第七章 記者・林の執拗な取材

記者の林は四十代半ばの男性で、鋭い目つきをしていた。彼は慎一に名刺を差し出しながら自己紹介した。


「週刊誌『現代の謎』の記者をしております林誠と申します。山路亭が『人生の迷いを解決してくれる不思議な旅館』として一部で評判になっているという情報を得まして」


慎一は困惑した。そのような評判が立っているとは知らなかった。


「申し訳ありませんが、特に変わったことはしていないのですが……」


「いえいえ、謙遜されることはありません」林の目が光った。「実際に、こちらに宿泊された方々から、『人生が変わった』『答えが見つかった』という証言を複数得ています」


林はノートを取り出して読み上げ始めた。


「例えば、半年前に宿泊された会社員の方は『山路亭の主人と話しているうちに、転職すべきかどうかの答えが見えた』とおっしゃっていました」


慎一は思い当たった。確かに、そのような客がいた。しかし、それが特別なことだとは思っていなかった。


「それから、三か月前の主婦の方は『亡くなった母親からのメッセージを受け取った気がした』と」


今度は慎一の心臓が跳ね上がった。もしかして、その時も無意識のうちに案内人としての役割を果たしていたのだろうか。


「林さん、それらの方々はどこで山路亭のことを?」


「インターネットの口コミサイトです。最近、山路亭について『ただの温泉旅館ではない』という書き込みが増えているんです」


林はスマートフォンの画面を見せた。確かに、山路亭についての不思議な体験談がいくつも投稿されていた。


その時、健太が食堂から現れた。林は健太を見て興味深そうな表情を見せた。


「こちらのお客様も、何か特別な体験をされたのでしょうか?」


健太は警戒するような目で林を見た。


「僕は仕事でこちらに滞在しているだけです」


「お仕事といいますと?」


「探偵業です」健太は正直に答えた。


林の目がさらに輝いた。


「探偵の方が山路亭に?もしかして、こちらの不思議な現象について調査を?」


「違います」健太は慌てて否定した。「別の件で調査をしているんです」


しかし、林は食い下がった。


「どのような件でしょうか?差し支えなければ教えていただけませんか?」


健太は答えに困った。田村大輔の件を話すわけにはいかない。


「申し訳ありませんが、依頼者の秘密保持のため……」


「なるほど」林は納得したような顔をした。「では、山路亭の不思議な現象については、何かお気づきのことはありませんか?」


健太は慎一を見た。慎一は小さく首を振った。


「特にありません」健太が答えた。


林は残念そうな表情を見せたが、すぐに慎一に向き直った。


「山路さん、ぜひ詳しくお話を聞かせていただけませんか?一泊させていただいて、じっくりと取材を」


慎一は迷った。記事になることで、山路亭に大勢の客が押し寄せるかもしれない。しかし、それが本当に良いことなのかどうか。


「申し訳ありませんが、今日は満室でして……」


「明日からでも構いません。ぜひお願いします」


林の熱意に押され、慎一は結局宿泊を受け入れることになった。


その夜、健太と慎一は林について話し合った。


「あの記者、何か勘づいているような気がします」健太が心配そうに言った。


「何をでしょうか?」


「山路亭で本当に不思議なことが起きているということを」


慎一は困った。確かに、山路家の案内人としての能力は事実だった。しかし、それが世間に知れ渡ることで、どんな影響があるか予測できない。


「健太さん、あなたは……超自然的なことを信じますか?」


健太は少し考えてから答えた。


「探偵の仕事をしていると、科学では説明できないことに遭遇することもあります。完全に否定はしませんが、まずは論理的な説明を探します」


慎一は健太の冷静さに好感を持った。


「もし、本当に山路亭で不思議なことが起きているとしたら、それを公表すべきだと思いますか?」


「難しい問題ですね」健太は首を振った。「一方では、困っている人の助けになるかもしれません。でも一方では、好奇心だけで押し寄せる人たちによって、本当に必要な人が来られなくなる可能性もあります」


まさに慎一が心配していることだった。


翌日、林が山路亭にチェックインした。彼は早速、慎一にインタビューを申し込んだ。


「山路さん、まずはこの旅館の歴史から聞かせていただけませんか?」


慎一は差し障りのない範囲で山路亭の歴史を説明した。祖父が戦後に開業し、父が二代目として経営していたこと。そして今は自分が三代目として切り盛りしていることなど。


「お父様は現在どちらに?」


「十年前に亡くなりました」慎一は嘘をついた。失踪したという事実を記者に知られるのは危険だと判断した。


「そうでしたか。では、山路さんが一人で経営されているんですね」


「はい」


「宿泊されたお客様から『人生が変わった』という声が多いようですが、何か特別なことをされているんですか?」


「特別なことは何も……ただ、お客様の話をよく聞くようにしているだけです」


「話を聞く?」


「はい。皆さん、何かしらの悩みや迷いを抱えていらっしゃいます。それを聞いて、できる範囲でアドバイスをさせていただいています」


林はメモを取りながら頷いた。


「なるほど。山路さんは心理カウンセラーのような資格をお持ちですか?」


「いえ、特に資格はありません」


「では、どうやってそのような能力を?」


慎一は答えに困った。山路家の血筋だとは言えない。


「経験でしょうか……長年、いろいろなお客様と接しているうちに」


林は満足していない様子だった。もっと興味深い話を期待していたのだろう。


「山路さん、お客様の中には、亡くなった方からのメッセージを受け取ったという方もいらっしゃるようですが……」


慎一の血が凍った。林はかなり詳しく調べている。


「それは……お客様の思い込みではないでしょうか」


「思い込み?」


「亡くなった方を偲んでいるうちに、そのように感じられたのかもしれません」


林は鋭い目で慎一を見た。


「しかし、複数の方が同様の体験をされています。偶然にしては多すぎませんか?」


慎一は追い詰められたような気分になった。この記者は、山路亭の秘密に核心まで迫ってきている。


その時、健太が食堂に現れた。


「山路さん、お忙しいところ失礼します。調査の件で相談があるのですが」


健太の登場で、林の注意がそれた。


「そういえば、健太さんの調査というのは、どのような内容でしょうか?昨日はお聞きできませんでしたが」


健太は困った表情を見せた。


「申し訳ありませんが……」


「もしかして、山路亭の不思議な現象と関係があるのでは?」林が推測した。


「違います」健太は強く否定した。


しかし、林は諦めなかった。


「では、なぜわざわざ山路亭に滞在しながら調査を?この辺りには他にも宿泊施設があるはずですが」


健太は答えに窮した。確かに、田村大輔の調査なら山路亭である必要はない。しかし、山路康雄との関連を調べるなら、ここが最適な場所だった。


「たまたまです」健太が苦し紛れに答えた。


林は疑っているような表情を見せたが、それ以上は追及しなかった。


その日の夕食時、林は慎一と健太を相手に、さらに詳しい質問を続けた。


「山路さん、この旅館で今まで一番印象的だった出来事は何ですか?」


慎一は田村雅子との夜のことを思い出した。しかし、それを話すわけにはいかない。


「特に……どのお客様も大切な思い出です」


「では、お客様の方から『不思議な体験をした』と言われたことはありませんか?」


「時々、『よく眠れた』とか『心が落ち着いた』とは言われます」


「それだけですか?」


林は物足りない様子だった。もっとセンセーショナルな話を期待していたのだろう。


食事が終わった後、林は一人で温泉に向かった。その隙に、慎一と健太は小声で話し合った。


「あの記者、かなりしつこいですね」健太が呟いた。


「ええ。どこまで調べているのか分からなくて不安です」


「山路さん、もしかして本当に山路亭で不思議なことが起きているんですか?」


慎一は健太の真剣な表情を見つめた。この人になら、真実を話してもいいかもしれない。


「健太さん、もし私が『はい』と答えたら、どうしますか?」


健太は少し考えてから答えた。


「信じるかどうかは別として、まずは話を聞きます。探偵として、すべての可能性を検討する必要がありますから」


慎一は決心した。


「実は……」

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