『寝起きには500mlの水が良い』

涼宮 和煦

『寝起きには500mlの水が良い』

 寝起きに500mlの水を飲むと良いらしい。

 YouTubeでそんな情報を仕入れて、ものは試しに家を出る。

 冷房の効いた部屋から一歩出ると、夏夜なつよの騒がしい闇と重々しい熱気に襲われる。

 じんわりと汗をかく。それでも、明日の目覚めの快適さを求めて歩き出す。

 最寄りの自販機は、目がつぶれそうなほどまばゆい。街中にあってなお、虫たちが月あかりを見失ってつどう。

「天然水は……うわ、値上がったなぁ」

 ボタンを押して電子音、スマホをかざして決済音、取り出し口から落下音がして、重低音が響く自販機をあとにする。

 ペットボトルが冷たい。そこかしこにあてると気持ちいい。上機嫌でアパートの一室へ入れば、そこに部屋中を埋め尽くす500mlの天然水のペットボトルを見つける。急にめまいがして、部屋の電気が消えて――。

 翌朝、目が覚める。どうやって寝床ねどこに入ったかも覚えていない。部屋を見渡して、もうすこし良い暮らしがしたいと思う。

 ともあれ、今日は久方ぶりの休日だ。冷房を効かせて、ゴロゴロしながら、YouTubeでも観よう。

「――へぇ、寝起きには500mlの水が良いんだ。汗をかくから水不足、代謝も上がって目覚めスッキリね。明日にでも試してみようかな。ハハッ、さもないと、だなんて大げさだなぁ」

 ふと、スマホが手から滑り落ち、電源が落ちる。それを拾い上げると、黒い鏡面に、ひからびた虫のような顔が俄かに映り込み、意識が途絶える。

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『寝起きには500mlの水が良い』 涼宮 和煦 @waku_suzumiya

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