第9話:ヘレナの過去『前編』
私の名はレーナ・グラシオン。
グラシオン王国に生まれた王女でした。
父であるエルドリード・リア・グラシオンと、正妃であるロアナ・リア・グラシオンとの間に生まれた第一王女。
「お母様! 見ていただけましたか? 現在騎士隊長に11連勝中です!」
「本当に凄いわね。さすが、私とあの人の娘ね」
私の古い記憶。
今から10年も昔の話。
私が4、5歳だった頃。
毎日が新鮮で、楽しくて、喜びに満ちていた日々。
私には、生まれた頃から才能があった。
何かをするよう命じられた時、できないと感じたことは無かったし、自分の出来ている姿が
勉学も、礼儀作法も、踊りも。
それらに例外はない。
中でも、戦闘の才能は桁違いだった。
剣術、体術、魔法、魔力。
少し習えば、その瞬間から自分の血肉へと変わる。
初めて剣を触った4歳のあの日。
騎士団の隊長に、振り方を少しだけ教わった。
興味を持った私は、空いた時間があれば、騎士団の訓練の様子を覗くようになった。
手本を見て、自分で実際に振ってみる。
剣を振り始めてから一週間で、私は騎士隊長を倒した。
技術という点では、私の完敗。
しかし、身体強化によって底上げされた
魔法も同じ。
少し教本を見ただけで、基本的な魔法理論は理解できたし、使いこなせた。
父は才能があるからと、どんどん家庭教師を雇っていたが、その全員が一ヶ月も待たずに去って行く。
そこに不満はないし、悲しいとも思わない。
むしろ、全て一人でやった方が効率がいいとさえ感じていた。
私は周囲から人を遠ざけた。
必然、一人の時間が増える。
そんな時は、剣を振りながら魔力制御を行い、本を読みながら魔力制御の鍛錬をする。
地味だと思う人もいるでしょう。
けれど、私にとってはとても充実した毎日。
特に、お母様や兄弟、姉妹たちの存在が大きかった。
お母様は、とても強い人でした。
父は国王……中でも好色家として知られており、多くの妻を娶っていた。
その数は十人。
愛人も含めれば、その数は計り知れない。
それぞれの妃が二人は子を授かっていたため、王族だけでも凄い数となる。
当然、野心を内に飼う一部の妃たちは、その本性を見せ始めた。
煌びやかな後宮はその実、
しかし、私の母である正妃が第一子を授かり、かつ男児であったこと。
その第一王子が、特別優秀だったこと。
正妃こそ、妃たちの中で最も深い闇を持っていたこと。
それにより、王位継承権を掛けた後継者争いは行われなかった。
母は常に優しい笑みを浮かべ、人柄も柔らかく接しやすい。
その美貌も相まって、儚く弱そうに見える。
しかし、誰よりも強かで、賢く、重たい人だった。
「レーナ、貴族……特に王族の世界は怖いところだから、強く育ちなさい。自分だけの武器を磨くの。きっと役に立つ時が来るわ」
母の言葉。
「レーナは本当に賢いわね……。あの人の力も受け継いでいるようだし、きっと何でもできるわ」
母との日々。
「レーナったら、どこでその話を聞いたのかしら?」
「フリッツから聞きました! お母様のことについて聞かせて欲しいと、私がお願いしたのです!」
「ふふ、悪い執事がいたのね。後でお仕置かしら」
「お母様! どうやって跡目争いを鎮めたのですか?」
「そうね……妃たちと、ちょっとしたオハナシをしたのよ。そうしたら、みんな分かってくれたわ」
「おはなし?」
「そう。とっても素敵なオハナシ」
母との思い出。
「お母様は、どうしてお父様と結婚したのですか? いくら王族と言っても、見境が無さすぎます。
「ふふ、正論ね。私も、陛下のだらしなさは好ましくないと思っていたわ。学生時代、切断してしまうのも良いかと思っていたのだけど……」
「せつだん……?」
「ええ、でもそうすると、レーナに会えなくなってしまうから……諦めたわ」
「……?」
「レーナはまだ知らなくてもいいことよ。それより、なんで陛下と結婚したのか……だったわね」
「はい」
「それはね、あの人を世界で一番愛しているからよ。あの人が、私を救ってくれた───英雄だから」
「英雄?」
「レーナにも、きっと分かる日が来るわ……きっとね」
◆◇
王太子である兄──エルロード・グラシオンとの記憶。
燃えるような赤い髪をした美男子。
努力を惜しまず、ひたすらに進み続ける。
性格も穏やかで、軽快に笑う人。
他者に力を分け与えられる。
そんな人。
「レーナ、社交界でまた言い寄られたというのは本当か!? おのれ、レーナに群がる害虫共め……! どこの家の者だ? 言ってくれれば、すぐにでも排除して……」
優秀な兄との日々。
「レーナ、分からないところはあるかな? もし困っているなら、この僕を頼ってくれても……」
兄との思い出。
「凄く腕を上げたね。でも、まだまだお兄ちゃんの方が強いぞ!」
兄との……。
「おい貴様! 僕の妹に何か用か? 話なら僕が聞こう! おい、待てどこへ行く! 僕はお兄ちゃんだぞ!!」
とても残念な人だった。
でも、とても温かい人。
◆◇
妹──リエラ・グラシオンとの記憶。
私と同じ銀髪に、同色の瞳が特徴的な少女。
純粋で、明るい笑顔をよく見せる子。
彼女も才能に溢れ、私にくっついて魔力制御の鍛錬をしていた。
「お姉様! 私にも魔法を教えて下さい!」
「お兄ちゃんを頼ってくれも───」
「私、お姉様のような魔法使いになりたいです!」
「お、お兄ちゃんもいるぞ……」
妹との日々。
「お姉様……一緒に寝てもいいですか?」
「構いませんよ」
「えへへ、お姉様……温かいです」
妹との思い出。
「お姉様、強過ぎます……」
「リエラには、まだ追いつかせませんよ」
「私、お姉様に追いつけるのでしょうか……?」
「大丈夫。リエラは私の妹。今もひたむきに努力を続けている。ただ、リエラは私を真似しすぎる所がある。もっと柔軟に、もっと自由に、未来の自分をイメージすべきでしょう。真に比較すべきは、私ではなく自分自身。まずは自己分析から始めましょう」
「自己分析、ですか?」
「ええ、どんな魔法が好きなのか。どんな魔法師になりたいのか。そういった簡単なものから始めて、いずれは自分の核となる型を見つけなさい」
「はい!」
毎日が色付き、輝いて、燃えていた。
私の大切な思い出。
私たちの大切な宝物。
そう、とても楽しい日々。
私が、11歳を迎えるまでは。
◆◇
よく晴れた日。
何の変哲もない、いつも通りの朝。
いや、何かとても嫌な夢を見た気がする……しかし、もう忘れてしまった。
そんなモヤモヤした気分のまま、私は庭へと出る。
そこには、魔法の特訓に精を出している妹の姿があった。
炎、水、氷、風。
四属性の魔法を操り、組み合わせ、変形させている。
九歳にしては、異常と言える制御力でしょう。
しかし、まだ甘い。
水球は形を保てず、輪郭が波打っている。
氷も、生成自体は上手くいっているが、魔力密度が足らない。
案の定、水球は地面に落ち、氷も形を維持できず霧散していく。
それが悔しいのか、口元をキュッと結ぶリエラ。
私は彼女の元へと向かい、声をかける。
「おはようリエラ、今日も早いですね」
「あ、おはようございます! お姉様!」
彼女はパァーっと、大輪の花が咲いたような笑顔を見せ、元気いっぱいに挨拶する。
「魔力制御、手こずっていましたね」
「はい……。三属性の同時展開がそこそこできるようになったので、少し試してみたかったのですが……失敗してしまいました」
伏せ目がちに、不満気な顔をするリエラ。
私は、そんな彼女と目線を合わせるためしゃがみ込んだ。
リエラの肩に手を置き、彼女の陰った目を見つめて──。
「そんなに落ち込む必要はありません。努力を重ねれば、いずれ身につきます。リエラには、それをできるだけの力がある。この私が保証します」
「お姉様……」
「分からないことは、私が教えてあげますから……いつでも聞きなさい」
「はい!」
リエラは元気を取り戻したのか、再び魔力制御へと没頭する。
魔力制御もかなり安定している。
既に、魔法師団にいてもおかしくないほどの練度。
妹の頑張る姿を目に、私も魔力制御の特訓を行う。
──そこでふと、リエラが宣言する。
「私、お姉様を超える
キラキラとした瞳でそう言うリエラに、胸の内が熱くなる。
私に勝負を挑んでくる存在。
可愛くないわけがない。
「ふふ、なら勝負ですね。私とリエラ、どちらが偉大な
「絶対に負けません!」
何事にもいつも全力。
真面目で、明るく、可愛い妹。
私の宝物。
「あ、そうでした」
リエラが魔法の制御を止め、こちらに向き直った。
リエラは飛びっきりの笑顔で───。
「お姉様、誕生日おめでとうございます!」
私の十一歳の誕生日を祝ってくれた。
「ええ。ありがとう、リエラ」
魔法の鍛錬が終われば、私は昼食の時間まで勉強をする。
内容は日によってまちまちで、自分の気になった分野、今の自分に必要な情報や、今後必要になりそうな情報を中心に吸収する。
一応、貴族は15歳から学園に通うよう義務付けられているため、その対策も兼ねて日々励んでいる。
今日のテーマは、ダンジョンや秘境などについて記された教本です。
学園では、実習でダンジョンに行く機会が設けられているため、その予習……というのと、純粋に興味があった。
───『ダンジョン』
長年の研究によると、地中に魔素溜りができ、魔力濃度が一定のラインを超えた時、宝珠が誕生する。
それが、
ダンジョンコアは長い時をかけ、魔力を蓄える。
必然、コア周囲の魔力濃度は高まり、その影響で地形を変化させ、領土を形成する。
その領土を拡大していく過程で、魔物は生まれる。
自然界に生息する魔物よりも
ダンジョンを長く放置すると、強力な個体が増え、時には外界へと溢れ出す。
ダンジョンはその根をさらに広げ、凶悪化していく。
それを防ぐためには、魔物の数を定期的に間引くか、コアを破壊、もしくは取り除く必要がある。
コアは大きな魔力供給源になるため、小さいモノでも値千金の価値がある。
───『秘境』
その名の通り、人の手がまったく及ばない未到達領域。
出現する魔物が余りに強過ぎるため、その生還率はダンジョンと比較にならないほど低い。
これまでに、数多くの冒険者が挑戦するも、攻略者が現れたという記録はない。
過去に行われた国主導の探索も、部隊の八割が死亡。
生還者も重篤な後遺症を負い、最終的に死亡。
国家の主戦力が壊滅したという情報は、すぐさま世界各地に広まり、各国は秘境への立ち入りを全面停止。
許可なく侵入したことが発覚すれば、厳格な処罰の対象となることを公表した。
現在も、秘境の取り扱いは各国首脳の指示のもと、慎重かつ厳重に行う運びとなっている。
人々はその魔境を恐れ、『神々の負の遺産』『地獄の門』『禁域』と呼んでいる。
攻略したが最後──世界は終わるのではないか……という終末論や、攻略者には女神により加護が与えられ、『真なる勇者』に目覚めるのでは……という希望論など、様々な憶測が繰り広げられている。
真実は、その場所を攻略した者にしか分からない。
「なるほど、これがダンジョンと秘境」
これらは世界各地に点在している。
特に目を引くのは『秘境』の存在。
古くから存在する前人未到の地。
秘境と認定されている場所の形状は様々で、ダンジョン型、森林地帯、火山、雪山、海底など多種多様。
ダンジョンのように魔物が溢れ出ることはなく、ただ静かに存在し続けている。
それが、より人の恐怖を掻き立てるのでしょう。
嵐の前の静けさのように、ある日突然、全てが溢れ出るのではないかと……。
恐怖はある。
不安もある。
しかし、人々は希望と欲望を胸に『冒険』する。
「Sランクパーティ【栄光の剣】……秘境中域への遠征から無事帰還」
新種の魔物の魔石が確認され、ドロップアイテムも多数確認されたらしい。
世界は広い。
秘境に挑む者たちは数多く存在し、今も夢を見続けている。
「私もいつか……」
分かっている。
王女という立場上、この願いは叶わない。
グラシオン王国は、小さくも大きくもない国。
このご時世、国同士の連携は強固にしていかなければならない。
魔物という脅威に立ち向かうため。
国に暮らす民が安寧を得るために。
いずれ、王女としての責務を求められる日が来る。
それでも私は……。
────世界を見てみたい。
◆◇
昼食を終えた後、私たちは旅支度を始めていた。
目的地は、グラシオン王国の東に隣接している国───ネメシエラ王国。
その国の王太子が、今年で十歳を迎える。
一つの節目の年として、盛大なパーティが開かれるため、特別な来賓としてグラシオン王家に声が掛かった。
そして、そのパーティに出席することになったのが私。
王太子と歳が近いため、このパーティをきっかけに親睦を深め、ゆくゆくは……。
そういう魂胆なのでしょう。
両国家の考えが透けて見える。
まぁ、王家としては正しい選択のため何も言えませんが……。
それでも憂鬱だ。
私は男性に対して良い印象を持ったことがない。
あの父親を見て育ってきているのだから、当然と言えば当然でしょう。
加えて、社交界で顔合わせに来る男性たちは皆、下卑た眼差しで私を見ている。
顔、身体、地位。
全て表面的なモノばかり。
最近は、兄が私の近くに陣取っているため、下手な動きはできなくなっている。
多分あの人は、王じゃなくて騎士になった方がいいと思う。
才能の塊だ。
「レーナ様、苦しい所はありませんか?」
そんな冗談を考えている間に、メイドのクラミーによる着付けが終わった。
「いえ、問題ありません。出発の準備はもう済んでいるのですか?」
「それが……少々立て込んでいるようで、もうしばらくかかるようです」
「では、少し待ちましょうか」
「かしこまりました。今紅茶を入れますね」
私の旅支度は既に完了しており、あとは送迎を担当する馬車と、護衛を担当する騎士たちの準備を待つだけ。
部屋の窓を開けて、本を持ち、椅子に座る。
空中に幾つかの魔力球を発生させ、魔力制御も並行させる。
時間に空白が生まれると、頭で考えるよりも早く魔力を循環させる。
もう癖になっている。
形を変形させたり、さらに数を増やしたり。
そうして遊んでいると、紅茶の仄かな香りと共に、クラミーがやって来る。
「お待たせしました」
テーブルの上に置かれる紅茶。
ありがとうと一言伝え、そこに手を伸ばした時。
もう一つの食器が音を鳴らして、紅茶の横に並べられた。
そこにあったのは、切り分けられたショートケーキ。
「レーナ様、誕生日おめでとうございます!」
「本当にありがとう、クラミー」
誕生日のお祝いは、毎年律儀にすることは少ない。
基本的には5歳、10歳、15歳の節目となる年に大々的にお祝いする程度。
それでも、個人的なお祝いをするのは自由。
グラシオン王家は、かなり間目な部類になる。
貴族たちを集めたパーティとまではいかないが、毎年かなりの回数で誕生会が開かれる。
その影響か、使用人たちも毎年こうして祝ってくれる。
「一緒に食べましょー!」
「あら、他のメイド達は今も働いているのに、貴方は私の部屋でケーキと紅茶を満喫ですか。悪いメイドですね」
私たちはお互いに微笑みながら、温かくも静かな一時を過ごした。
◆◇
「先遣隊の報告によると、どうやら街道付近に魔物が大量発生しているようです。現在、陛下の指示のもと、部隊を再編して対応させていますが……戦況は芳しくないとのことです」
王に仕える最強の剣。
近衛騎士団団長──ランドルフが、玉座の間にて王へと状況を伝える。
「ふむ」
手で顎を撫で、思案げに瞼を閉じる一人の男。
鮮烈な印象を与える赤い髪に、精巧な顔つき。
荘厳な玉座に座るその男は、紛うことなき一国の支配者。
エルドリード・リア・グラシオン。
私の父だ。
「
「はい。まず間違いなく、
厄介さや危険度で言えば、当然後者になる。
過去には、
冒険者依頼のランクに換算すれば、最低でもAランク……あるいはSランクに届くことも有りうる。
「未確認のダンジョンでもあったのか……。それとも、特殊な個体が現れたのか……」
「陛下、ご決断を」
ランドルフの言葉に、父は一拍遅れて───。
「直ちに増援を派遣せよ! 冒険者ギルドにも、緊急依頼として援軍の要請をする! ランドルフ、お前は増援可能な騎士たちの選別と、ギルドへの依頼を」
「御意」
「手の空いている者は、兵士たちに厳戒態勢を敷くよう伝達せよ! 不測の事態に陥った場合は、民の安全確保のため避難誘導を任せる! そしてレーナ、ネメシエラ王国への出発は見送りにする。よいな?」
「かしこまりました」
父の発言により、
「ガリア、お前はこの状況をどう思う?」
父が声をかけたのは、この国で宰相を担う知恵者。
長い灰色の髪。
常に冷静で、余裕のある笑みを浮かべている。
父が最も信頼している人物と言っていい。
「……今のところは何とも言えませんね。
「そうだな……。しかし、嫌な予感がする」
「陛下の嫌な予感ですか……。何か起きそうで嫌ですね」
「いざという時は、お前の知恵を貸してもらうぞ」
「はい、存分にお使い下さい」
二人の会話を聞き届けた後、父から私たち王族は自室での待機が命じられた。
玉座の間を後にし、自分の部屋へと戻る。
窓の外に広がる夕焼けの空を眺める。
嫌な予感がする。
父と同じ意見だった。
その時、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「誰?」
「レーナ様! クラミーです!」
扉の外から聞こえたのは、私専属のメイドの声。
その声は、慌てているような、震えているような。
とにかく緊急を要する事案だと分かった。
扉を開け、見えたクラミーは息も絶え絶えの様子だった。
「クラミー、どうしたのですか? 何か──」
「反乱です!」
その言葉は、重い衝撃となって私の胸を打った。
「バラモンド侯爵が、大軍を率いて王都に向かっていると、兵士達が!」
バラモンド侯爵。
仄暗い噂の絶えない家だ。
当主──ゲラルド・バラモンドは穏やかな印象を受ける人だが、選民思想を絶対視している節がある。
領民からの評判はお世辞にも良いとは言えない。
奴隷や禁止薬物の密輸に関わっている疑いもあったけれど、全て証拠不十分。
調査は打ち切られている。
「陛下が招集した可能性は?」
「それが、陛下直属の暗部からの情報らしく……」
「そう……」
父も、バラモンド侯爵の動向には目を光らせていたらしい。
暗部からの情報となると、反乱の情報は確かなのだろう。
侯爵の反乱。
この二つが偶発的に起こる確率は、どれほどのモノだろう。
しかも、
王都からネメシエラ王国へと向かう街道付近の森だ。
バラモンド侯爵は西から進軍中。
あまりに出来すぎている。
「まだ情報が足りませんね」
「はい……」
現状、私に出来ることはない。
けれど、無知な
いざという時、何もできない存在には決して……。
少し、溜息が漏れる。
胸騒ぎが収まらない。
悪寒が、背を引き裂く勢いで這い回る。
「レーナ様……体調が優れないのですか?」
「……問題ありません。少し、状況に当てられているだけです」
「でも、肩が震えて……」
心配そうに寄り添ってくれるクラミー。
彼女の厚意に手を借りながらも、私は椅子に腰掛ける。
「今、飲み物をお持ちしますね」
微笑む彼女が、私に背を向けた瞬間。
轟音と共に全てが揺れた。
クラミーは床に倒れ、私も椅子から投げ出された。
その後も、幾度となく音が鳴り響く。
「この音は……」
私は立ち上がり、バルコニーへと出る。
今もなお鳴り響く爆発音。
外は、真っ赤に染まっていた。
城下町からは黒煙が立ち上り、人々の悲鳴が聞こえ始めた。
爆発。
魔法によるものか、あるいは魔道具か。
再び、王城が揺れる。
柵にしがみついて、落下を防ぐ。
クラミーも、ベッドにしがみついて無事な様子。
「クラミー、とにかくここを離れましょう。襲撃です」
「は、はい!」
私はクラミーを連れて部屋を出る。
真っ先に向かうべきは、お父様たちのいる玉座の間。
しかし、脳裏には妹や兄の存在……母が過ぎる。
身体が重い。
息も荒い。
何故こんなにも心がざわめくのか……。
分かる。
感じる。
焦燥の源。
皆の笑顔。
幸せな時間。
今この瞬間にも、崩れていっている。
それが堪らなく怖い。
私は魔力探知で、城全体を探る。
王城は、強力かつ様々な防護結界を敷いているため、本来魔力探知など意味はない。
しかし、日々の魔力制御の効果か、私はその防御をすり抜けて探知できる。
リエラの反応をキャッチし、まだ部屋にいることを確認した。
長い廊下を走り、リエラの部屋へと辿り着く。
その時、丁度扉が開けられ、そこから妹が姿を見せた。
「リエラ!」
「お姉様!」
抱き着いてくる妹を、私は精一杯に包み込む。
少しだけ涙を乗せた瞳を、私の胸に押し付けて隠している。
「良かった……怪我はありませんか?」
「はい! サナが守ってくれましたので」
リエラの視線の先。
メイドのサナが、妹を守ってくれたらしい。
「ありがとう、サナ」
「いえ、私は当然のことをしたまでですので。どうぞ、お気になさりませぬよう」
そう言って、綺麗なお辞儀をする。
少しだけ、普段の調子に戻った気がした。
胸騒ぎはまだある。
でも、かなりマシになった。
「レーナ!」
「お兄様」
そんな私たちの所に、兄がやって来た。
その後ろには、ゾロゾロと他の兄弟姉妹たちが着いてきている。
どうやら、兄が迎えに行っていたらしい。
「よし、これで王子王女は勢揃いだな」
「それは良いが、これからどうするんだ? 陛下のいる謁見の間に向かうのが無難だと思うが……」
太陽のような笑顔を見せる
「今危険なのは父上ではない。後宮にいる母上たちだ。レーナ、魔力探知の結果はどうだった?」
「お母様たちは全員、まだ後宮に居ます。騎士たちが向かっているようですが、知らない魔力反応が多数……後宮の内部にあります」
「ま、普通ならそこ狙うわよね」
「だろうな」
私の言葉に、
「ここからはグループに分かれよう。
「任せろ、俺がコイツらを守ってやる」
「それから、
「了解だ」
「おっけー。サルティンを壁にして特攻……分かりやすくていいわね」
「分かりました!」
まだ小さな王子や王女を、父の元へと連れて行く
「他の者達は、僕たちと一緒に後宮に向かう。僕と
『御意』
私は母上の救出班。
魔力探知からも、まだ後宮にいることが分かる。
急ごう。
「じゃあ、行くぞ!!」
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