夢でまた

@ymd44

夢でまた

君の手を握ることしか出来なかった。また会えたらこの気持ちを伝えるよ。


水嶋 教師


笹谷 元生徒



僕が勤務する高校の卒業式


今日は、僕が初めて担任を受け持った生徒たちが卒業する日。


式が終わり、生徒たちとまた会おうと約束した。

そして生徒が帰ったであろう時間に僕は寂しくなった教室にいた。夕日に照らされ、僕1人だけの影がある。


「もう…みんないないんだよなぁ…」

僕はそう言いながら3年間生徒たちと過ごした日々に思い耽っていた。


「せんせい?」

今日卒業した僕の生徒、笹谷がドアの前に立っていた。手にはみんなから貰ったのだろうか?沢山のプレゼントに花束。


「おう、もうみんな帰ったのに…もしかして留年?」

冗談げに笹谷に尋ねる。


「留年なんてしてませんよ!私の名前呼んでましたよね?」

小さく笑いながら教室の、自分の席だった場所に座る笹谷。


「最後にこの席にどうしても座りたくって…そしたら先生がいましたね」

沢山の荷物を机の上に置き、僕のことをじっと見つめている。


夕日に照らされた笹谷はどこか寂しそうで、弱々しかった。


「先生、気づいてました?私先生のことずっと…」

ガタッと音を立てて立ち上がる笹谷。そして僕の頬に白く、綺麗な手を伸ばす。


「ここは学校だ。いくら卒業したからと言って自分の教え子に手は出せないよ」

僕は優しく笹谷の手を払い除ける。


彼女が在学中、僕に惹かれていたのは薄々だが気づいていた。


学校生活での彼女からの視線、何度かラブレターも貰っていた。この時代にラブレターか。懐かしいなぁと思いながら差出人不明のラブレター。しかし日頃から生徒の字を見ている僕は直ぐに笹谷だとわかった。


「そんな優しい言い方だとこれからも先生の事好きでいますよ」

笹谷は真っ直ぐと僕の目を見る。この目が僕は怖い。どこか見透かされているようで、本当の気持ちを知られるようで。


教師が生徒と付き合うのは世間的によろしくない。漫画やアニメなどといったものでは禁断の恋として盛り上がるのだが、ここは現実。


しかし、僕は彼女に惹かれていた。

頭では理解しているのに。この目の前にいる少女に、僕はいつの間にか惹かれていたんだ。


笹谷は夕日に照らされ、白い肌がキラキラと輝いている。ダメな教師だなと思いながら笹谷の髪をグシャッと撫でた。


「早く次の恋見つけて幸せになれよ。」

この気持ちはきっとバレてない。バレてはいけない。


「私も水嶋って苗字になりたかったなぁ」

笹谷は悲しそうに笑う。そして荷物を持ってありがとうございましたと言い、教室から消えていった。



「教師やめよっかな」

誰もいない教室で僕だけの声が響いていた。



これが2年前の話。

そして今日は成人式。元教え子たちに会えると嬉しい。みんなどんな大人になっているのだろうか。楽しみにしながら飲み屋に向かう。


みんな成長はしているものの昔の面影がどこかしらにはある。


元教え子たちとたくさん会話し、楽しく酒を飲んでいた。しかし彼女の、笹谷の姿が見つからない。


学生時代に笹谷と仲が良かった子にきく。


「そういえば笹谷はどうしたんだ?」

店の中はその瞬間ざわつき出した。さっきまでの楽しい宴会のざわつきとは違う、どこか悲しそうな、そんなざわつき。


「笹谷ちゃんは…その…」

悲しそうな顔で躊躇うような口調で教えてくれた。


僕は急いで居酒屋から出て、教えてもらった笹谷の居場所へ走る。


居酒屋には取り残された生徒たちが笹谷について話していた。


「本当に言ってよかったのか…?」


「笹谷には言うの止められてたけどさすがに伝えた方が良かったろ…」


「ささっち…これが先生と最後の別れなの辛いよね…きっと…」


中には泣き出すものもいて、お祝いする雰囲気では無くなっていた。



僕は市立の病院へ急いでいる。

笹谷は…笹谷は癌で入院していると教えてもらった。アイツらはみんな知っていて、今日の朝もみんなでお見舞いに行ったらしい。

なんで教えてくれなかったんだ…卒業式の日に告白を断ったからか…?


そう考えているうちに病院についた。

ナースステーションで笹谷の病室を聞き、病室の前までいく。

ドアに手をかけようとすると中から笹谷の声が聞こえてきた。


「みんなと一緒にお祝いしたかったよぉ…先生にも会いたかった…成人したら私の事見てくれるかなぁって思ってたのに…こんなんじゃ…」


すすり泣く笹谷。僕の事、嫌いになってないんだ…。


覚悟を決めて病室の扉をノックし、中へはいる。

笹谷はびっくりした顔をしていた。当たり前だな。


「久しぶり、笹谷。」

笹谷の変わり果てた姿を見て唾を飲み込む。

昔とは違う。体はやせ細り、綺麗だった黒髪は影もない。


「あれ、なんで…?もしかしてみんな喋っちゃった…?」


笹谷は口をパクパクさせ驚きを隠せないようだ。さっきまで泣いていたんだろう、頬には涙のあとがある。


「その、ごめん。全部聞いた…お見舞いくるの遅くなってごめんな…さっき知ったんだ。」

僕はベッドの横にある椅子に腰かけ笹谷の目を見る。


どこか悲しそうな目。きっと知られたくなかったんだろう。


「最後にこんな姿みせるのなんかヤダな…」


力無さげに笑う笹谷。無理に笑わなくていい…辛いだろうに。言葉が出てこない。


「私、もう助からないんだ。だからこれで先生と会うのが最後…こんな姿で先生と会うの最後なの嫌だったから言わないでってみんなに言ったのに…」


泣きそうなのを我慢しながら話す笹谷。


「ごめん…でも会いたくて…どんな姿でも笹谷は笹谷だ。僕にとって大切な教え子なのは変わりないよ。」

そう言って卒業式の時のように頭をクシャッと撫でる。


「この撫で方…やっぱり私のこと恋愛対象として見てくれないですよね…」

笹谷は僕の手を掴み、折れそうな手で頭から退かす。


「私、まだ好きなんです。先生は変わらないなぁ…安心しました」


僕に優しく笑い欠ける。そんな顔しないでくれ。


「実はその…あのときはいえなかった…」

「いいよ。もういいんだよ…」


僕の言葉を遮るように笹谷は喋り出す。


「また、会いに来てくださいね…」


僕は笹谷の手を優しく握り


「もちろん。どこまででも会いに行くさ。大切な教え子なんだから」


また近いうちに来るよと言い残し僕は病院を後にした。



正直、笹谷が病気とは信じられない。信じたくなかった。


教え子がこうなると卒業しててもやっぱりしんどいもんなんだな…と頭を掻きながら自分の家へ帰る。


一人、寂しいアパートの一室。部屋には卒業式に撮った集合写真。

風呂に入り、髪を乾かす。冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、教え子たちの卒アルを開きながらソファに座る。


こう見ると本当に成長したんだなアイツら。

元気な頃の笹谷の写真を見つける。元気そうにカメラに向かってピースをしている。


「はぁ、病気のせいであんなにやせ細っちまうんだなぁ…」


小さくため息をつき、ビールを一気に飲み干す。


なんとも言えない気持ちで僕はベッドに入り、明かりを消す。



数日後、笹谷が亡くなったと連絡が来た。この前お見舞いに行った時はまだ楽しく喋っていたのに。あまりにも突然で受け入れられない。


あぁ、最後に伝えればよかったな…


笹谷、好きだったよ



笹谷の葬式に参列し、まだ現実だと受け止められない。

あんなに若い子が…僕よりも年下なのに…自然と涙が溢れてくる。


棺桶の中に横たわる笹谷。まだここにいるのに…もう話すことも出来ないなんて…。


親御さんに挨拶をし、教え子たちとも話してから帰宅した。


部屋に一人、ソファの上でスーツのまま横たわる。

力が入らない。まさか教え子が亡くなるなんて…


それから僕は仕事もままならず、休職をした。

ご飯も食べるのがしんどくなる。しかし食べないと死ぬので無理やりにでも口に食べ物を押し込んでいる。


最近は悪夢も見て、夜も寝られない。


でも今日は違った。

いつもは暗い所を彷徨っているのに今日は学校の教室にいた。

黒板には卒業おめでとうと書かれ、あの時の教室と同じ飾り付け。


僕は黒板を見ていた。すると誰かが教室に入ってきた。扉の方を見ると悲しそうな顔をした笹谷が立っていた。


「お前っ…なんで…??」

今にも泣き出しそうだ。


「んー?先生が元気無さそうだったから神様にお願いして先生の夢に来ちゃった。」

手を後ろで組みながらゆっくりと僕に近ずいて来る。


「そんな顔しないで。学校休むなんて…今の教えてる子たちに失礼でしょ。ちゃんと見てあげて」

笹谷は僕にお説教してくれている。本当にその通りだ。


「ごめん…僕は教師失格だな…」


「そんな事ない。先生は良い先生だよ。この私が惚れた男なんだから!」

少し自慢げに話す笹谷。それは関係ないだろと笑う。


「やっと笑ってくれたね…?ずっと暗い顔してたからさ…みんな心配してるよ…」

笹谷は僕の顔を覗き込みながら言う。


「うん、僕仕事に戻るよ。今の子たちと向き合う。ありがとう笹谷。」


あの時のように笹谷の頭をクシャッと撫でる。


「またこれだ〜。じゃあもう先生目覚める頃だから…バイバイだね」

もうそんな時間か…と思いながら笹谷の顔に優しく手を添え、キスする。


「これがあの時の僕の気持ちだよ。やっと伝えられた。」


夢の中だから許してと思いながら笹谷の顔を覗く。彼女は顔を真っ赤にして口をパクパクしている。


「えっ、あ、?え?」

状況を理解できずにいる笹谷。


「またお墓参りにいくから。その時はお供え物するね」

そう言い、僕は目覚めてしまった。もう笹谷と話すことは出来ないのか…まあ、夢で会えて良かった。


3日後の早朝


僕は笹谷のお墓に来ていた。線香を焚いて小さな箱を置く。


「また夢に遊びに来てな」

そう僕は一言残し、仕事に向かう。


墓石の上には小さく輝く指輪があった。

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