真夏の雪女は、王子様みたいなキミに恋をした。今日から居候はじめます!
空豆 空(そらまめくう)
第1話 恋愛ターゲット、発見!
みなさん、こんにちは。私は雪女のユキ。
雪女って言うと、昔は『雪国に来た男を凍らせる妖怪』なんて言われてたけど、今は違う。
今どきの雪女は――人間界に行って、イケメンを落とすのがトレンドなんですっ!
なんせ雪女の里なんて、一面真ーっ白な雪、雪、雪。
雪合戦して、かまくら作って……なんて、子供の頃は楽しいけど、年頃になると飽きてきちゃう。
だから人間界のドラマやアニメが雪女の里でも流行り始めたのだけど、その延長なのかな。
いつしか人間界に行って恋をして、人間界で暮らすのがみんなの憧れになっちゃった。
そしてそれに応えるように、雪女の学校では『恋愛マスター講座』なんてのが出来たのだけど、私のお姉ちゃんはそのクラスの優等生なの!! なんと実際に人間界の芸能人とお付き合いをしているんだよ。すごいでしょ!?
まぁ、その芸能人っていうのがお笑い芸人さんなのはちょっと意外だったけど、すっごいイケメンで、面白くって、お姉ちゃんを溺愛中みたい。
それが羨ましくって羨ましくって、私も誰かに愛されてみたーいって思っちゃう。
なのになんで私は『恋愛マスター講座』だけは赤点ばっかりなんだろう? 雪だるまコンテストだって、かまくら作りコンテストだって、優勝したこともあるのに。恋愛の授業では、いーっつも赤点。
こないだの筆記試験だって、『恋愛において大切なことは?』って聞かれたから、『毎日可愛いって言ってもらうこと♡』って書いたら大バツされちゃった。
なんでなの? 毎日「可愛い」って言ってもらえたら嬉しいじゃん?
なーんてぼやいてたら、お姉ちゃんに『ねぇユキ、この人間の女の子の服着てみて♡』って着せられたと思ったら……『よーし、実践あるのみ! 今から男落としに行ってこーいっ』って、人間界行きのポータルの穴に放り込まれちゃった。
お姉ちゃん、ひどい。
でも、よくよく考えてみたら、私、パパに似てぱっちり二重だし? ママに似て色白美人だし? 髪だって毎日お手入れしてサラサラロングだし。
背は、まぁ、成長過程だけど。見た目はなかなかイケてると思うんだよね。
意外とやってみたら男を落とすなんて簡単かもしれない♡
さて……と、私は人間界のどこに来ちゃったんだろう。木々が覆い茂っていて、結構広くて……公園、ってところかな。
それにしても暑い。肌がジリジリと痛くて溶けちゃいそう。雪女なのに夏の人間界なんて、ちょっと時期考えて欲しい。
とはいえ今はそんなこと言ってられない。ターゲットを探さなきゃ!!
私は公園の中を歩き始めた。
すると『ミャーミャー』とか細い鳴き声が聞こえてきて、立ち止まって音がした方を見上げると、一本の木の枝に小さな仔猫がしがみついているのを見つけた。
「えっどうしよう。降りられないの?」
助けてあげたいけど、私の身長じゃとても届かない。
誰か……そう思った時、私の横にふっと影が差して、スラッとした長身の男の子が現れた。
(う、わー。キレイな男の子。さらっさらの黒髪に、キリっとした瞳。背だってすっごく高いし、もしかしてアイドル??)
私が見惚れていると、彼はすっと腕を伸ばした。
「お前降りられなくなったのか。よしよし、いい子だ。おいでー。今降ろしてやるからな」
そして彼は仔猫をそっと抱き上げた。
その一連の行動がすごく自然で――私にはまるで、王子様みたいに見えた。
(私と同い年くらいかな? ……決めた! 一人目はこの人にする!!)
ふふ、見てなさい。私の『ラブスノー』で、すぐに落としてみせるんだから。
『ラブスノー』というのは、雪女の魔法の一つ。吹きかけると一瞬のうちに男を虜にしてしまうキラキラとした吐息のこと。
私は意を決して彼にラブスノーを吹きかけた。
(せーっのっ!)
「フ――」
吐息とともに、冷たい銀色の霧がキラキラと輝きながら男の子をふわりと包み込む。
(ふふ。これで目がとろーんっとなって私に落ちるかなー♡)
わくわくと期待した瞬間。
「……っくしゅん!!」
男の子は勢いよくくしゃみをして、それにびっくりした猫は彼の腕から飛び降りてしまった。
「なんだ、急に土けむりが……」
(は!? なんで私のラブスノーが通じないのよ!! おまけに私のラブスノーを土けむり呼ばわりするなんて!!)
ちょっとムッとしちゃったのに。
「あ、はは。猫―。お前、俺よりその人に懐いちゃったのか―」
飛び降りた仔猫は私の足にスリスリと身を寄せて、ゴロゴロと喉を鳴らしながら甘えはじめた。
(ちょっとちょっと、なんで私のラブスノー、仔猫に効いちゃってんのよおおおお!!)
思わず心の中で叫んだ瞬間、私の胸がきゅうううううんっと締め付けられてしまった。
(なに、なんなの、この人の笑顔。超~~~~~かっこいいんだけどっ!!)
仔猫を愛でるような柔らかな目元、穏やかにほころぶ口元。そして、猫をそっと撫でる優しい手。
なのに。私には急にクールな表情に戻って、ペコッと一礼だけして立ち去ってしまった。
なによ、なんでなのよ。猫にはあーんなにも優しい笑顔を向けるのに、私にはぜーんぜん笑ってくれないじゃない。ラブスノーも効かないし、どういうこと?
おまけに私の方がドキッとしたりキュンキュンさせられるなんて。ちょっと雪女としてのプライドが疼いてしまった。
決めた!! 私、ぜ――ったい、あの人を落としてみせる!!
そう思った時、ヒュンッと目の前にポータルが現れて、お姉ちゃんが出てきた。
「あ、おねーちゃん!!」
「どう? ユキ。落としたいなって思える男はいた?」
「うん、いた。ほら、あの人。でも、私のラブスノー全然効かなかった」
私はもう後ろ姿になった彼の背中を指差した。
「ふーん。なかなかかっこいい子じゃない。それにしてもユキって、昔っからああいう男の子が好きよねぇ」
「……え? そんな人、いたっけ?」
「ああ、ユキのラブスノーが効かなかったのはあの人側の問題もありそうね。ま、ユキが未熟だからってのもあるんだけど。私が落としてあげよっか」
お姉ちゃんはにやにやっと笑みを浮かべた。
「ダメ!! お姉ちゃんはあの人に手を出さないで!! 私が落とすって決めたんだからっ」
「なになになにぃ~? やけにむきになっちゃってぇ。さてはユキ、落とす前にあの子に落とされちゃったのかな~?」
お姉ちゃんは私の頬をツンツンと突いてくる。
「ち、違う!! ラブスノー効かなくて悔しかっただけ!! と、とにかく、私はあの人を落とすって決めたの!! お姉ちゃんはやり方だけ教えてっ」
「ふふ。やる気が出たのはいいことね。じゃあ、お姉ちゃんが特別な魔法をかけてあげる。あの人の家族に、ユキを親戚の子だと思わせる魔法。今の学校にはしばらく留学届出しといてあげるから、彼の家に居候しておいで」
そう言うと、お姉ちゃんはすっと彼に指先を向けた。
その瞬間、指先から勢いよくマジカルスノーが放たれた。
マジカルスノー、それは、心にそっと暗示をかける魔法。私にはまだできないのに、お姉ちゃんは軽々と操ってしまうのだからすごい。
「そして。ユキ、あんたにも」
お姉ちゃんは私の頭を優しく撫でた。するとその手のひらから、ふわりと氷の霧が広がって……私の体をまるで星屑のヴェールみたいに包み込んだ。
「雪女にとって、人間界の夏の暑さは
「あ、さっきよりちょっとマシ!! どうせならもっと涼しーくして欲しいな??」
「欲張らないの!! ほら、霧も消えたしそろそろ行っておいで。あの人はもう、ユキを遠い親戚の子だと思ってるから。家まで連れて行ってもらいな」
そしてまた強引にお姉ちゃんに背中を押して送り出された。
「えっ!!」
戸惑いながら振り向くと、お姉ちゃんはもう、半身をポータルの中に預けた状態で私に手を振っていた。そして頑張れとばかりにガッツポーズをすると、光の中へと消えていってしまった。
「もう! お姉ちゃんったら、優しいんだか強引なんだか」
でも、これで後には引けない。あの人だって、きっと、一緒に住めば私の魅力に気付いて落ちちゃうよね。
あれ? でも、さっきお姉ちゃん、ラブスノーが効かなかったのはあの人側の問題もあるって言った? 一体なんのことなんだろう。
うううん。そんなの関係ない。私はあの人を落とすって決めたんだから!!
私は彼の背中を追いかけた。
すると、ひとりの女の子が彼の元へと駆け寄るのが見えた。
「昴くん!
「……はい?」
「あ、あのっ。す、好きです。付き合ってくださいっ」
女の子は私の目の前で真っ赤な顔をしたまま彼に告白を始めた。
(う、ウソでしょ? ちょっとちょっと、OKなんてしないよね!?)
ドキドキしながら彼の顔を見てみれば、彼は困った顔をしていた。
「ごめん、俺、誰とも付き合う気ないから……」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がズキッと傷んだ。
(誰とも? ……それって、さっきお姉ちゃんが言ってた『あの人側の問題』のことかな)
まだ告白もしてないのに、私まで振られた気持ちになってしまう。
(いけないいけない。何怯んでるのよ、ユキ。雪女は諦めが悪いのよ)
私はきゅっと口角を引き締めて、気合をいれた。
見てなさい、私がぜーったい、落としてやるんだからねっ!!
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