第49話 愛の証明
最初の試みは、王都から始まった。
翔太が原初の鍵を胸に掲げ、金色の光を解き放つ。エリーゼの霊体が隣で淡く輝き、二人の力が共鳴した。
「みんな、愛の力を示してください!」
王都の広場に集まった千人を超える人々が、手を繋ぎ始める。家族を想い、友を想い、故郷を想う心が、小さな光となって立ち上った。
しかし——
『世界の0.1%にも満たない』
セラフィムの冷たい声が響く。その六枚の光の翼は微動だにせず、金色の瞳は無感情に数値を読み上げた。
「71時間32分」
容赦ないカウントダウンが、重い石のように胸に落ちる。
「くそっ...!」リクが拳を握りしめた。「もっと多くの人に伝えなきゃ...!」
「伝令を各地に派遣しましょう」ミーナが杖を掲げる。「転移魔法で一斉に——」
だが、時間が足りない。世界は広すぎる。そして何より、人々の心に疑念が残っていた。
本当に世界が終わるのか。この光に意味があるのか。
◆
「翔太お兄ちゃん!」
王都の孤児院で、子供たちが駆け寄ってくる。かつて翔太が掃除士として訪れていた場所だった。汚れていた建物は今も清潔に保たれている。
「世界を守って!」
「みんなで手を繋げば、怖くないよ!」
幼い瞳に宿る純粋な祈り。その瞬間、子供たちから眩い光が立ち上った。大人の十倍は強い、純白の輝き。
『純粋な心ほど、愛の力が強い』
ソフィアが古文書から顔を上げる。彼女の透けた右腕も、淡い光を帯びていた。
「各地の子供たちに呼びかけましょう。彼らの純粋な想いなら——」
エリーゼの霊体が各地の学校や孤児院を巡る。子供たちは素直に手を繋ぎ、祈りを捧げた。しかし大人たちは違った。
「本当に世界が終わるって?」
「ただの脅しじゃないのか?」
疑念が愛の光を曇らせる。それでも少しずつ、世界中から光が集まり始めた。
愛の光が世界の一部を包み始める。しかし、まだわずかだった。
セラフィムが無表情に告げる。「48時間。世界の光はまだ足りない」
◆
「俺たちが分散しよう」
リクが剣を抜いた。刀身に宿る勇者の光が、決意を示すように輝く。
「俺は東部へ行く。剣で示す——愛は戦う理由だってことを」
「私は西部へ」ミーナが続く。「魔法で愛の温かさを伝えます」
カールが聖騎士の鎧を整える。「南部は私に。人々を守る愛を示しましょう」
ヴァルガスは北を指差した。「ノーザリアは私が。クリスタル様への想いを伝える」
そして、意外な声が上がる。
「私は...虚無の地へ行く」
アルトゥール。かつての虚無王が、黒い鎧を纏いながら立ち上がった。
「贖罪と、新たな愛を示そう。千年分の過ちを償うために」
仲間たちが世界中に散っていく。
東部では、リクが虚無獣と戦いながら叫ぶ。「守りたいものがあるから戦うんだ!それが愛だ!」戦士たちが呼応し、剣を掲げた。
西部では、ミーナの魔法が暖炉のような温もりを生む。「魔法は破壊だけじゃない。癒しと温もり、それも愛の形」エルフたちが手を取り合った。
南部では、カールが病人を癒しながら語る。「聖騎士の誓いは、全ての人を守ること。それが私の愛」人々が涙を流しながら祈った。
各地で小さな奇跡が起きる。病人が回復し、枯れた作物が実り、争いが止まる。愛の連鎖が、世界を少しずつ変えていく。
愛の光が徐々に広がっていく。世界のあちこちで、小さな輝きが生まれ始めていた。
「足りない...」翔太が原初の鍵を握りしめる。「まだ全然足りない」
セラフィムの声が響く。「48時間。このペースでは間に合わない」
◆
『私の存在を、愛の触媒にする』
エリーゼの霊体が、決意を込めて宣言した。虹色の光が彼女を包み込む。
「何を言って——」
『霊体を世界中に分散させます。私という存在を、愛を伝える媒介に』
翔太の顔が青ざめた。「それじゃ君が消えてしまう!」
『でも、世界が救えるなら』
優しい微笑み。しかしその姿は既に薄くなり始めていた。
「待て!」オルディンが古文書を開く。「別の方法がある。古代の『愛の増幅術』——エリーゼ様を核に、世界中の愛を増幅できる」
「でも代償は?」
「...彼女の存在が、さらに希薄になる」
沈黙が流れる。しかしエリーゼは迷わなかった。
『やりましょう』
オルディンの詠唱が始まる。古代の言葉が空間に文字となって浮かび、エリーゼを中心に巨大な魔法陣が展開された。
エリーゼの霊体が虹色に輝き始める。その光は波紋のように広がり、世界中に届いていく。
各地で人々が「温かい何か」を感じた。忘れていた家族の記憶。大切な人の笑顔。守りたいものの存在。
母親が子供を抱きしめる。老人が孫の手を握る。恋人たちが見つめ合う。
「あぁ...これが、愛なのか」
愛の光が急速に広がり、世界の半分近くを照らし始める。
しかし——
「エリーゼ!」
彼女の姿がほとんど透明になっていた。輪郭さえ曖昧で、今にも消えてしまいそうだ。
『大丈夫...まだ、ここにいる』
声も、風のように弱々しい。
◆
突然、空に巨大な亀裂が走った。
『興味深いが、まだ不十分』
システムの声が天から降り注ぐ。亀裂から虚無が漏れ出し、黒い雨となって降り始めた。
地震。嵐。津波。
世界中で災害が同時に発生する。大地が割れ、海が荒れ狂い、山が崩れた。
「これは...試練なのか!?」
人々がパニックに陥る。逃げ惑い、叫び、絶望が広がっていく。
しかし——
「大丈夫だ、俺が守る!」
見知らぬ男が、崩れる瓦礫から子供を救い出した。
「みんなで協力すれば!」
女性たちが負傷者の手当てを始める。
「一人じゃない...みんなで生きよう!」
災害の中で、人々が手を取り合い始めた。国境も、人種も、身分も関係ない。ただ「生きたい」「守りたい」という想いが、人々を一つにしていく。
愛の連鎖が、自然発生的に広がっていく。
愛の光が更に広がり、世界の大部分を包み込んでいく。
セラフィムの翼が、初めて微かに震えた。
「24時間。予想外の上昇率」
その声に、わずかだが感情のような何かが混じっていた。
◆
エリーゼがほぼ完全に透明になっていた。声を出すことさえ困難で、存在自体が風前の灯火だ。
「もうやめろ!」翔太が叫ぶ。「君を失いたくない!」
『あと少し...あと少しで』
その時、世界中から声が聞こえ始めた。
各国の王たち。「我が国の全ての愛を捧げる!」
指導者たち。「私たちも力を貸す!」
そして、一般の市民たち。
「愛してる!」
「生きたい!」
「守りたい!」
それぞれの言語で「愛」を叫ぶ声が、地球を包み込んだ。
原初の鍵が激しく震える。翔太の体から金色の光が溢れ出し、彼の姿が光そのものに変わり始めた。
翔太の力が限界を超えて高まっていく。もはや測定できない領域へ。
『警告』
システムからの直接アクセス。機械的な声が、翔太の意識に直接響く。
『君は...原初の鍵そのものになろうとしている』
『それは、君自身の消滅を意味する』
翔太は微笑んだ。エリーゼと同じ、覚悟を決めた笑顔だった。
「それでも、みんなを守る。それが俺の愛の形だ」
光が爆発的に広がる。世界中の愛が、翔太を中心に渦を巻いて集まっていく。
愛の光がついに世界の大部分を覆い尽くす。しかし、まだ届かない場所がある。
セラフィムが後退りした。機械的な存在であるはずの天使が、初めて驚きの表情を見せる。
「...マスターに報告する必要がある」
時計の針が、残り24時間を指していた。
最後の挑戦が、今始まろうとしている。
翔太とエリーゼ、二人とも消えかけながら、それでも手を取り合う。形を失いかけた二人の間に、虹色の橋が架かった。
「みんな...!」
仲間たちが駆け寄る。リク、ミーナ、カール、ローラ、マルコ、ソフィア、レオ、そしてアルトゥール。
「一人で抱え込むな!」
「私たちも一緒よ!」
「これが、俺たちの愛の証明だ!」
全員が手を繋ぎ、光の輪を作る。その輪は広がり続け、王都から、国中から、世界中から、人々が加わっていく。
しかし——80%で止まった。
あと20%。
それは、愛を信じきれない人々。絶望に囚われた人々。そして、既に虚無に飲まれかけている人々の分だった。
「どうすれば...」
セラフィムが冷たく告げる。
「残り23時間59分。最後の20%が、最も困難だ」
空の亀裂がさらに広がる。システムの最終判定まで、あと一日。
世界の運命は、まだ定まっていない。
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【翔太】
職業:調和の王/原初の鍵と化す
レベル:測定不能
HP:3,000 / 18,000(消滅危機)
MP:1,000 / 15,000(果渇)
状態:
・光そのものに変化中
・原初の鍵と融合進行
新能力:
・世界中の愛を集約(NEW)
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【エリーゼ】
状態:ほぼ完全透明・消滅寸前
犠牲:
・霊体を世界中に分散
・愛の増幅術の核となる
成果:
・世界の半分以上に愛を伝える
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【愛の可視化進捗】
現在:80%達成
内訳:
・王都:100%
・東部:90%(リク活動)
・西部:85%(ミーナ活動)
・南部:88%(カール活動)
・北部:92%(ヴァルガス活動)
・虚無の地:60%(アルトゥール活動)
未達成:20%
・絶望に囚われた人々
・愛を信じきれない人々
・虚無に飲まれかけた人々
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【セラフィムの反応】
状態:驚愕・初めての動揺
発言:
「予想外の上昇率」
「マスターへの報告が必要」
羽の状態:微かに震える
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【世界の状態】
災害発生:
・地震、嵐、津波
・虚無の雨
・空間の亀裂拡大
人々の反応:
・災害中での助け合い
・愛の連鎖発生
・国境を越えた団結
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【残り時間】
タイムリミット:23時間59分
現状:
・80%達成で停滞
・最後の20%が最難関
必要なこと:
・絶望の人々に希望を
・愛を信じない人々に証明を
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