第52話 新たな命の兆し

朝の光が王都を柔らかく包み込む。


システムの混乱もほぼ収まり、街には日常が戻りつつあった。時折、誰かのレベルが奇妙な数値を示すこともあったが、それも愛嬌として受け入れられていた。


翔太は王宮の訓練場で、朝の鍛錬を終えたところだった。


「ふう……」


汗を拭いながら振り返ると、エリーゼが立っていた。いつもの優雅な佇まいだが、どこか様子が違う。


「エリーゼ? どうした?」


「あ、うん……ちょっと、話があるの」


彼女の頬がほんのり赤く染まっている。翔太は剣を鞘に収めると、エリーゼの手を取った。


「どこか具合でも悪いのか?」


「そうじゃなくて……でも、ある意味そうかも」


曖昧な返事に首を傾げながら、翔太はエリーゼを王宮の庭園へと導いた。



朝露に濡れた薔薇が、朝日を受けてきらきらと輝いている。


二人はベンチに並んで腰を下ろした。エリーゼは俯き加減で、何度も口を開きかけては言葉を飲み込んでいる。


「エリーゼ、どうしたんだ? 何か心配事でも……」


「翔太くん」


エリーゼが顔を上げた。その瞳には、不安と期待が混じり合っていた。


「最近、朝起きると少し気分が悪くて……」


「え? それは大変だ! すぐに王宮付きの治療師を……」


慌てる翔太の手を、エリーゼがそっと押さえた。


「違うの。これは病気じゃないと思う」


「病気じゃない?」


エリーゼは深呼吸をすると、意を決したように言葉を続けた。


「食べ物の好みも変わってきて……昨日なんて、普段は苦手な酸っぱいものが無性に食べたくなって」


翔太は少し考えて、はっとした表情を浮かべた。


「まさか……」


「うん。私も、もしかしたらって思って」


エリーゼがステータスを確認すると、いつもとは違う表示が現れた。


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【ステータス】

エリーゼ Lv.60【聖女】

HP: 8000/8000

MP: 5000/5000

特殊状態:生命を宿す者

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「生命を宿す者……」


翔太の声が震えた。


エリーゼが頷く。その目には涙が浮かんでいた。


「私たちの……赤ちゃんよ」


次の瞬間、翔太はエリーゼを優しく抱きしめていた。


「エリーゼ……」


「嬉しい?」


「もちろんだ! こんなに嬉しいことはない」


翔太の素直な喜びに、エリーゼの不安が和らいでいく。


「でも、私……ちゃんとお母さんになれるかな」


「大丈夫だよ。エリーゼなら、きっと素晴らしい母親になる」


「翔太くんは? お父さんになる準備はできてる?」


翔太は少し考えてから、苦笑いを浮かべた。


「正直、実感はまだないけど……でも、全力で頑張るよ。この子のためにも、エリーゼのためにも」


二人は静かに寄り添った。朝の庭園に、幸せな静寂が広がる。



昼前、二人は国王と王妃に報告することにした。


謁見の間ではなく、プライベートな居室でのことだった。


「父上、母上。大切なお話があります」


エリーゼが切り出すと、王妃が優しい笑みを浮かべた。


「もしかして、私の予想通りかしら?」


「え?」


「最近のエリーゼを見ていて、もしかしたらと思っていたのよ」


母親の勘の鋭さに、エリーゼは驚きを隠せない。


翔太が深々と頭を下げた。


「エリーゼに……私たちに、子供ができました」


国王が立ち上がった。その顔には、厳格な表情が浮かんでいる。


「翔太……」


重々しい声に、翔太が緊張で固まる。


「よ、よくぞやってくれた! わしも祖父じゃあああああ!」


突然、国王が翔太に飛びかかって抱きしめた。


「ちょ、父上!?」


エリーゼが慌てる。


「見たか王妃! わしも祖父だぞ! 孫だ! 孫ができるのだ!」


国王は翔太を抱きしめたまま、ぐるぐると回り始めた。


「陛下、落ち着いてください!」


翔太が必死に訴える。


「落ち着いてなどいられるか! 早速、王国中に触れを出そう! 祝賀パレードだ! いや、記念日にしよう!」


「さすがにそれは……」


国王はようやく翔太を解放すると、今度は宙を見つめて妄想を始めた。


「男の子なら剣術を教えよう。女の子なら……いや、女の子でも剣術を! いやいや、魔法も! 騎馬も! 全部だ!」


「あなた、落ち着いて」


王妃が苦笑しながら夫の袖を引っ張る。


「孫が生まれたら、わしの膝の上で『じいじ』と呼ばせるのだ! ああ、じいじと呼ばれたい!」


「父上……」


エリーゼも呆れ顔だが、どこか嬉しそうだ。


「そうだ! 孫のために新しい城を建てよう! いや、遊園地がいいか? それとも……」


「あなた、そんな言い方……」


王妃が苦笑しながら夫をたしなめる。


「エリーゼ、体調はどう? つわりは?」


「まだ軽い方だと思います」


「そう、でも無理は禁物よ。これから色々と大変になるけれど、私もしっかりサポートするから」


王妃の温かい言葉に、エリーゼは感謝の涙を浮かべた。



午後、翔太は仲間たちにも報告することにした。


ギルドの集会室に、リク、ミーナ、カール、そしてレオが集まっていた。


「急に呼び出して、何かあったのか?」


リクが首を傾げる。


翔太は少し照れながら口を開いた。


「実は……エリーゼに子供ができた」


一瞬の静寂の後、部屋が歓声に包まれた。


「マジかよ! おめでとう!」


リクが翔太の背中を叩く。その力が強すぎて、翔太が咳き込んだ。


「すごい! 赤ちゃん!」


レオが目を輝かせている。


ミーナは感激のあまり、エリーゼを抱きしめていた。


「おめでとう、エリーゼ! 私、全力でサポートするから!」


「ありがとう、ミーナ」


カールは感動のあまり、涙ぐんでいた。


「翔太様の子供……きっと素晴らしい掃除士になりますね!」


「いや、別に掃除士じゃなくても……」


翔太が苦笑する。


「でも」カールが真剣な表情で続けた。「きっと翔太様のような、優しくて強い人に育つと思います」


その言葉に、翔太は照れくさそうに頭を掻いた。


「そうだといいけどな」


リクがふと思い出したように言った。


「そういえば、俺たちもそろそろ考えないとな」


ミーナの顔が真っ赤になった。


「ちょ、ちょっと! 何言ってるの!」


「いや、だって、もう付き合って結構経つし……」


リクとミーナの掛け合いに、皆が笑い声を上げた。



夕暮れ時、翔太とエリーゼは再び二人きりになっていた。


王宮のテラスから、オレンジ色に染まる街を眺めている。


「みんな、喜んでくれたね」


「ああ。特にカールの涙には驚いた」


二人は穏やかに微笑み合う。


エリーゼがそっと自分のお腹に手を当てた。


「まだ実感がわかないけど……ここに新しい命があるのよね」


「不思議だな。虚無王と戦っていた時は、生き残れるかもわからなかったのに」


翔太も、エリーゼのお腹にそっと手を重ねた。


「この子には、平和な世界で育ってほしい」


「そうね。戦いのない、笑顔あふれる世界で」


二人の手が重なったまま、静かな時間が流れる。


「名前、考えないとな」


翔太が呟くと、エリーゼが微笑んだ。


「まだ早いでしょう? でも……」


「でも?」


「男の子だったら翔太みたいに強く優しい子に、女の子だったら……」


「エリーゼみたいに、美しく聡明な子になってほしい」


翔太が続けると、エリーゼは嬉しそうに翔太に寄り添った。


遠くから、商人たちの声が聞こえてきた。


「東の大陸の商船、明後日には到着するらしいぜ」


「珍しい品物がたくさんあるって話だ」


翔太の耳がその会話を捉える。


「東の大陸か……子供が生まれたら、一緒に見に行くのもいいかもしれないな」


「そうね。家族三人での冒険も素敵かも」


エリーゼの言葉に、翔太は優しく微笑んだ。


「でも、まずは元気に生まれてきてくれることが一番だ」


「うん」


システムがまた小さな混乱を起こしたのか、二人の頭上に【幸福度:測定不能】という表示が現れて消えた。


それを見て、二人は顔を見合わせて笑った。


新しい命の誕生を前に、世界はこれまでとは違う輝きを放ち始めていた。


平和な世界で、新たな家族を迎える準備が、静かに始まろうとしていた。


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【ステータス】

翔太 Lv.200【創世の掃除士】

HP: 99999/99999

MP: 50000/50000


エリーゼ Lv.60【聖女】

HP: 8000/8000

MP: 5000/5000

特殊状態:生命を宿す者

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