第49話 愛の証明

最初の試みは、王都から始まった。


翔太が原初の鍵を胸に掲げ、金色の光を解き放つ。エリーゼの霊体が隣で淡く輝き、二人の力が共鳴した。


「みんな、愛の力を示してください!」


王都の広場に集まった千人を超える人々が、手を繋ぎ始める。家族を想い、友を想い、故郷を想う心が、小さな光となって立ち上った。


しかし——


『世界の0.1%にも満たない』


セラフィムの冷たい声が響く。その六枚の光の翼は微動だにせず、金色の瞳は無感情に数値を読み上げた。


「71時間32分」


容赦ないカウントダウンが、重い石のように胸に落ちる。


「くそっ...!」リクが拳を握りしめた。「もっと多くの人に伝えなきゃ...!」


「伝令を各地に派遣しましょう」ミーナが杖を掲げる。「転移魔法で一斉に——」


だが、時間が足りない。世界は広すぎる。そして何より、人々の心に疑念が残っていた。


本当に世界が終わるのか。この光に意味があるのか。



「翔太お兄ちゃん!」


王都の孤児院で、子供たちが駆け寄ってくる。かつて翔太が掃除士として訪れていた場所だった。汚れていた建物は今も清潔に保たれている。


「世界を守って!」


「みんなで手を繋げば、怖くないよ!」


幼い瞳に宿る純粋な祈り。その瞬間、子供たちから眩い光が立ち上った。大人の十倍は強い、純白の輝き。


『純粋な心ほど、愛の力が強い』


ソフィアが古文書から顔を上げる。彼女の透けた右腕も、淡い光を帯びていた。


「各地の子供たちに呼びかけましょう。彼らの純粋な想いなら——」


エリーゼの霊体が各地の学校や孤児院を巡る。子供たちは素直に手を繋ぎ、祈りを捧げた。しかし大人たちは違った。


「本当に世界が終わるって?」


「ただの脅しじゃないのか?」


疑念が愛の光を曇らせる。それでも少しずつ、世界中から光が集まり始めた。


愛の光が世界の一部を包み始める。しかし、まだわずかだった。


セラフィムが無表情に告げる。「48時間。世界の光はまだ足りない」



「俺たちが分散しよう」


リクが剣を抜いた。刀身に宿る勇者の光が、決意を示すように輝く。


「俺は東部へ行く。剣で示す——愛は戦う理由だってことを」


「私は西部へ」ミーナが続く。「魔法で愛の温かさを伝えます」


カールが聖騎士の鎧を整える。「南部は私に。人々を守る愛を示しましょう」


ヴァルガスは北を指差した。「ノーザリアは私が。クリスタル様への想いを伝える」


そして、意外な声が上がる。


「私は...虚無の地へ行く」


アルトゥール。かつての虚無王が、黒い鎧を纏いながら立ち上がった。


「贖罪と、新たな愛を示そう。千年分の過ちを償うために」


仲間たちが世界中に散っていく。


東部では、リクが虚無獣と戦いながら叫ぶ。「守りたいものがあるから戦うんだ!それが愛だ!」戦士たちが呼応し、剣を掲げた。


西部では、ミーナの魔法が暖炉のような温もりを生む。「魔法は破壊だけじゃない。癒しと温もり、それも愛の形」エルフたちが手を取り合った。


南部では、カールが病人を癒しながら語る。「聖騎士の誓いは、全ての人を守ること。それが私の愛」人々が涙を流しながら祈った。


各地で小さな奇跡が起きる。病人が回復し、枯れた作物が実り、争いが止まる。愛の連鎖が、世界を少しずつ変えていく。


愛の光が徐々に広がっていく。世界のあちこちで、小さな輝きが生まれ始めていた。


「足りない...」翔太が原初の鍵を握りしめる。「まだ全然足りない」


セラフィムの声が響く。「48時間。このペースでは間に合わない」



『私の存在を、愛の触媒にする』


エリーゼの霊体が、決意を込めて宣言した。虹色の光が彼女を包み込む。


「何を言って——」


『霊体を世界中に分散させます。私という存在を、愛を伝える媒介に』


翔太の顔が青ざめた。「それじゃ君が消えてしまう!」


『でも、世界が救えるなら』


優しい微笑み。しかしその姿は既に薄くなり始めていた。


「待て!」オルディンが古文書を開く。「別の方法がある。古代の『愛の増幅術』——エリーゼ様を核に、世界中の愛を増幅できる」


「でも代償は?」


「...彼女の存在が、さらに希薄になる」


沈黙が流れる。しかしエリーゼは迷わなかった。


『やりましょう』


オルディンの詠唱が始まる。古代の言葉が空間に文字となって浮かび、エリーゼを中心に巨大な魔法陣が展開された。


エリーゼの霊体が虹色に輝き始める。その光は波紋のように広がり、世界中に届いていく。


各地で人々が「温かい何か」を感じた。忘れていた家族の記憶。大切な人の笑顔。守りたいものの存在。


母親が子供を抱きしめる。老人が孫の手を握る。恋人たちが見つめ合う。


「あぁ...これが、愛なのか」


愛の光が急速に広がり、世界の半分近くを照らし始める。


しかし——


「エリーゼ!」


彼女の姿がほとんど透明になっていた。輪郭さえ曖昧で、今にも消えてしまいそうだ。


『大丈夫...まだ、ここにいる』


声も、風のように弱々しい。



突然、空に巨大な亀裂が走った。


『興味深いが、まだ不十分』


システムの声が天から降り注ぐ。亀裂から虚無が漏れ出し、黒い雨となって降り始めた。


地震。嵐。津波。


世界中で災害が同時に発生する。大地が割れ、海が荒れ狂い、山が崩れた。


「これは...試練なのか!?」


人々がパニックに陥る。逃げ惑い、叫び、絶望が広がっていく。


しかし——


「大丈夫だ、俺が守る!」


見知らぬ男が、崩れる瓦礫から子供を救い出した。


「みんなで協力すれば!」


女性たちが負傷者の手当てを始める。


「一人じゃない...みんなで生きよう!」


災害の中で、人々が手を取り合い始めた。国境も、人種も、身分も関係ない。ただ「生きたい」「守りたい」という想いが、人々を一つにしていく。


愛の連鎖が、自然発生的に広がっていく。


愛の光が更に広がり、世界の大部分を包み込んでいく。


セラフィムの翼が、初めて微かに震えた。


「24時間。予想外の上昇率」


その声に、わずかだが感情のような何かが混じっていた。



エリーゼがほぼ完全に透明になっていた。声を出すことさえ困難で、存在自体が風前の灯火だ。


「もうやめろ!」翔太が叫ぶ。「君を失いたくない!」


『あと少し...あと少しで』


その時、世界中から声が聞こえ始めた。


各国の王たち。「我が国の全ての愛を捧げる!」


指導者たち。「私たちも力を貸す!」


そして、一般の市民たち。


「愛してる!」


「生きたい!」


「守りたい!」


それぞれの言語で「愛」を叫ぶ声が、地球を包み込んだ。


原初の鍵が激しく震える。翔太の体から金色の光が溢れ出し、彼の姿が光そのものに変わり始めた。


翔太の力が限界を超えて高まっていく。もはや測定できない領域へ。


『警告』


システムからの直接アクセス。機械的な声が、翔太の意識に直接響く。


『君は...原初の鍵そのものになろうとしている』


『それは、君自身の消滅を意味する』


翔太は微笑んだ。エリーゼと同じ、覚悟を決めた笑顔だった。


「それでも、みんなを守る。それが俺の愛の形だ」


光が爆発的に広がる。世界中の愛が、翔太を中心に渦を巻いて集まっていく。


愛の光がついに世界の大部分を覆い尽くす。しかし、まだ届かない場所がある。


セラフィムが後退りした。機械的な存在であるはずの天使が、初めて驚きの表情を見せる。


「...マスターに報告する必要がある」


時計の針が、残り24時間を指していた。


最後の挑戦が、今始まろうとしている。


翔太とエリーゼ、二人とも消えかけながら、それでも手を取り合う。形を失いかけた二人の間に、虹色の橋が架かった。


「みんな...!」


仲間たちが駆け寄る。リク、ミーナ、カール、ローラ、マルコ、ソフィア、レオ、そしてアルトゥール。


「一人で抱え込むな!」


「私たちも一緒よ!」


「これが、俺たちの愛の証明だ!」


全員が手を繋ぎ、光の輪を作る。その輪は広がり続け、王都から、国中から、世界中から、人々が加わっていく。


しかし——80%で止まった。


あと20%。


それは、愛を信じきれない人々。絶望に囚われた人々。そして、既に虚無に飲まれかけている人々の分だった。


「どうすれば...」


セラフィムが冷たく告げる。


「残り23時間59分。最後の20%が、最も困難だ」


空の亀裂がさらに広がる。システムの最終判定まで、あと一日。


世界の運命は、まだ定まっていない。


━━━━━━━━━━━━━━━

【翔太】

 職業:調和の王/原初の鍵と化す

 レベル:測定不能

 HP:3,000 / 18,000(消滅危機)

 MP:1,000 / 15,000(果渇)

 

 状態:

 ・光そのものに変化中

 ・原初の鍵と融合進行

 

 新能力:

 ・世界中の愛を集約(NEW)

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【エリーゼ】

 状態:ほぼ完全透明・消滅寸前

 

 犠牲:

 ・霊体を世界中に分散

 ・愛の増幅術の核となる

 

 成果:

 ・世界の半分以上に愛を伝える

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【愛の可視化進捗】

 

 現在:80%達成

 

 内訳:

 ・王都:100%

 ・東部:90%(リク活動)

 ・西部:85%(ミーナ活動)

 ・南部:88%(カール活動)

 ・北部:92%(ヴァルガス活動)

 ・虚無の地:60%(アルトゥール活動)

 

 未達成:20%

 ・絶望に囚われた人々

 ・愛を信じきれない人々

 ・虚無に飲まれかけた人々

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【セラフィムの反応】

 

 状態:驚愕・初めての動揺

 

 発言:

 「予想外の上昇率」

 「マスターへの報告が必要」

 

 羽の状態:微かに震える

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【世界の状態】

 

 災害発生:

 ・地震、嵐、津波

 ・虚無の雨

 ・空間の亀裂拡大

 

 人々の反応:

 ・災害中での助け合い

 ・愛の連鎖発生

 ・国境を越えた団結

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【残り時間】

 

 タイムリミット:23時間59分

 

 現状:

 ・80%達成で停滞

 ・最後の20%が最難関

 

 必要なこと:

 ・絶望の人々に希望を

 ・愛を信じない人々に証明を

━━━━━━━━━━━━━━━

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る