第16話 プラゴル第三章 8



 1

 私が死霊になってからどのくらい経っただろう…。

 もう、すっかりわかりません。だって、そうじゃないですか、死霊になったこの私の身体は寝なくて良いし、食べなくて良い。この辺り一帯死霊の呪いの霧によっていつも薄暗くて昼も夜もあんまり変化無い。おまけに私は年も取りません。

 こんな引きこもりニートの上位版みたいな生活してたら、何時が日曜日で何時が平日なのかも気にならない。オマケに冬なのか夏なのか季節の移り変わりも気付かない。

 昔前世のテレビで見た引きこもり無職の人が言ってた、暇で家に閉じこもっているのがチョー辛いと言う事が少し解る気がします。

 まぁ私は死んじゃっていますけど……。

 それはともかくとして、暇なんですよ。私。

 毎日毎日やる事無いので、学園の隅にある紳士淑女の恋愛相談室に一人篭って読書の日々です。はい。

 それでこの学園の図書館にある歴史書などを読む訳ですが、あまり役に立ち  そうもありません。理由は……言わなくてもわかりますよね。

 私この本の一語一句憶えます。憶えるつもりで読書します。暇だから…。

 あっ!?ところで私はもう幽霊で頭の中空っぽなのに憶えた記憶は何処に蓄積されるんだろう……。わかる人いたら教えてください。連絡待ってます。


すっごく、どうでも良いですが…


 そんな無駄な日々を過ごしていたら、この恋愛相談室に訪問者が。

 (まさか!?幽霊になったのに恋に悩む人がいるの!?)と、思ったら違います。


「死の女王様にご報告申し上げます!またもやこの学園に生者の侵入者が現れました」

 そうです、この学園に新しく来た訪問者です。ちぇっ、つまんない…。ウソウソ冗談です。

 それよりも、ちょうど勇者とヒロインが冒険を終えてチチくりあう良い場面を読んでいたのに中断されて残念です。これは本心です。


「わ、わざわざすみません。私もすぐ行きますから、先に皆さんで歓待してあげてください」

「かしこまりました女王様」

 その後報告しに来た幽霊さんはいなくなり、一人になった私は思います。

(うわっ、久しぶりじゃない?前からどの位経ったか、ちょっとも憶えてないけど。どんな人がくるかな〜)

 ちょっとワクワクです。


 2

 と言う訳で元学園生徒のみなさん、いつもスゴく張り切る訳ですが(なんでも私に見合う人か試すとか言っていますが、多分違って毎日が暇だからだと思う)今日に限っていつもと違って様子がおかしい。

「ぎゃ—————————!」

「へっ、変態———————————!」

「こっ、こっちへ来るな——————!」

 てな、感じで学園中で叫び声が上がります。

 モブらしく冒険者と戦って倒されちゃうとか、そんなんじゃなくて悲鳴を上げながら逃げ回ってます。

 ワタクシその様子を見て今度の勇者はそんなに強いの?思わず期待しちゃいます。

 それからすぐにまた私に報告が入ります。

「女王様大変です。あんな醜くて卑猥な者など、いまだ恋愛未経験の女王様には見せられません。すぐにここから避難してください」

「みんなはどうしたんですか?」

「学園のシモベ達は生前、育ちが良かった為にアレを見たとたん戦意喪失して逃げ回っています。もう役に立ちません。女王陛下もすぐに……ちょっと失礼します……。………。オエッーオエッー。はぁ〜はぁ〜。突然申し訳ありません。あの姿を思い出しただけで吐き気が……。あっそうです!女王様もあんな獣が近づかない安全な場所に避難をしてください」


 恋愛未経験と言う所が癇に障る。そうですよー 私なんて初めてのチューも初恋もしたことないですよーだっ!なんか面と向かって言われると少しイラッとするよね。ええっ図星をつかれてますけど。ついでに死んじゃってますけど。


 とにかく、そんな事言われたら余計にその勇者にあってみたくなりました。

もう意地でも会います。そんで、チューしちゃいます!

 いやっ、やっぱりチューは辞めとこうかな……。はずかしいし。初めてのチューだし。

 あっ!そうだ!こういう時にあの魔法の水晶が役に立つはず!

 てな感じで取り出した魔法の水晶で勇者の色々プラベートな所とか恥ずかしい所とか見ちゃいましょう。

 それで水晶に私の将来の恋人の事を尋ねます。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!何見せつけんじゃこのアマァァァァ!」

 私もビックリ!魔法の水晶さんはいきなり、叫び声を上げると粉々にくだけてしまったのでした。どうしよう…。まっ、いっか。貰い物だし。

 それはともかく、私はみんなが駄目出しした勇者さんがいる学園の大広間に向かいます。

 向かいながら思う訳です。どんな人かな〜なんて。身長が高いイケメン勇者か、少年漫画に登場するような熱血タイプの男子とか、それとも黒髪中肉中背、何処にでも出て来る様なラノベテンプレ主人公な感じの人なのかとか……。



 3

 で、来て見てビックリ。そこで暴れていたのはメタボな体型の中年オジサンです。おまけに全裸!意味不明。


 ヤバイです。これは多分、放送コードとか言うヤツを超えてます。モザイク処理しても駄目です。放送禁止です。そんなオジサンが大きな猫とじゃれ合ってます。意味不明。


 あまりに下品、卑猥なので、元清純女子学生な私は自分の顔を両手で覆います。

「キャー…」一応それらしい叫び声。

 だけど、覆った手の指の隙間からガッチリ見たりします。

 見れば何故かオジサンの下半身にぶら下がる男の人のそれが、スゴイ竜の様になってそそり立ってます。

 私達みたいな幽霊が住んでるこんな場所で発情するとかスゴい性欲!?意味不明。


 オマケに“一発必中”、“絶対着床”と書かれ大きな鈴の付いた二枚のお札を元気なそれに下げてます。

 このオッサンここで何する気ですかと、もう意味不明。


 ついでにその鈴が揺れて(カランカラン)と鈴の音が鳴り続けてます。もうそ鈴の音すら下品で卑猥に聞こえます。今の勇者装備はこれが流行なの?なんて思っちゃいます。意味不明。


 そういえば、猫は猫じゃらしとか変に動くオモチャで遊ぶのが大好きだよね。そう考えると勇者の鈴がぶら下がった立派な逸物に猫ちゃんがじゃれ付くのも納得……。って、そんな訳あるかい!意味不明。


 死んじゃったとはいえ、純真無垢なご子息ご息女が通っていた学園に全裸でメタボなオジサンが猫と戯れるとかどんな絵図ですか?と、全力で突っ込みたいです。もうホントに意味不明。理解で来ません。この勇者!



 4

 そんな感じでじゃれ合う二匹の獣を呆然と眺めていたら思わず勇者と目が合ってしまいます。そしたら……。

 「たすけてぇぇぇぇぇぇ————————————!死んじゃう————————!」

 オジサン、あそこがスゴく元気なまま、何故かこっちに向かって猪突猛進、猛ダッシュ!

 と、その時「ドガッ——————ン」と大きな音を立てて大広間の壁が崩れる音がします。

 「ブッヒヒヒヒヒ————ン!」振り向くとそこにはまた、巨大猪が現れ、勇者と巨大猫に向かって猪突猛進、猛ダッシュ!

 誰が予想したでしょう。巨大猪と巨大猫と全裸の中年でメタボな勇者の三つ巴。

 あまりにシュールな光景過ぎて、頭がパンク。脳みそが理解を拒否してます。


 

「ニャ〜ンっ!フニャッ!」と鳴き叫ぶと巨大猫は即退散。


 そんな事も束の間、巨大猪は勇者に向かって全力体当たり!

「はぎゃ!」

 絶叫して、吹っ飛ぶ勇者さん。ご冥福をお祈りしますって、思ったら私の方に全裸の勇者が飛んで来る。


 確かにワタクシ生前というか前世で(私にとって恋、つまり発情期はなんかこう、グワッ!グォッワ!ギャー!みたいな、おおっ!まさにこれぞ大自然の神秘、ビッグネイチャーな感じなのです。男なら発情してこいよ!みたいな)

 なんて、思っていましたが、こんなんじゃ絶対無いです!


 迫る勇者さんの不細工な顔面。(失礼)ヤバイです!全裸であそこが元気な物をぶら下げた勇者さんとこんな事で私のファーストキッスが奪われてしまいます。絶体絶命。

 まだ、告白もされてないし、お付き合いするとも決まっていないのにチューしそうです!というか、一発必中、絶対着床です。今まで守って来た貞操の危機!

「きっきも———————い!」私思わず叫んじゃいます。

 その瞬間。私は勇者の顔面に向かって無我夢中、渾身の右ストレート!

「こっ!こっち来ないで———————————!」

 放った私の拳はなぜかオジサンの顔に当たらず、勇者の元気なアソコにクリティカルヒット!ごめんなさい。


「はんぎゃ————————————#$%*X@!?!!!」


断末魔の叫びを上げる勇者さん。一方拳越しに伝わる男性のアレの感触。全身鳥肌です。

「ビッ!…ビッグ…ネイチャー……大自然…」

 あまりの卑猥な世界過ぎて大人の階段を昇る事が出来なかった私はそのまま白目を剥いて意識を失ったのでした。だって私、もう死んでレラですから(笑)



 5

「ここは…どこ?」

 気がつけば辺りは白一面で何も無い世界。私はゆっくりと起き上がると、辺りを見回します。

「ここは君の夢の中だよ…」

 声の聞こえる方をみると何も無かった場所から次々と王子やフーコちゃん。魔女さんや元学園の生徒さんが大勢姿を現したのでした。

「どうしてみんな私の夢の中に?」

「うん。それはね私達みんな呪いが解けて、成仏する事になったから、最後、死霊ちゃんにお別れを言いに来たの」

「お別れ……。成仏…!?」

 戸惑う私。

『それはユウちゃんが恋をしたということだよ!』

 皆が声を揃えて、私に言うのでした。

「私が恋!?だっ誰に?」

「死霊ちゃんの隣に寝てるオジサンにだよ」

 自信満々でフーコちゃんが言います。振り返ると私の隣には突撃してきた全裸のオジサンが寝ています。断りも無く私の夢の中にまで…。

この人スゴく失礼。

「えーっ!いくら私でもこんなオジサンに恋するとか、有り得ない!」

 

「そう言うけど、ユウちゃん恋なんかしたことあるの?」

「えっ!?ないけど、それがどうして?」

「だったら、ユウちゃんの今の気持ちが恋じゃないなんて言いきれないじゃない」

なんだろう。このすごく適当で強引な言い回し。


「この人と初めて会ったとき胸がドキドキしたでしょ?」

「う~ん。ドキドキというかゾワゾワした」

「このオッサンと会った時、今までにない気分になったでしょ」

「う~ん…。言われてみれば、そんな気がする。でも恋ってこんなにもなんか、嫌だとういか、変な気分にさせられるものなのかしら…」

まさに恋の病と言うだけはある。これは危険な病気だ。調子悪い。

わたしなんか、もう死んでるのに病気になるとは“恋”の病おそるべし!


そんな感じで乙女らしく恋について考えていたらフーコちゃんが私に言います。


「とっ、とにかく、恋をしたユウちゃんのおかげでみんな死霊の呪いから解き放たれたみたい。これで私もみんなも成仏出来るわ」


「なるほど、ところで私も成仏できるのかな?……」

「それは知らない……」

「えっ!?」

「あ~ま~、いいんじゃない!」

(ちょっと待て、どこがいいか問いただしたい)


「まぁっ、まぁ~とにかくあなたが、そのキモイオヤジ…いえっそんな中年男性が好みだとは思わなかったけど、末永くお幸せに」

そういうとフーコちゃんは手を振ります。続いて

王子様も私に言います。

「君とは色々あったけどそのきもいオヤジ…いやっ勇者とこの世界をよろしく。

達者でね、グッドラック!」


その他みんな、小声で二度と係わりたく無いとか、散々な目にあったとかの声が聞こえたのですが(そもそも私のせいじゃない!)、最後は皆笑顔で

『ありがとう。ユウちゃん……』

そう口々にお礼を言った挙句、私を置いて光の中へと昇り消えて行ったのでした。

そんな感じで、一人夢の中に取り残されちゃった私は(あっ隣に全裸のキモイおじさんもいた)ゆっくりと夢から目覚めたのでした。



  6

 静まり返った元学園。その大広間で元死霊の女王だった私はゆっくりと目を覚ました。

そして一人取り残された私は戸惑いながら辺りを見回します。その後成仏した友人に恋をしたと言われたことを思い出し、困惑した気持ちの中、傍で倒れて横になっているオジサンの顔をじっくりと見ました。

すると隣にいて意識を取り戻していたオジサンと目が合うのでした。

そのとたんオジサンはきつく目を閉じ、震えながらひたすらに呟き始めます。

「悪霊退散。南無阿弥陀仏、アーメン、ソーメン、ミソラーメン。命だけはお助けを…」


その様子を見た私は思わずこんなことを口走ってしまうのでした。

「これが世に言うツンデレ!もう私達はもう相思相愛なのかっ!」


「そっ、そんな訳あるかー!」

と、全裸のオジサン勇者はツッコミの叫び声をあげるとまた意識を失ったのでした。







 7

こうして、まったく意味不明な方法で死霊の学園の呪いを解き解放したプラゴル勇者を含む冒険者達。

その後、学園の変化に気付き調査に来た騎士団に救出され、冒険者一行は無事王国に帰還したのだった。


そして一通りの怪我の治療を受け自室のベッドで惰眠を貪るプラゴル勇者。彼は冒険の終わった後も目を覚まさず、深い眠りの中で長い夢を見ていた。


 その夢の中…。

「待て———————!王女チャ———ン♡!」

澄み渡る青い空、何処までも続く青い草原。禿散らかした頭髪をそよ風で揺らしながら中年男は王女と二人で草原を駆け回っていた。

プラチナブロンドの長い髪をなびかせ純白のドレスを着た王女はたわわな乳房を揺らしながら微笑を浮かべ走り回る。そしてそれを追いかける中年男性。

彼は純白のドレスを着た王女を背後から抱きしめると、耳元で囁く。

「捕まえた王女ちゃん♡」


 王女は薄っすらと頬を赤らめ、恥ずかし気に言葉を返す。

「アンッ♡勇者様♡」

抱き合った二人はそのまま草原の中に倒れ込む。プラゴル勇者が見つめる王女の顔はほのかに赤くそしてその目は愛を訴え少し潤んでいた。

暖かい風。そして目の前の女性の体温を感じた勇者は自然と王女の胸にその手を伸ばす……


ズボッ!!

「あれ!?」

しかしその手は胸に触れる事無く、何も無いかの様に体に吸い込まれる。

慌てふためく中年男性。何が起こったのか理解出来ない。同時に期待した柔らかな感触を感じる事無く、伸ばしたその手から冷気が伝わり全身が堪え難い寒気に襲われる。

そして彼でも解るのはその手から体中の生気が奪われて行く事。

「さむいっ!寒いよ!王女ちゃん!それと何だかドンドン生気が吸い取られて逝く気が…」

そう叫び慌ててその腕を抜こうとするが、得体の知れない恐怖を伴う強力な金縛りで動く事が出来ない。


「うわぁ――――――!誰か助けて――――――!」


瞬間、その目を瞬き、悪夢から目覚めたプラゴル勇者。

と夢の中で目の前にいた王女は姿を変え、黒く乱れた長い髪、灰色で青ざめた顔、そして真っ黒な闇の目元に青白く光る冷たい目をした幽霊の女の子が横たわっていたのだった。

「ギャ――――――――――――――――――――――――――ア!」

絶叫を上げ飛び起きるプラゴル勇者。


「おはよう〜勇者様〜」

目の前に横たわる幽霊の女の子はアンデット特有のしわがれた声で朝の挨拶をすると、ゆっくりと上体を起こす。


「アンタ誰!てかっ!何でお化けが我輩の隣で寝てるでござるか?怖いー!」

 プラゴル勇者の切実な問いかけに幽霊の女の子は少し照れながら言う。

「ワタシ、あなたに恋したみたいだから、とりあえず取り憑いてたの」

「なにその好かれるとデバフにかかる呪いみたいなの。超絶いらないんですけど!」

 切実な中年の訴えには耳を貸さず幽霊の女の子は目を横にそらし、もじもじしながら、ボソボソと一人語りだす


「そんなことより…。初めて会った時はあんなにスゴい物見せつけてたけど…。今は子ネズミの死骸みたいなのがぶら下がってるだけで、ちょっと残念。でもこれが“大自然”」


「何だよっ!この幽霊。朝の寝起きから我輩のガラスのハートを全力で殴りにきやがって。悩める成人男性に対して言ってはいけない事も知らんのか!悪霊退散。南無阿弥陀!アーメン、ソーメン、チャーシューメン!」


目の前で、必死にお題目を唱えるプラゴル勇者を無言でじっと見つめる幽霊ちゃん。

突如、その両手を口に当てつぶやく。

「なんだか、あなたの顔を見てると、気分悪くて無性にムカムカしてくるし、気持ち悪くなって吐き気がして来る……」


『オエッ!オエッ―――――――!』


 朝っぱらから中年男の隣でえづく女の子の幽霊。少し落ち着いたかと思ったら、何か気づいたかの様に顔を上げた。

「この気持ちが恋するってこと!?恋ってこんなに大変なの?」

そう言うと彼女はしばらく無言で考え込むそして


「はっ!?もしかしてこれはつわり!?妊娠!?

わたし、赤ちゃんが出来たみたいっ!」

両手で頬を覆い照れる幽霊ちゃん。


「あんたっもうっ死んでるよねっ!そんな訳、あるかいっ!

それと、朝から遠回しに我輩の顔面偏差値ディスるの辞めてくれる!言われなくても我輩も少しは自覚してるから」

「そんなことよりワタシってこんな身体だから暗くて寒くてジメジメしてる所が居心地が良いみたい。やっぱり直射日光は女性の美容にとって大敵っていうし」

と照れくさそうに言う。

「なにその直射日光厳禁。冷暗所保管必須の生鮮食品みたいなの。あんた幽霊だからでしょ」

「それに妊婦は生活環境に気を使わないといけないと言うもんね」

「意味解らんし!」

全く会話がかみ合わず、おまけにプラゴル勇者のツッコミをことごとく無視した幽霊ちゃんは一人不気味な笑みを浮かべると、次第に薄くなる霧の様に姿を消した。

そして残された中年男性は叫ぶのだった。


「二度と現れるなー!」



 8

プラゴル勇者と幽霊ちゃんが寝起き早々、いちゃ付き合っていたころ、センタール王国のオルフェ王女は王宮の執務室にて、王国の元首としての仕事をこなしていた。

朝の暖かい光が彼女の手元を照らす。そのぬくもりを感じた彼女は少しその手を止めると、悲しいまなざしで窓の外をぼんやりと眺め、今は亡き兄王子に想いを馳せる。

(お兄様……。お兄様は今やっと呪いが解けて天界に成仏したのでしょうね。だけど今だ世界には闇が迫っています。私は必ずお兄様の代わりに魔王を打倒しこの世界に平和を取り戻して見せます。)

物憂げな表情の中にもその瞳には悲しく固い決意が浮かんでいた。

そんな時、彼女の執務室の扉をノックする音が聞こえる。

それに対して王女側付きの侍女が立ち上がり対応する。そして訪れた王国官僚と二言三言会話をした後振り返り王女に恭しく報告する。


「王女様。勇者殿の意識が回復した様です。今現在は心身ともに問題は無い様です」

それを聞いた王女はわずかに安堵のため息をすると、言葉を続けた。

「それは良い知らせです。それでは早速、勇者様による呪いの学園開放に対しての歓待の準備をしなければなりませんね」

 その表情には少しばかりの疲労が浮かんでいたのだった。



 9

そんな王女達の思いは露知らず、元気を取り戻したと同時に溜まりに溜まった性欲を湧き立たせるプラゴル勇者。その日の午後の昼を過ぎて間もない頃、彼は意気揚々と王女のいる王宮の執務室へと向かっていた。

「オッパイ♪、オッパイ♪、生オッパイ♪~プルンッ~」

鼻歌を歌いながら進むオッサンの汗ばんだその手には古代の魔法を纏った契約の書が固く握られている。


彼自身はどうして死霊の学園が呪いから解き放たれこの冒険を成功に納めたのかまったく理解していなかったが、それはそれ、これはこれと終りよければ全て良しと言う訳で、約束のモノを堪能させて頂きましょうと鼻の下を伸ばしてその歩を進める

「しかしまた、これ我輩の計略通り。まさにファンタジー物の王道展開。ヒロインとイチャイチャですよ。待ってました。御用だ!御用だ!押してまいろう、揉んでまいろう。はっけよい!のこった!のこった!ごっつあんです!」


「オッパイちゃん!あっ違った…。王女様の英雄!あなたのキモスギ オタロウが、ただいま戻りましたでござる~」


興奮のあまり独り言をひたすら呟き続け、意気揚々と執務室に入室し何のためらいも無く一国の王女と対面する中年男。その姿を見た王女は顔色一つ変えず冷静に言葉を発した。

「ようこそおいで下さいました勇者様。お怪我も回復したようで何よりです。

この度は王国の危機を救って頂き誠にありがとうございます」

目を閉じ胸に手を当て軽く頭を下げる。

「後ほどになりますがあなた様の他今回の任務に参加して頂きました皆様も含めて歓待の式典を開きたいと思っております」

「はぁ……」

王女の形式張った発言内容に若干苛つくプラゴル勇者。

その事を察したのか、それともその覚悟を決めたのか、王女は無言のまま目線で側付きの侍女に退室を即す。

それに対して侍女は異を唱えようとしたが、下唇を固く噛むとその瞳にうっすら涙を浮かべながら深く礼をして、退室したのだった。


 しばしの沈黙の後、暗い表情から一転、決意を固め言葉を発する。

「それでは勇者様。お持ちになった魔法の契約書を提示してください」

プラゴル勇者は言われるがまま、封印の紐で巻かれた契約書を広げ目の前に差し出すと同時に思う。

(あれ?いざこんなチャンスタイムを目の前にすると、我輩でも少し照れ臭いでござるよ。あ~でもやることはやらして貰いますよ。約束ですから!)


しばらくすると魔法の契約書は二人の間で中に浮かび上がり白く光り輝いてその効果なのか二人を含むその部屋全体に結界の様な魔法の障壁を造り出した。


「これで部外者はこの結界に入る事は出来なくなりました。それにより邪魔もされず、勇者様の望みも叶うと思います」


そう言うと王女は席を立ちゆっくりとプラゴル勇者の前に進み出る。そしてその顔を恥じらいからか、わずかに紅潮させながら、彼女の胸を突き出したその時。


突如、頭上に浮かぶ契約書が青白い炎を纏い、風もないのにブルブルと震え出した途端、部屋に張られた結界に幾つもの大きな亀裂が走る。

と同時にこの部屋全体が突如として暗闇包まれる

「これはいったい?!」叫ぶ王女。

「はにゃ?」とぼけた声を発する中年男。


「いかが致しましたか王女陛下!」

扉の向こうでは異変に気付いた近衛騎士達がその扉を開こうと必死にもがいている。しかしその扉は結界に守られてビクともしない。


突然の事態に混乱する二人の間に、青い火を揺らしながら契約書がゆっくりと降りてきて目の高さで止まる。すると契約書に無数の血で染められた手の跡がびっしりと現れる。

それを見て恐怖で言葉も出ない二人。

さらにその血で染められた契約書に一つの言葉が血文字となってゆっくりと浮かび上がると同時に、恐ろしい声が鳴り響く。


「浮気は……ダメ……ぇぇっ!」


『ぎゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁっっ!!!!』


あらん限りの大声で叫び声を上げた勇者と王女。王女は恐怖で意識が遠のき倒れこむ。

瞬間、卒倒し倒れようとする王女を何とか掴もうとするプラゴル勇者。

しかしつい魔が差したのか、煩悩が優先したのか、契約書の魔法の効果なのか、その手は迷いなくたわわな王女の胸に向かって行く。

「危ないっ!王女様っ!(のオッパイ)」

そしてその手が王女のチチに触れようとしたその時。

目の前に血判が浮き出た契約書がその行く手を阻む。期せずしてバランスを崩したプラゴル勇者はその契約書を両手で掴むと、思わず全力で左右に引っぱりビリビリと音を立て真っ二つ破いてしまうのだった。

『はうっ~!』うなる中年。

体勢を崩した彼は勢いそのまま王女の頭上にどつきを噛ます。

強烈な一撃を喰らった王女は白目を剥きうめき声を上げると床に大の字で倒れ込む。

床に倒れた王女に追い打ちをかける様にプラゴル勇者は足を滑らせて、倒れている王女の顔面に尻餅をついた。

「暗い…重い…息が出来ない。呪いが…幽霊が…」

かろうじて繋ぎ止めた意識の中で必死に助け声を呟く王女。そんな王女を余所にプラゴル勇者は目の前に現れた元死霊の女王に往復ビンタをくらわせられる。

「浮気の罰~っ!」

(痛ってー!……あ!?屁が出る!)

その強烈な一撃に緩んだ肛門から王女の顔面に渾身の屁を放ってしまう。

(プ〜ッ、ブホッ、)

「うギャーーーーーーーーーーーーャ!!!!!!!」

 王女は断末魔の悲鳴を上げるとそのまま意識を失った。

一方勇者は渾身の放屁で持てる全てを出し切ってしまったのか、またもや王女の上で力尽き倒れこんだのだった。


しばらくすると床の上に折り重なるように倒れた二人の上に元死霊の女王が浮かび上がりその姿を現す。

そして一言呟く……。


「勇者のオナラ……すごい臭い……。でもこれも、愛の営み。まさに“大自然”」






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プラチナゴールデンステータス (禿げメタボ引きニートブサメン中年童貞キモオタ)が異世界に勇者として召還された件 @bunkichichagamamanju

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