第18話:真実


 ここは……どこだ?


 ふと気づくと、ボクは見知らぬ場所に立っていた。


 空間のほぼ全てが闇に包まれており、何も見えない。


 唯一見えるのは、辺り一帯に咲き誇る花。

 白い花弁のそれは、薄らと虹色に輝いており、この闇の中で光源の役割を果たしていた。


 そんな花園に、ボクは一人。



 否。



「っ……」


 闇の中から、突如として一人の男が現れた。

 

 ノーグボクと瓜二つの容姿。

 違うのは、髪の色くらいだ。

 ボクは金髪だが、向こうは黒髪。


「……初めまして、だね」


「お前は……」


 間違いない。

 ボクの中にある『オルトシア・クロニクル』の記憶。


 黒髪。

 それは、原作で出ていたノーグの髪色。


 つまり、


「俺の名は、ノーグ・ウィルゼスト。邪神教団の幹部だった者だ」


 正真正銘、原作で登場していたノーグとの対面。

 頭が高速で回転し、自分の置かれている状況を何となく把握する。

 おそらく、ここは精神世界のような場所だと。


 目の前にいるノーグは無感情のまま、ボクに背を向けると、


「きっと、聞きたいことが色々とあるだろう。立ち話もなんだ、歩きながら話そう」


 それだけ告げて、ゆっくりと歩き出した。

 ボクもそれに続くことにする。


 永遠と続く花園の中、ノーグが口を開いた。


「まず、ここはどこなのか、という疑問に答えよう。ここは魂の内側……精神世界と言っていい場所だ」


 どうやら、ボクの推測は当たっていたらしい。


「……お前が、ボクをここに呼んだのか?」


 その言葉に、目の前のノーグは一つ頷き、コチラに振り返る。


「お前に会うのを心待ちにしていた」


「聞かせて欲しい。なぜ、ボクだったのか」


 ボクがこの世界に来た理由。

 何か意味があったのか。

 それとも、何も無かったのか。


「俺がお前を選んだわけではない。俺が居た場所に、お前が来たんだ」


「どういう意味だ?」


「順を追って説明する」


 ノーグが闇に向かって指を指す。

 すると、スクリーンに映し出されるようにして、とある光景が浮かんできた。


 それは、業火に包まれた都市。

 瓦礫の山と鮮血。

 人々の亡骸が見える。


「これは、俺にとっての最後の決戦。邪神教団と、世界から英雄と認められた者たちとの戦い。その結末だ」


 漫画のページをめくるように、目の前の景色も移り変わる。


 確かに、ゲームでも見覚えのある風景だ。

 最後の決戦の舞台。


 世界の中心地。

 オルトシア学園国家。


「この地で、俺は一人の英雄に敗れ、命を落とした」


 目の前に、一人の男が映し出される。

 間違いない。

 原作の主人公だ。


「死の間際に立ってようやく、自分の過ちに気づいた。そして、何でこうなってしまったんだろうと……後悔した」


 場面が移り変わり、今度は空が映し出される。


 黄昏の美しい空。

 おそらく、最期の瞬間にノーグが眺めていた風景なのだろう。


「もう一度、やり直したいと思った。その強い後悔に従って、全力で闇魔法を解放した。その力は空間を引き裂き、俺の魂を過去へと繋げてくれた」


「つまり、お前は未来から来たノーグということか?」


「そうだ。しかし、過去への遡行そこうなど、そう簡単にできるものではない。本来なら、適切な魔法理論に基づき、複雑な術式を組み、大量の魔力を使うことで可能性が見えてくるレベルのモノだ。正規の手順を踏まずに、ましてや力技で過去に渡れば、当然代償が発生する」


 また光景ページが変わる。

 そこは宇宙空間だった。


「俺の魂が行きついた場所は、宇宙だった」


「いや、お前この時意識あったの?」


 宇宙に行ってしまったのは、闇の空間干渉が完璧じゃなかったからだと納得はできる。


 しかし、なんで宇宙空間で、それも魂の状態で現状を認識できているのか……。

 意味が分からん。


「ん? そうか、お前はまだできないか」


「いや、普通に人間技じゃないと思うんだけど……」


「それはお前の頭が固いだけだ。闇魔法は精神の干渉に長けた魔法。そして魂とは、言わば精神体。意識を魂に移すくらいなら無心でできる」


「……」


 そういや天才だったな……コイツ。


「ただ……今の俺には、それをどうやってやったのか……詳しいことは分からないがな」


「は?」


「言っただろ、代償が必要だと」


 その言葉と共に、様々な場面が目の前に映し出される。

 しかし、そのどれもが断片的で、時系列がチグハグ。


「代償は、魂の摩耗。……過去に渡れはしたものの、俺の魂はボロボロに傷つき、消滅した魂の分だけ記憶を失った。俺には、人生の半分近い記憶がない。消滅も時間の問題、そんな時だ、お前の魂が俺の所に現れたのは……」


 宇宙空間。

 魂の移動。

 ノーグの所に現れたボクの魂。

 意図。

 介入。

 干渉。

 意思。

 ゲーム世界。

 異世界。


 脳内で様々な情報が交錯し、一つの仮説が生まれる。


「なぁ、この世界は……何なんだ? 本当にゲームの世界なのか?」


 その質問に、ノーグは少し笑った。


「お前の推測は正しい。ここは、ゲームの世界ではない。正真正銘、お前の暮らしていた世界とは別次元にある異世界だ」


 ゲームの世界。

 やはりそんなモノはなかった。

 パラレルワールドのようなモノなのか?

 いや、そもそもノーグはなぜゲーム世界のことを知っている?

 ボクと融合したから?


 まだ全容は見えない。


「ボクの魂を運んだのがノーグじゃないなら、いったい誰が。心当たりはないのか?」


「ある」


「あるんかい」


 思わず突っ込んでしまう。


「お前がここへ来た時、魔力で干渉されていたのが分かった」


 そう言って、ノーグがボクの頭に触れる。

 すると、その魔力の波長が鮮明に分かって……。


「……ノーグ、これは本当なのか?」


 少し、声が震えた。


「ああ、間違いない」


「……」


 間違えるわけがない。

 この魔力の波長を。


 今まで、ずっと一緒に居た。

 鍛錬ではボコボコにされ、終わったら水とタオルを渡してくれる。


 時には暴走して、手のかかる時もあるけど……今では誰よりも頼りになる存在。



 この魔力は、のものだ。



 それが意味するのは、ボクの魂を呼び寄せたのは、未来のヘレナということ。


 言葉が出ないというのは、まさにこの事なのだろう。

 衝撃的過ぎて、頭が真っ白になった。


「これは推測だが、ヘレナは俺を助けるために境界を開いたのだろう。あの魔眼の力をフルで使えば、出来なくはないはずだ」


 ヘレナがノーグを助けるために……。


「つまりボクの魂は、お前の魂を修復するための養分ってことか?」


「そうだろうな」


 奇妙な沈黙が、辺りを満たす。

 それが何だか気持ち悪くて、無理矢理口を開く。


「お前は、どうしてやり直したいと思ったんだ?」


 ボクの問いかけに、ノーグは少し間を作った。

 それでも、すぐに決心がついたのか……。


「家族を助けたかったからだ。屋敷にいた皆を救いたかった。その感情だけは、今も鮮明に残っている」


「お前なら、ボクの意識を乗っ取ることもできたはずだ」


「そうだな。だが、それをするのはリスクが大きかった。お前の魂には、魔力への耐性も、適性も、何も無かった。強引に魔力を行使すれば、お前の魂だけでなく、融合した俺の魂まで崩壊する恐れがあった」


 ノーグは淡々と、事実だけを述べていく。


「お前が、この世界をゲームだと思っていたのは、俺がある魔法を使ったからだ」


「──洗脳魔法」


「その通り。俺はお前を洗脳した。お前がこの世界で生き抜くためには、必要なことだったからな。人が簡単に死ぬこの世界に、お前は適応できない。少なくとも、慣れるまで長い時が必要になる。しかし、それでは教団の襲撃に間に合わない。加えて、記憶の断片とはいえ、他人の記憶を処理しきるには、お前の魂は脆弱過ぎた。だからお前の記憶を覗いて、情報を上手く処理できる手掛かりを探った。そして見つけた、ゲームという枠に落とし込む方法を」


 ノーグの言葉は続く。


「ゲームとは娯楽、即ち楽しいものだ。危険に陥ったとしても、敗北しようとも、終わりはない。何度でもやり直しができる。強くなれる。それを刷り込むことで、死の恐怖を緩和させた」


「だから、戦闘中や危険に陥った時、不思議と楽しく感じたんだな」


 ベリオンとの戦闘時や、教団との決戦が近づいていることに気づいた時。

 間違いなくボクは楽しんでいた。


 その全てが、ボクの精神を守るための措置。


「だが、まだ疑問がある。この世界がゲームではないなら、ボクが持っている原作知識はどこから来たんだ?」


「それも簡単な話だ。お前には、洗脳する前に俺の記憶の断片を与えている。教団の使っていた拠点の位置、人の顔や戦闘態勢の情報。その断片を基点として、 残りの部分はお前が勝手に補完したもの。つまり、ゲームのシナリオというのはお前が勝手に作ったものだ。俺はお前の記憶を覗くまで、ゲームなど知らなかったからな」


「……そういうことか」


 ノーグが記憶の断片を与え、その上から洗脳魔法を掛けた。

 この世界はゲームであると。


 それにより、ゲーム世界の中だとしたボクは、ノーグの記憶を基盤としてシナリオを作った。


 人の顔や姿、戦闘スタイルが割と一致したのは、記憶に残りやすい、目で見ることができるものだからだ。


 一方、固有名詞のような抽象的なものは、記憶に残りづらい。

 目で見ることができず、口頭や文字で示すしかない。

 だから、教団幹部『ビリシオン』を『ファルネラ』と間違えたり、『奏者』を『指揮者』と勘違いもした。

 ブヒータとオレオは……よく分からないが、もしかしたら別の山賊のことだったのかもしれない。

 ベリオンやアルビエルの名前も、おそらく違うのだろう。


 そして何より、


「お前は、ボクに過去の記憶を渡していなかった。そうだろ?」


「正解だ」


 転生した初日。

 悪役の過去話は原作に存在しない。


 そう思って、分からないなりに、原作開始までの三年間を乗り越えようとした。


「確かに、俺には過去に関する記憶がある。だが、これも他と同様、虫食い状態で不完全なものだ。いつ教団が攻めてきたのか……。父がいつ殺されたのか……。いつ俺が教団に入ったのか……。確信できる情報は一つとしてない。こんな状態で記憶を渡したら、お前はその記憶を前提にシナリオを構築してしまう」


 そうなれば当然、シナリオと現実で差が生まれる。

 誤差とは呼べないほどの大きな差が。


「だから俺は、敢えて過去の記憶は渡さなかった」


 未来の記憶だけを渡し、過去はまったく見せない。

 それにより、未来で起こる『死』を回避するためボクは奔走する。

 そのついでに、過去に起こるであろう惨劇も解決させようとした。


「全部、お前の掌の上だったわけだ」


「そんなことはない、賭けの部分も大いにあった。例えば、お前が完全に覚醒したのは、何歳の時だ?」


「12歳だ」


「それこそ、お前が魔力に順応するまでに掛かった時間だ。そのまま意識を取り戻さず、また惨劇が繰り返される可能性もあった」


「ん? つまり……教団の襲撃時までにボクが覚醒を果たすかどうか、まったく分からない状態でコレを実行したのか……?」


「そうなるな」


 言い切るノーグに、ボクは苦笑いを浮かべる他なかった。


 そんな重要な選択を、迷わず選んだ。

 いや、それしかなかったのかもしれない。

 それでも決断できたのは、凄まじいことだ。


 結果論とはいえ、ノーグの思惑は全て上手くいき、ボクはここへと辿り着いた。


 本当に、なんだそれは……って話だ。

 神業かみわざとしか言いようがない。


 これが、本物のノーグ・ウィルゼスト。


 その圧倒的な天才性に、憧れと畏怖のようなモノが胸に湧く。

 それと同時に、一面に咲いていた花が、光の粒子となって立ち昇る。


「……そろそろ時間のようだ」


「身体が……」


 目の前のノーグも、ボクの身体も、この場にあるもの全てが、少しずつ光の泡となっていく。


「これから、全てが統合される。俺の記憶の断片も、闇の力も、お前の魂も。精神の全てが一つとなる。闇と闇がお互いを喰らい、混ざり合い、溶け合う」


「それは、つまり……」


「俺はお前となり、お前は俺となる。完全なる融合だ」


 ノーグはコチラに向き直ると、その頭を下げた。


「お前に、謝罪と感謝を。俺たちの戦いに巻き込んで本当にすまない。そして、もう一度みんなを救う機会をくれて、ありがとう」


 それが紛れもない本心であると、ボクには分かった。

 ボクもノーグだから。


 でも、


「すまない、ノーグ。もう、槍が屋敷に落ちたんだ」


 あの状況で生き残ることができる人は、どれだけいるだろうか……。

 屋敷にいた家族は……おそらく。


「槍が来る可能性は高いと、分かっていたのに。ボクは……」


 唇を噛み締め、拳を強く握る。


 ヘレナの記憶から分かっていた。

 教団も馬鹿じゃない。

 コチラが最も嫌がることをしてくる。


 でもボクは、全て自分が生き残るすべを磨くことに費やした。


 ボクは、ある程度の犠牲を許容するつもりだった。

 その犠牲が、家族の誰かであったとしても。


 当然、みんな生き残る方が良い。

 最低限の努力はする。


 だが、最優先は自分の命。

 そこは変わらなかった。


「すまない」


 きっとノーグには、受け入れられない話だろう。

 俯き、目を瞑る。


 数瞬置くと、ノーグからはゲンコツと鼻を鳴らす音が返ってきた。


「お前は英雄にでもなったつもりか? 馬鹿だな、大馬鹿だ。それに、真面目が過ぎる」


 想像以上に軽快な口調。

 頭を抑えて、ボクは顔を上げる。


「自分が生き残ることを優先して、何が悪い。人として当然のことだ。それに、お前は未来で自分が死ぬことが分かっていた。それを何よりも回避しようと行動するのは、おかしなことではない」


 ノーグは自身の胸に手を当て、言う。


「勘違いさせてしまったようだが、皆を救いたいという望みは俺自身のモノだ。お前に強要するつもりなどない。お前がいなければ、俺はここまで来れなかった。感謝こそすれ、憎みなどするものか」


「……」


「お前は、自分の意志を貫いたんだ。そして強くなった。お前が強くなったことで、救われた人が沢山いる。特にヘレナの運命は、大きく変わった。お前が助けたんだ。──誇れ。 自分の強さを。 ──思い出せ。 自分の努力を。 俺は全てを失った。 だがお前はどうだ? まだ助けられる者がいるはずだ」


 その言葉が、ボクの胸を強く打つ。

 熱くする。


 今までの出来事が脳裏を駆け巡り、大切な皆の笑顔モノを思い出させてくれる。



「さぁ、行こう。二人で……運命シナリオを覆すんだ」



 ボクの目の前に手が差し出される。



 ノーグの言いたいことが分かる。

 伝わってくる。


 ボクはその手を取り、



「二人で……皆を救い出そう」



 呟く。



 もしゲームの世界だったなら、それになっていたであろう男の物語。




「二人で……」



「……ここから始めよう」




 主人公でも、ヒロインでもない。




『──悪役のプロローグを』

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