第47話 原初の使者
虚無王の城は、今や希望の砦となっていた。
アルトゥールが虚無を制御し、世界のバランスを保つ。エリーゼは霊体ながら封印術の研究を続け、翔太は仲間たちと新しい世界の秩序を作り始めていた。
「虚無の花を、もっと増やせないだろうか」
ミーナが黒い花を手に取る。その花弁は闇のように黒いが、不思議と美しかった。
「これは美しいだけじゃない。負の感情を浄化する力がある」
アルトゥールが頷く。かつて虚無王だった彼の表情は、今は穏やかだった。
「可能だ。ただし、慎重に進める必要がある」
彼の声には千年の重みがあった。
「虚無のバランスを崩せば、世界は別の形で壊れる」
その時、エリーゼの霊体が震えた。
『何か...来る!』
彼女の透明な体が、不安定に揺らぐ。
空が、突然真っ白に染まった。
太陽でも、第二の太陽でもない。もっと原初的な、圧倒的な光。純白でありながら、冷たく、感情のない光だった。
光の中から、一人の人影が降りてきた。
白い髪、金色の瞳、そして背中に六枚の光の翼。まるで天使のような、しかし冷たい存在感。その美しさは完璧だったが、生命の温かみが一切感じられなかった。
「初めまして、廃棄予定世界の住人たち」
その声は、機械的で感情がない。まるで、プログラムが言葉を発しているかのようだった。
「私は原初の管理者の使者、セラフィム」
その存在を見て、皆が凍りつく。
測定不能な力。虚無王以上の、規格外の存在。その美しさと冷たさが、相反する恐怖を生み出していた。
◆
セラフィムが地面に降り立つ。
その瞬間、大地が軋んだ。存在するだけで、世界に負荷をかけている。空気が重くなり、呼吸すら困難になった。
「1000年前、この世界は廃棄が決定された」
セラフィムが淡々と告げる。その金色の瞳には、何の感情も映っていない。
「しかし、管理者アルトゥールが反逆した」
アルトゥールが前に出る。虚無の力が、彼の周りで渦巻いた。
「私は世界を守っただけだ」
彼の声には、千年間守り続けた誇りがあった。
「この世界には、生きる価値がある」
「価値?」
セラフィムが首を傾げる。その動作すら、計算されたように完璧だった。
「失敗作に価値などない」
「バグは削除し、正常な状態に戻す」
「それが我々の使命」
翔太が叫ぶ。
「この世界は失敗作なんかじゃない!」
彼の全身から、金色の光が溢れ出す。
「ここには、愛がある。希望がある」
セラフィムの金色の瞳が、翔太を見る。初めて、わずかな興味が瞳に宿った。
「愛...データベースにない概念だ」
「不要な感情は、効率を下げるだけ」
エリーゼの霊体が翔太の隣に現れる。
『あなたには、わからないでしょうね』
彼女の透明な姿が、悲しみに揺れる。
『愛の力を知らない存在には』
「霊体...イレギュラー」
セラフィムが手を上げる。光の刃が、エリーゼに向かって放たれる。空気を切り裂く音が、耳を貫いた。
翔太が咄嗟に【愛の復元】を発動。金色の障壁が、光の刃を防ぐ。
「ほう、面白い力だ」
セラフィムが初めて、感情らしきものを見せる。
「前例のない成長...この短期間で」
「やはり、この世界は危険だ」
セラフィムが宙に浮かび上がる。六枚の翼が、まばゆく輝く。その光は美しいが、同時に破壊的だった。
「原初の鍵を渡しなさい」
「それがあれば、世界を穏やかにリセットできる」
「抵抗すれば、強制削除する」
オルディンが前に出る。老賢者の顔に、驚きの色が浮かんだ。
「原初の鍵...まさか、それは」
「創世の掃除士が持っていた、究極の権限」
セラフィムが機械的に答える。
「世界を作り、壊し、作り直す力」
「その継承者が、この世界にいる」
全員の視線が、翔太に集まる。
「俺が...原初の鍵?」
翔太の声が、震えた。
◆
「渡すものか!」
リクが剣を抜く。刃が、決意に輝いた。
「翔太は俺たちの仲間だ」
「愚かな」
セラフィムが指を鳴らす。
瞬間、リクの体が宙に浮く。見えない力に掴まれ、身動きが取れない。まるで、巨大な手に握られた人形のようだった。
「リク!」
ミーナが攻撃魔法を放つ。炎と氷と雷が、同時にセラフィムに向かう。しかし、セラフィムには傷一つつかない。魔法は、その体に触れる前に消滅した。
「力の差が大きすぎる」
ヴァルガスが歯噛みする。ノーザリア最強の騎士でさえ、手が出せない。
その時、アルトゥールが動いた。
「虚無結界・展開」
黒い霧が、セラフィムを包み込む。虚無の力が、セラフィムの光を侵食し始める。光と闇が、激しくせめぎ合った。
「なるほど、虚無の制御者か」
セラフィムが興味深そうに呟く。
「だが、不完全だ」
光の爆発。
虚無結界が、一瞬で吹き飛ばされる。アルトゥールが膝をつく。千年の管理者でさえ、敵わなかった。
「強い...原初の力は、別格だ」
エリーゼが動く。
『封印術・時空凍結!』
霊体でありながら、強力な封印術を発動。セラフィムの周りの時間が、凍結し始める。空気が、ガラスのように固まっていく。
「これは...興味深い」
しかし、セラフィムは凍結を破る。まるで、薄氷を砕くように簡単に。
「だが、霊体では力が足りない」
翔太が決意する。
「みんな、力を貸してくれ」
【真・浄化王】の力を全開放。金色の光が、仲間たちを包む。
「合体技だ!」
リク、ミーナ、カール、ローラ、マルコ。全員の力が、翔太に集中する。それぞれの想いが、光となって融合していく。
「浄化・愛・虚無、全ての力を一つに」
アルトゥールとエリーゼも力を合わせる。三つの力が、螺旋を描いて融合する。
「これが、俺たちの答えだ!」
翔太が叫ぶ。
「世界防衛術・三位一体!」
巨大な光の柱が、セラフィムを貫く。虚無と愛と浄化が、完璧に調和した力。
初めて、セラフィムがよろめいた。白い翼に、わずかな傷。一枚の羽が、ひらりと落ちる。
「...予想外だ」
セラフィムが後退する。その完璧な顔に、驚きの表情が浮かんだ。
「この世界の住人が、ここまでとは」
しかし、セラフィムは微笑む。冷たい、機械的な笑み。
「面白い。もっとデータを集める価値がある」
セラフィムが上空に舞い上がる。
「今日は様子見だ」
「だが、覚えておけ」
「原初の管理者は、必ず来る」
「その時、この世界は終わる」
光と共に、セラフィムが消える。
皆が、へたり込む。全力を出し切っても、傷一つがやっとだった。
◆
虚無王の城、会議室。重い沈黙が、場を支配していた。
「原初の管理者...」
オルディンが古文書を開く。ページが、震える手でめくられる。
「世界の創造主たちの、更に上位の存在」
「全ての世界を管理し、調整する者たち」
「そんな奴らが、本気で来たら」
リクが拳を握る。関節が、白くなるほど強く。
「勝ち目はあるのか?」
アルトゥールが首を振る。
「正直、難しい」
彼の声は、重かった。
「セラフィムは使者に過ぎない」
「本体が来れば...」
『でも、諦めるわけにはいかない』
エリーゼの声が響く。霊体でありながら、その意志は強かった。
『この世界を、みんなを守らなきゃ』
翔太が立ち上がる。
「原初の鍵...それが俺の中にある?」
オルディンが頷く。
「創世の掃除士の力を継いだ君に」
「その可能性は高い」
「でも、どうやって使うんだ?」
「それは...わからない」
オルディンも困惑している。千年の知識でも、答えは見つからない。
「ただ、一つ言えることは」
「その力は、世界の根幹に関わる」
ソフィアが報告に来る。息を切らしながら。
「大変です!世界各地で異常現象が」
「空間の歪み、時間の乱れ」
「セラフィムの出現の影響です」
翔太が窓の外を見る。
空に、小さな亀裂が走っていた。まるで、ガラスにひびが入ったように。世界が、きしみ始めている。
「時間がない」
アルトゥールが言う。
「対策を立てなければ」
その時、翔太の体が光る。胸の奥から、何かが浮かび上がる。
小さな、鍵の形をした光。それは、温かくもあり、恐ろしくもあった。
「これが...原初の鍵?」
鍵は、翔太の手の中で脈動する。温かく、そして恐ろしいほどの力を秘めて。その脈動は、まるで生き物の心臓のように、リズムを刻んでいた。
『気をつけて』
エリーゼが警告する。
『その力は、使い方次第で』
『世界を救いも、壊しもする』
翔太は鍵を握りしめる。
「俺は...この力を正しく使えるのか?」
オルディンが古文書の一節を読む。
「『鍵を持つ者は、選択を迫られる』」
「『世界を守るか、作り直すか』」
「『その選択が、全てを決める』」
翔太の手の中で、鍵が震えた。まるで、何かに反応するように。
◆
夜、翔太は一人屋上にいた。原初の鍵を見つめながら、考え込んでいる。
『一人で悩まないで』
エリーゼが隣に現れる。霊体だが、月光に照らされて美しい。その透明な姿が、銀色に輝いていた。
「エリーゼ...俺は怖い」
翔太の声が、震える。
「この力を、間違って使ったら」
『大丈夫。あなたなら正しい選択ができる』
エリーゼが優しく微笑む。
『だって、あなたは愛を知っているから』
翔太がエリーゼを見る。触れることはできないが、確かに彼女はそこにいる。
「君を、完全に取り戻せるかもしれない」
翔太が呟く。
「この鍵の力なら」
エリーゼが首を振る。
『それは、世界を歪めることになる』
『私は今の形でも、幸せよ』
『あなたと一緒にいられるなら』
二人の間に、静かな時間が流れる。月光が、二人を優しく照らしていた。
階段の音がして、仲間たちが現れる。リク、ミーナ、カール、全員だ。
「一人で抱え込むなよ」
リクが笑う。いつもの、頼もしい笑顔だった。
「私たちも一緒に戦う」
ミーナが杖を掲げる。その先端が、淡く光る。彼女の瞳には、恐れを超えた決意が宿っていた。
「家族だろ?」
カールが翔太の肩を叩く。その手は大きく、温かく、何よりも頼もしかった。
翔太の目に、涙が浮かぶ。
「みんな...」
アルトゥールも現れる。
「私も、償いをさせてほしい」
彼の瞳には、千年の後悔があった。
「1000年前にできなかったことを」
「今度こそ、世界を守る」
オルディンが微笑む。
「運命は、自分たちで切り開くもの」
老賢者の言葉には、希望があった。
「原初の管理者だろうと」
「私たちの意志は曲げられない」
翔太が原初の鍵を掲げる。鍵が、皆の想いに応えるように輝く。
「決めた。俺たちは戦う」
「この世界を、守り抜く」
「たとえ相手が、創造主だろうと」
その時、空に新たな亀裂が走る。もっと大きく、もっと不吉な。世界が、悲鳴を上げているかのようだった。
「来るぞ...」
ヴァルガスが剣を抜く。刃が、月光を反射して輝く。
亀裂から、複数の光が降りてくる。セラフィムと同じような、天使たち。その数は、十を超えていた。
「第二波か」
アルトゥールが虚無を纏う。黒い霧が、彼の周りで渦巻く。
しかし、その中心に、もっと巨大な影が見えた。
原初の管理者、本体。
「いよいよ、本番だ」
翔太が仲間たちを見る。
「準備はいいか?」
全員が頷く。恐怖はある。だが、それ以上に、強い絆がある。
戦いの夜が、始まろうとしていた。
◆
原初の管理者が、姿を現す。
巨大な光の巨人。顔は見えない、ただ圧倒的な存在感。その大きさは、山のようだった。
「我は、システム」
声が、世界に響き渡る。大地が震え、空が軋む。
「全ての世界を、正常に保つ者」
「廃棄世界よ、最後の機会を与える」
巨人の声が、冷たく響く。
「原初の鍵を渡し、静かに消えるか」
「抵抗し、苦痛と共に消されるか」
翔太が前に出る。原初の鍵が、激しく脈動する。
「俺たちの答えは一つだ」
翔太の声が、世界に響く。
「この世界は、俺たちのものだ」
「誰にも、壊させない!」
鍵から、金色の光が噴出する。それは障壁となり、仲間たちを守る。
「愚かな...」
システムが手を上げる。巨大な手が、空を覆う。
「では、実力で奪い取る」
空から、無数の天使たちが降りてくる。大軍勢。世界を滅ぼすに十分な力。
しかし、翔太たちは怯まない。
「みんな、行くぞ!」
世界の存亡を賭けた、最終決戦が始まる。
エリーゼの霊体が、翔太に寄り添う。
『最後まで、一緒よ』
二つの太陽が、戦場を照らす。希望は、まだ消えていない。
しかし、この戦いの結末は、誰にも予測できなかった。
原初の鍵が、翔太の手の中で震える。まるで、何かを待っているかのように。その振動は、微かに熱を帯び、翔太の掌に伝わってきた。
世界の運命を決める、長い夜が始まった。
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【翔太】
職業:真なる浄化王
レベル:100
HP:14,000 / 15,000
MP:7,500 / 8,000
習得スキル:
・聖愛浄化・調和(エリーゼとの合体技)
・世界防衛術・三位一体
・原初の鍵・触媒
特殊装備:
・聖剣エクスカリバー
・原初の鍵(体内に発現)
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【エリーゼ】
職業:王女・封印術師
レベル:43
HP:4,100 / 4,300
MP:5,400 / 5,600
状態:霧体、愛の連鎖核
習得スキル:
・封印術・時空凍結
・エリシアの記憶
・聖愛浄化・調和(翔太との合体技)
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【アルトゥール】
職業:元英雄・虚無王
レベル:180
HP:22,000 / 25,000
MP:14,000 / 15,000
状態:1000年の悲哀からの覚醒
習得スキル:
・虚無界・展開
・虚無の支配
・エリシアへの情を思いだす
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【セラフィム】
職業:原初の管理者の使者
レベル:???
HP:??? / ???
MP:??? / ???
状態:翼一枚、初めての傷
習得スキル:
・光の裁き
・絶対除去
・データ収集モード
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