第52話 新たな命の兆し
朝の光が王都を柔らかく包み込む。
システムの混乱もほぼ収まり、街には日常が戻りつつあった。時折、誰かのレベルが奇妙な数値を示すこともあったが、それも愛嬌として受け入れられていた。
翔太は王宮の訓練場で、朝の鍛錬を終えたところだった。
「ふう……」
汗を拭いながら振り返ると、エリーゼが立っていた。いつもの優雅な佇まいだが、どこか様子が違う。
「エリーゼ? どうした?」
「あ、うん……ちょっと、話があるの」
彼女の頬がほんのり赤く染まっている。翔太は剣を鞘に収めると、エリーゼの手を取った。
「どこか具合でも悪いのか?」
「そうじゃなくて……でも、ある意味そうかも」
曖昧な返事に首を傾げながら、翔太はエリーゼを王宮の庭園へと導いた。
◆
朝露に濡れた薔薇が、朝日を受けてきらきらと輝いている。
二人はベンチに並んで腰を下ろした。エリーゼは俯き加減で、何度も口を開きかけては言葉を飲み込んでいる。
「エリーゼ、どうしたんだ? 何か心配事でも……」
「翔太くん」
エリーゼが顔を上げた。その瞳には、不安と期待が混じり合っていた。
「最近、朝起きると少し気分が悪くて……」
「え? それは大変だ! すぐに王宮付きの治療師を……」
慌てる翔太の手を、エリーゼがそっと押さえた。
「違うの。これは病気じゃないと思う」
「病気じゃない?」
エリーゼは深呼吸をすると、意を決したように言葉を続けた。
「食べ物の好みも変わってきて……昨日なんて、普段は苦手な酸っぱいものが無性に食べたくなって」
翔太は少し考えて、はっとした表情を浮かべた。
「まさか……」
「うん。私も、もしかしたらって思って」
エリーゼがステータスを確認すると、いつもとは違う表示が現れた。
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【ステータス】
エリーゼ Lv.60【聖女】
HP: 8000/8000
MP: 5000/5000
特殊状態:生命を宿す者
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「生命を宿す者……」
翔太の声が震えた。
エリーゼが頷く。その目には涙が浮かんでいた。
「私たちの……赤ちゃんよ」
次の瞬間、翔太はエリーゼを優しく抱きしめていた。
「エリーゼ……」
「嬉しい?」
「もちろんだ! こんなに嬉しいことはない」
翔太の素直な喜びに、エリーゼの不安が和らいでいく。
「でも、私……ちゃんとお母さんになれるかな」
「大丈夫だよ。エリーゼなら、きっと素晴らしい母親になる」
「翔太くんは? お父さんになる準備はできてる?」
翔太は少し考えてから、苦笑いを浮かべた。
「正直、実感はまだないけど……でも、全力で頑張るよ。この子のためにも、エリーゼのためにも」
二人は静かに寄り添った。朝の庭園に、幸せな静寂が広がる。
◆
昼前、二人は国王と王妃に報告することにした。
謁見の間ではなく、プライベートな居室でのことだった。
「父上、母上。大切なお話があります」
エリーゼが切り出すと、王妃が優しい笑みを浮かべた。
「もしかして、私の予想通りかしら?」
「え?」
「最近のエリーゼを見ていて、もしかしたらと思っていたのよ」
母親の勘の鋭さに、エリーゼは驚きを隠せない。
翔太が深々と頭を下げた。
「エリーゼに……私たちに、子供ができました」
国王が立ち上がった。その顔には、厳格な表情が浮かんでいる。
「翔太……」
重々しい声に、翔太が緊張で固まる。
「よ、よくぞやってくれた! わしも祖父じゃあああああ!」
突然、国王が翔太に飛びかかって抱きしめた。
「ちょ、父上!?」
エリーゼが慌てる。
「見たか王妃! わしも祖父だぞ! 孫だ! 孫ができるのだ!」
国王は翔太を抱きしめたまま、ぐるぐると回り始めた。
「陛下、落ち着いてください!」
翔太が必死に訴える。
「落ち着いてなどいられるか! 早速、王国中に触れを出そう! 祝賀パレードだ! いや、記念日にしよう!」
「さすがにそれは……」
国王はようやく翔太を解放すると、今度は宙を見つめて妄想を始めた。
「男の子なら剣術を教えよう。女の子なら……いや、女の子でも剣術を! いやいや、魔法も! 騎馬も! 全部だ!」
「あなた、落ち着いて」
王妃が苦笑しながら夫の袖を引っ張る。
「孫が生まれたら、わしの膝の上で『じいじ』と呼ばせるのだ! ああ、じいじと呼ばれたい!」
「父上……」
エリーゼも呆れ顔だが、どこか嬉しそうだ。
「そうだ! 孫のために新しい城を建てよう! いや、遊園地がいいか? それとも……」
「あなた、そんな言い方……」
王妃が苦笑しながら夫をたしなめる。
「エリーゼ、体調はどう? つわりは?」
「まだ軽い方だと思います」
「そう、でも無理は禁物よ。これから色々と大変になるけれど、私もしっかりサポートするから」
王妃の温かい言葉に、エリーゼは感謝の涙を浮かべた。
◆
午後、翔太は仲間たちにも報告することにした。
ギルドの集会室に、リク、ミーナ、カール、そしてレオが集まっていた。
「急に呼び出して、何かあったのか?」
リクが首を傾げる。
翔太は少し照れながら口を開いた。
「実は……エリーゼに子供ができた」
一瞬の静寂の後、部屋が歓声に包まれた。
「マジかよ! おめでとう!」
リクが翔太の背中を叩く。その力が強すぎて、翔太が咳き込んだ。
「すごい! 赤ちゃん!」
レオが目を輝かせている。
ミーナは感激のあまり、エリーゼを抱きしめていた。
「おめでとう、エリーゼ! 私、全力でサポートするから!」
「ありがとう、ミーナ」
カールは感動のあまり、涙ぐんでいた。
「翔太様の子供……きっと素晴らしい掃除士になりますね!」
「いや、別に掃除士じゃなくても……」
翔太が苦笑する。
「でも」カールが真剣な表情で続けた。「きっと翔太様のような、優しくて強い人に育つと思います」
その言葉に、翔太は照れくさそうに頭を掻いた。
「そうだといいけどな」
リクがふと思い出したように言った。
「そういえば、俺たちもそろそろ考えないとな」
ミーナの顔が真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと! 何言ってるの!」
「いや、だって、もう付き合って結構経つし……」
リクとミーナの掛け合いに、皆が笑い声を上げた。
◆
夕暮れ時、翔太とエリーゼは再び二人きりになっていた。
王宮のテラスから、オレンジ色に染まる街を眺めている。
「みんな、喜んでくれたね」
「ああ。特にカールの涙には驚いた」
二人は穏やかに微笑み合う。
エリーゼがそっと自分のお腹に手を当てた。
「まだ実感がわかないけど……ここに新しい命があるのよね」
「不思議だな。虚無王と戦っていた時は、生き残れるかもわからなかったのに」
翔太も、エリーゼのお腹にそっと手を重ねた。
「この子には、平和な世界で育ってほしい」
「そうね。戦いのない、笑顔あふれる世界で」
二人の手が重なったまま、静かな時間が流れる。
「名前、考えないとな」
翔太が呟くと、エリーゼが微笑んだ。
「まだ早いでしょう? でも……」
「でも?」
「男の子だったら翔太みたいに強く優しい子に、女の子だったら……」
「エリーゼみたいに、美しく聡明な子になってほしい」
翔太が続けると、エリーゼは嬉しそうに翔太に寄り添った。
遠くから、商人たちの声が聞こえてきた。
「東の大陸の商船、明後日には到着するらしいぜ」
「珍しい品物がたくさんあるって話だ」
翔太の耳がその会話を捉える。
「東の大陸か……子供が生まれたら、一緒に見に行くのもいいかもしれないな」
「そうね。家族三人での冒険も素敵かも」
エリーゼの言葉に、翔太は優しく微笑んだ。
「でも、まずは元気に生まれてきてくれることが一番だ」
「うん」
システムがまた小さな混乱を起こしたのか、二人の頭上に【幸福度:測定不能】という表示が現れて消えた。
それを見て、二人は顔を見合わせて笑った。
新しい命の誕生を前に、世界はこれまでとは違う輝きを放ち始めていた。
平和な世界で、新たな家族を迎える準備が、静かに始まろうとしていた。
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【ステータス】
翔太 Lv.200【創世の掃除士】
HP: 99999/99999
MP: 50000/50000
エリーゼ Lv.60【聖女】
HP: 8000/8000
MP: 5000/5000
特殊状態:生命を宿す者
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