第8話:救出


 私は穢れた罪人。

 それは、もはや変えようもない事実だ。


 過去から逃げ続けた魔女。

 いつか、その代償を支払う時が来るだろう。



 私はそれを受け入れる。

 一人で。



 私を救ってくれた皆に、迷惑をかけるわけにはいかない。

 だから……。


 こんな罪人わたしを、見つけてくれてありがとうございます。

 ノーグ様。



 こんな魔女わたしに、居場所をくれてありがうございます。

 ガレウス様、エルナ様。



 こんな私を、救ってくれてありがとうございます。

 同僚の皆。



 最後に……とても温かな日々を送ることができました。



 もうすぐ、お別れです。



 

◆◇



 ヘレナの魔眼覚醒。


 想像以上の急展開。

 教団に入ってから覚醒するものと思っていたが、もう来るとは……。


「いや……だめ。抑えないと、でも、だめ」


 ヘレナはずっと、ぶつぶつとうわ言を繰り返している。

 そんなヘレナには目もくれず、ベリオンはヘレナ目掛けて大剣を振るう。



【消えて】



 たった一言。

 ヘレナの発した声。

 いやに響いたその声によって──。


「ォオォオオオオオオオォ───!!」


 亡者の叫びにも似た声を発しながら、ベリオンの身体が吹き飛び、爆散した。


 呆気ない幕引き。

 ベリオンとの戦いは終わった。


「え、うそ……! いや、待って! ダメ……!」


 泣いている。

 ヘレナは消えていくベリオンを見ながら、涙を流している。



 何が何だか分からない。



 今のヘレナは味方なのか、それとも敵なのか。

 それも分からない。


「ヘレナ」


 とにかく状況を動かそうと、声を掛ける。



「いやぁあああああ───っ!!」



 悲痛な叫び。

 今までの無感情だったヘレナが嘘のようで、泣き崩れる姿は……年相応の少女だった。


 その激情に呼応して魔力が吹き荒れ、様々な魔法が展開される。


 火炎が燃え盛り、その上を氷が走る。

 雷が全てを焼き尽くし、大地が崩れ浮き上がっていく。


 まさに──『天災』。


 これはダメだ。

 正気じゃない。

 完全に敵認定された。


 炎の槍、雷の矢、氷塊。

 今まで見境なしだった攻撃が、全てボクへと集中する。


 魔眼を覚醒させたヘレナは、魔力を構成する魔素まで知覚できるようになる。


 その魔力制御力は、今までの比ではない。

 魔法の構築速度、速射性、威力。

 全てが卓越している。

 分身ベリオンが可愛く思えるレベルだ。


 何とか避けてはいるが、このままではジリ貧。


 ボクは暴走ヘレナを止める方法を考える。


 頭の中に浮かび上がる無数のルート。

 そのどれもが、すぐに使えないモノと判断され削除されていく。


 行き止まり。

 不可能。

 不達成。

 敗北。

 死。


 色褪せた世界の中で、高速で回る思考。


 ボクの頭の中には、二つの選択肢が残る。



 ①ヘレナと純粋に戦い、圧倒的力でゴリ押して制圧する。


 ②催眠魔法で、精神の安定を促す。



 それぞれ単体で勝負すれば、絶対に負ける。


 ①はシンプル。

 ボクは、通常時のヘレナに勝てたことがない。

 魔眼覚醒状態にある今、これを制圧するのは難しい。


 ②は、魔力の波長を合わせ、ヘレナの精神に干渉しなければならない。

 つまり、魔力制御という土俵で、ヘレナに勝つ必要がある。


 ヘレナは魔素を知覚できる。

 単純な綱引きでは絶対に勝てない。


 どうすればいいのか。


 単体では勝てない。

 なら、2つの選択肢を統合する。


 必要なのは明確な隙。

 ヘレナの集中を乱すことだ。

 集中力が下がれば、自ずと魔力制御力は低下する。



 戦闘によって隙を作り出し、精神干渉によって元に戻す。



「これしかない」



 ヘレナの魔法を避けながら、ここまでの情報を一瞬で整理する。


 ヘレナが瞬間移動のような速さで、目の前に現れる。

 手には氷の剣。


 頭、顔、首、心臓。


 鋭い連続の突きが、ボクの急所を狙う。


 これを大きく避け、ボクはベリオン戦で落とした剣を拾い反撃の姿勢を取る。


 だがその時には既に、巨大な火球が無数に迫っていた。


防御魔法シールド


 展開された無数の魔力障壁。

 だが、一つの火球で一気に数枚が破壊される。


 全てを防ぐのは不可能。

 ボクは全身に魔力を行き渡らせ、防御力を極限まで高める。


 巨大な爆発。

 破壊の音と共に、大地は焦土へと変わる。


 ボクの身体からは煙が立ち、焦げ付く匂いが鼻を突く。

 比喩でもなんでもない、炎に呑まれる感覚。

 できれば二度としたくない。


 しかも、今も雷と氷の魔法を乱射している。

 その一発の威力が桁外れなため、無視はできない。

 迫り来る氷塊を斬り裂く。


「……痛ぇ」


 全身がひりつくように痛い。

 血も止めどなく流れている。

 しかし、回復魔法で治癒可能。

 戦闘続行に問題なし。


 周囲に立ち込める煙を切り裂き、ヘレナが来る。


 剣と剣が交わり、高速で切り合う。


 そんな中、ボクは『縛鎖シャドウ・バインド』を使う。

 腕や足の拘束が狙いだ。


 瞬間、ヘレナの瞳の六芒星が輝いた。


 影から伸びた手が瞬く間に消失する。

 加えて、ボクの全身から血潮が吹き出る。


 皮膚が裂け、体内にある一部の魔力が削られた感覚。


 知らない能力だ。

 ヘレナの魔眼は、魔素認識による制御力向上と、魔法の妨害のはず。


 ……今の感覚。

 ボクの体内にある魔素に干渉したのか?


「原作の知識とズレがあるな……」


 おそらく、ゲームでは攻撃パターンに組み込まれていなかったのだろう。


 原作が絶対ではない。

 どこまでが同じで、どこからが違うのか。

 修正していく必要がある。


 ボクは回復魔法で治癒しつつ、攻撃を続ける。


 闇、炎、氷、雷、土、風。

 どの魔法を尽くしても、ヘレナには届かない。

 放った魔法に干渉されて掻き消される。

 一方、ヘレナの魔法はコチラの防御を突破してくる。


 空に浮かぶ無数の魔法陣。

 そこから繰り出されるのは、炎を圧縮した熱線攻撃。


 破壊と衝撃。

 吹き飛ばされる。

 森はもう跡形もない。


 ボクは転がりながら、今までのヘレナの攻撃を思い返す。


 ヘレナの膂力りょりょく

 攻撃と魔法のスピード。

 技とキレ。

 魔法の属性と制御力。

 魔眼と原作誤差。



「大丈夫、慣れてきた」



 砂塵が晴れ、ヘレナまでの道が見える。

 ボクは最高速トップスピードで駆け出した。


 対するヘレナは、熱線攻撃。

 絶対者ヘレナの命令に従い、無数に輝く破滅の光がボクに殺到する。


 極限まで研ぎ澄まされた感覚。

 まさしく超感覚によって、迫り来る熱戦を回避する。


 爆発の衝撃や熱は全て無視。

 回避不可能と判断した攻撃にのみ、圧縮された防御魔法シールドを展開。

 最小限のリソースで熱線を防ぐ。


 ヘレナとの距離が縮まる。

 もう目と鼻の先だ。


 手を伸ばす。


 ヘレナに触れる為に──。


 ヘレナの魔眼が輝き、ボクの瞳と重なる。


 至近距離からの魔眼発動。

 おそらく、ボクの体内にある魔力を暴走させてダメージを与えているのだろう。


 さっきは、魔法を無力化する余波で受けたダメージ。

 今回は、ターゲットをボクに限定しての発動。

 どれほどのダメージになるか想像もできない。



 だから、隙を作る。



 魔眼が発動する直前、彼女の影からが現れる。


 この巨人は、ヘレナに仕掛けたあの人形である。

 それを少し操作して、大きくしてやっただけ。

 

 巨人はヘレナを羽交い締めにして、動きを抑えた。

 身体を持ち上げられ、ヘレナの視界から外れたことで、魔眼の発動は当然キャンセル。



 そして遂に、ボクの手がヘレナの身体に触れる。



 ───『闇魔法』発動。



 ヘレナの魔力波長は、既に人形を通じて覚えている。

 調節過程を省略。


 闇で脳を覆い隠し、全てを読み取る。



「帰ってこい……ヘレナ」

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