔門と入口は一対一対応しているのだが、絵似熊市ダンジョンでは異なる。

 隔門は一つだが、ダンジョンのどこに飛ばされるのか分からない。必ず一階層に飛ばされるのは安心だが、同じ入口でも別の場所に出るみたいだ。

 ただし、一緒に隔門を入った人は同じ場所に飛ばされる。ダンジョン内で仲間を探すこと必要はない。


「とっても変。でも、楽しそう」

「まあ、アトラクションみたいといえば、そうかもしれんが。安全が確認されていないアトラクションは勘弁してほしいぜ」


 絵似熊市ダンジョンでは、ダンジョンの構成が変化したり、同じモンスターなのにドロップアイテムが異なっていたり、宝箱から出現するアイテムが階層に見合っていないなどの不思議なことが起こっているみたいだ。

 一つ一つは、既存のダンジョンでも確認されている事象だが、一緒くたに起きるダンジョンは他に存在しない。少なくとも蘇鳥は知らない。

 そのため、絵似熊市ダンジョンで何が起きているのか迷宮省は知りたがっているみたいだ。

 ちなみに、絵似熊市ダンジョンで何が起きているのか原因が判明すれば、依頼は終了となる。しかし、優秀な調査員が原因を未だに解明できていないのだ。長期戦になる可能性は高い。

 少なくとも蘇鳥と氷織の夏休みが終わるより先に依頼が終了するようなことはないだろう。

 また、ダンジョンの難易度が本格的に決定しても終了だ。難易度が低ければ一般にも開放されるし、危険が多く難易度が高かったら閉鎖される可能性が高い。

 ダンジョンは無数に存在する。一つや二つ、ダンジョンが封鎖されたとしても潜るダンジョンはなくならない。冒険者も大きな不満を言うことない。


「今回はダンジョンを調べることが目的だ。氷織も少しでもおかしなことがあったら、包み隠さず言ってくれ。もしかしたら、冒険者のほうが気づきやすいこともあるしな」

「うん、了解。じゃあ早速、蘇鳥、汗臭い」

「えっ、マジ!? 俺、汗臭かったの? シャワー浴びなきゃ」


 クンクンとシャツの匂いを嗅ぐ。さっきまで真夏の外を歩いていたのだ、汗をかいてもしょうがない。


「嘘」

「ん?」

「だから、嘘。別に臭くない。焦ってる蘇鳥、面白い。おちょくっただけだから、気にしないで」

「そ、そうか」


 臭くないと言われて信じられるだろうか。外を歩いて汗をかいたのは間違いない。おちょくっただけと言われて、信じられる証拠はない。実は、氷織は汗臭さを我慢しているのではないかと疑心暗鬼になる蘇鳥だった。


「さっきのは置いておいて。どうして依頼を受けたの?」

「というと?」

「ダンジョン再生屋は、無価値と判断されたダンジョンに新しい価値を見つけること。今回の依頼の趣旨とはかけ離れている」


 あー、なるほど、と蘇鳥は呟く。蘇鳥が今回の依頼を受けた理由に複雑なものはない。

 単にーー


「金がなかったからだ」

「貧乏なの?」

「ぐふっ」


 貧乏とまではいかないがカツカツなのは間違いない。今回の依頼を受ければ、8月中の光熱費や食費が完全に浮く。さらに依頼料も入ってくる。ある程度はお金の悩みが解決するだろう。


「そりゃ、俺だってさ、ダンジョン再生屋の仕事を受けたいよ。冒険者が来ないダンジョンに新たな価値を見つけて、冒険者が来るダンジョンにする手伝いをしたいさ。でもな、現実は厳しいんだ」


 蘇鳥がダンジョン再生屋を始めたのは、ダンジョンで大怪我を負って、冒険者として活動できなくなったからだ。

 その時は、何でもいいからダンジョンと関わる仕事をしたいという思いでダンジョン再生屋を始めた。しかし、今ではダンジョン再生屋に誇りを持っている。もちろん愛着もある。


「ダンジョン再生屋の仕事をだけで食っていけるほど、依頼が来ないんだ。名前を知られていない、実績がない、お金がない。ないない尽くしだから、今回の依頼を受けたわけ」


 依頼を選り好みできるほどダンジョン再生屋に依頼は来ない。たまに来る依頼だけでは、この先続かない。

 今は大学生だから、お金はどうにかなっているが、大学を卒業して、本格的にダンジョン再生屋を始動させると、今の実績では厳しい。今のうちに、実績が欲しいのだ。

 大量に依頼が舞い込んで、依頼を吟味できるようになるために。


「そっか、いい……だね」


 氷織が何かを呟いたが、蘇鳥の耳には小さくて入ってこなかった。


TIPS

絵似熊市(えにくまし)

地方の大きな都市。かなり発展している都会と言っても差し支えない。

現在、新しいダンジョンが発見されたが、よく分かっていない。調査中。

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