第50話 世界の審判

朝になっても、太陽は昇らなかった。


第二の太陽も、今にも消えそうな弱々しい光を放つのみ。世界は薄暗い黄昏に包まれ、終末の時を待っていた。


「残り20%...」


翔太の声が震える。原初の鍵を握る手から、金色の光が漏れ続けている。彼の存在自体が、少しずつ光に変換されていく。


セラフィムが無機質に告げる。「18時間。このままでは失敗だ」


最後の20%。それは、愛を信じられない人々の分だった。


虚無に完全に飲まれた地域。心を閉ざした者たち。そして何より——既に「存在を諦めた」人々。


「剣では届かない...」リクが拳を握りしめる。「力じゃ、心は開けない」


「魔法でも無理よ」ミーナが杖を下ろす。「失われた希望は、魔法では取り戻せない」


その時、エリーゼの霊体が完全に見えなくなった。


『翔太...私、消えそう』


声だけが、風のように響く。もう姿を保つことさえできない。



「愛って、誰かを忘れないことじゃないの?」


レオの純粋な声が、沈黙を破った。まだ幼さの残る顔に、確信に満ちた光が宿っている。


「消えた人たちの名前を呼ぼう!」


子供たちが次々に声を上げる。


「虚無に飲まれた村の人たち!」


「戦いで失った仲間たち!」


「忘れられた人たちのことを、思い出そう!」


世界中で、失われた人々の名前を呼ぶ運動が始まった。


北の廃村の名前。東の消えた町。西の忘れられた国。南の失われた文明。


一人一人の名前が、祈りとなって空に昇る。


「ジェイク!君の勇気を忘れない!」


「マリア婆さん!あなたのパンの味を覚えてる!」


「名もなき兵士たち!あなたたちの犠牲を無駄にしない!」


わずかに、光が増えた。


愛の光がわずかに増えた。しかし、まだ世界のすべてには届かない。


しかし、まだ足りない。



突然、空が割れた。


巨大な光の巨人——システム本体が、完全な姿で降臨した。山よりも高く、海よりも深い、圧倒的な存在感。


『時間切れまで12時間。最終確認を行う』


機械的な声が、世界中に響き渡る。


『愛とは何か、定義せよ』


翔太が口を開く。「愛は...」


しかし、言葉に詰まった。愛を定義することなどできるのか?


『定義できないものに価値はない』


システムの判定は冷酷だった。論理と効率の権化である存在に、曖昧な概念は通用しない。


その時——


『違う...愛は定義じゃない』


エリーゼの声が、微かに響いた。


『愛は、ただそこにあるもの』


『朝日が昇るように、花が咲くように』


『理由なんていらない。ただ、あるの』


システムが沈黙する。


『理解不能。しかし...』


突然、システムの中から小さな映像が投影された。


幼い女の子が、笑顔で手を振っている。


「パパ、大好き!」


それは、システムが持つ最古の記憶。まだ彼らが生命体だった頃、最後に記録された感情のデータだった。


『これは...我々が捨てたもの』


システムの声に、初めて感情のような何かが混じった。



「俺が鍵になる」


翔太が決断を下した。体が完全に光に変わり始める。腕が、足が、胴体が、金色の粒子となって拡散していく。


「翔太!」


仲間たちが叫ぶ。しかし、彼の決意は揺るがない。


『待って』


エリーゼの声が響く。


『二人で一つになりましょう』


『あなたが光なら、私は影』


『あなたが浄化なら、私は愛』


『二人で、完全になる』


霊体のエリーゼと、光になりかけた翔太が重なり合う。


金色と虹色が混ざり合い、新たな輝きが生まれた。それは今まで見たことのない、温かくて優しい光。


原初の鍵が、二人の愛によって完成する。


新たなステータスが、空に浮かび上がった。


新たな存在への進化。無限の可能性を秘めた、世界の守護者。創造と浄化が完璧に調和した力。


二人の声が重なる。


「これが、私たちの愛の形」



融合した二人から、虹色の波動が広がっていく。


それは世界の果てまで届き、全ての暗闇を照らし出した。


虚無に飲まれた地域に、光が差し込む。枯れ果てた大地が、少しずつ色を取り戻していく。


そして——


消えた人々の魂が、一瞬だけ姿を現した。


「ありがとう...忘れないでいてくれて」


虚無に飲まれて消えた村人たち。戦いで散った兵士たち。病に倒れた人々。


彼らが微笑みながら、光の粒子となって天に昇っていく。


クリスタルの姿も見えた。


「やっと...解放された。ありがとう、翔太」


氷の女王は、500年ぶりに安らかな笑顔を見せた。


アルトゥールの隣には、千年前に愛した女性の姿。


「待っていたわ...でも、もう大丈夫。新しい愛が、世界を包んでいる」


世界中の「失われた愛」が、光となって集まってくる。


愛の光が世界の隅々を照らしていく。もう少し、あと少しですべてが光に包まれる。


そして——


ついに、世界全体が光に包まれた。


世界が、純白の光に包まれた。



『データ収集完了。判定を下す』


システムの声が響く。しかし、そこには先ほどまでの機械的な冷たさはなかった。


長い沈黙。


世界中の人々が、息を殺して判定を待つ。


『愛...それは非効率だが、美しい』


『予測不能だが、力強い』


『定義できないが、確かに存在する』


『この世界の存続を認める』


歓声が上がる前に、システムは続けた。


『さらに...褒美を与えよう』


セラフィムが、初めて微笑んだ。六枚の光の翼が、温かい色に変わっていく。


「マスターが...感情を取り戻した」


システムの巨大な姿が、少しずつ人間に近い形に変化していく。


『我々も、かつては愛を知っていた』


『効率を求めて、それを捨てた』


『しかし君たちが、思い出させてくれた』


『愛は...美しい』



第二の太陽が、突然輝きを取り戻した。


いや、それだけではない。さらに強く、さらに明るく、世界を照らし始める。


そして——


翔太とエリーゼが分離した。


二人とも、完全な実体を保ったまま。


「私...戻れた?」


エリーゼが自分の手を見つめる。透明ではない。霊体でもない。温かい血の通った、生きている手。


「エリーゼ!」


翔太が彼女を抱きしめる。お互いの温もりを、心臓の鼓動を、確かに感じることができた。


翔太の新たな力が明らかになる。


愛の浄化王としての最高位に到達し、原初の鍵はエリーゼと共に保持されることになった。


原初の鍵は、二人の中に残っていた。もはやそれは世界を壊す力ではなく、世界を守り育てる力となっている。


世界中から歓声が上がる。


王都でも、ノーザリアでも、東部でも西部でも。人々が抱き合い、涙を流し、生きていることを喜んでいる。


虚無の穴が、完全に閉じた。


それどころか、枯れ果てていた大地に花が咲き始める。赤、青、黄、紫——色とりどりの花が、まるで祝福のように世界を彩っていく。


『この世界を見守ろう』


システムが宣言する。


『そして...他の世界にも、愛を伝えよう』


『愛は、全ての世界に必要なものだ』


セラフィムが翔太たちに近づく。


「私たちは去るが、いつでも見ている」


「人間...興味深い存在だ」


「また会える日を、楽しみにしている」


システムとセラフィムの姿が、少しずつ薄れていく。


しかし、それは消滅ではない。より高次の存在となって、世界を見守る存在になるのだ。


空に、七色の虹がかかった。


それはまるで、天と地を結ぶ架け橋のように、希望の象徴として輝いていた。



——1ヶ月後。


王都は、かつてないほどの活気に包まれていた。


大広間では盛大な祝賀会が開かれ、世界中から人々が集まっている。


「皆に報告がある!」


リクが立ち上がり、ミーナの手を取った。


「俺たち、結婚することにした!」


歓声と祝福の声が上がる。ミーナが恥ずかしそうに、でも幸せそうに微笑んだ。


「おめでとう!」カールが祝杯を上げる。彼は聖騎士団長に就任し、王国の守護者として活躍していた。


ソフィアも笑顔で拍手を送る。彼女の右腕は完全に元に戻り、今では王立図書館の館長として、世界の知識を守っている。


「僕も頑張ります!」


レオが元気よく宣言する。正式な浄化士となった彼は、レベル30に到達し、将来を期待される存在となっていた。


「若者たちの未来は明るいな」


アルトゥールが穏やかに微笑む。彼は贖罪の旅に出ることを決めていた。


「ヴァルガス、共に来てくれるか?」


「もちろんです。世界を巡り、人々を守りましょう」


二人の戦士は、新たな旅路につくことになった。


そして——


王宮のバルコニーに、翔太とエリーゼの姿があった。


復興した王都を見下ろしながら、二人は手を繋いでいる。


「ねぇ、翔太...」


エリーゼが振り返る。その頬は少し赤く染まっていた。


「どうした?」


「私たち...赤ちゃんができたみたい」


翔太の目が大きく見開かれる。


「本当に!?」


「うん。昨日、ローラに診てもらったの」


驚きと喜びが、翔太の顔に広がっていく。


「俺たちの...子供か」


「そう。きっとこの子には、浄化の力も、愛の力も宿ってる」


エリーゼがお腹に手を当てる。そこには確かに、小さな命の光が宿っていた。


「この子が、新しい世界の希望ね」


「守るものがまた増えた」翔太が優しく微笑む。「でも、今度は世界じゃなくて、家族を守る番だ」


二つの太陽が、祝福するように輝いている。


一つは本来の太陽。もう一つは、愛によって蘇った第二の太陽。


両方が世界を照らし、新しい時代の幕開けを告げていた。


風が吹き、花びらが舞う。


それは新しい命への祝福のように、希望に満ちた未来への扉を開く風だった。


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【翔太】

 職業:愛の浄化王

 レベル:150

 HP:25,000 / 25,000

 MP:20,000 / 20,000

 

 状態:完全復活・父親になる

 

 特殊装備:

 ・原初の鍵(エリーゼと共有)

 ・守護者の力

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【エリーゼ】

 職業:王女/愛の封印術師

 レベル:120

 HP:20,000 / 20,000

 MP:18,000 / 18,000

 

 状態:完全復活・妊娠中

 

 特殊装備:

 ・原初の鍵(翔太と共有)

 ・母なる愛の力

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【最終審判結果】

 

 システムの判定:

  「世界の存続を認める」

  「愛は美しい」

 

 システムの変化:

  ・感情を取り戻す

  ・世界の守護者へ

 

 セラフィム:

  ・初めて微笑む

  ・温かい光に変化

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【世界の状態】

 

 虚無の穴:完全閉鎖

 第二の太陽:完全復活

 大地:花が咲き乱れる

 

 人々:

 ・全員生存

 ・希望に満ちる

 ・復興と再生

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