第13話:2ヶ月の成果


『1ッ! 2ッ! 3ッ! 4ッ! 5ッ!』


 燦々さんさんと降り注ぐ陽光。

 時刻は13:30頃。


「さぁラストスパート!!」


『6ッ! 7ッ! 8ッ! 9ッ! 10ッ!』


 男達のむさ苦しい声が、訓練所内に響き渡る。


 あれから、1ヶ月が経った。

 激戦を乗り越え、ヘレナを仲間にすることに成功。


 ボクの仕掛けた人形のことや、闇魔法のこと、教団撃退計画を密かに行っていたことなど、ヘレナには全て話した。


 これから、彼女はボクの共犯者となる存在。

 隠し事はしない。


 そして、かれこれ2ヶ月ほど続けている騎士団との訓練。

 その成果は凄まじい。


 ボクは腕立て300回を、余裕で達成していた。


 ここから10分間のインターバルを挟み、次は腹筋300回である。


「始めッ!」


『1ッ! 2ッ! 3ッ! 4ッ! 5ッ!』


 副団長──コロンの号令が聞こえた瞬間、全員が連動して動き出す。


 それから30分後。

 腹筋が終われば、スクワットを300回。


 そこから追い込みの持久走。

 訓練所300周。


 地獄のようなハードワークだが、これも魔力の使い方次第だ。

 効率的な魔力運用で、持久力をつける。

 この特訓により、長時間の戦闘が可能になる。


 騎士団のペースも決して遅くはない。

 だが、今のボクには負荷にならないので、少しギアを上げる。


「お前たちッ!! ノーグ様に置いて行かれるな!! あるじの前に立てずして、何が騎士か──!! 死ぬ気で食らいつけぇええええ!!」


 最初の頃、コロンはクール系キャラかと思っていたが、今ではとんだ勘違いだったと分かる。

 コイツは紛れもない熱血系だ。


 ボクは後ろからの雄叫びを無視して走り、騎士軍団を10回ほど抜いて勝利した。


「休憩終了! 次は体術訓練だ!」


 まずは二人一組になって組手をする。

 そこから相手をどんどん変えていく総当たり戦。

 これが1ヶ月前までの訓練内容だった。


 今は、



「掛かれぇええええ───ッ!!」


『うぉおおおお───ッ!!』



 完全なる個人戦。

 騎士団全員が殴り合う大乱闘である。


 ボクは、身体強化全開で襲いかかってくる男共を、柔軟かつ的確に排除していく。


 拳を突き出してくるヤツには背負い投げ。

 足を狙ってくるヤツには飛んで回避。

 掴み掛ってくるヤツには、より早く動いて意識を刈り取る。


 最終的には、ボクとコロンだけが残り、10分程組み手をする。


 そうしていると、意識を取り戻した騎士たちが襲いかかってくるので、また一人ずつ丁寧に沈めていく。


「休憩終了! 次は剣術訓練だ!」


 全員が木剣を持ち、構える。

 まずは二人一組になって切り合う。

 そこから相手をどんどん変えていく総当たり戦。

 これが1ヶ月前までの訓練内容だった。


 今は、



「掛かれぇえ゛え゛え゛───ッ!!」



 体術と同じである。


 しかし、これが意外といい訓練になる。

 相手との間合いの把握。


 目の前の相手だけでなく、視野を広げて全体に注意する。

 当然、背後からの奇襲にも対応しなければならないため、死角の管理も重要になってくる。


 全員が超集中状態で、一時間ほど切り合う。



「次は模擬戦だ! 体力がない腑抜けは休んでおけ!」


 ボクはヘレナから貰った水を飲み、木剣を手に取る。


「初戦は、ノーグ様 対 ザック!!」


 ボクの前には、同じく木剣を持った、第五部隊隊長──ザック・グレゴリウスが立っていた。


「ザック、お前と戦うのは随分と久しい気がするな」


「そうですね。最初の一週間以来です!!」


 騎士団の仕事は、部隊ごとに割り振られている。

 ボクが初めて訓練所に来た時、第5部隊は屋敷の警備担当だったため、同じ訓練に参加できた。


 だがあれから、第5部隊は領内の巡回や、遠征で壊滅しかけた部隊の穴埋めで、訓練所に顔を出せないほど忙しくしていた。


 今回の模擬戦は、ボクにとってのリベンジマッチでもある。


「今日は勝つぞ?」


「こちらこそ、いざ尋常に!!」


 お互い、隙のない構えで相手を見る。

 そして、



「──始めっ!!」



 コロンの掛け声と共に駆け出した。


 

「はぁああ──!!」


「うぉおおおッ──!!」


 お互いの剣がぶつかり合い、周囲に衝撃波が走る。


 2ヶ月前は、この圧倒的なパワーと持久力に潰された。

 だが、今のボクの魔力制御と膂力を合わせれば……。


 ボクの剣が、ザックの剣を押し返していく。


「くっ……うぉおおお!!」


 ザックは苦悶の表情を見せるが、雄叫びを上げ、すぐに持ち直してくる。


 ボクはそこで力を抜き、力を流して隙を生み出す。

 一瞬で背後へと回り込み、その背に一撃を与えた。


「ぐっ……」


 体勢が崩れた。

 更に畳み掛ける。


 最速で懐へと入り込み、突き技で腹部を刺す。

 

 最小の魔力で、最大の効果を生み出す魔力運用。

 この2ヶ月のランニングで身につけた技術だ。


 ザックも負けじと剣を振るうが、すでにボクは次の攻撃へと移っている。

 圧倒的な速度で翻弄し、正確に隙を突く。


 ボクの一閃が、ザックの横腹に叩き込まれる。

 瞬間、ザックも反撃に出てきた。


 隙を見せ、一撃を受けるのを許容した上での反撃。


 だが、その上段からの振り下ろしも……今のボクなら正面から受けられる。



 ザック、お前は強かったよ。


 本当に。


 だけど、お前から学べることは……もう無さそうだ。



 ボクは木剣がきしむほど強く握り、受け止めていた木剣を弾き飛ばす。


 そして、瞬き一つの間に六連撃を叩き込んだ。


 側頭部。

 肩。

 横腹。

 もも

 膝。

 足首。


 ザックの意識は吹き飛び、地面に沈んだ。



「勝者、ノーグ様!!」



 こうして、ザックの尊い犠牲により、ボクはまた一つ強くなったのだった。






◆◇




 夕刻。


 日が沈みかけ、黄昏の空が美しい頃。

 ボクはヘレナを伴い、ウィルゼスト領の東にある山に来ていた。


 王都へと繋がる街道は、この山を迂回するように設計されている。


 しかし、山の中にも軽く整備された道が存在する。

 これを越えることができれば、約2〜3時間の短縮が可能になる。


 この甘い蜜に飛び付く、旅人や商人は後を絶たない。

 その道は、この山に住み着いた山賊が人工的に作り上げた狩場。


 後ろ盾のない商人や旅人をターゲットにし、金品を奪い取る。

 なかなかに上手いシステムだ。


「ノーグ様、あちらにも人影が複数……5人です」


「よし。下っ端どもの配置はあらかた割り出せた。次は……山の頂上の方へ向かってくれ」


【御意】


 ボクたちは現在、イグルスに乗って飛行中。

 上空を旋回し、強化した視覚を使って敵の位置を割り出している。

 

「それにしても、かなりの数が居ますね」

 

「ああ。山賊共のボスが、それなりに切れ者だからな」


「知っているのですか?」


「まぁな」


 ウィルゼスト領解放条件として、こなさなければならないクエスト。

 それがこの山賊討伐だ。


 教団との繋がりにより、凶悪かつ強大な組織となった山賊たちは、貴族にすら躊躇ためらいなく手にかけるようになる。


 主人公一行は、襲われている貴族と遭遇。

 これを救出すると、山賊討伐のクエストを受ける流れになる。


 出てくる山賊のレベルは軒並み高く、ボスである──オレオ・ボスマンは、状態異常に特化した攻撃をしてくる。


「お、あれかな?」


 山頂付近。

 大きな洞窟の前で、山賊たちは焚き火を囲い、パーティーをしている。

 肉を喰い、女を侍らせ、酒をあおる。


 下っ端には働かせて、幹部たちは酒と女を愉しむ。

 こってこてなまでの悪党ムーブだ。


「あの玉座に座っているのがボスでしょうか? 一人だけ魔力量が桁違いです」


 ヘレナの見ている先。

 確かに玉座に座っている男がいる。


 ん? あれがオレオ君?

 おかしいな、もっとガッシリした体型だった気がするけど……。


 かなりふとましい姿。

 まるでオークだ。


 玉座にふんぞり返り、女を膝の上に置いて愛でている。

 確かに魔力量は多いけど……。


 もしかしたら、代替わりしたのかもしれない。

 メインストーリーは未来のお話。

 現時点で頭領が違うということもあるだろう。



「まぁいい、始めようか。ヘレナは、作戦通り頼む」


「かしこまりました」



 ボクはイグルスの背に立ち、告げる。



「闇魔法、召喚魔法陣作成」

 


 ヘレナから得た山賊たちの位置情報をもとに、魔法法陣を展開。

 紫色の魔法陣の輝きが、山の至る所で発生する。



「来たれ、我が下僕たちよ」



 現れるのは、瞳を紫に染め、闇のオーラを纏った魔物たち。



【これより、囚われた人たちを救出する。それに伴い、この山にいる山賊共を狩り尽くせ。お前たちの初仕事だ】



 これこそが、この山に来た目的。


 メインストーリーでは、教団と繋がっていた組織だ。

 まず間違いなく、ここの戦力は使いたいと考えていたはず。

 これを先に消しておけば、嫌がらせにはなるだろう。


 仮に、現段階で繋がっているのならそれも良し。

 芋づる式に教団の尻尾が掴める。


 どちらに転んでも、ボクにとっては利益しかない。




【ノーグ・ウィルゼストが命じる。蹂躙せよ】




 下された命令に、魔物たちの雄叫びが轟いた。


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