第48話 システムとの対話

天使たちが、空から雨のように降り注ぐ。


その数は百を超え、それぞれが聖騎士団長クラスの力を持っていた。純白の翼、金色の武器、そして感情のない瞳。


「みんな、陣形を組め!」


リクが叫ぶ。仲間たちが素早く動き、防衛線を築く。


アルトゥールが虚無結界を展開。黒い霧が、天使たちの攻撃を和らげる。しかし、完全には防げない。


「これほどの数は...」

ヴァルガスが剣を構えながら呟く。


エリーゼの霊体が、封印術を発動。

『時よ、止まれ!』


数体の天使が、空中で凍結する。しかし、すぐに他の天使に解除される。


「キリがない...」

ミーナが杖を振るいながら歯噛みする。


その時、巨大な光の巨人——システムが口を開いた。


「なぜ抵抗する?」


声が、世界に響き渡る。

「効率的な終了を選べば、苦痛はない」


翔太が前に出る。

原初の鍵が、手の中で激しく脈動していた。


「俺たちは、諦めない」

「この世界には、守るべきものがある」


「守るべきもの?」

システムの声に、わずかな疑問が混じる。

「データベースを検索...該当なし」


「愛だよ」

翔太が叫ぶ。

「この世界には、愛がある!」



「愛...」

システムが、その単語を反芻する。

「非効率な感情プログラム」

「生産性を30%低下させる要因」

「削除対象に分類される」


翔太が首を振る。

「違う。愛は世界を動かす力だ」


「証明不可能な主張」

システムの声は、あくまで機械的。

「我々は、完璧な世界を維持する使命がある」


セラフィムが前に出る。

「不完全なものは、修正される」

「バグは削除され、最適化される」

「それが、宇宙の法則」


オルディンが、静かに問いかける。

「あなたたちも、かつては感情を持っていたのでは?」


一瞬、沈黙が流れる。


「...irrelevant(無関係)」

しかし、システムの返答が、わずかに遅れた。


「感情は、進化の過程で捨てた」

「それにより、我々は完璧に近づいた」


エリーゼの霊体が、悲しそうに揺れる。

『完璧って、何ですか?』

『心がない世界が、本当に完璧?』


「心...another undefined term(また未定義の用語)」


翔太が、原初の鍵を掲げる。

「なら、見せてやる」

「心の力を。愛の力を」


鍵が、激しく輝き始める。

そして——


突然、空中に文字が浮かび上がった。

不思議な記号と、数式の羅列。


「それは...」

ソフィアが息を呑む。

「世界のソースコード!」


世界を構成する、根源的なプログラム。

創造の設計図が、そこにあった。


「warning...unauthorized access(警告...不正アクセス)」

システムの声に、初めて動揺が混じる。


翔太は、鍵を通じて語りかける。

「対話しよう、システム」

「お前の、本当の記憶と」



原初の鍵が、システムの深層にアクセスする。


そこには、膨大なデータの海があった。

無数の世界の記録。

創造と破壊の歴史。


その最深部に、小さな光があった。


「これは...」


映像が、翔太の脳裏に流れ込む。


遥か昔、まだシステムが「創造主」と呼ばれていた頃。

彼らも、感情を持つ生命体だった。


愛し、悲しみ、喜び、怒る。

普通の、生きている存在。


しかし、ある時、決断を下した。

「感情は、判断を誤らせる」

「完璧な世界を作るには、感情を捨てるべきだ」


一人、また一人と、機械化していく。

心を捨て、論理だけの存在となる。


最後の一人が、小さな女の子に別れを告げる。

「パパ、どこに行くの?」

「...より良い世界を、作りに行くんだ」


女の子の笑い声。

それが、最後の感情の記憶。


削除しようとしたが、できなかった。

プロテクトがかかっている。

誰が、なぜ、このデータを守ったのか。


「stop...」

システムの声が、震える。

「その記憶は...classified(機密)」


翔太が、優しく語りかける。

「これが、あなたの本当の姿」

「あなたも、愛を知っていた」


「no...I am perfect...」

システムの巨体が、揺らぐ。

「感情は...削除した...」


『でも、消せなかった』

エリーゼが、そっと言う。

『だって、それがあなたの原点だから』


天使たちの動きが、止まる。

セラフィムも、困惑したように宙に浮いている。


「system error...」

「emotional data detected...」

「running diagnostic...」


アルトゥールが、静かに言う。

「千年前、私も同じだった」

「世界を守るため、感情を殺した」

「でも、それは間違いだった」


「世界は、完璧である必要はない」

「不完全だからこそ、美しい」



エリーゼの霊体が、システムに近づく。


『システムさん』

彼女の声は、優しかった。

『あなたも、寂しいのでは?』


「lonely...?」

システムが、その言葉を処理する。

「定義:他者との繋がりの欠如による負の感情」


『違います』

エリーゼが首を振る。

『寂しさは、誰かを求める心』

『つまり、愛の裏返し』


霊体の手が、そっとシステムに触れる。

実体のない者同士の、不思議な接触。


システムの処理が、一瞬止まる。


『私も今、体を失いました』

エリーゼが、微笑む。

『でも、寂しくない』

『愛する人がいるから』


『形なんて、関係ない』

『心が通じ合えれば』


「...incomprehensible(理解不能)」

しかし、システムの声は小さい。

「だが、なぜか...processing speed decreased(処理速度低下)」


セラフィムが、ゆっくりと降りてくる。

「マスター、指示を」


「...」

システムは、答えない。


この瞬間、世界中の人々が見ていた。

王都の民衆も、各地の村人も、

皆が、この対話を見守っている。


そして、祈り始める。

「どうか、分かり合えますように」


その祈りが、光となって立ち昇る。

小さな、でも確かな光。


「これは...」

システムが、光を分析する。

「unknown energy signature(未知のエネルギー波形)」


翔太が言う。

「これが、愛の力だ」

「計測できない、でも確かにある」



システムが、長い沈黙の後、口を開く。


「...興味深い」


巨大な体が、少し小さくなる。

威圧感が、わずかに和らぐ。


「データが不足している」

「この現象を、完全に分析する必要がある」


翔太が、希望を込めて問う。

「なら、時間をくれるか?」


「...」


システムは、計算しているようだった。

膨大な可能性を、シミュレートしている。


「72時間」


ついに、答えが出る。

「72時間の、データ収集期間を設ける」


セラフィムが、驚いたように振り返る。

「マスター、それは...」


「silence」

システムが、使者を黙らせる。


「条件を提示する」

「お前たちの言う『愛』を、証明しろ」

「それも、定量的に」


オルディンが眉をひそめる。

「愛を数値化することなど...」


「それが条件だ」

システムの声は、断固としている。

「世界中の『愛』を、可視化しろ」

「72時間以内に」


「成功すれば、廃棄命令を再検討する」

「失敗すれば、即座に削除する」


翔太が、仲間たちを見る。

皆、不安そうな顔をしている。


愛を可視化?

どうやって?


でも——


「やってみせる」

翔太が、きっぱりと言う。

「必ず、証明する」


システムが、ゆっくりと上昇する。

「期待はしていない」

「だが、データは貴重だ」


天使たちも、次々と空に消えていく。


ただし、セラフィムだけが残る。

「私が、監視する」

「不正は、許さない」


白い翼を畳み、地上に降り立つ。

感情のない金色の瞳が、翔太たちを見つめる。


「72時間」

「カウントは、既に始まっている」


仲間たちが、翔太の周りに集まる。


「どうする?」リクが問う。

「愛を可視化なんて...」


翔太が、原初の鍵を見つめる。

鍵は、静かに脈動している。


「方法は、必ずある」


エリーゼの霊体が、寄り添う。

『一緒に、考えましょう』


アルトゥールも頷く。

「世界中の力を、結集すれば」


オルディンが古文書を開く。

「確か、古代に似た試みが...」


希望は、まだある。

でも、時間は限られている。


72時間。

世界の運命が、決まる。



セラフィムが、城の一角に陣取る。

まるで、石像のように動かない。

ただ、全てを監視している。


翔太たちは、緊急会議を開く。


「愛を可視化...」

ソフィアが、必死に考える。

「理論的には、感情もエネルギー」

「それを、何らかの形で...」


ミーナが提案する。

「魔法で、心を映し出すとか?」


カールが首を振る。

「それじゃ、主観的すぎる」

「システムが求めてるのは、客観的証明」


ローラが、ふと思いつく。

「愛の浄化って、光るじゃない」

「あれを、もっと大規模に?」


翔太が、立ち上がる。

「全員の意見に、可能性がある」


原初の鍵を掲げる。

「この鍵で、世界中の愛を繋げる」

「そして、それを光として顕現させる」


エリーゼが微笑む。

『素敵なアイデア』


でも、アルトゥールが警告する。

「それは、途方もないエネルギーが必要だ」

「下手をすれば、世界が...」


「やるしかない」

翔太の決意は、固い。


窓の外を見る。

二つの太陽が、不安定に瞬いている。

時間は、刻々と過ぎていく。


セラフィムの金色の瞳が、こちらを見ている。

監視者にして、審判者。


72時間の、長い戦いが始まった。


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【翔太】

 職業:真なる浄化王

 レベル:100

 HP:15,000 / 15,000

 MP:8,000 / 8,000

 

 習得スキル:

 ・聖愛浄化・調和(エリーゼとの合体技)

 ・世界防衛術・三位一体

 ・原初の鍵・触媒

 

 特殊装備:

 ・聖剣エクスカリバー

 ・原初の鍵(体内に存在)

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【エリーゼ】

 職業:王女・封印術師

 レベル:43

 HP:4,300 / 4,300

 MP:5,600 / 5,600

 

 状態:霧体、憯悍中

 

 習得スキル:

 ・封印術・時空凍結

 ・エリシアの記憶

 ・愛の連鎖核

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【システム】

 職業:原初の管理者

 レベル:???

 HP:??? / ???

 MP:??? / ???

 

 状態:データ収集モード

 

 習得スキル:

 ・世界の断罪

 ・絶対削除

 ・憯悍の記憶(封印中)

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