第八話 クレームの多い洋裁店
瑠佳は黒井戸にたずねた。
「この山にウロ攻略の鍵が眠っている、ってことない?」
「なんだ急に」
黒井戸はスマートフォンを操作しながら答えた。
「ウロを倒す聖剣とか眠ってたりしない?」
「そんなものはない」
「わからないじゃん。一人で出来ることには限界がある。協力者のいる今こそ探しに行くべきだと思うよ」
「協力者って誰だ」
瑠佳は誇らしげに親指を立てて自分を指さす。その後ろで犬神が慌てて同じポーズを決める。みおりはそんな様子を微笑みながら見守る。
黒井戸は半眼でそれらを見る。
「一人のほうがマシだ」
久那杜が入ってきて教壇に立つが、本日すべての授業が自習になった後だった。終わりのチャイムが鳴る。
「あー、明後日は遠足だ。用意する物はプリントに書いてあるから、保護者に連絡するように」
久那杜はそれだけ言って帰っていった。
生徒たちは山歩きに適した私服姿で校庭に集まると、くじで班分けをした。瑠佳、黒井戸、舟森は同じ班になった。
「ちえっ、オカルトカップルじゃん」
「誰と誰がじゃ」
瑠佳は拳を固めたが、制裁は加えずに済ませてやった。
二年の
「しかたねえ、オカルトに付き合ってやるか。自由行動はなにするんだ」
「ウロを倒す聖剣を探しに行く」
黒井戸が当てつけのように瑠佳の言葉をそのまま言った。瑠佳は顔から火が出そうだった。
しかし舟森はその言葉に燃えたようだ。
「すげえじゃん。絶対見つけようぜ」
黒井戸と固く握手をした。
遠足の場所は烏鷺山高校がある山だった。生徒たちは一列に並び、墓が立ち並ぶ道を抜けて山道へと入る。山道にも墓は点在している。
暗い山道が突然開けて、展望台にたどり着いた。
「山の六合目というところか」
スマートフォンを操作しながら黒井戸が言った。
「たーまやー!」
舟森が向こうの山に向かって叫んだ。なにか違う気がしたが、瑠佳はツッコむ気は起きなかった。
他の生徒も続々と辿り着いて、展望台で昼食の時間になった。
みおりは犬神、村前と同じ班になっていた。犬神の守護獣が居るから大丈夫だと思うが、村前を祟り殺したりしないだろうか。瑠佳は心配だった。彼女たちの班ばかり見てしまう。
みおりの服装は以前見たのと同じ、白いシャツとスラックスだった。
「なあ、聖剣探しにいこうぜ」
舟森が立ち上がった。
「まだ自由行動時間じゃない」
「いいじゃん別に。久那杜も寝てるしさ。行こうぜ」
引率の久那杜はベンチに横たわって完全に眠っていた。
三人は何食わぬ顔をして、展望台を抜けだした。
山道に入りどんどん登っていく。木漏れ日を受けて墓が輝く。
舟森は軽快に石段を踏み先頭を往く。
「体力馬鹿め……」
汗を拭きながら黒井戸がぼやいた。気付いた瑠佳は彼の後ろに回り込むと、背中を押して石段を登る。
「ファイトだ、黒井戸氏」
「うるさい……」
三人はどんどん登っていく。
ふと、舟森が何かに気付いた。
「建物があるぞ」
「トイレじゃないのか」
黒井戸が言った。しかし、木製の小屋は公衆トイレとは様相が違った。
「お店⋯⋯」
木彫りで装飾された看板には『どなたでもどうぞ貫田洋裁』と書かれてある。
「面白そうだぜ。入ってみよう」
「金はあるのか」
「冷やかして帰ろう」
舟森は扉を押した。
金属でできたチャイムが鳴る。
「いらっしゃいませ」
上下の瞼を黒く塗った女性店員が、ニコニコと微笑んでいた。
店内は外見よりも広く、色とりどりの洋服が吊るされている。
「メンズはこちら、ウィメンズはこちらです。最近はユニセックスな装いも人気ですよ。あら、あらららら?」
店員が甲高い声を発して瑠佳に迫った。黒く象った目を丸くする。
「あなた、すごく良いですね。あたしが作った服、とっても似合うと思います」
「ちょっと、まだ何も言ってないんだけどっ」
瑠佳の背中を押して試着室に入れてしまった。
「あなたに似合う秋色のワンピースは千五百着ございます。ぜひお試しになってください」
「千っ、そんなに試せないって!」
カーテンの隙間から顔を出して瑠佳が言う。
「そちらの紳士様もお試しください。スーツは五千着ございます」
出てきた別の店員によって、逃げようとしていた舟森と黒井戸も捕まった。奥へと通される。
「……」
「どうぞ、こちらをお試しください」
試着室に紅葉柄のワンピースが差し入れられた。しかたなく、瑠佳は着替えてみる。
「どうですか」
カーテンを開いた。店員が拍手する。
「とってもお似合いです! かわいいですよ! ただそうですね、お化粧も合わせましょうか」
店員がパウダーとさまざまな形のブラシを取り出した。
筆先で瑠佳の顔を撫でていく。
「うひい、くすぐったい」
「目をお閉じください」
一通りメイクを施すと、店員は瑠佳を鏡に向かわせた。
「どうですか、ぱっと華やいだでしょう」
「まあ、うん。そうなのかな?」
普段メイクをしない瑠佳は微妙な表情で自分の顔を見つめた。瞼が黒くて、頬が赤くて、ピエロのお面を被せられたみたいだ。瑠佳は思った。
「ぜひこちらもお試しください!」
秋色のワンピース千四百九十九着がどさどさと試着室に積まれて、瑠佳は埋もれそうになった。
「怪しい」
黒井戸は二十一着目のスーツを着ながら言った。
「お気に召しませんか」
「そういう事じゃない。この洋裁店は怪しいと言った」
ジャケットの襟を掴んでみせる。
「質が良すぎる。この布の仕入れ先はどこだ。こんな山奥を車が通ったところなんて一度も見たことがない。それになぜここまで在庫を抱える必要がある」
「すべてはお客様の為です」
ズボンのポケットに手を突っ込んで舟森が歩いてきた。テラテラと光るスーツを着ている。
「イケてる?」
「馬鹿は放っておいてだ」
「馬鹿って言った奴が馬鹿なんだぞー」
舟森は両手を上げておどけてみせるが、黒井戸は無視した。
「正体を暴いてやる」
「申し訳ありませんがお客様、当店はカスタマーハラスメントに断固として対抗していきます」
黒いスーツ姿の店員がぞろぞろと出てきて、黒井戸と舟森を取り囲んだ。
「ねえ、オレは別にクレームつけてないんだけど」
舟森が口を尖らせる。
「俺たちは屈しない」
「あ、巻き込んだな」
チークブラシで顔を撫でられながら、瑠佳は思った。
「ねえ、なんでこんな所にお店を建てたの」
「お客様の為です」
店員はメイクをナチュラルへ直しながら答える。
「私どもはいつでもお客様のためを思っているのです」
「お客さん来ないと思うけどなあ」
「あなた方が来られました」
取り付く島はなかった。
瑠佳は店内に吊るされた洋服を眺めた。
「全部あなたが作ったの?」
「正確には、私どもが、です。百八年間、代々受け継ぎ改良してきたデザインなのです」
「へえ……」
店員はブラシを置いた。
「私どものデザインにお客様が触れて、また新たなデザインを創り出す。それこそが至上の喜びなのです」
変わった動機だ。でも、作品づくりをする人にとっては普通のことなのかも。瑠佳は思った。
扉のチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませ。あららら!」
店員がまた甲高い声を発した。
扉を開けたのは、みおりだった。
「みおり」
「あなた、とてもいいです。あたしの服、是非試着してみてください」
店員は興奮している。振り回される尻尾が見えるようだった。
「へえ、たとえばどんな服」
あ、怒ってる。瑠佳は気付いた。
「ワンピースもございますし、セットアップもございます。お客様でしたら何でも似合いますよ。今のような地味な格好がもったいない」
みおりは冷たい表情を店員に向けた。
「この服は着替えない」
肉が腐るような臭い。黒い液体が天井から垂れてきていた。その流れの筋はどんどん広がり、あっという間に店内を満たした。
「みおり!」
胸の上まで液体が上ってくる。洋服が黒く染まっていく。ケェーン、と甲高い声がして、店員はいつの間にか居ない。瑠佳がもう一度叫ぶ前に顔が沈んだ。
瑠佳の腕が引っ張られた。
「私の半分は、沢馬のものだ」
みおりの声が聴こえた。
瑠佳が目を開くと、青い空が見えた。
大量の腐った葉っぱの中にいる。黒い液体。匂いの記憶に、頭がくらくらする。
起き上がって瑠佳は気付いた。下着一枚しか着ていない。
「わっ!」
瑠佳は咄嗟に胸を隠した。周囲を見ると、大量に腐った葉っぱの山が積まれていて男子の足が生えている。
「黒井戸」
「ぶは」
下着姿の黒井戸が出てきた。顔はなぜか肉球の跡で埋め尽くされている。
隣の山から同じ様相の舟森が出てきた。
「臭っ。ねえ、オレの服知らない?」
のんきなことを言った。
あの洋裁店はどこにもなく、ただ、石段のところにスラックスを履いた少女が立っている。
「みおり」
「帰るよ」
みおりが手招きする。
「ちょっと待って、服が見当たらなくて」
「知らない。そのまま来たら」
遠くからパトカーと救急車のサイレンが聴こえる。
鞄は石段の途中に落ちていた。なぜか動物の毛にまみれていて、黒い液体の染みが腐臭を放っていた。
どうやら三人は一週間ものあいだ、行方不明となっていたらしい。診察のあと共同病室に三人とも運ばれたが、怪我はなかった。瑠佳は両親に叱られる覚悟をしていたが意外にもあっさり「無事でよかった」と言われただけで、少し物足りなかった。
「瑠佳は殺されても死なないよ」
母親はそう言った。どういう意味なんだか。瑠佳は呆れた。
精密検査が残っているので病室で待機させられている。やはり、洋裁店の話をしたからだろうか。空腹のあまり幻覚作用のあるキノコでも食べたと思われているのかも知れない。
「化け物が商売を騙って人を化かすという類話は、小泉八雲が記した『むじな』や宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』にも登場する。特に後者は、寓話的に質が高く引用が繰り返されている」
黒井戸は自分のベッドに横たわったまま説明した。
「霊的な力を持つ獣が人間のフリをする、というところに話の肝はある。獣を狩り追いやる人間への復讐ということだ。あるいは、人間が獣に感じる恐怖が創り出す怪異かもな」
復讐。恐怖。
黒井戸の説明に瑠佳は納得しなかった。
「人間を愛してる獣もいるかも知れないよ」
「都合のいい解釈だな」
むっ、と瑠佳は頬を膨らませる。
「ていうか、聖剣見つからなかったな」
舟森がベッドの上に寝転がり、自転車を漕ぐように足を動かしている。
「本当にあると思ってたのか?」
「だってオレ、『墓守』の家系だし」
黒井戸と瑠佳は顔を見合わせる。
「言ってなかった? この墓所の『墓守』だよ。じいちゃんから聴いてるもん」
「……えええええええええええ!」
瑠佳は叫んだ。
「あれっ、聖剣じゃあなかったかな。なんだったっけ。じいちゃんにメッセ送るわ」
跳ね起きて充電中のスマートフォンを手に取る。
「あ、あ、あるんじゃん! ウロの攻略アイテム!」
瑠佳はもう一度叫んだ。
「うるさい」
黒井戸は眉間を押さえながら唸った。
看護師さんがやってきた。
他の患者さんもいるから静かにするようにと、三人とも叱られた。
外では三頭のタヌキが工事現場を歩いていて、病院の方を振り返った後、どこかへと消えた。
つづく
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