第15話 プラゴル第三章 7



 1

 学園を覆う霧に吸い寄せられ集まる魔物達。その拡大を防ぐため学園に向かう街道は閉鎖され、そこに行く為には遥か太古からある洞窟を抜ける事になったプラゴル勇者冒険者一行。


「ここがそのダンジョンの入り口だと思います」

 暗くその口を広げる洞窟の入り口に立ち、語る従騎士。さすがに顔はどこか不安気である。

 その不安気な表情に当てられたのか、プラゴル勇者を含め仲間は皆さっきまでの元気は無くなっていた。

(ああ〜やな予感がする。というか我輩、命がけでこんなとこ来てなにやってるでござるか?そもそも我輩インドア専門なんですが。リアルでダンジョン攻略とか専門外でしょ)

 いまさらながらここに来た理由を考え込むプラゴル勇者。

(オッパイ!そう、あの王女様の大きなオッパイをこの手で…)

 彼はじっと自分の手を見つめる。そして……

(まっヤバくなったら帰れば良いか!生のオッパイより命の方が大事だもんね。

後は適当な言い訳言って誤魔化しちゃえば。でも楽そうだった先に進もう。だってそしたらオッパイだし。楽にオッパイだし。楽にオッパイとか藁ww。我輩も中々策士でござるな)

 くだらない思惑を一通り巡らした後、松明を掲げて暗い洞窟に中に進むプラゴル勇者とその仲間達だった。


 しかし松明で辺りを照らしながらゆっくりと進む冒険者一行。その足取りは遅々として進まない。

 それもそのはず、ダンジョンに入ったとたん怯え始めた従騎士と何故か意味も無く興奮している姫巫女がプラゴル勇者の両腕にすがりついて離れない。その様子はまるでカップルでお化け屋敷に入ったかの様なシチュエーション。

 そんな状況の中、プラゴル勇者の腕に姫巫女オークのドでかい胸がこれでもかと言わんばかりに当たっているが、相手がオークの雌なだけに何も感じない。

 そして一人心の中で思う。

(こいつら、いい加減離れろ。特にあんただ糞オーク。力一杯我輩の腕を掴むから腕がしびれて感覚なくなってきてるだろ。糞が!)

 そう思うが怒られるのが怖くて口には出して言えない。自分より強い物には小心者の中年男性。


 また、老人の魔法使いは魔法使いで勇者の背後で屈みながらくっ付いて

しきりに震える小さな声で

「怖く無い怖く無い怖く無い」

 と呪いの呪文の様に呟いてついて来る。


 その為か、暗い洞窟で起こるちょっとの物音や、天井から落ちてきた水滴に全員が大声で叫び声を上げる。

 まだ、一匹もモンスターに出会ってないのに大騒ぎである。


 そんな感じで進む一行。しばらくして、恐怖心が薄れて来たのか。少しずつ周りの感想を語り出す。

「何か辺り一帯スゴい湿気でジメジメしてますね。それと壁はやけに湿っていてヌルヌルしてます」

「それに辺り一帯、何か変な匂いでムンムンするわね」

「後、足下は所々水たまりでピチャピチャじゃ」

 それを聞いたプラゴル勇者は何故か股間をムズムズさせながら皆に語りかける。

「あの〜みんな変な擬音語で感想言うの辞めてくれる。何か我輩意味も無くムラムラしちゃうからさ」


 しばらく歩くと目の前に広がる暗闇の中から地面を這いずりながら動く物体の姿が。

「あれはスライムです。プヨプヨしてます」

「間違いなくスライムね。プルプルしてるわ」

「うむ。以前に戦った事のあるスライムと同じじゃ。ツルツルしとる」

「チミ達、いい加減そんな表現しか出来ないのかよ」


「ここはワシの強力な魔法で見事に仕留めてやろうかの」

 弱いモンスターだと確認できた途端、得意げにそう語る老人。

 勇者達の背後で長い呪文を唱えたと思ったら、掲げた魔法の杖から轟音と共に巨大な稲妻がほとばしりスライムに直撃。

 瞬間、無駄に強力な魔法によってスライムは彼らの目の前で爆散したのだった。

 その直後バラバラになったスライムの肉片が冒険者一向に降り掛かる。だが姫巫女のオークと従騎士はいつの間にか勇者の背後に身を隠している。そして何故か一番前に立たされていたプラゴル勇者の全身に粘液と化したスライムが降り注ぐ。

 突然の出来事にプラゴル勇者は動く事も声も出ない。


 その様子を見たプラゴル勇者の仲間達は口々に感想を言う。

「うわぁ〜勇者様がベトベトにー!」

「ダーリンたらっ、何か全身ローションでテカテカして戦闘準備万端って感じでイヤラシい♡」

「やっぱりスライムは生臭いの〜ヤジャヤジャ」


 生臭くてベトベトローションまみれになった勇者は背後に隠れていた仲間達を振り返り静かに言う。


「この際だから言うけど、君たちといると本当にイライラするし、ムカムカする…」



「それより皆さん見てください。スライムがいた所に宝箱があります!」

 従騎士が指差すスライムが徘徊していたと思われる所に宝箱が鎮座していた。

「すごい!やっぱりダンジョンと言えば宝箱よね。早速開けてみましょうよ」

「ふむふむ。こう言ったダンジョンにある宝箱には貴重なアイテムや珍しい宝石、金銀財宝が入っているのが定番じゃな」

 そう言われてみれば、そんな気がする。ベトベトローションを振り払った勇者は気を取り直して、その宝箱に手をかけるのだった。


 そしてその宝箱には魔法がかかっていたのか開けると同時に眩い光が溢れ出し、その溢れる眩しい光を見た全員が期待を込めて感嘆の声を上げる。


『うぁぁあ!』


 そして光が納まり中を見てみると一枚の紙が


〈ハズレ〉


「……。」全員無言で無表情になるのだった。



 2

 更に奥暗いダンジョンを進む一行。狭い洞窟にはダンジョンと言えば定番の蜘蛛の巣があちらこちらに張られていている。

 その狭い洞窟内での頭上に張った蜘蛛の巣が何故か先頭を進まされているプラゴル勇者の頭頂部にまとわりつく。


「勇者様。頭に蜘蛛の巣がくっ付いていますよ。僕がとりましょうか?」

 その様子を見ていた従騎士が親切にもその手を伸ばし蜘蛛の巣を取ろうとしてやるのだった。

 しかし、蜘蛛の巣を頭頂部にまとわりつけた勇者は悲鳴を上げる。

「痛いっ!イタイっ!てかっ、無理矢理引っ張るなよ!それ俺の頭に生えてる大事な髪の毛だから!」

 そう、暗いダンジョンでは蜘蛛の巣と禿げ散らかした髪の毛の見分けが難しいのであった。


 気を取り直して更に更に奥へと進む一行。しかしダンジョンといえば蝙蝠。

「バタバタ」「きぃーきぃー!」羽ばたく音と鳴き声を上げながら突然の来訪者に警戒興奮した多数の蝙蝠が現れ、頭上を飛び回わる。そして何故か先頭にいたプラゴル勇者の頭だけを執拗に攻撃するのだった。

 頭に攻撃を受けたプラゴル勇者は悲痛とも言える叫び声を上げる。

「なんだよ!このクソ蝙蝠!あっちいけ!我輩の残り少ない髪を攻撃するな!」


 何とか蝙蝠の追跡を振り切り先に進む一行。しかしダンジョンと言えばネズミ。狭い暗闇から地を這う多数のネズミが現れる。そして足下を走り回ったと思ったら何故かプラゴル勇者の身体をよじ上り彼の頭の上で走り回る。

「やめろ、このクソネズミ!我輩の頭皮を勝手に荒らすんじゃねーよ!まとわりつくなー!」


 そのネズミの集団をみんなで必死に追い払い、更にダンジョン奥へと進む一行。しばらくすると、彼らの行方を阻む様に不気味に光る水面が広がるのだった

 それはダンジョンと言えばの毒沼である。

 そんな毒沼を前にして、冒険者一行は立ちすくむ。

「何か異様な瘴気が漂っているかと思えば毒沼ですよ勇者様」

 片手に持つ松明で毒沼の水面を照らしながら従騎士が言う。

「まってこんな所に親切にも立て看板があるわよ!」

 そう言った姫巫女オークの指差す方向に薄汚れて古びた立て看板が立っていた。

 それを見た老人が腰を屈め立て看板を観察する。

「なになに……。うむ…。古代文字で年期が入っているが、読めない事も無いの。

 ここから先。毒沼注意。体力減衰 精力低下 目眩 吐き気 頭痛 etc ……

なお、中年男性の場合。特に頭髪、発毛にダメージあり。とな」


 それを聞いた勇者は青ざめる。

「こりゃ、危険で駄目だ。引き返そう」


「大丈夫ですよ勇者様。多少頭髪が無くったって、勇者様は勇者様ですから」

「そうよ!ダーリンの魅力がそんな事くらいでなくなる訳ないわ。むしろそれはそれで野性的なダンディで……」


「チミ達、我輩はこの毒沼が危険だからで髪の毛の事は言ってないよね。それに多少とか……。我輩の頭髪見て多少に見えんのか。それに野性的でダンディって……。

我輩の何処が野性的でダンディなんだかもう一度問いただしたい。もっと具体的に言ってくれる。いや、でもいいや、これ以上傷つきたく無い」


 そんな事をぶつくさ言っている勇者にたいして、他の皆は聞こえない振りをする。


 そして毒沼の前で駄々をこねる勇者を従騎士が引っぱり、姫巫女オークが押し出す。


「おいおい!押すなよ!引っ張るなよ!我輩はこれ以上行けないから。

我輩にある僅かな誇りをむしり取るきか!それともなにか、もうとっくに希望なんて無いってか!潔く諦めろってか!

やばいっ!足下滑りやすいから強引に押すの辞めて!」

 とか言っているうちに勇者はバランスを崩し転んで全身毒沼だらけに。


「ギャ————————————————!我輩の長い友達が抜け落ちちゃう————————!」

 そう叫びながら勇者は全力で駆け出し、毒沼地帯を抜け出すのだった。


 そしてなんとか毒沼地帯を抜け出した一行。

 ゼェゼェと呼吸を整えながら何とか毒沼でついた毒を振り払い落とす。


「やっぱり毒沼。毒で頭痛や吐き気がする。姫巫女ちゃんお願いだから我輩に解毒の効果のある治癒魔法をかけてくれるかな?」


 その願いを聞いた姫巫女オークはニコッとハニカミちょろっと舌を出しながら言う。

「まかせてちょうだいダーリン。だけど私の治癒魔法は解毒出来るけど、老化現象には効果ないわよ♡」

(この、糞オーク。マジコロしてぇ。いや無理だけど。怖いから)


 その後皆が治癒魔法の効果で体調が元に戻った頃、従騎士が洞窟の先を松明で照らし指差しながら叫ぶ。

「そんなことより、(そんなことよりってなんだよ!)あんな所にも宝箱があります!こんな危険な毒沼の様な場所を抜けた先にある宝箱ですよ。きっとスゴい何かが入っているはずですよ」

「これは期待できるわね。早速開けてみましょうよ」

「ダンジョンには危険が付き物じゃ。しかし、それに見合った発見、報酬があるから堪らんのじゃ」

 そんな感じでそれぞれ口にして期待に胸を膨らませる。

 そう言われてみれば、そんな気がする。毒沼で乱れてしまったが、僅かに残された頭髪を整えると勇者は気を取り直して、その宝箱に手をかけるのだった。


 そしてその宝箱には魔法がかかっていたのか開けると同時に眩い光が溢れ出し、その溢れる眩しい光を見た全員が期待を込めて感嘆の声を上げる。

『うぁぁあ!』


 そして光が納まり中を見てみると一枚の紙が

 〈残念(頭髪も……)〉


 それを見た勇者は固まりただ無言。その様子を見た仲間達は優しく慰める様にその肩にそっと手を置くのだった。



 その後しばらくの間、40代も過ぎていじける勇者を皆で励ましていると背後に広がる暗闇の向こうから獣のうなり声が聞こえる。


 皆、おそるおそるその声の方を振り返ると暗闇の中から巨大な猫の魔物がゆっくりとこちらに近づいて来るのだった。

「ニャ〜オッ!!フゥ——————!」

(どう見ても猫。キメラとかマンティコアとかライオンとか豹とかじゃなく、でかいだけの猫とか…リアクションにこまるわ〜。でもやっぱ怖い。我輩の三倍位ある)

 早速大きな猫ごときに怖じ気づく勇者。


「よしっ!みんな戦闘フォーメンション!」

 そう言いながら勇者は仲間を差し置いて一番後方に後ずさりする。


 そして、戦闘が始まるかと思いきや、従騎士が声をあげる。

「みなさんっちょっと待ってください!アレはもしかして絶滅危惧種の洞窟巨大猫では?」

 従騎士はバックから冒険のしおりを取り出すと、その魔物が載っているページを皆に見せた。

「多くの冒険者によって狩られて今や絶滅したと言われていたんです

まさかこんな所にいたなんて……」

 見ればその目が感動で輝いてる。


 それを見てプラゴル勇者は心の中で思う。

(ここへきて何言ってんのコイツ?我輩達は魔物見学ツアーに来たんじゃないんだけど。そもそもコイツたいして役に立ってないだろ)


「まぁそんな事は良いから早くぶっ殺しちゃおうぜ。我輩は後ろで見てるから」


「何言っているんですか!勇者様。絶滅寸前の貴重な魔物なのに」


「そうよ、私あの魔物は本来スゴく人懐っこい優しい魔物だと思うのよ」

 何、突然の意味不明な個人的感想。


 その優しい魔物はその口に髑髏をくわえ涎を垂らしながら鋭い目つきでこちらに向かって威嚇をしている。

 と思ったら突然その態度を変えて勇者達を興味深げに観察し出したのだった。


「うわっ!物欲しそうな目でこっちを見てるよ?!」


「もしかして今あの魔物は僕たちに何かしら感じる所があるのかもしれませんね。さぁこちらに敵意が無い事と勇者様の懐の深い所を見せればたちまち……」

「たちまち…… なんだよ?」


「押すな押すな!」

 いつの間にかまた先頭に立たされる勇者。


 そうこうしているうちに魔物がすぐそばまで近づいて来る。

 そして恐る恐る近づいたと思ったら、その鼻を近づけしきりに勇者の匂いを嗅ぐのだった。

 しかしその後、あからさまに不快な表情をしたと思ったら一言

「うぇっ〜」


「えっ!?ちょっと待ってこの魔物スゴい失礼なんですけど。確かに時折我輩でもオヤジ臭が結構きついかもと思う事もあるけど。そのリアクションは無いわ〜」

 魔物はその後しきりに前足で顔の周りを掻く仕草をしたと思ったら、向きを変え、勇者にたいして後ろ足で必死に地面の砂をかけて、瞬く間に暗闇に消えて行ったのだった。

 その後ろ姿を呆然と見送った後。

「多分このダンジョンのどこかにある自分の巣に帰ったんだわ…」

「元気でね……」

 少し目を潤ませながらそう呟く冒険者達。

 一方全身砂だらけ埃まみれになった勇者は一人傷心を抱え思う。

(なんだよこいつら。魔物にもコケにされた俺の心配はしないのかよ。世の中年男性のハートはスゴく傷つきやすいんだよ!)


 そして魔物が去った後、周囲は静寂に包まれる。

 その静寂を破る様に興奮した声を上げて若き従騎士が暗闇の中の向こうを指差す。


「またまたあんな所にも宝箱があります」!


「今度は絶対期待できるわ!だってあんなにすごい魔物がいた場所の宝箱ですもの。早速開けてみましょうよ!」

「確かにの。恐ろしい魔物がいる場所にある宝箱ほど希少価値の高いアイテムや、途方も無い額の金銀財宝が入っていたりする物じゃ」


「そんな感じでそれぞれ感想を口にして、期待に胸を膨らませる」

 そう言われてみれば、そんな気がする。魔物にさえ加齢による体臭でその存在を否定され、ハートブレイクな中年男性は気を取り直して、その宝箱に手をかけるのだった。


 そしてその宝箱には魔法がかかっていたのか開けると同時に眩い光が溢れ出し、その溢れる眩しい光を見た全員が期待を込めて感嘆の声を上げる。

『うぁぁあ!』


 溢れ出る光が薄れる中、今までの宝箱とは違いその宝箱にはアイテムらしき物がギッシリと詰まっている様に見える。

 その期待は最高潮に達し……。


 ゆっくり閉じた目蓋を開き宝箱の中を見てみると中に入っていたのは育毛剤や発毛促進剤、消臭スプレーの等の空の容器など大量のゴミの山。

 それと一緒に一枚の置き手紙が

〈ゴミを持ち帰るのが面倒なのでここに入れておきます。もし、良かったら分別して捨ててください〉

〜自然環境を大切に〜


 それを見た中年勇者は悟りの境地に達する。

 そして深いため息と共に蓋をそっと閉じたのだった。


「えっ勇者様それを持ち帰らないんですか?」

「はっ!?」

「たとえ世界を救う勇者でも冒険者としてのマナーは大切じゃぞ」

(コイツら何言ってんの?)

「そうよ!世界も救って自然環境も救ってそれこそ本当の勇者じゃない?」


(なんだよ揃いも揃って汚物を見る様なその視線は。

我輩をこのゴミと一緒にすんな!世の中年男性はこの世界の汚物じゃないんだよ。それに心は清純で傷つき易いんだよ!)

 そう心で意味の無い事を叫ぶ中年男性であった。



 3

 その後も一人傷心の中年男性を含む冒険者一行はその後もゆっくりと慎重にダンジョンの奥深くへと進んで行く。


 だがしかし、やはりダンジョン。時には人が一人身体を縦にしてやっと進める様な狭い場所を通る事もある。

 その為一人一人ゆっくりと進む中、狭い通路を進む姫巫女オークが思い出した様に皆に語り出す。

「こんな狭い所は妊娠していたら通れないから今度は産休ね」

 意味ありげにニヤリと笑みを浮かべ勇者に流し目を送る姫巫女オーク。

 なぜかその頬を赤らめて自分のお腹当たりを擦り始める若き従騎士。

 意味不明に興奮し鼻息を荒げる還暦過ぎた魔法使い。

 それを受けて更に意気消沈する中年男性。そんな彼は我が侭ボディのお腹を引っ込める為に息を止めるので精一杯である。


 そしてようやく狭い場所を抜けた所で突然従騎士が恥ずかしそうにしながらプラゴル勇者の腕をしきりに引き始めた。

 見れば従騎士は内股で腰を若干曲げモジモジしている。

「何事でござるか?オニイちゃん?言いたい事があるならとっとと、言ってくれる。ちなみに何か頼まれても我輩は何も出来ないから」


「あの〜ちょっと変な事と考えていたら急に生まれ…いやっ下のそれがもよおして来ちゃいまして」


「えっなに?うんこ?そんなら、そこらへんの物陰で勝手にしてくればよかろーに。我輩達ここで待ってるから。早くして」

 いきなり意表をついた従騎士の報告に対して、苛立ただしく答えるプラゴル勇者。女子ではなく男がこんな事を言ってるもんだから余計に腹立たしい。


「いや…でも…僕…洋式の便座じゃないと出来なくて…。それに暗くて狭い所は怖くて……」


「お前ダンジョンに何しに来たんだよ!」


 流石のプラゴル勇者もこれにはきびしいツッコミ。

 そんな事を言われてもそのことに全然気にしない従騎士。


「お願いですぅ〜。近くまでついて来てください〜勇者様ぁ〜」

 顔を赤らめ少し涙ぐみながら懇願する。


 一方老人とオークの雌は事の成り行きに興味があるのか無いのか解らないが、大きく目を見開いて、紅潮した顔を並べて無言でこちらをじっと見つめている。


「ああっもうっ!わかった。わかった。ついて行けば良いんでござろ」

 あからさまに迷惑そうな顔で承諾するプラゴル勇者。


 その後二人は連れ立ってダンジョンの端の暗がりに向かい、その後従騎士は一人で皆に見られない場所の物陰にしゃがむ。


 しかし、ようやく落ち着いたと思ったら

「勇者様ぁ〜。暗くて怖いですぅ〜。怖いよぉ〜」

 と、そんな感じでしばらくの間消え入りそうな声で嘆き続ける。その後

「…………。…………。」

 僅かな間、沈黙の時間がすぎる。そしてまた小さく震える声で

「暗くて怖いですぅ〜。怖いよぉ〜」

 と呟き始める。


「あの〜喋り続けるか、無言を続けるかどっちかにしてくれる?イヤでもチミの力む状況が頭に浮かんで来ちゃうから」

 流石のプラゴル勇者も堪らずそう語る。

 そしてまた、沈黙の後小さな声が聞こえる。

「……。……。あの〜勇者様ぁ〜?」


「あっ?なんでござるか?終ったらとっとと支度して」


「あの〜…その〜…紙が欲しいんですがぁ〜」


「お前、紙くらい、前に準備しとけよ!」

 イライラマックスのプラゴル勇者。


 その後、従騎士はお腹が軽くなったのが原因なのか、雑魚モンスターとの遭遇では怖がる事無く盾役として大活躍。

 また少し手強そうなモンスターはなぜか興奮している魔法使いの老人が魔法で倒して行く。

 勿論プラゴル勇者もここぞとばかりに大活躍……なんてする事は無く、途中で滑って転んだり、ダンジョンで良くある簡単な罠にハマったりとかして叫ぶだけだった。

 ただ勇者のビキニアーマーのおかげで大怪我をする事は無い


 しかし自分から転んで膝を擦りむいた程度の傷で、痛い痛いわめき散らす中年男性。

 パーティの後方で待機している回復役にSOS。

「姫巫女ちゃん!怪我の回復魔法をお願い。もう痛くて我慢出来ない!早くっ」

 と懇願する。

 すると、そう言われた姫巫女オークは頬を紅く染めて照れくさそうに言う。

「私、こんなパーティ組んで冒険するの初めてなんです」

「でっ?」

「えっと……ヒーラーは後ろで殿方を応援するヒロインみたいな役割がメインだと聞いてきました。あと、ちょっとしたことで仲間のみんなにちやほやされたりだとか。回復魔法かけるのうっかり忘れて、パーティメンバー死なしちゃったりしちゃうちょっと天然な所がまた可愛いみたいな」

 ちょっとハニカミながら照れくさそうにそう言う姫巫女オーク。


 それを聞いたプラゴル勇者は若干青ざめながら懇願する。

「いや、マジで回復魔法使ってよ。後死なさないでよ」


 そんな勇者とヒーラーのやり取りを見て意味も無く嫉妬の嵐に燃える大魔法使い。

「おのれ〜いつもいつもパーティの姫ちゃんは何処の馬の骨とも解らん前衛戦士職が持って行きおって!魔法職はいつも脇役扱いじゃ!ゆるさん!許さんぞ!」


 怒り心頭、興奮冷めやらぬ大魔法使いはダンジョンの雑魚モンスターに対して強力な攻撃魔法を連発。

 破壊の攻撃魔法は雑魚モンスターだけでなく、ダンジョンの壁や天井に強力な破壊の衝撃を与える。

 そしてゴガンッ!バッガンッ!と轟音と共に崩れ始めるダンジョン。

 慌ててその場から逃げる冒険者達。

「じじい、いい加減にしろよ!どこぞの爆裂魔法少女だって使う場所は選んでいたぞ!」

 命からがら崩れ行くダンジョンから逃げだしたプラゴル勇者はボケ老人の魔法使いに対して悲痛の叫びをあげるのだった。


 結果として魔物より味方のパーティメンバーによって命の危険に晒された冒険者達。辛うじて皆一命は取り留めるも、来た道は崩れ落ちてきた瓦礫によって完全に塞がれてしまう。

 途方にくれ瓦礫の山を眺める冒険者達一行。

「引き返せなくなっちゃいましたね勇者様……」

 少し不安そうに言う従騎士。


「どうすんだよ、クソジジイ!これでもう何かあっても引き返せないじゃんかよ!」

 苛つき大声を出すプラゴル勇者。


「目上の者に向かってその口の聞き方はなんじゃ!今の若いもんは当たり前の敬語もできんのか!」

 顔を真っ赤にしてそっぽを向きながら逆切れの老魔法使い。しかし今は言葉遣いの話どころではない。違う論点で逆切れする老人あるある。


「こんな暗いダンジョンに閉じ込められて……ヤダッ三人ともそんな目で私を見ないで!こんな所で三人の野獣と化したむくつてき男達にワタシは……!」

 この姫巫女オークもまったく話がかみ合いそうも無い。


「とりあえず、先に進みましょう!おそらくもうすぐこのダンジョンの出口に着くと思いますから」

 一番年下の十代の青年がパーティメンバーの中で一番しっかりしているのだった。



 4

 その後、気を取り直して更に進む冒険者達。しばらくすると先頭を進む従騎士が前方を指差して声を出す。

「見てください光が見えてきました」

 見れば洞窟の先から淡い光が漏れ出していた。その光景に全員に安堵の空気が漂う。

 そしてその光に向かって進んだ先には一際広い地下の巨大な空洞が広がっていたのだった。


 一同がその広い空洞に出て、辺り一帯を見回すと中央に僅かにうごめく黒い巨大な何かがいる。

「皆さん静かにしてください!向こうに何かいます」

 その声に反応して物陰に隠れて様子を伺う。

 しばしの沈黙の後、老魔法使いが話し出す。

「アレはここら一体の山々の主。エンシェントドラゴンじゃ。おそらく死霊の女王からでる呪いの霧に引かれてここに寝蔵を移したんじゃろうて」

 若き従騎士が不安そうに勇者に問いかける。

「あの〜どうしましょう?ここを抜けるにはあのドラゴンを倒すかしないと無理そうなんですけど……」


「なに?我輩にそんな事聞かれても、なんも答えられんよ。ちみ。

我輩があんなにでかい怪物を倒すとか無理だから。ついでに言っとくけど我輩が悪い訳じゃないから。この世界に勝手に連れて来られたのに何もチートとかのバフ受けて無いのが悪いんだから。まぁせめてイケメンにでも転生してたら話は違うけど」

 絶体絶命の危機を前にして無責任な事をひたすら喚くプラゴル勇者。ちなみに彼がイケメンになっても状況は変わらないはずである。

「そんなぁ〜」

 それを聞いた従騎士はすでに涙目。


「だが、心配するな少年。おいっ!じいさん。いや、大魔法使い殿よ。ここいらで一発どでかい魔法であのドラゴンを殺っちゃってください」

 勇者が魔法使いにそうお願いすると老人は顎に生えた長い髭を擦りながら、悟りを開いた様な表情で語る。


「うむ。ここはワシの出番じゃの。しかしワシはすでに魔法を使いすぎてMP(燃料)切れじゃ」


「いざと言う時に役に立たねーなこの糞ジジイ!いままでずっと何にも考えずに魔法をぶっ放してたのかよ!」


「なんじゃっ!その言い草は!大体どいつもこいつもこの大魔法使いを脇役扱いにしておるのが悪いんじゃ!おかげでワシはラブロマンスも無いままこの年まで独身じゃ!こうなったらこの先ワシが寝たきりになったら死ぬまでお主らに介護してもらうからの!」

 またまた会話が成立しない老人との言い争いアルアル。


 そんな老人の愚痴を早々に無視して姫巫女オークに向かい話しかける。

「姫巫女ちゃん。回復役だけど何か良い方法ないでござるか?」

 そう聞かれた姫巫女は人差し指を顎に当て少し考え込んで答える。

「う〜ん。そうね〜。わたしヒーラーだし、回復しか出来ないかしら。それにこのパーティーの紅一点、だから姫プレイしか出来ないわ。うふっ♡

なんていうの?ワタシって癒し系だから。でもたまにはワタシも癒されたい時もあるみたいな?エヘッ♡」

 チョロリと舌を出しウィンクをして答えた。

(なにいってんだ、コイツ。聞きたかねーよ!そんなこと)


 ため息をつき振り返るとモジモジした従騎士が

「勇者様〜。僕、緊張して来たら又、お花摘みに行きたくなって来ちゃいました〜」


「はぁ?こんな時に何言ってんの?もう何でもいいから勝手に花でも何でも摘みに行って来いよっ!」



 これまでの会話と絶望的な状況で疲れが出てドカッと地面に腰を降ろすプラゴル勇者。あてどもなく虚空を眺めながら独り言を呟き始める。

「そう言えばなんで我輩ここにいるんだっけ?ハァ〜。そうだ王女のオッパイだ。あの大きくて柔らかそうなオッパイが原因だよ。チクショウ」

 そう思いながら両手を何も無い空中に突き出すと何かを揉みしだく仕草をし出すのだった。

「王女ちゃんのオッパイの思い出があればご飯を大盛り三杯、いや十杯は行けたのに…」

 もはや支離滅裂な独り言を言い始めるプラゴル勇者。

 そんなプラゴル勇者に老人が語りかける。

「なんじゃ。お主は今だに、その年で美味しいおかずがあればいけるくちか?

あまり見栄を張るもんじゃないぞ。

まぁ、ワシがお前さんの年の頃は食べ放題のバイキングでオーダーストップがかかるレベルで元気じゃったけどもな。

 あーしかし残念じゃ。生きたドラゴンのキモが手に入ればワシのアフターファイブで無気力状態の中堅サラリーマンも新卒社会人並みに元気になるのに……」

 そう言いながら肩を落とした老人はぼんやりと自分の又の付け根辺りを眺める。


「ちょっと、アンタさっき何て言ったのよ!」

 突然の怒鳴り声に老人が声の方を振り返ると鬼の様な形相のヒーラーがそこいた。

「あんっ、なんじゃ?食べ放題の話かの?」


「違うわよ!夫婦円満!家族計画!の話よ!ちょっとわたしに良く説明してくれるっ!」

 そう言いながらパーティの紅一点は老人の胸ぐらを掴んで持ち上げ、彼の上体を力一杯揺さぶった。

 老人はその顔を青ざめながら虫の息で説明する。

「ドラゴンのキモじゃ!新婚家庭の必需品。冷めた熟年夫婦もそれがあれば新婚気分が蘇るやつじゃ!」


 同じ頃、パーティメンバーの大騒ぎに眠りを起こされたドラゴンがゆっくりと動き出し咆哮をあげる。

「グゥォォォォォォォォォォォ————————!」

 巨大なドラゴンの咆哮はそれだけで洞窟の全てを揺さぶる。


「あわゎゎっ。どうしましょう勇者様!ドラゴンが起きちゃいました」

 恐怖で全身を振るわせた従騎士はそばにいる勇者に問いかける。

 それを聞いた勇者は真顔でこう答えた。

「土下座しよう。それで駄目なら……」

「駄目なら……」

「死んだ振り!もはや我輩達にはそれしか道はない!」

「えっ————!」


 一方老人を地面に投げ捨てた姫巫女は法衣を脱ぎ去り、胸元で拳を合わせそして全身に力を込め、雄叫びをあげる。

「身体超強化!ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

 その瞬間と同時に彼女の全身から白く輝くオーラが溢れ出る。

「死ねやドラゴン!あんたの命っ、ワタシの幸せな家庭の為に使って上げらぁ!」


 そう叫んだ瞬間、彼女はものすごい勢いでドラゴンに向かって行く。

 それに対してドラゴンはその口を大きく空け彼女に向かってあらん限りの炎のブレスを吐く。

 しかし、全身を炎に包まれても止まらない姫巫女はドラゴンの目の前で飛び上がると、炎を吐き続ける顔面に向けて電光石火の右フック。

 その強烈な一撃は巨大なドラゴンの全身諸共吹き飛ばす。


 地面を揺らしながら仰向きに倒れたドラゴンにむけて、間髪をおかず飛び上がってからの踵落とし一閃。

 苦悶に震えるドラゴンは彼女に向けて全力でその尾を振るう。

 それを素早い動きで躱すと躊躇無くドラゴンの上に股がり拳の連打を食らわせる。

「オラオラオラオラオラ———————————!」

 怯んだドラゴンの首元を噛み付いてその皮膚ごと噛みちぎり、ペッと吐き出す。

「ギャォォォォォ——————ン!」

 容赦の無い攻撃に堪らず叫ぶドラゴン。


 目の前で繰り広げられるドラゴンと姫巫女オークの壮絶な肉弾戦の光景。

それを、ただ唖然として見守るしか無い勇者と従騎士。

 その傍らに先ほど地面に投げ捨てられた老人が立ち上がり近づき語りかける。

「その目に焼き付けるが良い。あれが三十路を超え婚期を逃さんとする女子の真の姿じゃ!」

 その後ドラゴンと婚活女子との戦いは次第に一方的になって行く。

「グァォォォォォォォォォ———————ン」

 ほとばしる鮮血、苦痛の咆哮を唸るドラゴン


「ドラゴンさんが……」

 あまりの凄惨な光景に皆、少しドラゴンに同情すらし始め、また同時に婚活女子の真の姿に恐怖したのだった。


 更に目の前で暴れる結婚適齢期の女子オークは弱り始めたドラゴンの尾を掴むと、あろうことかその怪力でドラゴンをジャイアントスイングで大回転。猛烈な勢いでドラゴンの巨体を壁に向かって放り投げ打ち付け、追い打ちをかける様にトドメの一撃を食らわしたのだった。

「ギャャ……ウッゥ……」

断末魔の唸り声の後事切れるドラゴン。


 一方的な殺戮は終わりを告げた。そう思った矢先、その戦いの激しさ故なのか、洞窟の天井や壁が激しく揺れ始める。そして轟音と共に崩壊、崩れ落ちるのだった。

『ぎゃぁぁぁぁぁぁ————————!』

 崩落し頭上に降り注ぐ岩に悲鳴を上げながら逃げまどうパーティメンバーの野郎達。必死に避けようともがくが、無惨にも勇者の上に巨大な岩が崩れ落ち、彼の意識を暗闇の中に放り込むのだった…。



 5

(ヒール……ダーリン目を覚まして……)

 瓦礫の下敷きになりその暗闇の中に落ちたプラゴル勇者の意識にそう呼ぶ声がする。

「はぅっ!やばい我輩死んだでござるかっ!」


 目を見開き、意識を取り戻し第一声あげる。

 しかし彼の身体は仰向けに横になったまま今だ全身が激痛を伴い身体は動かかない。辛うじて動く目と首を動かし辺りの様子を確認する。

 見ればすぐ隣に頬を紅く染めた姫巫女オークが座っている。また、少しは慣れた場所に従騎士と魔法使いも同じ様に意識を失い横になっている。


「大丈夫よ、あのお二方はたいした怪我も無く無事です。ただちょっと邪魔…いえ、安静にしてもらう為にしばらく寝てもらったの」

 その言い方に若干の違和感を感じた勇者は仲間の従騎士と魔法使い注意深く見ると、二人はみぞおちの辺りを押さえ口から泡を吹き、おまけに白目を剥いて意識を失っていた。


 その光景に得も言われぬ危機を感じるプラゴル勇者。

 しかしその身体は怪我で動けない。しばらくするとその痛みから頭や身体のあちこちから出血している事が解った。それとなぜかビキニアーマーとマントもそれに白いブリーフも全て脱がされ全裸の状態である。


「姫巫女ちゃん。申し訳ないけど我輩にもう少し回復魔法をかけてくれるとありがたいのでござるが……」

「ごめんなさい。あのドラゴンとの戦いの為の肉体強化魔法でワタシの魔力もほとんど使い切っちゃって。

でも心配しないで、ダーリンには採れたて新鮮なドラゴンの生き血とキモをさっき煎じて飲ませたから。すぐ元気になるはずよ♡」


「えっ!なにっなにっ?今なんて言ったでござるか?

あれ?言われてみれば我輩の下半身からしばらくご無沙汰な懐かしい感覚が……」


「うわぁぁぁっ♡。だんだん立派になっていく……」

 とろける様な視線でプラゴル勇者の下半身を凝視する姫巫女ちゃん。

「そうそう!恋の精霊の所で手に入れた鈴付きお札も願い事を書いて付けたからバッチリ!」

 見れば中年男性の下半身の新卒サラリーマンには〝一発必中″、〝絶対着床″などが書かれた大きな鈴のついた二つの御札がぶら下がっている。


「あの〜姫巫女様。あなたは何をなさっているのでしょうか?

我輩、なぜか血圧上がるし、心臓の鼓動がドンドン早くなってる気が……。それなのに我輩の愚息だけ、新卒サラリーマンどころか育ち盛り朝の中学生みたいに元気満々なんですけど」


「うふっ、心配しないで勇者様。ここで早速ワタシと一つになって幸せな家庭を築きましょう♡」


「ちょっと待って!我輩、人間ドックで高血圧レッドゾーン。血はドロドロ。血管ボロボロ。オマケに満身創痍の重傷患者だから。こんな状態で童貞喪失とか、“イクッ”と同時に天国に逝っちゃうよ!」


「そんな事より見て。ダーリンの魔物がいつの間にかいきり立つドラゴンになってる。これじゃワタシもコテンパンに負けちゃいそう♡」


 顔を紅潮させながらそう言う姫巫女オークをみたプラゴル勇者はかつて無い程の驚怖を感じたそんな時、何処からかうなる声が聞こえた。


「ニャ〜ゴッ!」

 

 叫び声の方を二人は振り返るとそこにはあの巨大猫が何処からとも無く現れたのだった。

「フッ—————————ッ!」

 そして突如現れた巨大猫は威嚇の体勢でジリジリとこちらに近づいて来る。

「あら?猫ちゃんどうしたの?」

 そんな猫を見ても姫巫女オークは動じず、ゆっくりと巨大猫に近づく。

「ニャッニャッニャッニャッ————————————!」

 瞬間、巨大猫は姫巫女オークに飛びかかると、両前足で姫巫女に連続猫パンチを食らわし、最後に強烈な頭突きをお見舞いしたのだった。

 強烈な一撃で吹き飛ばされ、壁に激突した姫巫女。

「なっ…なんなのよ……!」

 そう言いながら何とか立ち上がろうとする。しかし…。

「ダメ……。さっきのドラゴンとの戦いで…体力を全て使いきって……」

 そう最後の一言を言うと意識を失い倒れたのだった。


 一方巨大猫は何事も無かったかの様に前足で自分の頭を毛繕い。しばらくして頭を上げるとゆっくりとプラゴル勇者に近づく。

 「ニャッ!?」

 そして何を思ったのか、ひと鳴きするとプラゴル勇者のそそり立つ魔物に向かって、軽く猫パンチ。

「ひえっ!」叫ぶ勇者。

〈カラン、カラン♪〉

 付けられていたお札の鈴が鳴る。

 巨大猫はその反応と鈴の音に興味が湧いたのか、それとも遊び心が湧いたのか、さらに勇者の魔物に猫パンチ。

「ニャ!」

「ひえっ!」

〈カラン、カラン♪〉

 今度は楽しくなったのか、鳴きながら次々と猫パンチを繰り出す。

「ニャ!」

「ぎゃ!」

〈カラン、カラン♪〉


「ニャ!ニャ!」

「アグッ!」

〈カラン、カラン♪〉


「ニャ!ニャ〜オ!」

「ハウッ!」

〈カラン、カラン♪〉


 意味不明な理由で死に直面したプラゴル勇者。彼は薄れ行く意識の中で叫ぶ。

「やめて!それ以上は我輩死んじゃうから!猫に愚息をいじられて死ぬとかどんだけ———————!」



 中年勇者は悲痛な叫び声を上げると、最後の力を振り絞り必死の形相で飛び起きて、洞窟の出口へ向かって全力で逃げ出したのだった。


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