第19話:最終決戦


 世界を闇が覆い尽くす。


 魔力の振動。

 青紫色の霧が立ち上る。


 俺の名前はケイ・ハクオ。

 邪神教団の構成員の一人だ。



 今、あ、ありのまま起こったことを話すぜ……。



 使徒様から、ノーグ・ウィルゼストとレーナ・グラシオンの連行を命じられた俺とカタ・ブツオは、とにかく二人を運んでいた。


 俺が担いでいたのが、ノーグ・ウィルゼストだったんだが……。


 突然、背後からとんでもない魔力を感じ、足元から崩れ落ちた。


 冷や汗と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにして、ガタガタと歯を震わす。

 青紫色の霧がいつの間にか出現し、俺たちの足元を包み込んでいた。


 背後の誰かが動く音がする。

 いや、俺の背後には、元々一人しかいない。


 これが、ノーグ・ウィルゼスト?

 馬鹿を言うな!

 この魔力、もはや別物だぞ!?


 何が起きてる。

 まずい!?

 魔力密度が、濃度が別次元で……意識が飛びそうだ。


「お前らが、教団のヤツらか……」


 背後から、冷たい声が響く。


 ゆっくり振り返ったそこには、こちらを見下ろす男が一人。


 元は金髪だったはずの髪が、漆黒に染まっている。

 何なんだ、コイツに起きた変化は──!?


 いやそんなことより、早く使徒様に報告をしなければ!!


 『闇の祝福』を通して……。


 おい、待て。

 何で、何で……ノーグ・ウィルゼストから『闇の祝福』の反応がするんだ!?


「闇の祝福……その記憶はなかったな」

 

 え。


「なるほど、ノーグの魂が分散せず、形を保てていた要因でもあったのか……素晴らしい力だ」


 今、心読まれた?


「お前、誰の許しを得てオレの忠臣に触れている」


 笑みを浮かべていたノーグ・ウィルゼストの顔が、一瞬で冷えたものへと変わる。

 視線の先は、レーナ・グラシオンを運んでいたカタブツ。


「目障りだな……少し寝ていろ」


 ぁ────。



 プツンと意識が切れる音がした。




◆◇




 精神世界から帰還して、すぐに理解した。


 ここは、正真正銘の異世界であると。


 ノーグと一つとなったことで、オレに掛けられた洗脳は解かれた。

 今日初めて、真の意味で、異世界に足を踏み入れたのだ。



 とりあえず、近くにいた教団の構成員を眠らせて、闇に取り込んでおく。


「ヘレナは……」


 地面に横たわっているヘレナ。

 傷は問題なく再生しており、規則的な呼吸を繰り返している。

 問題なさそうだ。


「さて、お次は……」


 ウィルゼスト領全土を覆う魔力を使って、魔力探知サーチを使用。


 急速に近づいてくる反応が一つ。


 ヴァルハイル密林方面から、魔物が多数襲来。


 そして、絶対に見つけなければならないのは……。



「見つけた」



 母上の魔力。

 父上の魔力。

 兄二人の魔力。

 姉上の魔力。


 全員分しっかりと存在している。


 状況は……。


 やはり槍の攻撃に乗じて、教団の構成員たちが領内に侵入しているらしい。


 父上と母上、それとマルスが交戦中。

 押してるな。


 ただ、アルスとセリアの魔力が段々弱くなっている。


 二人とも、身体中の骨がバキバキだ。

 内出血箇所多数。

 

 治療員たちが必死に命を繋ぎ止めている。


「良くやった」


 オレは指をパチンと鳴らす。


 二人の元へと回復魔法をお届けし、瞬時に治癒を完了させる。


 この足元に発生している青紫色の霧は、周囲の魔素をオレの魔力に変換したモノ。

 この霧がある場所なら、どこからでも魔法を届けることができる。


 オレを起点として展開している、支配領域のようなものだ。

 その効果範囲は、ウィルゼスト領全域。


「領内の人間は……かなり死んだな」

 

 大質量を持つ巨槍の攻撃には、衝撃波が伴う。

 それに吹き飛ばされた時点で、十中八九木っ端微塵。


 だが、重症であろうとも、現段階で命の灯火が消えていない者なら回復できる。


 あとは、


「本当によく守ってくれた。ありがとう、人形たち」


 最初から最後まで大活躍だった。

 この世界に来て、初めて創ったボクの魔法。

 今では、その反応を一つも拾うことができない。


 その代わりに、屋敷の人間は全員無事だった。

 重傷者は多かったが、確実に命を繋ないでいた。

 オレが復活するこの時まで。


 さて、


「人形の敵討ちと行こうか……」


 赤い流星の如く飛来したのは、ボクとヘレナを圧倒した女。

 『御使』──アルビエル。

 しかし、この名前が間違いなのはもう分かっている。


「お前の名前が何なのか、聞いていいか?」


 仮称アルビエルは、またしても色のない瞳でボクを見下ろしていた。


「私の名はラグエル。ノーグ・ウィルゼスト、降伏を推奨します。抵抗の意思がある場合は、即刻無力化を図ります(目覚めている。加えて、魔力の変質、魔力量の大幅な上昇。『闇の祝福』の反応。危険……)」


 どうやら、心の中は意外とお喋りらしい。


 ここ周囲一帯は既にボクの支配領域。

 ラグエルの心の声も容易に分かる。


「今度は勝たせてもらうぞ?」


「戦意を確認。堕天使アサルトモードに移行します」


 天使の姿から、髪と翼が黒く染まった堕天使へと変わる。

 手には、赫黒い炎が付与された剣を持っていた。


「作戦開始」


 ラグエルが加速し、眼前へと迫る。


 さっきまでは捉えられなかった動きが、よく見える。


 オレは振るわれる炎剣に、闇で生成した剣で対抗する。


 爆発はしない。

 周囲の魔力を操り、ラグエルの付与効果を発動させないようにしている。


 さらに、


【動くな】


 周囲の魔素を利用した強力な『言霊』。

 さらに、洗脳魔法も乗せることで強制力を上げる。


 ラグエルが一瞬だけ硬直。

 その隙を見逃さない。


 剣を流し、一気に懐に入って蹴撃を放つ。

 深々と横腹に入り、ラグエルは残像を残して吹き飛んでいく。


 翼をはためかせ、すぐに体勢を立て直すが遅い。

 既に、背後に回ったオレの斬撃が繰り出される。


「──ッ(間に合わない。『天球』を──動かせない!?)」


 ラグエルの表情が初めて崩れる。


 『天球』というのは、おそらくラグエルの背中に浮いている球体のことだろうが、当然対策済みだ。


 球の周囲には、空間の魔素を特別多く集中させている。

 そこへ、先程の【動くな】という命令。


 オレが魔素の硬直を解除するか、押し固めている魔素を弾き飛ばすか。

 『天球』を動かす方法は、その二つ以外にない。


 オレの攻撃が決まる……寸前、新たな『天球』が生み出され、防がれた。

 どうやら生成できるらしい。


(この魔力の密度、一度距離を取って体勢を立て直すのが最適)


 凄まじい思考速度。

 だが、情報処理能力には自信がある。


 魔力を雷へと変換。

 上空へと一瞬で移動するラグエルに追従する。


(──速い、まるで思考を読まれているかのよう)


 はい、読んでます。


 剣に闇を付与して振り下ろす。

 また『天球』を生成されるが、知ったことではない。

 そのまま切り裂く。


 すると、空間がガラスのようにひび割れ、中の闇を覗かせる。

 『天球』は闇の中へと吸い込まれていった。


(ノーグ・ウィルゼストの戦闘力を再定義。速度、魔力制御、攻撃力……共に私を上回っていると推定。解析と平行し、魔力を放出して対処します)


 瞬間、ラグエルの身体から、炎のように燃え盛る魔力が放出される。

 そして、ボクの支配領域を押し返しながら突っ込んでくる。


 演算と対処が早い。


 だが無意味だ。


 ラグエルの放出した魔力を、上から覆い潰すようにしてオレの魔力をぶつける。


 瞬間、戦況はまた元通り。


 オレは闇魔法──『減速スロウ』を発動。


 ラグエルの動きを止める。


「奏者、借りるぞ」


 ボクは手の甲で虚空を打つ。


強く奏でろフォルテ雷鳴震空波ギガ・クエイク


 水の波紋が形成され、超音波が放たれる。

 その威力は、奏者の比ではない。


 オレの音波は空気中の魔力をも共振させ、断続的な衝撃となって相手を襲う。


 減速スロウをタイミング良く解除することで、威力の減衰を防ぐ。


 ラグエルは地面へと叩き付けられた。


(損傷重大。鼓膜破壊。一部脳神経の麻痺。内出血の臓器多数。平衡感覚の喪失。───回復を開始します)


 血塗れのラグエルだったが、オレ並の速度で傷が再生していく。


 しかし、オレは再び雷となり急接近。

 回復はしたものの、体勢はまだまだ万全とは言えない。


 ラグエルを蹴り上げ、進行先へと先回りして攻撃を繰り返す。


 領域内にある魔力を利用して、デバフをばら撒き、更に攻撃を重ねる。


(分析……不可能。計測……不可のう。解析……ふかの……)


 反射的にダメージを最小限に抑えるよう動いているが、それも限界に近い。

 拳や足に闇を付与して、ラグエルの魔力を奪いつつダメージを与える。


「終わりだ」


 オレは飛び上がり、周囲の魔力を一点に集め、火球へと変える。

 人差し指に乗るサイズの小さなモノを、ラグエルへとぶつける。


 大爆発。

 

 展開された障壁をも破壊し、ドーム状へと広がっていく。


 砂煙があっても分かる。

 ラグエルの状態が。


 ──頭を抱えて苦しんでいる。


 ん? さっきの攻撃に耐えたのか?

 死にはせずとも、意識は刈り取るつもりで放ったが……。


 『天球』が回転し、ラグエルが浮上する。


「……ノーグ・ウィルゼスト。拘束、連行、不可能。戦闘データをアップロード。殲滅コードの入力を確認……実行します。『地獄ヘルモード』起動」


 ラグエルの身体が神々しく輝き、黒かった髪と翼は、赫黒い炎へと変わる。

 その姿は、まさに『地獄』の化身だった。

 

 オレの魔素干渉が妨害され、ラグエルの周囲一帯だけが支配領域から外れる。


 魔力量の増大。

 制御力の向上。


 変化はこの二つだが、効果は絶大。

 放出される魔力が、天高くそびえ立つ。


 それならばと、オレも魔力を解放。


 地獄の炎と青紫の闇。

 魔力がぶつかり合い、大気が震える。



 最終決戦だ。



◆◇


 

 先に仕掛けたのは、ラグエルの方だった。

 赤い残像を残し、超速で接近する。


 地獄の業火を宿した拳が、振り抜かれる。

 オレは雷となり回避。


 しかし、また残像を残し、回避先にラグエルが現れ攻撃してくる。

 今度は蹴撃。


 ガードはしたものの、あまりの衝撃に地上へと飛ばされる。

 落下する手前で勢いを殺し、体勢を立て直す。


 直後、頭上から極大の火球が隕石のように降り注ぐ。


(一つでも爆発したら、領内にも被害が届くレベルだな……)


 並列思考で、状況の理解と対処法の考案を同時に行う。


 即座に魔力を編み込み闇を生成。

 押し寄せる火球を、闇の津波で飲み込んでいく。


 そんな中、オレに迫る破壊光線。

 完全に殺す気だと分かる。


 すぐさま上空へと回避するが、光線は追尾してくる。


 しかも、このままでは火球にぶつかる。

 誘爆させるつもりなのだろう。


 並列思考で、一つの思考は火球の対処、もう一方の思考は光線の対処に使う。


 火球はそのまま闇で呑み込み、迫る光線も闇で呑み込む。



 うん、結局これが楽。



 オレが『邪神の加護』と勘違いしていた『闇の祝福』。

 これの効果で、オレの闇属性の力に補正が掛かっている。


 オレの考えたシナリオでは、呪いという悪い印象だったが、今のところ悪影響はない。

 それどころか、オレの闇に呼応するように馴染む感覚がある。


 まぁ何にせよ……。


「そろそろ反撃と行こうか」


 ラグエルが『天球』を剣に変え、突っ込んでくる。

 

 解析終了。

 

 オレは青紫色の炎を纏う。

 そして、青い残像を残してラグエルの背後に回る。


 青紫の炎を宿した剣を横に一閃。

 赤い残光と共に、相手も即座に対応してくる。


 剣同士がぶつかり合うと、今度は大きな爆発が生まれる。


 さっきまでは、オレの魔力で炎の付与をなくしていたが、今のラグエルの周囲だけは、オレの支配から外れている。


 付与効果や『天球』も制限されていない。


 案の定『天球』が炎槍へと変わり、オレへと殺到。

 しかし、これは空中に生成した闇の玉で呑み込む。


 遠距離からの攻撃は基本的に効果がない。

 両者ともに。


 ならば、あとは近接戦闘しかない。


 赤い残像と青い残像だけが切り結ぶ世界が生まれる。


 剣がぶつかり合う度に、お互いの炎を喰らい、即座に再生してまたぶつかり合う。

 

(コイツ……徐々に魔力が高まっている。何を企んでいるんだ? それに、このモードになってから全然喋らなくなったし……)

 

 こんな呑気なことを考える余裕などないのだが、ふと気になった。


 一瞬だけ支配領域を強めて心の声を読む。




(…………………………………………………)




 ……無我の境地だと?


 コイツやっぱり人間じゃないな。

 攻撃も防御も正確無比。


 口調からも分かっていたが、機械と戦っているかのようだ。



「装填完了」



 ふと、ラグエルが呟いた。



「開け、地獄の門。打ち砕け、神の幻想」



 右手をそらへと掲げ、詠唱する。



「虚空の彼方かなた、星界より来たれ」



 尋常ではない魔力の高まり。



「我が名はラグエル。天魔の使徒にして、秘境のあるじなり」



 そらが裂け、姿を現すのは極槍。


 領内に堕ちたモノとは比較にならないほどのスケール。



「堕ちよ、【天地揺るがすは天魔の槍グングニル】」



 天使の命令に従い、その槍はゆっくりと降下を始める。


 地上までの到達時間は、目算2分。


 

「おいマジかよ……」

 


 コイツ、この世界を滅ぼす気か?


 それはなくとも、ウィルゼスト領だけじゃない……ネメシエラ王国は消滅させられる威力だ。


 オレの脳内で、四十の思考が同時に解決策を模索する。


 解答は、闇の力で完全に消し飛ばす。


 しかし、あの大質量の魔力攻撃を消すとなると、それ以上の魔力リソースが必要となる。


 何かないか……?


 オレが熟考していると、目の前で赤い閃光が煌めく。


「くっ──!?」


 ラグエルの剣が首を掠める。


 あの詠唱が完了した時点で、魔法はもう発動している。

 即ち、ラグエルは槍が堕ちるまでの間、オレを足止めしていれば勝ちとなる。


 とにかく、領域内の魔力を集めるんだ。

 一点に圧縮する。


 ラグエルの猛攻を捌きながらの並列作業マルチタスク


「闇の魔力球……排除する」


 オレへの攻撃を止め、球の殲滅に向かうラグエル。


「させるかよ!」


 一瞬で追いつき、横から蹴りつける。

 距離が離れたこの数瞬の内に、一気に魔力を集める。

 闇が少しずつ膨らんでいく。


 炎の槍が空を埋め尽くし、射出される。


「闇よ」


 こちらは闇の津波で対抗する。

 そして、ヤツの魔力はそのまま魔力球の養分とする。

 

 瞬間、背後にラグエルの反応。

 蹴り飛ばされる。


 魔力球と距離が離れてしまう。

 霧を操作し、空中に闇のゲートを形成。

 ラグエルの近くにある闇と繋げて転移する。


轟け咆哮アジタート狂雷の翠風歌ギル・トラウゼスタ


 波紋の中心点を拳で叩く。

 雷弾が超至近距離から発射される。


 が、ラグエルは反応してこれを回避。


 まずい、まだ魔力が全然足りない。


 あと1分30秒。


 ラグエルの攻撃が止まらない。


 そもそも、オレの魔力だけでは厳しい。

 どこかから魔力を持ってこないと……。



 そこで、脳裏に稲妻が走った。



「……ありがとう、教団」


 取っておきの餌を用意してくれて。


 ラグエルが覚醒してから支配領域を狭めていたが、逆に広げていく。


 すると、引っかかる反応が無数。

 魔物大進軍スタン・カラミティの魔物たち。

 しかも、禁域の魔物。


 魔力リソースとして申し分ない。


(あとは、ラグエルの攻撃を止められれば……)


 現状、大きくなる魔力球の制御に脳のリソースのほとんどを使っている。


 そこにこの猛攻。


 捌くことはできるが、無数の魔物を魔力に変換するだけの余裕がない。

 

(ほんの少しだけ……余裕が)


 ラグエルの剣が上段から振り下ろされる。

 とりあえずこれを止めて、吹き飛ばす。

 その隙に、


 ──瞬間、視界の端から剣が割り込んできた。


 突如として現れる影。

 メイド服が見える。


「ノーグ様!!」


 現れたのはヘレナ。



 そして、



「ぬんッ!!」



 大剣を持った大戦士が、ラグエルを追撃する。


 騎士団長──ナルガート・レイバーン。



 さらに、



「「「はぁあああ──ッ!!」」」



 三つの雷が落ちた。


 ガレウス、アルス、マルス。



「ノーグを死守せよッ!!」



 父が手に持つ剣を掲げ、号令を響かせる。



『うぉおおおおおおお!!』



 やって来た騎士団の士気が爆発する。


 それを見て、オレはニヤリと悪い笑みを作り、呟く。



「闇よ、喰らい尽くせ」



 侵攻していた無数の魔物たちが、足元に広がった闇に引きずり込まれていく。


 魔力への変換……完了。


 その膨大な魔力を慎重に、闇の魔力球へと組み込む。


 一つのミスも許されない。


 匙加減を間違えれば、一気に暴発して何もかもを消し飛ばす破壊の球。


 完璧な魔力制御で支配する。



「──装填完了」



 手銃のポーズで、天から落ちてくる槍に照準を定める。


 全員の心が一つになる。



『いっけぇええええええええッ───!!!』



 「消し飛ばせ、【次元を超えし最果ての地でティル・ナ・ノーグ】」


 極限まで圧縮された闇の弾丸が発射され、迫る【天地揺るがすは天魔の槍グングニル】とぶつかり合う。



 衝撃などない。



 闇が、ただ一方的に槍を呑み込んでいくだけ。



 だが、ここで気を抜いてはいけない。

 あの槍を全て消し去るまでは、制御を続ける必要がある。



「邪魔をするな!」



 赤い流星の静かな闘志が全てを薙ぎ払い、向かってくる。


 オレは動けない。

 だが必要ない。



「あら、私の息子に何か用かしら?」



 光の魔法が付与された長杖が、ラグエルを殴り飛ばした。



「ノーグのお嫁さんに来たかったら、一万回死んでやり直したら考えて上げるわ」



 最強の母──エルナ。


 そしてラグエルの行先には、我らが姉──セリアが脚を振り上げて待っていた。



「吹き飛びなさいッ!!」



 稲妻が走るかの如く、ラグエルを上空へと蹴り上げた。


 と同時に、槍が完全に闇へと葬られる。


「全員、一応衝撃に備えて闇の中へ」


 ボクは闇の天蓋てんがいを創り出す。


 そろそろ魔力制御が及ばない場所に到達する。

 衝撃をできる限り減らすため、少しづつ魔力を散らしていく。

 そして、遂にオレの制御を離れる。


 空の彼方で音もなく暴発した後、遅れて衝撃波がボクたちの元に届く。


 それが収まると、


「……勝った、のか?」


 誰かの呟きが木霊する。


「気を抜くなッ!! これより魔物大進軍スタン・カラミティの対処に向かう!!」


 父の一喝により、この場にいる一人を除いて、みな気を引き締め直す。


「動ける者はこれから……」


「あの〜」


 父の言葉を遮り、手を上げる男が一人。

 オレだ。


「どうしたノーグ。体調が悪いのか? 無理もない。あれだけの働きをしたのだ……」


「いえ、魔物大進軍スタン・カラミティの魔物は……オレが全部殺しましたよ?」


 全員の時が止まり、動き出す。



『は?』



 まぁそうなるよね。


 オレは、ありのまま起こったことを全て話した。


 その結果、


「よっしゃー!!!」


「勝ったぞぉおおお!!」


「全然よく分からんかったけど勝ったどぉおおお!!」


 騎士たちの凱歌がいかが響き渡る。


 その光景を尻目に、オレは座り込んで空を見上げた。

 夜の闇を背景に満天の星と、月の優しい光が目に入る。


 オレの胸に湧き出た思い──紛れもない達成感と、喜びだった。


「ノーグ様」


 優しい声と共に、オレの傍に寄り添ってくるヘレナ。


「ヘレナ、本当にありがとう」


 自然と、その言葉が口から出た。


 彼女が居なければ、この脅威を退けることなどできなかった。

 こうやって、皆が笑顔になれる結末など……起こせなかった。


「それは、私の台詞セリフです」


 目尻に涙を溜めながら、ヘレナはオレの隣りに腰を下ろす。

 そして何も言わず、その頭をオレの肩に乗せた。


「眠いのか?」


「……いえ、ただこうしたかったのです」


「そうか」


 深くは聞かず、オレはまた星空を眺める。

 最後に、言っておきたいことがあったから。


 




 皆のおかげで、勝てたよ……






 ……ノーグ。




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