第51話 システムの混乱と新たな日常
朝陽が王都の街並みを優しく照らし始めた頃、翔太は目覚めた。
隣で寝息を立てるエリーゼの穏やかな寝顔を見つめながら、改めて平和が戻ったことを実感する。虚無王との最終決戦から数週間が経ち、世界はようやく落ち着きを取り戻していた。
「ん……」
大きく伸びをすると、突然視界の端に見慣れない文字が浮かび上がった。
━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス】
翔太 Lv.1【見習い掃除士】
HP: 50/50
MP: 10/10
━━━━━━━━━━━━━━━
「……は?」
思わず声が出た。レベル1? 見習い掃除士?
瞬きをすると、今度は別の表示が現れる。
━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス】
翔太 Lv.9999【伝説の勇者王】
HP: 999999/999999
MP: 888888/888888
━━━━━━━━━━━━━━━
「いやいやいや、おかしいだろ!」
慌てて起き上がると、また表示が変わる。
━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス】
翔太 Lv.200【創世の掃除士】
HP: 99999/99999
MP: 50000/50000
━━━━━━━━━━━━━━━
「あ、これが正しい……のか?」
さらに瞬きすると、今度はとんでもない表示が。
━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス】
翔太 Lv.-100【負債掃除士】
HP: ∞/0
MP: 虚数i
━━━━━━━━━━━━━━━
「マイナス100!? 虚数!? 数学的におかしいだろ!」
翔太の騒ぎで目を覚ましたエリーゼが、眠そうに瞬きをした。
「んん……翔太くん、どうしたの?」
「エリーゼ、ステータス確認してみて」
「え? どうして朝から……」
エリーゼが意識を集中すると、彼女の表情が凍りついた。
━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス】
エリーゼ Lv.60【聖女】
HP: 10/8000
MP: 5000/10
━━━━━━━━━━━━━━━
「……HPとMP、逆になってない?」
次の瞬間、また変化する。
━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス】
エリーゼ Lv.60【魔王】
HP: 666666/666666
MP: 666666/666666
━━━━━━━━━━━━━━━
「魔王!? 私が!?」
「しかも6が並びすぎだろ……」
◆
朝食の席でも、奇妙な現象は続いた。
パンを口に運ぶたびに、システムメッセージが視界に飛び込んでくる。
《パンを食べました! 満腹度+10》
《ジャムを塗りました! 器用さ+0.01》
《紅茶を飲みました! 優雅さ+3》
《スプーンを持ちました! 存在感-5》
《椅子に座りました! 重力理解度+1》
「重力理解度って何だよ……」
翔太が困惑していると、エリーゼのほうでも似たような表示が出ているらしい。
《朝食を楽しみました! 幸福度+15》
《翔太との会話! 好感度+???》
《エラー:好感度が測定不能です》
《エラー:好感度がオーバーフローしました》
《システム:愛は数値化できません》
「好感度がオーバーフロー……まあ、嬉しいけど」
エリーゼが照れながら呟くと、厨房から給仕長が飛び出してきた。
「大変です! 料理長のステータスが勇者になってしまいまして!」
「は?」
翔太とエリーゼが顔を見合わせる。
厨房を覗くと、料理長が困惑した表情で立っていた。その頭上には確かに【Lv.85 伝説の勇者】と表示されている。
「わ、私は料理しか取り柄がないのに、なぜ勇者に……」
しかも手にした包丁が、なぜか聖剣のようなオーラを放っている。
「待って、今度は変わった!」
料理長の頭上の表示が切り替わる。
【Lv.85 包丁の魔人】
「魔人!?」
また切り替わる。
【Lv.85 野菜ソムリエ神】
「神になった!?」
「とりあえず、街の様子を確認しに行こう」
翔太の提案に、エリーゼも頷いた。
◆
王都の大通りは、まさに混乱の極みだった。
「助けてくれ! 俺のレベルが999になったり1になったりを繰り返してる!」
八百屋のおじさんが泣きそうな顔で訴えてくる。確かに彼の頭上の数字が、目まぐるしく変動していた。
【Lv.999 野菜帝王】→【Lv.1 もやし】→【Lv.50 きゅうり】
「きゅうりって職業じゃないだろ!」
「私なんて、職業が『伝説の主婦』になってるわよ!」
パン屋のおばさんが憤慨している。
見ると、次々と表示が変わっていく。
【Lv.42 伝説の主婦】→【Lv.42 パンの守護者】→【Lv.42 小麦粉の精霊】
街角では、子供たちが面白がって自分のステータスを確認し合っていた。
「僕、『未来の英雄候補生見習い補佐』だって!」
「長すぎるよ!」
「私なんて『たぶん魔法使い?』だよ! 疑問形なの!」
そんな中、聖騎士団の制服を着た青年が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「翔太様! 大変です!」
カールだった。以前より逞しくなった彼だが、今は困り果てた表情をしている。
「聖騎士団全員のレベルが1になってしまって……」
「全員が?」
「はい。しかも何故か、掃除をするとレベルが上がるという……」
翔太は思わず額を押さえた。システム再構築の副作用が、予想以上に大きかったらしい。
「翔太!」
振り返ると、リクとミーナが小走りで近づいてきた。リクの頭上には【Lv.72 真勇者】と正しく表示されているが、時折【Lv.72 掃除見習い】に切り替わる。
「お前もか」
「ああ。さっきまで『伝説の農夫』だったんだぜ」
リクが苦笑いを浮かべる。
「その前は『筋肉の申し子』だった」
「筋肉の申し子!?」
ミーナも困った顔で言葉を続けた。
「私の魔法も変なことになってて……攻撃魔法を使うと、なぜか相手が回復するの」
「逆に回復魔法で攻撃できたりして?」
翔太の冗談めいた言葉に、ミーナは真顔で頷いた。
「その通りなの。さっき試したら、ヒールで魔物を倒せたわ」
「それどころか、『沈黙』の魔法をかけたら相手が歌い出したの」
「歌い出した!?」
全員が顔を見合わせる。
◆
広場の中央に集まって、翔太は状況を分析し始めた。
「虚無王を倒した時、世界のシステムを再構築したよな」
「ええ。でも、こんな副作用があるなんて」
エリーゼが心配そうに呟く。
翔太は【創世の掃除士】の力を使って、世界のシステムを探った。すぐに原因が判明した。
「どうやら、システムが新しい枠組みに適応しようとして、一時的に混乱してるみたいだ」
「一時的って、どのくらい?」
リクの問いに、翔太は少し考えてから答えた。
「たぶん、数日もすれば安定するはず。今は過渡期なんだ」
「数日もこの状態が続くのか……」
カールが呟くと、突然彼の頭上に【恋愛マスター】という職業が表示された。
「なっ、なんだこれは!」
顔を真っ赤にするカールに、一同から笑い声が漏れる。
「カール、誰か気になる人でもいるの?」
ミーナがからかうと、カールは慌てて首を振った。
「い、いえ! そんなことは……」
《嘘発見! 好感度を持つ相手:聖騎士団のレオ》
「システム、名前まで出すな!」
カールが真っ赤になって叫ぶ。
《訂正:好感度ではありません。愛です》
「うわああああ!」
翔太も笑いを堪えきれなかった。
突然、街の中央に巨大な文字が浮かび上がった。
《システムメッセージ:混乱をお楽しみください》
「楽しめって言われても……」
◆
夕方になる頃には、混乱も少しずつ収まり始めていた。
レベル表示の変動は緩やかになり、職業名も本来のものに戻る時間が長くなってきた。
ただし、時折まだおかしなことは起きる。
ガイウス騎士団長が通りかかった時、彼の頭上には【Lv.80 最強のおじさん】と表示されていた。
「おじさん言うな!」
ガイウスの憤慨に、皆が爆笑する。
王宮のバルコニーから夕暮れの街を眺めながら、翔太とエリーゼは寄り添っていた。
「大変な一日だったね」
「でも、みんな楽しそうだった」
エリーゼの言葉に、翔太も頷く。確かに混乱はあったが、誰も深刻な被害を受けていない。むしろ、久しぶりに街全体が笑いに包まれた日だった。
「明日はもっと落ち着くかな」
「きっとそうよ。それより……」
エリーゼが何か言いかけたが、そこで言葉を切った。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。また明日話すわ」
優しく微笑むエリーゼに、翔太も微笑み返す。
遠くから、商人たちの噂話が聞こえてきた。東の大陸から珍しい品物を積んだ商船が来るという話だった。
「東の大陸か……」
翔太が呟くと、エリーゼが首を傾げた。
「行ってみたい?」
「いつかはね。でも今は、この平和な日常を楽しみたい」
二人は夕陽が沈むまで、静かに寄り添っていた。
システムの混乱は続いていたが、それもまた新しい世界の始まりの一部だった。
これから訪れる新たな日常に、期待が膨らむ。
━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス】
翔太 Lv.200【創世の掃除士】
HP: 99999/99999
MP: 50000/50000
エリーゼ Lv.60【聖女】
HP: 8000/8000
MP: 5000/5000
━━━━━━━━━━━━━━━
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます