第2話 ドキドキの居候生活、スタート!

「ねぇ、すばる! 今日からお世話になるユキだよ。おうちまで連れて行ってー」


 昴の背中に追いついた瞬間、私は明るい声を意識して声をかけた。

 

 仔猫に見せたような笑顔を私にも向けてくれるかなって、ちょっとだけ期待して。

 なのに昴は一向にクールな表情を崩してはくれない。


「……ああ、そうだっけ。……ついてきて」


(むー。クールなのもかっこいいけど、ちょっと悔しい。昴ってどんな時に笑うんだろう)


「ねぇ、昴」


「なに」


「笑って?」


 またあの笑顔が見たくて、お願いしてみた。


「……なんで」


 けれど昴は笑うどころか、ちょっとムスッとしたようにも見えた。


「……だって、私だけ笑顔なの、悔しいからっ」

 

 けれど臆することなく思ったまんま言ってみたら、なぜか昴の口元がふっと緩んだ。


「ふっ。なにそれ。……やだよ」


 あまりに唐突で子どもっぽい理由に、呆れたのかもしれない。だけどどこか少しだけ、楽しそうにも見えた。


……もしかしたら鼻で笑われただけかもしれないけど。やだよって言いつつ柔らかくなった昴の目元の変化に、つい嬉しくなってしまう。


(いいの。最初はこんなので。これくらいの方が攻略しがいがあるってもんだよね!!)


 そのうち……あの仔猫に向けたあんな笑顔で、ユキって呼ばれてみたいなぁ……。なんて思うけど、それは今後のお楽しみにしておこう。


 私が心の中でうんうんと頷いていると、昴がゆっくりと足を止めた。


「おい。着いたぞ」


 目の前にそびえる家は、私の家の2倍は背が高い。後で知ったけど、『木造2階建ての一軒家』って言うんだって。


「あ、ここが昴のおうち? わー氷じゃなーい」


「は?」


「あ、ウソウソ。なんでもないっ」


 思わず出た言葉を慌てて否定する。


(あっぶなーい。そっか、ここは人間界。家が氷で出来ていないなんて、きっと当たり前のことなんだ。うっかりうっかり)


 すると昴のおうちの玄関が開いて、中からエプロン姿の女の人が出てきた。


「あ、ユキちゃん、いらっしゃーい。何にもない家だけど、自分の家だと思って自由に使ってね」


 出迎えてくれたのは昴のお母さんだった。その優しそうな声と表情に心がほわんと軽くなっていく。


「きょ、今日からお世話になります、ユキですっ。ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」


 けれど緊張してしまうのも仕方がないことで、思わず声が上擦ってしまった。


「ふふ。そんなに緊張しなくてもいいのよ。ところで……えっと、ごめんなさい、ユキちゃんの苗字ってなんだったかしら。度忘れしてしまって。やだわ。歳のせいかしら」


 頬に手を当てて考え込むお母さんの姿を見ながら、私はハッとしてしまう。


(苗字? そっか、人間はみんな苗字があるんだ。えーどうしよう)


 突然のことに戸惑いながら、一生懸命頭の中で考えを巡らせる。


(昴の苗字は氷室でしょ? それって氷の部屋ってこと? あ、それなら私は『雪女の里3丁目のユキ』だから……)


「あ、えっと。雪里ユキです! よろしくお願いします!!」


 言ってからしまったと思う。『雪里ユキ』ってダジャレみたいな名前じゃん。でももう後には引けない!! 私は今から雪里ユキとして生きていくんだ。なんて、ちょっと大げさかもしれないけど


「ああ、そうだったわね。ユキちゃん、じゃあ、改めてよろしくね」


 昴のお母さんはにこやかに微笑んでくれながら、ポンッと手を合わせて続けた。


「そうそう、さっきユキちゃんのお姉さんのセツカさんがご挨拶に来てくださってね。ユキちゃんが使うお部屋の模様替えもしていってくれたの。元は昴のお兄ちゃんの部屋だったんだけど、あっという間に可愛いお部屋になってて……まるで魔法かと思っちゃった」


 その言葉に、私はちょっとだけ目を丸くしてしまう。


「え、お姉ちゃんが?」


(お姉ちゃんったら、ポータルで先回りしたんだ!! くううううう。やり手!!)


「ええ。それにお菓子も持って来てくださったから、後でみんなでいただきましょ。ひとまず昴に案内してもらって、ユキちゃんのお部屋見てらっしゃい。驚くわよ~。隣が昴の部屋だから困ったことがあったらいつでも昴を頼っていいからね。ねー? 昴」


(え、頼っていいの? 昴に?)


 お母さんの言葉に思わず昴の方を見てみれば。

 昴は少しだけ顔をこちらに向けて――


「ん。ああ。俺が出来ることなら」


 クールな表情はそのままだけど、全然嫌そうな気配はなかった。

 むしろ当たり前のように受け入れている感じ。


(え、『俺が出来ることなら』って、さらっと言えちゃうの、かっこよくない!? えーじゃあ、夜中に、『昴ー眠れないの。お話して?』なーんて甘えに言っちゃってもいいのかな。さすがにそれはやり過ぎかな。えへへ。やだ、私ったら!)


「おい、何してんの。行くぞ」


 昴の声に、妄想から現実に引き戻される。


「えっ、あ! ごめん! 行きますっ!」


(ああ、恥ずかしい。思わず妄想に浸っちゃってた。いけないいけない)

 

 昴の背中を追いかけながら、階段を登っていく。


「おい、うちの階段急だから気を付けろよ?」


「えっ。うん、平気!」


 そう言った直後――ガクッ。


 足が滑って、体がぐらりと傾いた。


「きゃっ――!?」


 瞬間、昴の腕がすっと伸びて、私の手首をしっかりと掴んだ。


「だから言ったろ。ほら、しっかり掴まって」


 昴の手の温もりが、じんわりと肌に伝わる。

 すぐそばにある彼の真剣な顔。真剣な瞳。

 心臓が、これでもかというくらい、きゅうううっと締め付ける。


(やだ、もう……どこまでかっこいいの。さ、さすが私が‟落とす”って決めた男。そうでないとねっ)


 まだドキドキと高鳴る心臓を抑えながら、改めて思う。


 今日からこのおうちで昴と一緒に生活するんだ――。

 そう実感すると、この胸の鼓動は全然落ち着いてくれる気配がしない。


 なのに昴は相変わらず涼しい顔のまま。


「ここが俺の部屋で、こっちがお前の部屋。分かんないことあったら声かけて。じゃ」


 そう言って、昴はスタスタと自分の部屋に入ろうとしてしまった。けれど、私だけドキドキさせられたままなのは、なんか悔しい。


 だからつい、昴の服の裾を掴んで引き留めてしまった。


「待って。ねぇ、昴の部屋も見てみたい!!」


「え? ……いいけど。なんもない部屋だぞ?」


「いいのっ」


 そうして入らせてもらった昴の部屋は、シンプルでいかにも男の子って感じの部屋だった。


 カーテンやシーツは青で統一されていて、机には黒い箱。パソコン……っていうんだっけ、が置かれていた。


 本棚には参考書と漫画が並んでいて、ベッドには読みかけの漫画が一冊。

 至ってシンプルな部屋。けれどそのシンプルさにすごく昴らしさを感じてしまって、つい、テンションが上がってしまう。


「わー。ここが昴の部屋なんだ。男の子の部屋って初めて入ったから新鮮ー!! 楽しいっ」


 つい、最初の目的も忘れて、浮かれたまま昴の顔を見てみれば。


「俺も女の子を部屋に入れたの初めてだけど、こんなに喜ばれるとは思わなかった」


 昴は照れくさそうに自分の頬を掻いていた。


「あれ? あれあれあれ? 昴、ちょっと照れてる?」


 その顔が可愛くて。思わず昴の顔を覗き込んでみれば、昴は恥ずかしそうに目を逸らした。


「いや、別に照れてないし。照れるようなことでもないし。それより、お前の部屋は? 可愛くなってたって言ってたけど、一体どんな部屋になったんだよ。元はアニキの部屋だったから想像つかないんだけど」


 ボソッとぼやくように昴が言うから。


「あ、そうだった!! 私の部屋!! どんな部屋だろう。楽しみー!!」


 わくわくとしながら昴と一緒に隣の部屋の扉を開いてみると……ふわっと雪の香りがした気がした。


 ほんのりと、お姉ちゃんの気配が残っているような気がしたそこは、白と淡いブルーで統一された、まるで夢みたいな部屋だった。

 

 ライトやガーランド、ラグには雪の結晶がモチーフに使われていて、ベッドには雪だるま型の目覚まし時計がそっと飾られていた。


 里での私の部屋より断然可愛いのに、それでいて時々里を思い出せる雪モチーフの小物に心が躍る。これが私の部屋だなんて!!


「うわーん、お姉ちゃん、最高!!」


 心の中では絶対お姉ちゃん魔法使ったなって思いつつ、そしてその魔法レベルの高さにも驚きつつ、嬉しさと興奮で胸がいっぱいになっちゃった。


「うわ、すっげ。アニキの部屋の面影、一ミリもない……」


 けれど昴の驚いた声に、あ、やばい、お姉ちゃんが魔法使ったのバレちゃう!! と焦ったのだけど。


「あー。名前がユキだから雪のモチーフが使われてるんだ。……可愛い部屋じゃん。よかったな」


 昴がほんの少しだけ微笑んでくれたから、私の胸はまた、キュンっと小さく高鳴った。

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